Methomylという化合物を餌に混ぜて動物に与え,殺害したというニュースが流れていた.Methomylの構造式を確認するためにWikipediaを見たら,次のように記載されていた.
メソミル(methomyl)は、米国デュポン社が開発したカルバメート系の殺虫剤。青色の粉末で、弱い硫黄臭がある。日本国内では1970年に登録され、「ランネート」などの商品名で販売されている。主に野菜畑において、ハスモンヨトウをはじめとした大型害虫に対し、水和剤として使用される。
IUPAC 名 (E,Z)-methyl N-{[(methylamino)carbonyl]oxy}ethanimidothioate
融点 78-79℃
別名 Lannate, Mesomile, Methomex, Nudrin
左のような幾何異性体の存在が示唆されている.
青色の粉末と書かれているが,構造式からは納得がいかない.そこで,分子軌道計算 (PM6) によって最安定構造を算出し,その構造を用いて時間依存密度汎関数法(TDDFT)による紫外線吸収スペクトルの予測を行ってみた.
紫外線吸収スペクトルの予測結果を次図に示した.吸収は250nmより短波長側にあり,無色であることを示唆している.
化合物に色があるのは,可視部に吸収があるためである.吸収光の波長および色と観察される色(余色)の関係をまとめたものが ,住化ケムテックス の技術資料(染料概論)に掲載されているので,引用させてもらった.
化合物が青色なら,580~595nmに吸収があり,黄色の光を吸収していることになる.PubChem には,methomyl は白色結晶状固体と書かれているので,著者の誤記(誤翻訳?)ということになる.
ところで,化合物の色については意外と無頓着な研究者が多い.以前にも紹介したが,単結晶X線解析を依頼されたサンプルには結晶の色で構造の誤りが分かるものがいくつもあった.Diazaazuleneとしてイギリス化学会の速報誌に掲載された化合物(A)は,論文公開後,海外の研究者によって直ぐに構造の誤りが指摘され置換体(B)と訂正された(資料参照).構造確認のため,ジエンソースの単結晶X線解析を依頼された際,「Azuleneの構造にしては色がないですね」と依頼者に言ってしまった.「Azuleneなら紫に着色してはずであり,薬学部の研究者なら「うがい薬」などで知っているはず」と思ったからである.そんなことを思い出しながら,後学のために本ブログを書いている次第である.
現在は分子軌道計算で容易に予測可能である.以下に予測結果(上 diazaazulene, 下azulene)を示した.
資料
・毒物及び劇物取締法上の劇物に指定されている. コリンエステラーゼ阻害による毒性があり,本剤の中毒症状に対しては硫酸アトロピン製剤が有効.
・Methomyl の生成熱 Hf(PM6法)
anti -46.16140 KCAL HOMO LUMO ENERGIES (EV) = -8.977 -0.169
syn -47.95205 KCAL HOMO LUMO ENERGIES (EV) = -8.854 -0.237
・TDDFTによる電子遷移の吸収波長予測計算は,アイオワ州立大学提供のフリーウエアGAMESSを用い,Core i7 CPU搭載のPC (Windows10) で実行した.
・Diazaazulene合成の試みに登場する反応
Thiadiazoleの芳香族性が高いため,硫黄原子はスルフォンに酸化されていなかった.実際は下段の反応が起こっていた.
チオフェンの硫黄は酸化されるので,thiadiazoleも酸化されジエンとして環化付加すると考えた分子設計は,妥当と思われる.酸化剤,酸化条件の再検討が必要.1,2,4,5-Tetrazinenを用いるとうまくいくかもしれない.
2017.5.2