ベネチア市街を歩く。サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂を見た後、16時20分ぐらいにドゥカーレ宮殿前のサン・ザッカ―リオの停留所に着いて、路地を北に。
バポレットで対岸へ移動
たぶん一番立派
ピエタの教会とも呼ばれるサンタ・マリア・デッラ・ビジタツィオーネ教会は、建築家ジョルジョ・マッサリによって設計され、1745年から1760年の間に建てられた。バロック様式の建築とインテリアで有名なサンタ・マリア・デッラ・ビジタツィオーネは、ヴェネツィアの芸術家ジャンバッティスタ・ティエポロの一連の著名な絵画で最もよく知られている。この機関は、15世紀から約900人の放棄された子供たちを収容するファウンドリングの世話を提供した孤児院とコンサバトリー、オスペダレ・デッラ・ピエタと提携している。サンタ・マリア・デッラ・ビジタツィオオーネは、音楽プログラムで有名になった孤児院のコンサバトリーとして機能し、その後、コンサバトリーで教えながら彼の主要な作品の多くを作曲した作曲家でヴァイオリニストのアントニオ・ヴィヴァルディとのつながりのために機能した。
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サンタ・マリア・デッラ・ビジタツィオーネ教会の東の路地を入ったところに見える
ピエタ通り。サンタ・マリア・デッラ・ビジタツィオーネ教会の東から北に入る路地。教会の名からつけられた。
聖ジョルジオ・デイ・グレーチ大聖堂の尖塔が見える
グレーチ川
聖ジョルジオ・デイ・グレーチ大聖堂。1498年、ギリシャ正教の教会。1539年に教皇庁から許可を得、オスマン帝国の台頭とともにトルコからヴェネツィアに逃亡したギリシャ正教の難民により建設された。外観は古典的なベネチアンだが、内部は正統派のスタイルで、通路のない身廊は木製の屋台に囲まれ、マトロネオ(女性用の礼拝所)がある。また、バルダッサーレロンヘナによるガブリエレセビロス(1619)の記念碑がある。
グレーチ川にかかるグレーチ橋
教会のドームは、ティントレットの指揮の下、ジョヴァンニ・キプリオスにより最後の審判(1589–93)が描かれている。ビザンチン帝国の最後のメガスドゥクスであるルーカスノタラスの娘であるアンナノタラスが1453年以前にイタリアに持ち込み、後にサンニコロデイグレチ教会に信頼して贈った「4人の福音書記者のシンボルと12人の使徒の姿に囲まれた彼の栄光のキリスト」、「全能者ハリストス」、「聖母ホデゲトリア」がある。
橋から北方向を見る
中央上にaltana(アルターナ、物干し台風のベランダ)が見える
S.プロヴィオ川。奥の橋はPonte del Diavoloディアボロ橋DiavoloとはDevil(悪魔)の意
少し南から
左の写真の右側にある小学校。
サン・ザッカリーア教会。ベネディクト派の教会で洗礼者ヨハネの父と言われるザカリアに捧げれ建設された。またザカリアと言い伝わる遺骸が教会内の右側の祭壇に下に収められている。
最初の教会はヴェネツィア共和国元首Giustiniano Participazioにより9世紀に建設が始まり、当初はロマネスク建築様式に教会だった。教会にはベネディクト派の修道院も併設され、毎年イースターの時期に共和国元首がサン・ザッカリーア教会を訪れ、王冠や勲章の展示なども行われていた。教会の壁には著名な画家の作品(ティントレット、パルマ・イル・ヴェッキオ、アンソニー・ヴァン・ダイクなど)も多く飾られており、特にジョヴァンニ・ベリーニによる祭壇の絵(San Zaccaria Altarpiece)は非常に名高い。