Repubblicaから地下鉄A線で。ここからバス40番でP.za Veneziaへ
奥がヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
このあとChiesa del Gesù Il(ジェズ教会)訪問。かつてのイエズス会の本拠地。正式名は Chiesa del Santissimo Nome di Gesù all'Argentina(イエス・キリストの神聖な御名の教会)。ファサードは「世界初の真のバロック様式のファサード」と言われる。世界中のイエズス会の教会はこの教会をモデルとしており、アメリカ州の教会にその傾向が強い。1551年、イエズス会を創立した聖イグナチオ・デ・ロヨラが構想。彼は宗教改革とその後の対抗宗教改革の時代に活躍した人物で、ジェズ教会はイエズス会総長の住まいとしても使われたが、1773年にイエズス会の活動禁止令が出されたため、イエズス会はジェズ教会が使えなくなった。後にイエズス会はこれを取り戻して隣接するパラッツォも入手し、イエズス会士の聖職を目指す優秀な学生を世界中から集めてそこに住まわせ、グレゴリアン大学に通わせている。14:40にパンテオンの後に寄ったが昼休み中で再訪。
パラッツォグラツィオーリ。最古の情報では、宮殿はエルコラーニ家のためにジャコモ・デッラ・ポルタによって建てられた。そこに定住したイエス協会の司祭であるルイジ・ゴッティフレディの家族は、1645年から1650年にかけバロック様式の建築家であるカミッロ・アルクッチを雇い根本的な改修を行なった。19世紀初頭、宮殿はオーストリア大使の住居となり、その後スペインのルッカ公爵夫人などが住んだ。また宮殿は、1995年から2021年まで宮殿を借りたシルヴィオ・ベルルスコーニの家であったことで知られている。
シルヴィオ・ベルルスコーニ (1936年9月29日生まれ)は、1994年から1995年、2001年から2006年、2008年から2011年まで首相を務めたイタリアのメディア大物および政治家。
2つ前の写真の左端に写っている建物。ジャスティン・ビーバーやアイルランド大統領も来た人気店
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂。16列の大きなポルティコ(列柱)は建設時の、イタリアの16の地域を表す。後にヴァッレ・ダオスタ、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア、モリーゼ、トレンティーノ・アルト・アディジェの地域が追加された。
写真の真ん中は祖国の無名戦士の祭壇。1885年、サヴォイア朝によるイタリア王国を成立させたヴィットーリオ・エマヌエーレ2世を王国の国父(della Patria)と見なし、その偉業を讃えるべく息子であるウンベルト1世の治世に建設が開始。新古典主義の建築家ジュゼッペ・サッコーニが設計を行い、彫刻などの装飾は象徴主義の彫刻家レオナルド・ビストルフィ、アンジェロ・ザネッリらが担当。建設開始から16年後の1911年に落成式が行われ、1925年に完成。ロンバルディア州ブレシア県のボッティチーノから切り出された大理石が使われ、パンテオンと同じコリント式の円柱、噴水、大きな階段が特徴的な構造になっている。建物上部にはクアドリガに乗る勝利の女神ヴィクトリアの彫像が二体配置され、建物正面には国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の騎馬像が設置されている。
全体で幅135m、高さ70m(クアドリガに乗るヴィクトリア像を含めれば81m)、総面積は17000㎡。2007年、屋上に向かうエレベーターが設置され、屋上からはローマの市街地を一望できる。
Arco di Titoティトゥスの凱旋門
ナヴォーナ広場。18:30ぐらい。
撮影時刻19:19 s95