中国の旧租界地区には当時の列強国(フランス、米国、イタリア、ロシア、日本)が作ったキリスト教教会堂が幾つか残っている。
現代中国は共産党以上に強い組織・思想を強く規制しているので、キリスト教活動も基本的には規制されてしまっている。一部ではキリスト教教会堂の強制取壊しなども行われている。
従って、下に上げる教会堂でも、どれだけの信者がいるのか不明だが、大都市部の教会堂は補修され整備が進んでいるとろもある。その幾つかを回って見たが、基本的には外観のみの訪問です。
(訪問・撮影:2011年、2013年)
徐家匯聖イグナチオ大聖堂(じょかかい)
大聖堂(カテドラル)の名称通り、ここにはカトリック上海教区の司教座が置かれている。上海でも最も有名で立派な教会堂。フランス租界の中ではないが、実際には租界の一部として扱われていたらしい。
基本的には尖頭アーチを用いたゴシック様式で1910年に完成した。両脇の尖塔の高さは60m、建物の奥行き83m×幅34m。東面に三扉の入口を持ち、西側のアプスを中心とした縦長十字形平面となっていて、本来のキリスト教教会堂のオリエンテーションの原則からは真逆の方位となっている。
文化大革命の時にかなり破壊され、倉庫などに転用されたが、その後、上海市共産党が修理費を出し大規模な修繕を行った。前面には小公園を設け、一体は市民の憩いの場にもなっている
新天安堂
(聯合教会、ユニオン教会)
再開発が進む外灘北側にある教会堂。イギリス租界時代の1856年に建築された。この一体は再整備が進んでいる地区で、この教会堂も火事で消失してしまった為に2010年に再建されたとのこと。
建築様式としては窓の少ないロマネスク様式に準拠で、屋根の下の波型模様のロンバルディア帯もその特徴を生かしている。しかし、大窓は尖頭アーチが使われており、ゴシック様式も取り入れている。写真では小さく見えるが横に立つ人と比べると結構大型であることが分かる
聖母大堂(聖ニコライ堂)
このタマネギ型のドームはロシア正教の特徴。1934年に建築されたそうだ。ロシアは上海には租界を持っていなかったが1900年代にロシア人が上海に集まったという歴史があるらしい
All Saint Church
(諸聖堂)
1925年の建築の旧フランス租界の中にある教会堂。ロマネスク、バロックなどの様式が入り交じっている。回りを木々に囲まれ、規模も大きくないので目立たない。
黄浦区礼拝堂
(紅礼拝堂、聖三一堂)
外灘、南京東路に近い旧イギリス租界地域にある。ここも文化大革命の時に大きく破壊されたが、徐々に再建を行い、塔も再建されたが、まだ立ち入りできない。東に入口を設け、ロマネスク様式やゴシック様式が混じった教会堂。名前の「聖三一堂」の「三一」はおそらくキリスト教の根源ドグマ「三位一体「から来ていると思われる。日本でも「三・一教会」というのが多数存在している。
洋涇浜聖ヨゼフ教会堂
フランス租界時代の1860年に完成した。現在は小学校併設となっている。建築的には何様式ということではないがシンメトリーの美しい教会堂。当初のフランス租界活動の中では中心の場所だったそうだ。
沐恩堂
1931年に建設された西側に入口、東側に祭壇を置く正統配置のゴシック様式の教会堂。人民公園に近く、周囲は商業施設として賑わっているがこの場所だけは歴史に取り残されたような佇まい。
人があまり来ない回廊部は雑踏の上海においては静かな時が流れる。尖頭アーチの並びが美しい。
建物側面には小さなフライングバットレスがある
これは構造体と言うよりは装飾か?針が並ぶ柵に中国の治安状態をみる。教会堂といえども安心できない。
訪問・散策のコメント
・場所は各々離れているので他の観光と組み合わせた散策になるだろう
・教会堂の内部見学可否についてはほとんどの教会堂は門を閉ざしているために不明。門番はいるが中国語を介する人と一緒に行かないと交渉も難しい。沐恩堂だけは入口が開いていて多くの人が入っていたので見学することができた。
・特に注意
2023年以降、中国国内の経済、治安、政情の悪化が顕著であり、変に撮影歩行しているとスパイとしての摘発の恐れもあり、中国散策はお勧めできない。(2024年末)