『りのちゃん…』
『あーったっちゃんまたどろだらけ! だれにやられたの!」
毎日毎日こんな感じで。龍也はしょっちゅう、幼稚園で「女みたい」という理由だけでいじめられていた。わざと突き飛ばされたり、砂場の砂や雨上がりの泥をかけられたり……とにかく散々だった。
『わたしがとっちめてあげる! いくよ!』
『ううっ、ありがとうー……りのちゃんだいすきぃ』
私はといえばそんな龍也を守るために、他の園児たち相手によく代わりの制裁を行っていた。先生にいくら怒られても、「だってあいつらがわるいもん」で通していた。
それでも龍也はやっぱり可愛いから、小学校に上がっても中学校に上がってもそんな感じだった。しかも年齢が上がるとどんどんいじめの手も酷くなるものだから、私も毎日毎日龍也の護衛に必死で。結果として「桃井龍也のバックには天野莉乃っつーやべー女がいる」なんて噂が経つほどになっていた。
やべーも何も私はただ普通に、ごく普通に、龍也を守っていただけだったのに。それでも龍也はいつもニコニコ嬉しそうに「莉乃ちゃんありがとう」なんて言うものだから。私としてもあまりの可愛さに、息を飲むしかできなかった。
そう、龍也は可愛い。あまりにも可愛い。まるで二次元からやってきたかのような、あまりにベタな美少女顔だった。一度ふざけてうちの姉が化粧を施したら、絶世の美女が誕生してしまったことすらある。あの時は「これは世に出すべきか」「いや町内が戦場になる」「町内どころか県? 世界?」と両家で話し合いになったほどだ。
もちろん男子だから制服は中学高校一貫して学ランだったからすぐ「男」って分かる見た目だったんだけど、どう見ても「男装してる女の子」になってしまっていた。一度本人が「ナメられたくない」って頭を刈り上げたんだけど、それでも結局可愛いからただの「男装してる丸刈りの女の子」になってしまっていて。本人は結構コンプレックスに思ってたみたいだった。
でも、そのコンプレックスは……どうやら年をとることで、数周してしまったらしくて。
「莉乃ちゃーん、お待たせ!」
大学生活も終盤に入って、授業よりも企業面接のために出かけることが増えてきた頃。今日は本当に珍しい、丸一日オフの日だった。
私の服装の趣味は、長年変わらない。シンプルイズベストを極めた結果、今日だって白いトップスと黒いスキニーでまとめた。それに引き換え、こいつは。
「……今日もフリフリだねぇ」
黒ベースに、ピンクのフリルがあしらわれたワンピース。ピンクに染め上げられたロングヘアは、今日はツインテールだった。かつて丸刈り小僧だった頃の面影は、かけらも無い。
目の前の地雷系美少女こと龍也は「おニューなんだぁ」と目の前で回ってみせた。
「いやぁ大変だったんだぜこれ買うの! ネット抽選に三名義使ったもんな」
「まあ確かに似合ってるけど」
すね毛だって一本も生えていない。確か大学に入ったと同時に全身脱毛を始めた、と言っていた気がする。肌だって白いし、骨格は……凝視すればさすがに男と分かるけど、身長が私と変わらないぶんパッと見ではまず女にしか見えない。
私の美少女顔幼馴染は……ここ数年で、しっかり美少女装男子へと振り切ってしまっていた。
「んじゃ早速行くとすっか」
何が恐ろしいって、こいつの口調は昔の数十倍は男らしくなっているところだった。元々いじめられている時は怯えながらも「強くなりたい」って言ってて、おじさんが「じゃあ内面を男らしく!」と鍛えた結果だそうだけど。しかし外見はこんなに女の子なので、かなりちぐはぐではある。
「今日はどのブランド?」
貴重なオフに龍也に呼び出された理由は、ただ一つ。というかいつもそれしかないんだけど。
「『ベリーナイト』と『ハピネスアウト』はマスト。余裕ありゃあと二軒くらい行きたいなって感じ」
「本当にフリフリ服が好きなんだね」
私の呆れに等しい言葉に、龍也はカッと目を見開いた。
「ったりめぇだろ! だって可愛い俺を引き立たせるのは結局フリルとレースなんだよ!」
「あんたは何着ても似合うでしょ」
「それはそうだけど!」
その目覚めは、大学入学直前だった。
この頃にはさすがに露骨ないじめなどは減っていたものの、やはり龍也の美少女顔と勇ましい中身に変な目を向ける者は多かった。そんなある日、うちの姉が言ったのだ。
『いっそめちゃくちゃな美少女が凄んだりしたら、ギャップ出て面白いよね』
それは龍也に大層響いたらしく、彼は早速行動に移した。まずはうちの姉に弟子入りし徹底したメイク技術を習い、服装の勉強を始めた。そしてその結果、この美少女装男子が誕生したのである。
実際効果はてきめんで、あまりの「完成された」美少女である龍也はしょっちゅう「美少女として」男に声をかけられまくった。そのたび持ち前の男前ぶりを見せつけることで、こいつは一種の男への復讐を果たしていたのである。
とはいえ、それはあくまで「一人の時」だ。
「ねえねえ、君たちすごい組み合わせだね」
……やはり、来た。とんでもない美少女(男だけど)を含んだ二人組なんて、この都会じゃすぐにナンパの対象になる。
声に気づいた龍也は、慌てたように私の腕をぎゅっと掴んだ。だから、ため息をつくしかできない。
「あの、ちょっと急いでるんで」
少し冷た目の声を出せば、男はすぐ引いてくれる。さすがに幼少期みたいに、暴力などには頼らなくなった。これはこれで、私も成長してるって感じだ。
男は「ごめんねー」と愛想笑いだけして、すぐに立ち去った。それを確認すると、龍也はやっと腕を離す。
「さて、今日は何人声をかけてくっかな」
「あんたねぇ……いつも言ってるけど、あれくらい自分で追い払えるでしょ。どうみてもあんた狙いだったし」
「そうだけどぉ」
龍也は隣を歩きながら、ニヤリと笑う。
「莉乃ちゃんの女騎士っぷり、見てて癖になんだもん」
……いつだってそう。姫は男だけど、こいつ。私は姫を守る騎士。それが不満だとかそんなんじゃないけど、それを楽しんでいるこいつが見ててイラっとする。こいつのせいで私は騎士にならざるを得ないだけだと言うのに。
「俺を守るために頑張ってくれる姿が本当、可愛い」
「数十倍は可愛いくせに何言ってんの」
「見た目だけだよ俺は」
否定しない、その清々しさがもはや笑えてくる。こんな感じだからこそ、私はこいつの前では素直にいられた。こいつと友達で、ずっといられると信じていた。
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