15時半から30分くらいで見学。ほとんど貸切状態。
設計はイタリア人建築家、アンドレーア・パッラーディオが手掛けた。1566に着手し完成は 1610 年、大理石の 2 層式のファサード と左右対称の高い円柱を特徴とする、ルネッサンス建築を代表するデザイン。扉の右は聖サンジョルジョ(ゲオルギウス)
ピエトロ・ナッキーニによって1750年に建てられ、ピエトロ・バッツァーニによって1887年に復元された。57音の鍵盤がある。
右がティントレットの最後の晩餐。反対側に他にマナの収集(シナイ山を目指し飢えに苦しむ一行は、エジプトにいたほうがましだった、と文句を言うものが現れた。そこで、神はモーセを助けた。天からパンを降らせた。それはマナという。蜜の入ったウェハースのような味であったらしい。)がある。
右のように照明が2分程度点灯
最後の晩餐。先行する15世紀の同主題の作例で繰り返されていた、机を鑑賞者に対し平行に置く表現を用いず、晩餐のテーブルを画面手前から奥へ向かって斜めに配した斬新な構図を採用。舞台照明のような光の扱い方、現実と幻想の入り混じった描写にティントレットの特色が現われている。
1591年。
右上の聖歌隊席
礼拝堂はベネディクト会の修道士達に管理され、他の教会などのように礼拝堂を貴族などに売り収入を得るとことをしていなかった。一部祭壇を貴族に与えていたが、派手な装飾などはされず修道士たちによる地味な装飾のみ。
他にカナの婚礼 (ヴェロネーゼ)があった。この作品は1562年6月6日、ベネディクト会がヴェロネーゼにこの聖堂の修道院の新しい食堂の後壁用に制作依頼。契約で、ヴェロネーゼに324ドゥカートの支払、家族の生活費、ワイン樽の提供、食堂での食事を規定した。また、契約で完全に収容できる数の人物像を生み出し、ガリラヤのカナでのキリストが起こした奇跡の宴会の歴史」の描写、ならびに最適な色の使用、具体的にはラピスラズリから作られたウルトラマリンが挙げられる1。563年9月に完成した絵画を11月のマドンナ・デッラ・サルーテ祭に間に合うように納品。
西方向、ジュデッカ島
灯台と港。建物はLe Stanze del Vetro(ガラス美術館)
中央はBasilica di Santa Maria della Saluteサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂
真ん中右がドゥカーレ宮殿
ドゥカーレ宮殿