【Over the moon】
【Over the moon】
◇◇◇
「ふんふ〜ん♪」
くつくつと煮える鍋から立ち上った湯気越しの朝日に、ミルクティー色の柔らかな髪が踊った。
キッチンに立つノノエは、一度朝食を作る手を休め、窓から差し込む日差しを見つめる。
研究所をぐるりと囲む湖に日差しが反射し、キラキラと輝く光景に微笑んだ。
「…ふふ、キレイに晴れてよかった」
空を駆ける鳥族が、移動手段の全てに普段仕舞い込んでいる翼を使う訳ではない。
しかし、すっかりと晴れ間の広がる日を誰よりも歓迎するのは当然とも言える。
「先生、外に出るって言ってたし」
ただし、そんな些末な事よりも歓迎すべき事があるなら、勿論それは置き換わる訳だが。
さて、と、ノノエは、研究所に来てから随分使い慣れたキッチンに再び向かい直し、朝食の残りを一気に仕上げる。
慣れた手つきで素早く仕上げ、先生…ブルレオを起こしに部屋へ向かった。
部屋の前に立ち、小さく深呼吸をしたノノエは、ノックと共に声を上げる。
「せ、せんせッ!おはようございます。朝ごはんですよ〜…?」
「ん〜………おはよう…すぐ行くね」
「は、はいっ。リビングで待ってますね」
何度やっても慣れない声かけと共に、眠そうなブルレオの声がドア越しに響く。
その声を聞くたびに跳ねる胸を、ギュッと抑え、リビングへと駆け足で戻っていった。
先ほど作ったばかりの食事を皿に盛り付け並べ、コーヒーを淹れた所でブルレオが顔を出す。
「おはようノノちゃん。今朝も美味しそうだね」
目元を覆い隠す程長いエメラルドグリーンの髪と、小柄な身体よりも大きい白衣を揺らしながら、唯一覗く口元に笑みを浮かべるブルレオ。
「お、おはようございますッ!い、いい…ッそんな、あの…」
「へへへ…早速頂くよ。ノノちゃんも座って?」
「はい…」
「それじゃあ、頂きます」
2人はテーブルを挟んで向かい合わせになり、出来立ての朝食を2人で食べ進めていく。
焼きたてのクロワッサン、豆とトマトのスープ、目玉焼きにベーコンと、小さなサラダが二人分。
口いっぱいの暖かい食事は、文句なしの味付けだった。
「はぁ~…今朝も美味しい…ノノちゃん、いつもありがとう」
「~ッ!先生は、放っておくとレトルトですもんねっ!」
「ご、ごめんね、だらしなくて…も、もうノノちゃんのご飯が無いなんて考えられないよ。あっ、でも、早起きさせてるなら、無理はしないでね?」
「はぅッ!?…むり、は、して無いですけど、朝から、ほんと、無理…です…」
「…ノノちゃん…?」
「きゅ…急にそーいうこと言うの、ダメ!…は、早く食べてくださいッ」
「…うん♪」
2人とも、未だ赤い顔のまま、食べ進める。
ぎこちないが居心地悪いわけでは無かった。
何気ない朝のやりとりに幸福感が満ちながら、ブルレオが口を開く。
「そうだ。前にも言ったけど、今日は朝食を食べたら近くのギルドまで行ってくるね」
「覚えてますよ先生。晴れて良かったですね。…そういえば、お仕事ですか?」
「え!?いやいや、ちょっと…私用があるだけなんだ。だからノノちゃんもお休みでいいよって言ってあったでしょ?」
「それもそう、なん、ですけど…」
様々な天才的な開発を日々この研究所で行うブルレオの助手としてノノエはいる。
…今となってはそれ以外の意味もあるが…
仕事ならノノエはサポートして付き添い出かけるが、ブルレオの私用である今回は、ノノエもお休みだと言われていた。
ー…久々の1人で過ごす休日。
嬉しい気持ちもあるのに、少しだけ寂しい気持ちになってしまうのは、我儘かなぁ?
「兎も角、いつも助かってるし…今日は自由に過ごしてね?ゆっくり休んでも良いし、天気も良いからお出かけも良さそうだね」
「はいっ先生♪…元々アタシもお出かけするつもりだったので!」
「そっかそっか。あ、女の子1人になるんだから、気をつけるんだよ?」
「ふぇ…あっ、と、せ、せんせーも、お気を付けて…?」
ぐっと、ときめく胸を抑えつけ、ブルレオを覗き込むように上目遣いをするノノエ。
「…あー…か、可愛い…」
「そんな…ひゃあぅッ!?」
ブルレオが手をノノエの頭に乗せると、かわいらしい悲鳴が上がった。
「あっ、ご、ごめん!急に、しちゃって」
「ううう…ッ!嫌じゃないですけどッ~!」
「…そ、そっか…よしよし…」
「はぅ…ッ」
恋人となったとは言え、2人とも…特にノノエはとても奥手。
不意に触れ合うのも、甘い言葉を掛けられるのも、まだまだ初々しいリアクションをとってしまうのであった。
◇◇◇
穏やかで甘い朝の時間が終わると、ブルレオは研究所を出ていった。
何度か振り返り小さくなっても手を振るブルレオを見届けたノノエは、自室に戻り机の上の手紙を開き直す。
『可愛い妹 ノノちゃんへ』
『大きい舞台でダンスショーをやることになったの!イイ場所のチケットを贈るわ♪とぉ〜っても良いモノが見れるから、よかったら来てね♡』
『アナタのお姉様より♪』
『p.s. レオちゃんには秘密ね♡』
ルイスの街でバーを構えているブルレオの兄、ロドリゲスからの手紙だ。
同封された黒いチケットに描かれたバラの上には今日の日時と開催場所、席の番号が記されていた。
「ふふ、まるで今日が休みになるって分かっていたかのような…ナイスタイミングね。流石ロドリゲスお姉様♪」
「…えっと、ダンスショーの時間は…夜からだし、それまで街を適当に歩こうかな。新しい服も見たいし。あ、お姉様への差し入れも何か…」
今日持ち歩く予定のバッグへ丁寧にチケットを仕舞い込み、クローゼットを開けば、色とりどりの服が出迎える。
「今日のダンスショーはたしか野外ステージってあったから…うん、これかな♪」
直ぐ隣にある姿見で自分の姿を確認しながら、今日の気分とダンスショーを見るのに合いそうなジャケットに袖を通す。
化粧台に座り、起きてから作った濃すぎないナチュラルメイクにほんの少し、赤みがかったピンクの瞳の目元に赤を差し込んだ。
鏡に映った自分の姿にノノエは満足したように頷くと、バッグを手に取った。
「うんうんっ♪今日も完璧に可愛い!」
くるりとその場で一回転し、上機嫌で研究所を後にする。
広がる青空と抜ける風が心地よかった。
「…先生に見てもらえないのはちょっと寂しいけど…あ、そういえば、なんでお姉様は先生には内緒って言ったのかなぁ…」
ふと頭に浮かぶ疑問に小首を傾げながら、ノノエはルイザの街へ向けて出発した。
普段は仕舞い込んでいる翼で空を翔ける彼らにとって、立地は重要ではない。
その為、陸路を歩くものにとっては少々辺鄙と言って良い場所に鳥族の街は建っていた。
ただ、今回向かうルイザの街と鳥族の街の距離はかなり離れている為、流石の鳥族も他の移動手段を使う。
その中の一つである巨鳥シグルスは、この世界でも一般的に愛用されているものだ。
「こんにちは。ルイザの街までお願いできる?」
「いらっしゃい、おや、研究所の助手さんじゃないか!丁度席空いてるよ、良かったねぇ~」
「そうですか」
「可愛いのに相変わらず無愛想だねぇ!ハハハ!」
巨鳥シグルスの管理と受付をしている壮年の男性は、手続きを進めながら愛想よく話を続ける。
ノノエにとって関心のない人物とのやり取りはあまり意味のない。
他人から愛想が無いと言われても、表情1つ変えないまま話を流し聞きつつ手続きに応じていく。
「しかしなんだ、今日はルイザの街で仕事かなにかあるのかい?」
「…」
「ちょっと前にブルレオ君もルイザへ向かったし、いやはや2人とも働き者だねぇ」
「えっ?」
『ブルレオ』の名前が飛び出し、パッと顔を上げ、驚いた表情で男性を見つめ返すノノエ。
そんな彼女に対し、不思議そうに首を傾げた男性が続けた。
「ん?あれ、違うのかい?」
「…いえ。えぇ、まぁ…」
「そっかそっか~!仕事なら一緒に行けば料金も安かったろうに、と思っただけなんだがな。こっちとしては儲かって良いばかりだが…」
笑顔で陽気に話を続ける男性の言葉は、もうノノエに届いていなかった。
「(あれ、先生って今日、近くのギルドに行くって言ってたよね…?)」
「(なんで距離のあるルイザへ?確かにそこにもギルドはあるけど…ううん、きっと近場のギルドで用事が終わらなくて…)」
ぐるぐると疑問が浮かんでは自答を繰り返す。
すっかり手続きが終わり、シグルスの上に乗っても当然のことながらその疑問が晴れる事はなかった。
「(…アタシがこんな風に考えても仕方ない。気になるなら先生に直接聞かなきゃ)」
「(そもそも小さな事だもん。気にしないのが一番。細かく聞いたら問い詰めてるみたいになっちゃうし…って、分かってる、分かってるけど…)」
「(でも、なんか、もやもやする…)」
晴れ渡った青空を飛ぶシグルスの上、ノノエの心は少しだけ曇り模様のままルイザの街へと向かったのだった。
◇◇◇
ルイザの街は大きい。
ギルドは勿論、市場や広い商店街、数多くの家々が立ち並び、多くの種族が行き交う事で栄えている街の一つだ。
既に時刻は夕方となり、もう少し時間が経てばダンスショーの時間である。
「(…結局、ほとんどの店で冷やかすだけになっちゃったな)」
ノノエはどこか、ぼんやりとしながら人混みを進んでいく。
移動前に聞いた言葉が胸に引っかかり続け、気になっていたお店に寄っても、新作を見ても、何だか買う気になれなかったのだ。
「(差し入れだけは買ったけど…うー!こんなんじゃダメ!折角お姉様が誘ってくれたのに、心配かけちゃう!)」
パチン、と軽く頬を叩き、気持ちを入れ替える。
「(今日はお休みなんだから、ステージを楽しまなきゃ損!!!)」
差し入れに買ったお菓子の袋を抱え直し、改めて歩き出す。
ルイザの中心街から少し離れても今日は人が途切れることないまま道を進んでいく。
すると開けた広場に設営された野外ステージへと辿り着いた。
「わぁ…!」
様々な催しを行う為の大ステージは、その時々によって表情を変える。
すっかり日も落ちたステージには、色鮮やかな薔薇の花が飾られていた。
スピーカーから流れだす落ち着いた雰囲気のムーディな曲は、これからの舞台に心を躍らせるのにピッタリだ。
「素敵…それに、すごい人…」
並べられた多くの椅子には既に観客が陣取り、ショーの開始を心待ちにしているのが伝わってくる。
受付に差し入れとチケットを差し出すと「ステージ前の席ですよ」と案内を受けた。
「え!?こんな良い場所に!?」
「ママの招待券ですからね。では、目眩く夜をお楽しみください」
「ありがとうございますっ」
案内人に感謝し、ステージがよく見える前側の席に腰掛ける。
ふわりと鼻をくすぐる薔薇の香りと人々の熱、今から始まるショーへの期待で、曇っていたノノエの胸はすっかり晴れていた。
時間になり、ピタリと音楽が止まると同時に、話し声も波が引くように無くなっていく。
「(そ、そろそろ始まる…!)」
ノノエは期待に満ちた瞳で、ステージを眺めた。
◇◇◇
「皆〜!すっかり待たせちゃったかしら?!」
全体に響く一声と共に、ロドリゲスが壇上へと上がる。
逞しい筋肉に纏う黒のタイトドレスに散りばめられたスパンコールがステージライトに照らされ、文字通り光り輝いていた。
「待ってたよ、ママ!」
「ふふっ♪ありがとう♡焦らすつもりじゃあ無いけれど、もう少し話させて頂戴ね?…今夜は空に登った月すら焦がす程の『魅了と愛』がテーマよッ!アタシたちの愛、バシバシ感じて頂戴♡」
「ひゅ〜♪早速愛してくれ〜!♡」
「あらあら、せっかちだコト!ンもう、そんなんじゃ、アタシの愛は落とせないわよ?…ま、仕方ないわね♪それじゃあ…今夜は存分に愛し合いましょ♡」
ロドリゲスの最後の言葉と投げキッスを合図にするように、真っ赤なドレスを身に纏った女性ダンサーと入れ替わった。
カンッ
鋭く響く靴音に、ヤジを飛ばしていた観客は静まり返る。
彼女は長い腕を空に伸ばし、愛おしげに月を撫で、徐に手のひらに忍ばせたカスタネットを打ち合わせる。
軽快なステップを踏む靴音と共にハイテンポな演奏が重なってゆく。
「ヒュー!セクシーだぜ!!」
「かっこいい〜!!!」
彼女の華麗な動きに合わせて、赤いドレスは薔薇のように咲き、歓声と手拍子が夜空に鳴り響いた。
「すごい、素敵…!!!」
思わずノノエも声を上げ、周囲と共に手を鳴らしリズムを取りはじめる。
一曲踊り終えれば大喝采の海がうねり、その中を泳ぐように再度ロドリゲスがマイクを持って現れた。
いつ設置したのか、ロドリゲスの左右にはポールが設置されている。
「〜♪」
今度は挨拶も無く、ロドリゲスの歌声が響き渡った。
それに合わせて白と黒の衣装を纏った男女がそれぞれポールへ向かい、足をくるりと絡める。
歌い上げられるバラードに合わせ、男女はポールに体を預けた。体を回し、逸らし、互いへ手を伸ばしながらもすれ違い、届かない。
「あぁ、何て切ないのかしら…」
「煽情的だが胸を打つものがあるぜ。流石はママの歌だ」
「(何だかもどかしい気持ち、片想いし合ってるみたいな…)」
ほぅ…と胸に響く歌声とパフォーマンスですっかり魅了された観客たちとノノエ。
曲の終わりには甘く苦い余韻に浸るような心地を打ち砕くように、陽気なサンバのリズムが流れた。
羽を広げたビキニ姿の目にも艶やかな女性達が笑顔で壇上へ上がってゆく。
「「「うおおおお!!!」」」
野太い声援にウインクと腰を振って返しながら、ポールの男女を巻き込んで全員息のあった華々しいパフォーマンスを繰り広げたのだ。
「(愛と、魅了…凄いわ、お姉様♪)」
◇◇◇
「そろそろラスト……愛と魅了……頼んだわよ?♪」
「…」
「ンもう!そんな顔してッ!…さ、行くわよ」
合図と共に、眩いスポットライトとステージへ。
歩む度に身に付けた鈴の音が吹き込む夜風に混ざる。
そして、熱狂する観客達を見渡して…世界が止まった。
「(な、何でここに…ノノちゃんが?!)」
一瞬で凍った思考に適切な答えは出ない。
だが無情にも世界は動き、曲が流れ出す。
「(…どうか、バレませんように!)」
元々隠している前髪が更にずれないよう、衣装のターバンの位置を調節し、ブルレオはステップを踏み出した。
◇◇◇
「あ、あと1曲、かぁ」
あの後も、多種多様なダンスとロドリゲスの歌声が続きあっという間に時間が過ぎてしまった。
少し名残惜しい気持ちと、心地よい熱が身を包む中、ラスト一曲だと告げられたのだ。
シャン、シャン
ギターの音色に合わせ、規則正しい鈴の音が鳴り響く。
ロドリゲスがダンサー数名を引き連れて何度目かの壇上へ。
鈴の音は後ろに控えたダンサー達の装飾品らしい。ゆったりとした衣装の手足、腰に金のリングを嵌め込み小さな鈴が揺れているのが分かった。
シャラ…
ロドリゲスが歌い出す直前、ステージ前席であるノノエは、静寂に小さくなった音を聞き逃さなかった。
発信源はダンサーの1人、ターバンを直した時手首の鈴が微かになったようだ。
グッと目深く目元を隠しても、ノノエにはすぐに分かった。
「(せ、先生!!!???な、何でこんな所に!!!???)」
驚きすぎて声に出そうになり、咄嗟に口を塞いだ。
今思えば英断である。
「それじゃ、ラストナンバーはカッコよく、セクシーに魅せるわよ♡」
シャン!
ハイテンポで疾走感のあるロドリゲスの歌声と演奏に合わせ、ダイナミックなダンスが舞台上で踊る。
…ブルレオのダンスは、他ダンサーと一緒の振りとはいえ手足が指先まで洗練されて、一つ一つが完成していた。
ステージ後方に位置していても彼の存在感は凄まじく、たなびくエメラルドグリーンの髪と落ち着いた民族感のある衣装の全てが完全にマッチしている。
つまるところ。
「(かっ…………カッコ良すぎる…………!!!)」
大声を上げ続けてしまいそうになったのを、先に塞いだ手が防いでくれたのである。
ただ、ノノエの言葉を代弁するような悲鳴が周囲に混ざり出した。
「あれ?ブルレオくんいる!?」
「本当だ!めずらしい!ラッキー!!!」
「きゃあああブルレオくーん!!」
「ブルレオくんのダンス見れたのすごい久々!かっこいい!うれしい!!」
「(本当に…!先生、かっこよすぎて…!はあぁ…)」
夢中になってブルレオを眺めていれば、最後の曲が終わりステージから全員退場する。
まだまだ唸る熱と興奮冷めない観客たちの『アンコール!』の掛け声が暫く続くと…鈴の音と共に音楽が帰ってくる。
「(やった~!まだ終わらない…ッ!?)」
パチッ
その時、舞台の最前列へ踊り出したブルレオとノノエの目が合ってしまう。
お互いに気が付いていたとはいえ、一瞬の緊張と羞恥、疑問が湧き上がった。
「(せんせ…ッ)」
「(ノノちゃん…ッ)」
だが、弾けるような音楽にハッとしたように、ブルレオは少し赤らんだまま目線を逸らし、身体を音楽へ躍らせる。
鈴の音に合わせてブルレオを中心に、全員で一番激しいブレイクダンスパフォーマンスだ。
交互にバク転やスライディングで互いの身体を行き来させ、その場でターンする。
最後に床に付いた手だけで全体を支えその場で回転し、半身を逸らし、足を開いてピタリと曲と同時に動きが止まった。
瞬間、今までで一番の歓声が上がり、観客の声はロドリゲスが終了の挨拶を告げても未だ続いていた。
「(ああ…最後のダンス。最ッッッ高!!!!!)」
声こそ上げていないが、一番心身共にパフォーマンスで付いた火に身悶えするノノエもまた、席から暫く動けずに居たのだった。
◇◇◇
「(ハッ!そ、そうだ!ロドリゲスお姉様にお話を…!)」
手紙の内容は確実にブルレオが出ることを知っていたはずである。
そうおもったノノエはスタッフにチケットを見せ、ステージ裏の控室へ向かう。
「~!?」
「あれ、大きい声が…?」
「ねぇ、兄さんッ!聞いてるの!?」
控室の中から響く大声に小首を傾げつつ扉の前に立った所で、その正体がブルレオだと気が付いたノノエは一度ドアの前で立ち止まった。
「本当にありがとうレオちゃん♪無理言ってでも出てもらえて良かったわぁ♪おかげで舞台は大成功よ❤」
「それは何より…じゃなくて!どうしてノノちゃんがここに居るの!?」
「あらあら何の事かしら~♪」
「(どどど…どうしよう…!)」
話題が自分の事だと分かると、途端に落ち着かなくなるノノエ。
だが、通りすがりのスタッフに不思議そうな目を受け続けるわけにも行かず、意を決して控室のドアを開けた。
「「あっ…」」
ドアが開くと同時に、2人の目線がバッチリ合う。
ブルレオは急なノノエの登場に驚き、ノノエは未だステージ衣装のブルレオの姿に、それぞれの顔が瞬時に茹で上がる。
「あっ…あの…!ロドリゲスお姉様、本当に、素敵なショーでしたって…」
「ありがとう❤ノノちゃん♪ンフフ、楽しんでくれたみたいね、招待してよかったわぁ~ん」
「え、えぇ…はい」
「しょ…ッ!?」
なんとかロドリゲスに感想とお礼を伝えるノノエとロドリゲスのやり取りに、赤くなったままブルレオはパクパクと口を開いては閉じてを繰り返し、結局は沈黙してしまった。
ノノエも上手く言葉が続かず、ブルレオを見た後更に赤くなったところで、ロドリゲスが満面の笑みで告げた。
「あらあら❤シャイな弟ちゃん達ねぇ♪ささ、アタシは先に帰るから…アナタ達、帰るなら一緒に仲良く帰りなさいよぉ~?」
「ちょっと、兄さ…ッ!」
荷物を光の速さでまとめたロドリゲスは、ノノエとすれ違う所で耳元にささやく。
「…とっても良いモノ、見れたでしょ?❤」
そうしてノノエの返事を待たず、2人を置いて出て行ってしまった。
「…」
「…」
「…えっと、とりあえず」
「ひゃ!は、はいッ!?」
「一緒に、帰ろ?」
「…はい…」
赤らんだ2人の間に長い沈黙が流れた後、ひとまず研究所へ戻る事に決めた。
「…ご、ごめん。直ぐ着替えるから…外で、待ってね?」
「あっえっっご、ごめんなさいいい!?!?」
◇◇◇
研究所に帰り着くまでに、お互いに聞きたい事や話したい事を言葉にしようとしては、頬を赤く染めたり、目線を逸らしてしまい…上手く話にならない2人。
研究所に戻ってきたブルレオはポスンとソファに腰を落とした。
「…あの、せんせ…?」
「…ノノちゃん…嘘ついて、ごめんなさいッッッ!」
「えっ!?」
勢いよく頭を下げるブルレオに驚いたノノエは、隣に腰を落とし言葉を続ける。
「急にどうしたんですかっ!?」
「だって、今日、ボク、ギルドに行くって言ってたのに、本当は…」
「…あの、なんで、そこまでしてダンスショーの事、黙っていたんです、か?」
「…う…」
グッと押し黙ったブルレオの言葉をじっと待つノノエ。
そんな彼女の顔をちらちらと盗み見ながらブルレオはゆっくり口を開いた。
「…恥ずかし、かったんだ。兄さんに泣きつかれた時に仕方なく出ているだけだし…」
「あ、そういえばお客さんも久々に見たって…」
「うん…断り切れなくて、何度か過去に…そもそも、ボクは人前に出るのなんて性に合っていないし…こんなボクがステージに立ったって…」
「そっ、そんなことないですッ!」
「ノ、ノノちゃん…?」
今度はブルレオが驚く番となり、ノノエを見つめる。
ノノエはそのまま大きく息を吸い込み、勢いを付けて言葉を吐き出していく。
「アタシ、確かに今日、ちょっとモヤモヤしてました。先生がギルドに行くっていう話、嘘だったんじゃないかって思う出来事があって…」
「そ、うなんだ…ごめん…」
「でも!今日のダンスショーでそんな事どっかに吹き飛んでいったんです!勿論ロドリゲスお姉様や他のダンサーの人達も、凄かったけど…先生が、一番でした。凄く、すっごくカッコよくって…ずっと見惚れてて…」
「ノノちゃん…」
「だから!恥ずかしがることなんか一個も!無いですッ!!」
最後に大きく吐き出した分、小さく息を整えたノノエは、赤らんだ顔と潤む瞳でブルレオを覗き込む。
「…先生の新たな一面が見れた、というか…」
「新しい、ボク?」
「アタシの知らない先生を見つけて、知って…もっと、もーっと…大好きに、なりましたよ?」
まるで花が開くような綻ぶ笑みを浮かべたノノエを前に、ブルレオの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
戸惑うように口を震わせ、小さく深呼吸をしてそっとノノエの肩を抱いた。
「ぴゃ!?せんせ」
「ありがとう、ノノちゃん」
ぎゅっとノノエを抱きしめる。
ブルレオの胸に顔を埋めると、ほのかにバラの香りがした。
「しっかり伝えてくれて、ありがとう…そんなノノちゃんの事が、僕も、もっともとっと、大好きになったよ」
「せ、せんせぇ…」
互いの心音と熱、甘い香りに意識が飛びそうになりながら、それでも互いに魅了されつづけた…
◇◇◇
オマケ
「そういえば、今回はステージに立つ時、絶対に譲らなかったことがあるんだけど…」
「ふぇ、そうなんですか?」
「ほら、皆ターバン巻いてたでしょ?」
「そういえばそうですね、あの衣装もすっっごく似合ってました!へへ…」
「あ、ありがとう…実は兄さんから『髪を上げてターバンで抑えてちゃんと顔を見せて頂戴!』って言われてたんだ」
「そうなんですか!?あれ、そういえば他のダンサー方は顔回りスッキリしてましたね?」
「うん…衣装は統一したほうが、ダンスの表現としても良いからね」
「でも断ったんですよね?」
「恥ずかしいのは勿論そうだけど…ほら、ノノちゃんが…」
「アタシ?」
「顔を見るのは、ノノちゃんだけがいいって…いってくれたから…」
「はぅ…!?あ、アタシの、ため…に?」
「きっ、来ているなんて、全然知らなかったからまさか見られる事になって驚いたけど…うん。ボク、ノノちゃんの嫌なこと、ノノちゃんが居なくても、したくなくて…えへへ」
「せ、せんせ~~~ッ!もうなんでそんなぁ…ッ!」
「ノ、ノノちゃん!?」
「もっともっと好きになっちゃうじゃないですかあぁぁぁあああ!?」
◇◇◇
END
◇◇◇