「AIは答えを作り、人間は問いを作る」—相可高校特別講義「AI時代の探究者」を終えて(2026.9.4)
「AIは答えを作り、人間は問いを作る」—相可高校特別講義「AI時代の探究者」を終えて(2026.9.4)
去る2026年9月4日,三重県立相可高等学校にて特別講義「AI時代の探究者」を担当させていただきました.45分という限られた時間ではありましたが,非常に濃密で,私自身にとっても深い気づきを得られる有意義な時間となりました.今回は,講義の様子やそこでお伝えした「探究とAIの共生」における独創的なアプローチについて,ご報告いたします.
講義の冒頭,私自身の時間配分の錯誤により,当初90分を想定していた講義内容を,急遽45分の短縮版として再構成して臨むこととなりました.講義の密度を担保するため,その場でスライドの要点を絞り込み,生徒の皆様の反応を確かめながら展開を組み立て直しました.これは講義というライブ空間ならではの挑戦であり,非常に緊張感のあるスタートとなりました.
なお,いつも講義の音声とスライド画面を,デジタルアーカイブとして録画しています.これは,当日欠席された生徒の皆様への配慮にとどまらず,受講後に聞き直したい部分を自発的に復習できるようにするための試みです.最終的にはYouTubeプラットフォームにアップロードしており,これにより留学生が自動翻訳字幕機能を活用して学んだり,2倍速再生で講義全体をざっと確認したりすることができます.
講義においては,生徒の皆様が緊張せずに能動的に参加できるよう,自由な着席位置と,対話を歓迎するリラックスした雰囲気作りを重視しました.私自身,学生時代に指名されて回答できず苦痛を感じた経験があることから,本講義では生徒を一方的に指名して答えさせる形式は排除しております.前列に座る生徒も含め,失敗を恐れずに思考に集中できる「心理的安全性」の確保を最優先いたしました.
また,講義で使用した視覚的スライド資料は,私自身が生成AIに対して「親しみやすく分かりやすいデザイン」を指示し,共同で作成したものです.私個人のデザインスキルをAIが補完し,最高の発表パートナーとして機能させることで,講義のテーマである「AIの有効活用」を私自身が体現する形で提示いたしました.
講義の本論として,生徒の皆様に最も強調した点は,「AIを道具としてどう位置付けるか」によって個人の成長に決定的な差が生まれるという事実です.
最新の教育研究データが示す通り,同じ生成AIを利用しながらも,学力を低下させる人と,劇的に成績を伸ばす人が存在します.その分水嶺は,質問の「質」にあります.
成績が低下する傾向にある利用法: AIにそのまま「既成の答え」を出力させ,思考を経ずにそのままレポート等に引用(コピペ)するアプローチ
成績が向上する傾向にある利用法: AIに「思考のプロセス(解き方)」や解説を求め,それを自らの思考を深める材料とするアプローチ
例えば,「図書館の利用率向上」という探究テーマにおいて,前者はAIにレポートの執筆そのものを丸投げしますが,後者は「なぜ自校の利用率が低いのか」という問いを自ら立てた上で,AIに対し「生徒の視点から想定される要因の整理」や「検証可能な5つの仮説の提示」を求め,対話を重ねていきます.
この差異はAIの性能差によるものではなく,「人間が主体的に考えているか否か」に起因します.AIを単なる「答えの出力器」ではなく,自らの思考を深めるための高機能な「壁打ち相手」として活用することが重要です .
本講義で提案した最も独創的な学習アプローチは,私自身が研究活動において実践している「AIとの終わりのない知的なバトル(対決)」というスタイルです.
学術研究の世界においては,提示する成果が「世界初」の新規性を持たなければその価値は認められません .私は研究テーマを決定する際,常にAIと徹底的な討論を行います.AIは世界中の膨大な知見を網羅した知の集約体ですが ,そのAIに質問して即座に返ってくるようなアイデアは,すでに世の中に存在している既知の情報に過ぎません.すなわち,「AIに容易に予測されるテーマは,新規の研究価値が薄い」という判断基準になります.AIが到達できない人間の未踏領域を見極めるために,あえてAIと戦い続けるのです.
また,AIは時に論理的に整合しているように見えて,事実とは異なる出力を平気で行う「ハルシネーション(幻覚)」を引き起こします.講義ではGeminiを用い,「マイクロプラスチックの人体有害性」をテーマとしたリアルタイムの実演バトルを行いました.AIが提示する「有害である」という一般的言説に対し,「物理的に不活性な砂の粒子と何が異なるのか」「有害性が実証される定量的な摂取基準値は存在するのか」といった批判的検証を重ねました.その結果,AIは最終的に「科学的に確立された明確な有害基準値は未だ定められておらず,科学界でも議論が続いている」という本質的な事実を回答しました.
情報を鵜呑みにせず,17世紀の哲学者デカルトが提唱した「デカルト的懐疑主義」のように全てを一度疑い,批判的に検証する力.これこそが,AI時代において思考停止に陥らない探究者に求められる最も独創的な資質なのです.
授業時間が45分間で実施できませんでしたが,講義の後半では,この批判的探究メソッドを相可高校の皆様が取り組む具体的な地域課題に引き寄せて検討する予定でした.例えば「多気町の地域活性化」という広範な問いをAIに投げかけると,AIは「SNSによる情報発信」「特産品のブランド化」「イベントの開催」といった,極めて一般的で妥当な対案を返してきます.
しかし,これらの一般論はそのまま目の前の現場に適用できるでしょうか.実質的な検証を伴わない一般論は,AIの得意分野ですが,現場の実態を調べることはできません.相可高校の皆様には,AIが決してアクセスできない「現場の一次情報」という最大の武器があります.
「高校生レストラン」における実務経験と,顧客・現場の生の声
調理実習の過程で直接把握できる,食品廃棄(フードロス)の精緻な実態
地域コミュニティとの長年の信頼関係と,温かい日常の接点
AIが提示した一般的結論(出発点)に対し,「本当に地域住民や来訪者はSNSの情報だけで動いているのか」「地元食材の実際の認知率は何パーセントなのか」と,自らの足と目で確かめ,問いを具体化していくこと.この「AIの回答を出発点として,現場のリアルと突き合わせることで,自分たちが検証可能な具体的な問いへと育てるプロセス」こそが,人間にしかできない独自の探究学習なのです.
講義後に実施した振り返りアンケートにおいて,「解答を求めるのではなく,解説を手がかりに思考力を高めたい」「AIをどう使うかを主体的に判断したい」といった,講義の意図を正確に捉えた素晴らしいフィードバックを多数いただきました.
その中で,一人非常に高い批判的思考力を示す質問を寄せてくれた生徒がいました.「箇条書きにしたテキストをAIに要約させたり,スライド構成を自動作成させたりする利便性がある一方で,それらに依存することで,人間が自ら要点をまとめる基礎的な能力が退化してしまうのではないか?」
この指摘には非常に感銘を受けました.これこそが,まさに本講義が提示した「当たり前の利便性を疑い,批判的に検証する(デカルト的懐疑主義)」の実践そのものであるからです.提供された技術や手法の裏に潜むリスクを即座に見抜き,自らの問いとして言語化したその独創的な姿勢に,私は一人の研究者として心からの敬意を表します.
AIが高度化するこれからの社会において,このような「自ら問いを立て,考え続ける力」を持つ人こそが,誰にも模倣できない真の探究者となるでしょう.
相可高校の生徒の皆様,ならびに関係者の皆様,貴重な機会をいただき本当にありがとうございました.今回の講義が,皆様のこれからの探究活動,そして未来を切り拓く知の礎となることを願っております.皆様のこれからの学問への挑戦を,高田短期大学より応援しております.