コルゲートハウスという、川合健二氏(1913-1996)[1]が創った一風変わった住宅のことを書き連ねてみます。コルゲートハウスについて説明不足の点がありますが、ご容赦ください。
先日友人からの情報で、家主を失って数年間放置されていたコルゲートハウスがリノベーションを受け、ホテルとして活用されることを知りました。中に眠る貴重な文献を含めて、この稀有な住宅(厳密には、基礎がないので建築ではありません)が保存されることになったのは嬉しいことです。
運営者は「敷地の中で自給自足の生活を送り、家族や大切な人と分け合う”自給多足”も行いながら、日常を見つめ直し、社会を俯瞰をする1日を過ごしてもらうこと」を目的としているようです。確かに川合健二氏は、エンジニアや経済学の視点から自給自足について考え、果物や野菜を植え、これらで家族を養うのに十分な広さの敷地の確保と、借金をすることなく作ることのできる、コルゲートパイプという工業材料を使った鉄むき出し[2]の安価な住宅を提唱し、1966年頃、自身でこれらの制作を実践しました。この試みは、1970年代という時代の空気にも煽られ、建築家、自分自身の手でコルゲートハウスを建てるに至った(当時の)若者たちや、高校の先生方といった多くのシンパやフォロワーを産みました。彼らの中で、ホテルになったコルゲートハウスはどのように映るのでしょうか?現在のコルゲートハウスと周辺の開発コンセプトの図を見る限り、私には、川合健二氏が抱いていた当初の思想とは異るものを感じますが、時代が変われば、ものの考え方や追求といった姿勢も変わっていくことの所在かもしれず、とやかく言うことは出来ません。それよりも、この住宅を、末永く維持・管理して欲しいと願わずにはいられません。
川合健二氏を知ったのは高校時代に読んだ新聞記事でした。そこには異形の鉄の住居(当時は壁面の特徴的な構造から、ハニカムハウスと紹介されていました)と共に本人が写った写真があり、エンジニアという紹介がありました。やがてコルゲートハウスを創り出した思想的な背景に興味を持ち、文献を漁りました。その結果判明したのは、川合健二氏は建築家ではなく、ビジネス感覚に長けたプラントエンジニアであり、その思想は、興味のままに収集した情報に基づき、いかに合理的にエネルギーを使うか、という思考実験の結果を反映したものだった、ということでした[3],[4]。その一方で、既存のルールを逸脱してしまうような危うさ(反社会的ではなく、天然でやってしまう)も持ち合せた人でもありました。コルゲートハウスという一見奇抜な住宅は建築家の興味を引き、今も建築を学ぶ人を魅了していますが、建築家達の著作を通し、彼らはその守備範囲の中でしか、この住宅を解釈できないことも知りました[5]。
自分はコルゲートハウスを建てたり、自給自足生活を目指したいとまでは思いません。しかし、やはり高校時代にテレビで知った、恐竜絶滅の原因を隕石衝突に求めた物理学者、ルイス・アルバレスへの憧憬と同じように、なぜ、どうしたら柔軟、多角的、かつ定量的な考え方を身につけられるのか、という疑問や憧れを川合健二氏についても抱いています。一方で、もし若い時に川合健二氏に出会っていたら、氏の世界に引き込まれて抜け出せなくなっていたのでは、という思いもよぎります。氏に会えなかったのは結果として良かったのかも知れませんが、偶然にも花子夫人にお会いでき、2013年頃から数年の間、コルゲートハウスの中で様々なお話を伺えたのは僥倖という他はありません。
自分は川合健二氏のフォロワーにはなれませんでしたが、花子夫人から教わった事も含め、自分の中で氏の考えを引き継ぎ、深海調査を、より困難の少ないものにできたら、と考えています。主に欧州の研究グループが深海調査に使うランダーという装置[6]は、金属のフレームに浮力材、錘と切り離し装置で構成され、どんな潜水艇や探査機よりも単純な構造です。この点において、ランダーの設計思想はコルゲートハウスに共通しています。また以前、自分が開発した超深海用LEDライトは、頑丈、安価で簡単に量産できますが、高価で重い金属でできた耐圧容器を使わず、圧縮に強く、金属ともなじみの良いエポキシ樹脂で、LEDを実装したプリント基板を直接固めた構造をしています[7]。これは、自分なりに川合イズムの解釈を反映させたもののひとつです。
[1]:川合健二ほか著, 中谷礼仁, 儀部真二, 北浦千尋 編『川合健二マニュアル』, アセテート, pp292, 2007.
[2]:実際には、鉄の表面に2mm以上の厚さの亜鉛メッキを施し、腐食しないよう工夫されています。
[3]:笠井一朗, 孤高のエンジニア川合健二氏との対話から. Live Energy, 53, 18-21, 1996.
[4]:笠井一朗, 追悼 川合健二. Live Energy, 55, 18-21, 1997.
[5]:建築家で批評家の大島哲蔵氏は、SQUAttERという本の中で、この点を痛烈に批判しました。
[6]:https://www.sdu.dk/en/forskning/hadal/research/lander-work
[7]:小栗一将, 山本正浩, 豊福高志, 北里 洋, エポキシ樹脂固定法を用いた深海用光源とチャージポンプの開発. JAMSTEC Report of Research and Development, 21, 7-15, doi:10.5918/jamstecr.21.7, 2015.
更新日 22/Aug/2023