【何でもない休日】
【何でもない休日】
◇◇◇
同じ姿をした醜い怪物から、蔑みの声が降り注ぐ。
「気味の悪い」「近寄らないで」「同じ人間なの?」
◇◇◇
朝日を瞼に感じ、ゆるゆると体を起こした。
あまりいい夢を見なかったせいでじっとりと汗で汚れた背中が気持ち悪い。
今日は幸い仕事もない。ゆっくりとシャワーを浴びてから朝食を摂ろうと考え、ベッドから降りた。
暖かいシャワーで汗を流すと幾分かさっぱりとできた。ふぅと一息つくと、濡れた鏡越しに自分と目が合う。視界に入るのは自身の緑色の髪色と瞳。
自立し、しばらく経っても時折見るのは幼い頃の記憶だ。生まれ持ってしまった人と違う容姿から蔑まれた過去。
その度に自分自身の価値について考えてしまう。
ふと、あの人を…彼女を思い描く。たしか、今日は友人である彼女も休みだと言っていた筈だ。
連絡してみようか。でも迷惑だったりしないだろうか。嫌われたりしないだろうか。
いや、やっぱり彼女へ連絡を取ろう。
浴室から出て簡単に身支度を整えながらスマートフォンを手に取ると、既に1件連絡が入っている事に気が付いた。
「(あの子からだ…!)」
彼女からの連絡を直ぐに確認する。
「おはよう亜優美ちゃん。確か休みだって言っていたと思うんだけど合ってた?」
「あたしも休みで…もし何も用事がなければ一緒にランチでもどう?」
優しい彼女からのお誘いだった。しかも休みを覚えててくれた!
嬉しい、好き、大好きな友人!思わず顔がにやけ、胸をキュッと掴んだ。
すぐさま返事を出す。
「おはよう!覚えててくれて嬉しい、丁度声を掛けようと思ってたの。私も休みだから絶対行く!」
「あはは、タイミングが合ってて良かった~じゃあ駅前に12時集合ね」
12時の待ち合わせ。今の時間は9時ちょっと過ぎたくらいだ。
出かける支度をある程度時間掛けたとしても余裕で間に合うだろう。
しかし彼女に嫌われない装いが大事だ、と思い直しクローゼットを開き直す。
「折角のお出かけなんだし、スーツは却下でしょ」
「えっとこのワンピースは前回着ていったし…ああ、このジャケットちょっと汚れがついてる!クリーニングしなきゃ…いつ付いたんだろう…」
一人大慌ての時間、ベッドに床にと服を大量に投げ出していく。最初は少なかった服も、交流が増える度に少しずつ増えて行き、溜まる一方だ。
自分自身に似合う服は正直よくわからない。
でも、友人が「似合う」と言って選んでくれた物が多い。一つ一つに思い出がよぎり、時折手を止めて思い返しては笑顔になってしまう。
「いけない、時間がなくなっちゃう!」
思い出に浸り過ぎて、あっという間に時計の針が進んでしまった。
パッと手を伸ばした服に袖を通す。最近買って、まだ着たことがなかった服だ。
友人の好みに合う物を通販で購入し、お披露目をするのをすっかり忘れていた。
少しフリルをあしらった、ほんのり緑がかったワンピースに袖を通し、鏡に向き合って簡単に化粧をする。
もうじき待ち合わせ時間だ。少し早めに着いて彼女を待っていよう。晴れた空の下、1時間前に私は家を出た。
◇◇◇
待ち合わせ場所の駅、いつもの場所で立って友人を待ち始める。
時間はまだ30分以上ある。今日の彼女はどんな格好をして来るだろう。待つのは苦手だったけれども、この時間は嫌いじゃなくなった。
周囲の行きかう人々の中に彼女を見つけた瞬間、自分に笑いかけ手を振ってくれた瞬間、私はもう独りぼっちじゃないのだ。
そう思えるのがとても好きになったのだ。
「ちょっと、君。いい加減しつこいです!」
友人の声が耳に届き、パッと弾かれたようにそちらを向く。
こちらへ向かいながらも、迷惑そうに見ず知らずの男へ声を荒げていた。ナンパだろうか。そう考えるよりも早く、体は動いていた。
「彼女に触らないで、よ!」
「なんだおま…いってぇ!!!」
「亜優美ちゃん!?」
履いてきた白のパンプスのヒールで思い切り男の足を踏み、スネを蹴り付けた。
同時に彼女の手を取って足早にその場を後にする。
心の中がザワついた。さっきまでの光景が目に焼き付いて離れない。迷惑そうな友人にすり寄り、腕を掴んでいたあの男のにやけた姿。同じ人間に思えない。
怪物だ。
「亜優美ちゃん、ちょっと、止まって!」
「ハッ…あ、あれ?」
気が付くと、駅前から少し離れた人の少ない場所まで来ていた。
いけない。思考に没頭していて、彼女の言葉が聞こえていなかったのだ。失敗。
「ご、ごめん。あなたにひどい事しているからつい…」
「ひどいというか、まぁ迷惑はしてたけど」
「何も言わずここまで引っ張っちゃってごめん。でも、あの男、あなたに声を掛けるだけじゃなくあなたの体に触るなんて…本当、許せない…」
「いいよ、あたしを助けてくれたんでしょう?本当にありがとう!助かったよ、亜優美ちゃん。」
彼女は少し乱れた呼吸を整えて笑顔を作り、お礼を言ってくれた。
その一言に胸がまたギュッと掴まれたような気持ちになった。
やってよかった?
本当に?
あなたの為に私はなっている?
「…本当に?迷惑じゃなかった?嫌わない?」
「勿論だよ!ありがとう」
「…そっか」
話を聞くと、私を誘った後に支度を終えた彼女は時間より早く駅へ向かい、ウィンドウショッピングを軽く行っていたらしい。
「そして待ち合わせ場所に着くちょっと前に、絡まれたんだ?」
「そう。最初は無視してたんだけど中々しつこくって」
「どうせなら誘ってくれたらよかったのに…」
「急な誘いだったし、ランチまでの時間を潰そうくらいの気持ちだったんだよ」
「こんな目に合うなら、最初から亜優美ちゃんと一緒に居ればよかった」と、締めにこぼしつつ、私と会うまでの経緯を歩きながら彼女は話していく。
「ねぇ、そういえばランチはどこがいい?あたしはー…」
「カレーだよね。もう少し行った先に評価が良いカレー屋さんがあったからそこに行こうって思ってたんだけど、ダメだった?」
「い、イヤ?ダメじゃないし寧ろ良いけど…」
「それじゃ行こう!どうかした?」
「何であたしがカレー食べたいって分かったの?」
「そりゃ当然、私はあなたの事なら、なんでも知ってるもん!」
彼女の前に踊るように飛び出し、ニッコリと満面の笑みを作る。
少々の邪魔は入ったが、友人と私との今日はまだ始まったばかりなのだ。
沢山彼女に喜んでもらい、ずっとずっとずっと、一緒に居てもらう。
その為に。
「な~んでも、ね♪」
◇◇◇
END
◇◇◇