2ndリアクション
シーン1:
「キルシュ」
「なんだ?」
蓼島稔とクリスティーナ・キルシュシュタインは近海調査船寒梅にいた。
日曜日の昼間である。
2人は『寒梅』の船内で改造にいそしんでいる。
操縦系統をクリスが、電装関連を蓼島が作業している最中だ。
「いや、よく機械のことが判るなと、船舶工学科でもないのに」
「船の操縦は好きだ、だから憶えた。いざというとき直せませんじゃ船乗り失格だろう?」
「必要だから身につけた技術ってやつか」
「そうだな」
クリスは台車にのって仰向けの状態で狭い中作業している、蓼島も後ろ向きで配線をいじっていた。
「8番工具頂戴」
クリスは手だけだして工具を希望する、蓼島は後ろ向きのまま工具を投げた。工具は空中で2回ほど回転し、クリスの手の中に収まる。
「Danke」
「Bitte」
2人の作業は早朝から昼過ぎまで続いた。
午後3時30分。
「おれたちで出来るのはここまでかぁ」
蓼島が腰を下ろすとしみじみと語る。
見た目、今までの寒梅と違いはない。
しかし今回改造した代表的な所を上げれば。
警備部警報機・動体レーダー・サイレントキャビテーションスクリュー・電池出力強化・電動コイルの2倍巻き・ダッシュ用バッテリー・オートアジャスト機能・オートバランサー・ドラッグシューター・超小型ブラウン運動板・アクセルオーバードライブ機能・浮力強化板・方位磁石・ハロゲンライト・バックギア・自転車型自家発電機・音声入力機能・自動帰港・落とし穴・煙幕・海洋大学直通無線LAN・衛星放送受信機能・ホロテレビ・音響設備・カラオケ・床下収納庫型冷蔵庫・イカ巻き上げ用リール2個・釣り竿3つ等々。
OBや様々な所にあった備品を全てかき集め、全てを2日がかりで取り付けた。
最大の改造点はブラウン運動板である。
最近になって出てきた超小型ブラウン運動板は、ボックスの中にはいっておりボックスの入り口の開け閉めだけで速度が調節できるという優れものである。大型船への取り付けは難しいが小型船用として最近出始めてきている。
「蓼島さん、クリスさん」
手を振りながらやってきたのは神原 愛であった、その後ろから神酒崎いのりが歩いてくる。
「いらっしゃい、愛さんにいのりちゃん」
「なんだ、見た目全然かわらないじゃないか」
「こうみえても……」
蓼島が今回の改造点について語る。
「すごいですねぇ!」
愛は素直な感想を述べた。
「さっそくだが、試運転をしてみよう」
クリスの提案で全員が乗り込む。
試運転はすばらしいものだった。
はっきりとわかるスピードアップ、そして小回り。
何もかもが順調だったそのときだ。
「オーバードライブの試運転をする」
そういって操舵していたクリスがレバーについたボタンを一回押し思いっきり手前に引いたときだ。
通常、船というのは水の上が重く、下が軽い。それゆえ曲がるときは上部が外側に振られる。
それに対してオートバランサー装備した寒梅は、無理なく曲がろうと重心を内側へずらした。
はたで見ていれば、まるで競艇のまくり差し様なコーナリングを屋形船がやっていた。
オートアジャスト機能により、コーナリング中は速度を落としスムーズに曲がろうとする力と、遠心力に対抗するオートバランサーが見事にマッチした世界最速コーナリング(といってもいいだろう)屋形船の誕生だった。問題は次だった……。
オートバランサーは振り返しが来るものと予測し、屋形船の姿勢が安定したときに逆の方に重心をずらした。
板バネの自動車と屋形船はかなり違う。
今度は端から見ると『片輪走行をする』屋形船であった。
内部の様子といえば。
神原 愛は大はしゃぎで手を叩いてたりする。
クリスは勝手に重心を変える船の操船で手一杯。
いのりは姉のクリスを信頼してか座敷で正座のままじっとしている。
蓼島は一人青ざめていた。
そんな状況が約3分間あり、クリスは寒梅をなだめ大人しくさせたが電送系の一部が焼き付き、船体へのストレスがかなり蓄積されてしまっていた。
寒梅はそのまま魚偏OBのいる修理ドッグに曳航され入院生活を送ることになった。
補強と修理に約1ヶ月。
大須賀は笑っていたが、その後、酒の量が減った事に蓼島は心を痛めた。
「次の例会はあさってですね」
「そうだね」
「寒梅ないのに、宴会はやるのか」
いのりの言葉に蓼島は自分の腰に手をあてて海を見つめた。
「大丈夫、この魚偏。トライデントUN大学3大古参同好会として、今まで何度もこんな危機は乗り切ってきた」
「どうするのだ?」
クリスは無茶な操船で痛めた手首に包帯を巻きながら尋ねる、がうまく巻けずみかねて、いのりが巻き始めた。
「あさっての宴会は水着持参で集合だ」
「!?」
シーン2:
「えっと自治警の方ですか?」
「学生です」
2人の出会いはときめきも、バックに花を背負うこともなく実にあっけらかんとしたものだ。
男同士だし。
声をかけたのは静佳雅人(23)であり、声をかけられたのはトライデントUN大学最年長の学生である徳重克司(52)である。
静佳の間違いは仕方ない事であり、徳重も重々承知はしていた。
「失礼しました、海洋大学の学生の静佳雅人といいます。えっと……」
「徳重克司という、海洋大学の学生をしている」
「徳重さんもここにいるということは、例の死体の件ですか?」
「ああ、まあそんなとこだ」
克司は地面を見ながら歩き回り、雅人もその後を追う。
「徳重さんはなぜ……?」
「さぁな理由はわからん、ただ気になっただけだ。毎日新聞を読むのが日課だ、そもそもここは殺人だの少ないはずだからな、殺人があったこと自体が普通じゃない、なのに新聞屋どもはその後のことを記事にしていない。普通なら『あの遺体の身元が判明した』だの報じるはずなのに、今回はそれが無かった。だから気になった」
「なるほどですねぇ~」
「まぁ、現場に来たところで何があるとはかぎらんがな、記事でみるより実際に現場をみたほうが何か判る場合もあるかもとな……」
「なるほどです」
ある曲がり角に来たときだ、そこだけやたら綺麗に掃除されている場所があった。デッキブラッシでこすり洗ったような跡がある。
「ここのようですねぇ~」
「そのようだな」
克司は上空を見渡し壁を見つめた。
雅人は地面を見つめていた。
「上空から落ちてきたわけでもなさそうだな」
「そうですねぇ、誰かが運んできたと考えるのが自然でしょうか」
「それに壁を見て見ろ」
克司は指で壁をなぞる。
「どうやら、ここで焼殺した訳でもなさそうだな。焼身自殺でもない」
「そのようですねぇ」
その時、後ろにだれかがっていた。
「よぉ、あんたらも死体探しの人かい?」
ごつい顔立ちに無精ひげ、トレンチコートに帽子。
「あの記事を書いたのは俺だ、あんたらも同業かい?」
ポケットからヒップポケットウィスキーを取り出し、ぐいっと飲むと袖で口元を拭きニヤリとその男は笑った。
シーン3:
「なるほど、だから冬の時期に水着持参か」
クリスはため息をついた。
場所は市街地の外れで、海洋大学よりのフローティングブロック。
「みごとなもんだろう?」
そこはフローティングブロックの中でも特異な場所であり、消波装置で砕けなかった波が集まる場所だった。
フローティングブロック自体は軽石と構造がにている、そして通常ならば立体の長方形であるはずが、上部だけ見事に削られてお椀型をしていた。その中には海水がたまっている。
「設計上のミスってやつで、満潮時にはこのブロックだけが波をかぶっちまう、うんでもってっと」
蓼島がそのくぼみにたまった海水に触れる。
「しかもこのブロックだけが、内部にボイラー管が通っているという都合上……」
その溜まった海水は温められ湯気をほんのりと出している。
「まさに海水温泉だな」
見つけた人間も人間だが、そこを宴会場にするのも……クリスは苦笑していた。
その日の参加者は都合15名。
クリスが実家からのワインを1ダース持ち込み、愛が小魚の南蛮漬け、マグロとアボガドのサラダ、鰤大根を持ち込めば、蓼島はカンパチをその場でしめて盛りを作り、8月以前の『男だらけの魚偏』とは異なる雰囲気が出来ていた。
羽毛田がどこからか電気配線を失敬しライトアップを始める、もちろんどの配線なのかは先人の知恵というものだ。場所が場所なだけに時々上をモノレールが走るとブロックが僅かに沈んだりもするが気にもならない。内海に面している部分もうまいこと柱の陰になっている。
しっかりと海水温泉に浸かり日本酒とビールとワインで常連たちはできあがっている。
しかし料理よりも彼らが興味あったのは、あでやかな女性陣の方だったかもしれない。
神原愛がハイビスカスの描かれたワンピースの水着で落ち着いた女性をイメージさせれば、いのりはエメラルドグリーンのビキニと長い黒髪であでやかさを出している。しかし一番映えるのはクリスだった、ブルーのビキニに小さい網かけの麦わら帽子、そして藍色のパレオで参加し普段から鍛えられたスタイルがより際だたされていた。
「そういえば、雅美ちゃん呼んだんじゃなかったっけ?」
蓼島はクリスの横にいたがクリス本人を直視することが出来なかった。
「ああ、何でも今日客がくるとかで参加出来ないそうだ」
「そうか、それは残念」
クリスの足の組み替えの動きにドキドキしながら蓼島は話を続ける。
「どうした? いつもの蓼島らしくないな」
「そうか? いつもと変わらないぞ別に」
クリスの方を向いて話しかけたとき、蓼島は余計に心拍数が上がったような気がした。
温泉のためかワインのためか、ほのかに上気したクリスの顔が薄暗い照明の中でひときわ綺麗に見えた為だ。
「あ、あの……だな」
「ん?」
「キルシュが綺麗に見えたんで……」
「ぷっ、あっはっは。酔っているのか蓼島? あたしをほめたって何もでないぞ」
「いや、世辞とかは嫌いだ」
「そうか、それなら素直に嬉しいな」
クリスは足先だけ浸かっていた湯を蹴飛ばす。
「飲むか? この前の定例会の時は蓼島の実家の酒だったからな、今回はあたしの実家からの酒だ」
クリスは自分の飲みかけのグラスを蓼島に渡した。
「あ、ああ」
蓼島は受け取ると一気に流し込んだ。
「あきれたやつだな、ワインはゆっくり楽しむものなのに」
クリスが笑う。
「いい酒はとっとと胃で味わいたい」
「なるほど、それもいいな」
2人の間に沈黙が流れる、しかし2人にとって嫌な間ではない。
「キルシュ」
「なんだ?」
「好きなやつがいなかったらでいいんだが、俺とつきあわないか?」
蓼島はクリスを見つめ真顔で言った。
「あ、おれともつきあってよ、クリスちゃん!」
「先輩、抜け駆けなしっす、クリスさんおれとつきあってください!」
「おまえ達にクリスさんは幸せにできない、この魚偏最強の男、男爵泥野におまかせを!」
そういってわらわらと集まる男ども。
「あっはっはっはっは」
肝心のクリスは大笑いをしている。
せっかくの告白も雰囲気も、シリアスな場面が一気に新喜劇と化した。
蓼島は頭をかきながら苦笑して。
「てめぇらあ!!」
湯の中の男たちの中心に思いっきりつっこんだ。
しばらく大騒ぎが続き、宴会も終わりを迎える。
帰り際だった。
「最近、死体がでてきたり物騒だからないのりと神原はあたしが連れて帰る」
クリスの何気ない一言が原因だった。
「神酒崎ちゃんを送りおどけたら、キルシュ一人だぞ?」
「大丈夫だ、いのりは今日あたしの家に泊めるから」
「そうか、じゃあよろしく」
帰り道、愛を送り届けるまで怪事件の話で盛り上がる。
そして愛が、酔っていたのだろう。
「じゃあ、その死体の身元をわたし達が探してみませんか?」
勢いもあったのだろう、クリスが了承する。いのりはクリスの顔を見てため息をついて渋々了承した。
翌日から、早速3人での捜索が始まった。
しかし、3人がどれだけ調べても身元どころか、各所どこも取り合ってくれないというのが正直なところだった。
シーン4:
「お二人ともよく来てくれた」
来たのはトライデントUN内にある大手新聞社だった。
受付で名刺を渡し、名前を受付簿に書いた後にGUESTのパスをもらって1階のラウンジで待っていた克司と雅人にあの男が声をかけてきた。
「まさか本当に新聞社の人間だったとはな」
「名刺の偽物はいくらでも作れますからねぇ~」
彼がつけている記者証と名刺は同じものだった、そして克司があの後自宅に帰り再度新聞を見て文責にその男の名前が書いてあるのを確認した。
「まぁ、疑われてもしかたのないことですけどね。ああそうだもう一人紹介しますよ」
そういって彼の後ろから出てきたのは同じGUESTのパスを持った学生だった。
「皆さん同じようにあの現場をうろついていらっしゃったんで、お声かけてみたんです」
「ダイソン・ベントス、UN大学の学生だ」
「で、私はこの新聞社の事件記者担当記者で森瀬です。まぁよろしく」
「自己紹介はそれぐらいで良くないか? なんで学生を集めたのか話を聞きたい」
「いやな、あそこに居たって事は死体の事で来たんじゃないかなと、うんでもってなんかいい情報がないか聴きたかっただけだ」
話し合いは10数分続いたが、お互いにもってる情報は浅く特に繋がる物はなかった。
その後、ダイソンは生物研究所系の研究室へ行き、遺体=謎の生物という点で調べて行くというと言い席を立ち、克司も廃棄物処理場の建物自体を調べたいと席を立った。
静佳も席を立とうとしたときだ、森瀬の目が静佳の動きを止める。
「(ここにいろ、ということですかねぇ~)」
森瀬はホール担当のウェイターにお代わりのコーヒーを頼むと書類を机の上に出した。
「君の欲しがっている情報だ」
書類の一番上には死体の写真がマスキングされて置いてある。
「で、ただでくれるわけではないでしょうねぇ」
「ああ、そこで相談だ。君らの持っている最近起こっている不可解な事件の情報が欲しい」
「(さて、どうしたものでしょうかねぇ~)」
静佳はふと悩む。
彼の手元には人魚の写真を撮影した学生である中月の手紙と写真があった。
しかしこの手紙と写真は個人で手に入れた物ではない、近衛浩太と藤原皐月と自分の3人で手に入れた物だ。個人の判断では渡して良いのか判断に迷う、しかも皐月は実家の方の都合で休学届けを出して帰省中だし、近衛とは連絡が付かない。
「(まずは相手が札を出してきた、ということはこれ以上のネタを持っているのか、ネタの賞味期限が切れたのか、それとも本当にこれだけのネタしかなくて動けないのか……)」
「すまねぇけど、即答で頼むよ」
悩む静佳を見て森瀬がニヤリとわらう、即断れば、またダイソンの様に発言すればよかったのだろう、森瀬は静佳がなにか知っていると思っているようだ。
「……判りました」
静佳がバッグから封筒を取りだし森瀬に渡す、森瀬は写真と手紙をみるとニヤニヤ笑っている。
「こいつはコピーだな、残念だが本人の自筆かネガ、それが原本の写真をもってきて欲しい。はっきりしねぇソースは趣味じゃないんでな」
「ええ、原本は友人が持ってます。森瀬さんに後日届くように伝えておきましょう」
「おいおい、それじゃあ俺の方がソンしちまう」
「お誘いしてくれたのはアナタの方です、たぶんアナタはこの写真と手紙をボクが持っていることを知ってましたね? だから連れてきた。いいでしょう、その策に乗ってみましょう、いいですか? ボクの方で掴んだ情報はあなたに流しましょう、その代わりあなたもボクに情報を流してください」
森瀬は片眉だけをつり上げて見上げる。
「悪い話じゃねぇな、ただ俺もこの新聞社じゃペーペーだ。手に入れられる情報も限られちゃいるが多少は融通が利く、結局トラコの新聞も内地と違ってトラコの社内報程度だしな」
お互いに資料を鞄に詰めて話し合いは終了した。