注がれた水で杯が満たされる。
それを当たり前とする世界で生きる事が、オレたちには難しい。
穴が空いていたりヒビ割れていたりするオレたちの杯は、注がれた端から中身が漏れて後には何も残らない。
愛情・恋慕・称賛・羨望。
周りから向けられるそんな感情を、素直に受け止めて満足できる人間だったらよかったのにね。
「オレ結構敬一君の事好きだよ」
目を閉じて寝入る友人に小さな言葉をかける。
オレのゲームに付き合う事になっていた敬一君は、ふと気付けばソファで寝落ちていた。
夜更けのこれからを活動時間とする自分とは正反対のなんとも規則正しい生活を送る男に徹夜は難しかったらしい。
日中のようにセットされず無造作に額へと流れる前髪と、その下で無防備に晒されている寝顔を見ていたら、思わずそう口走っていた。
オレの言葉に反応をして起きるような素振りを見せる事もなく、敬一君は一定のリズムで呼吸を繰り返す。
結構。わりと。いやだいぶ!
「オレは敬一君の事好きだよ」
けれどきっと、この言葉は敬一君には届かない。
意識があるかないかではなく、オレのこの好意は敬一君を満たすものにはなり得ない。
オレだってそうだ。
敬一君がオレを憎からず思ってくれている事を、オレはちゃんと知っている。
今日だって慣れぬ徹夜をして興味のないゲームに付き合ってまで二人になる時間を取ろうとする健気さを可愛らしいと思う。
けれどそのささやかな愛情をいくら受け取ろうとも、それはオレの抱え続ける餓えを満たしてはくれないのだ。
自分の事を好きになれないオレたちの心は底が抜けていて、他人から貰った温かなものをどれだけ流し込んでも満たされる事はない。
足りないからこそ求めるのにどれだけ注ぎ込んでも満たされない。
コントローラーを放り投げ、敬一君の横に移動し、傾いた身体にぴたりと寄り添う。
そのまま敬一君の頭に自分の頭を擦り付けると柔い金色から自分と同じシャンプーの匂いがした。
オレたちはどれだけお互いに想い合おうと満たされる事はないけれど。
交わした愛が底を抜けて全て下へと落ちていくまでの、その短い時間の中で一瞬だけでも、杯に並々と注がれた瞬間の満ち足りた気持ちを味わう事は悪くないと思っている。
「オレたちいつか、自分の事ちゃんと好きになれるといいね」
おやすみのかわりに心にも無い事を言いながら目元の黒子に口付けた。
寄り添った身体は暖かく、じわじわと心地よい眠気を誘う。
こんなに早い時間に寝るのは久しぶりだなと考えながら、投げ出されていた傷の残る手にそっと自分の手を重ねた。