15時から16時までアカデミア美術館を見学(撮影禁止)。アカデミア美術館前からバポレットに乗ってサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂へ。
S.Angeloからバポレットに乗りアカデミアへ
サン・ポーロとはリアルト橋周辺の地区を指す。乗り場の名前は対岸もサン・トーマ」
これはバポレットの乗り場。次がアカデミア
S.Tomaとアカデミアの中間ぐらい
アカデミア美術館。19世紀初頭までサンタ・マリア・デッラ・カリタ教会、ラテラナン・カノンズ修道院、サンタ・マリア・デッラ・カリタの聖堂により形成された広大な複合体だった。特に14世紀から18世紀までの時代の絵画を豊富に揃える。ティントレット、ティツィアーノ、ジョヴァンニ・ベッリーニ、ヴィットーレ・カルパッチョ、ヴェロネーゼ、レオナルド・ダ・ヴィンチ。当時は撮影禁止だった。当初の予定では12時からとしていたが昼休みで16時から1時間程度で見学
アカデミア美術館東のバーカロで一休み。HP作成時にはグーグルマップでダ・ジーノになっているが写真の入口の窓の桟を無くして改装しているので店のオーナーも名も変わったと思われる
老夫人がエスプレッソを一息で粋に飲んでいた。右の壁に家族の写真をカレンダーにしたのが飾ってある。
土産物屋に飾ってあった。毛はプラグ。頭はブレーキパッド
450m東のSaluteまで
16:30
建物は1903年から1906年にサルヴィアーティ家のために建築された。ジャコモ・デッロヴォが設計されました。1924年に建物は床の追加と大きな同家がムラーノで行う事業の宣伝のためのモザイクファサードなどの大規模な改装を行った。。
手前の建物。サンジョルジョ修道院
バポレット乗り場。
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の西隣にある。9世紀に建てられ、写真は15世紀に再建されたもの。広場も教会と同じ名前
1629年夏に始まったイタリア全土を覆った黒死病大流行はヴェネツィアを急襲し、2年で人口の1/3失なった。祈りと、黒死病に対す守護聖人聖ロッコと聖ロレンツォ・ジュスティニアーノへ捧げる教会の建設が同様に唱えられたが、大流行はやまなかった。しかし1630年10月22日にヴェネツィア政府は新教会建設を宣言。ただし様々な理由から共和国守護者の聖母マリアに捧げることが決まった。政府は毎年11月21日の聖母マリアの祝日を祝って教会を訪問することを決めた。これはマドンナ・デッラ・サルーテ祭という市の公式行事としてサルーテのあるサン・マルコ地区からドルソドゥーロ地区まで黒死病撃退を記念する行進が続く。カナル・グランデ上の海は、特別に舟橋の上を渡って行き、今も主要行事の一つになっている。
サルーテの場所はサン・マルコ広場からのアクセスが容易ということで8つの候補の中から選ばれた。11の具申から2つが最終審査に残り、建築家バルダッサーレ・ロンゲーナが選ばれた。聖堂が完成したのは、ロンゲーナの死ぬ1年前の1681年。「私は円形建築物としての教会を考えた。新たな創作でヴェネツィアにまだ無い形で、聖母マリアに捧げられ、その献身の神秘を持ち、神は私に王冠の曲線の中の教会として建てるよう少々の才能を使わされたと私には思える。」
新しいeniガスとライトは最も簡単なソリューションをパッケージ化します 。6本脚の犬のマークは長らくF1のスポンサーであったAGIP(アジップ、「イタリア石油公団」 Azienda Generale Italiana Petroliの頭文字) で有名。AGIPはEni(炭化水素公社)を親会社とし、世界規模で油田の発掘、天然ガス・原油の精製、石油関連製品の物流、販売を展開し、300を越える関連企業の中核を担う世界最大級のエネルギー総合企業であったが2003年にEniに吸収合併された。
建材は、イストリア産の石とマルモリノ(大理石の粉末で表面を覆った煉瓦)。彫像は右上は聖ルカ、右下は聖ジョンズ、左上は聖マークス、左下は聖マシューいずれも彫刻家トンマーゾ・ルースによる
故郷のために亡くなったベネチアの金融業者
巨大な八角形(カトリックで8は救済や希望のシンボル)の建物で、10万個の木片を組み合わせた土台の上に建っている。
祭壇上の彫像は『黒死病(ペスト)を追い払う天上の女王』(1670年)
絵の高さだけで1.5mぐらいある。彫刻はJosse de Corte(1627-1679フランドル出身)によるholy icon of Panagia Mesopantitissa、ペストを追い払う天の女王を描いたもの。オスマン帝国の占領後、1669年にカンディア市からヴェネツィア市に移された。
聖霊の降下の祭壇。祭壇の上に聖人の聖遺物箱。クレシェンツィオ・ド・ローマ天使の彫刻は、オンガロとして知られているミケーレ・ファブリスによる。祭壇画はティツィアーノが1555年に描いた「聖霊の降下」。
聖具の意
Pietro Liberi(1605-1687/10/18)による。パドヴァ生れ。
ルカ・ジョルダーノは聖母マリアの生涯を3枚に描いた。1つは寺院での聖母のプレゼンテーション、2つめは聖母の被昇天、3つめは聖母の降誕。
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂は15分ぐらい見学
トラゲット、税関乗り場
税関の三角形の建物を美術館として利用。
元は税関関連の施設。1682年に Giuiseppe Benoni の設計で建設。三角屋根の先端に設置された風向計はスイス&イタリアの彫刻家 Bernardo Falconi の作品。ギリシャ神話に登場する天空を支える神アトラースの彫刻が風向きと運勢を示す。2006年に安藤忠雄の設計によりリノベーションを開始。オリジナルのレンガをなるべく残しつつ滑らかなコンクリートとステンレス鋼のアンカーボルトで補強。2009年にフランスの実業家 François Pinault のコレクションを展示&保管する美術館としてオープン。中はこちら