漁業被害ー漁師と海棲哺乳類ー
北海道の襟裳地区ではトッカリ※1食いと呼ばれるゼニガタアザラシ(Phoca vitulina)による漁業被害が発生しており,ブリ(Seriola quinqueradiata)やサケ(Oncorhynchus keta)といった魚の身や頭だけを噛み千切ってしまうことが確認されている1,2,3(図1).しかし,ゼニガタアザラシは環境省のレッドリストで準絶滅危惧種(NT)と保全状況が危ぶまれる種である2,3.これに対して環境省はえりも地域ゼニガタアザラシ特定希少鳥獣管理計画を定めて漁業とアザラシの共存を図っている3.
そのうち一つの方法では,サケの網に格子網を設けることでアザラシが定置網の中に入り込んで魚を食べることを防ぐ試み(図2)がされており,効果がみられている.例えば,2016年度~2021年度にかけて実施された秋季の格子網の効果検証では,対策をしなかった期間においては,被害尾数が漁獲尾数を上回ったのに対し,目合 18cm×18cm の菱目型と角目型を使用して対策を行った期間においては被害重量割合が0.6%にまで減少した4.
また,20cm×20cmの格子網を用いた別の検証では,検証期間中に現れたアザラシを全て網から防除することができた.しかし,サケの忌避率も同様に上昇したが,被害数が減少することから,漁獲量が有意に多くなったことが分かっている5.
この実験では,アザラシの存在自体がサケの来遊を妨げていることも示されており,アザラシの網への来遊回数を減らすことで, サケの網への来遊量が増えることも示唆された5.他にも,網への侵入を阻止されることをアザラシが学習した結果,網への出現頻度が減少することが考えられる5.
このような被害は別の海棲哺乳類でも問題になっており,釧路でのシャチ(Orcinus orca)による被害はそのうち大きなものである6.
References
1.熊谷文絵. 漁業とアザラシの関係. 環境省 https://hokkaido.env.go.jp/blog/2021/09/post-671.html (2021).
2.服部薫. 日本の鰭脚類ー海に生きるアシカとアザラシ. (東京大学出版会, 2020).
3.環境省. えりも地域ゼニガタアザラシ特定希少鳥獣管理計画(第2期). (2020).
4. 北海道地方環境事務所. 令和5年度(2023年度) 環境省えりも地域ゼニガタアザラシ管理事業実施計画. (2023).
5.藤森康澄. 定置網の改良によるアザラシの侵入防止(混獲防止)対策. 北海道大学のLASBOS https://repun-app.fish.hokudai.ac.jp/mod/page/view.php?id=11730&lang=ja (2017).
6.三谷曜子. シャチとヒトが共に生きる未来のために。知床・釧路の調査を拡充 - クラウドファンディング READYFOR. https://readyfor.jp/projects/ku_wrc_kw (2022).
※1 アイヌ語でアザラシの意味
Vessels: Logistics & Marine mammals
鯨類と船舶が衝突するShip strikeは鯨類が負傷・死亡したり,船舶が損傷する危険性があることから問題視されている.北海道では2024年3月には苫小牧港に入港したフェリー型貨物船の船首に引っかかった状態のナガスクジラ(Balaenoptera physalus)が発見された(図1).1
IWC(国際捕鯨委員会)によると衝突に関する報告の多くは大型鯨類に関するものであるがすべての種がその影響を受ける可能性があるとされており,特に大型船舶との衝突は気づかれにくく報告されないケースが多い.同委員会ではShip strikeによるリスクを軽減するために各機関と連携し,鯨類と交通量の多い航路が重なる「ホットスポット」を特定することでShip strikeのリスクを軽減する取り組みがなされている.2
この取り組みの一例として,船舶の航行速度を規制することでShip strikeを減らす試みがなされた.米国東海岸でのShip strikeによるセミクジラ(Eubalaena japonica )の死亡数を減らすために,約20m以上の船舶に対し季節管理区域(SMA)において18.5㎞/h以下で航行することを義務付ける規則を実施するとともに,その有効性を評価するために1990年12月以降の米国海域でのセミクジラとザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)の死体の位置をプロットしSMAへの近接度を調査した(図2).
その結果として,規則適用前の18年間ではセミクジラは15頭中13頭,ザトウクジラは26頭中12頭がShip strikeで死亡していたが,規則適用後の5年間ではSMA内およびSMA付近でセミクジラのShip strikeは確認されなかった.これは統計的に有意な減少であり,SMA内で実施された規則はセミクジラのShip strikeによる死亡を減少させるのに効果的であることが示唆された.また,このSMAにセミクジラの回遊ルートを含むことが提案されている.3
さらに2023年,世界海運評議会(WSC)は「ホエールチャート」を作成し,IWCなどから提供された情報をもとに静的速度制限対象域などのShip strikeへの対策をまとめたものとして無料で公開している.
References
1.ストランディングネットワーク北海道.漂着情報. https://kujira110.com/?p=6758 (2024/5/30閲覧)
2. IWC | INTERNATIONAL WHALING COMMISSION.SHIP STRIKES https://iwc.int/management-and-conservation/ship-strikes (2024/5/50閲覧)
3. David W.Laist et al.(2014)”Effectiveness of mandatory vessel speed limits for protecting North Atlantic right whales”ENDANGERED SPECIES RESEARCH,23,133-147
混獲ー望まない捕獲ー
混獲とは,漁業において目的とする魚種とは異なる種を意図せず捕獲することであり,魚だけでなく,海鳥や鯨類などが誤って捕獲される場合がある.鯨類の混獲は2001年7月-2017年10月末までの間で,ミンククジラ(Balaenoptera acutorostrata),ザトウクジラ(Megaptera novaeangliae),ナガスクジラ(Balaenoptera physalus),ツノシマクジラ(Balaenoptera omurai),など計2,229頭が報告されており¹,混獲は鯨類を傷つけるだけでなく,漁業の効率も下げてしまうという問題点がある.そこで,混獲を避けるために,鯨類の混獲のメカニズムや定置網の周りでの行動,網の内外での遊泳のメカニズムをなどについて,研究がされている.
北海道では,函館市臼尻にて4月と5月にイカやサケ科魚類を対象とした定置網に,ネズミイルカ(Phocoena phocoena)と呼ばれる小型のイルカが混獲されることが報告されている(図1).ネズミイルカは北半球の水深の浅い沿岸域に生息することが知られており,漁業の操業海域と近い場所に生息することから,混獲による個体群の存続が懸念されている.
定置網周辺でのネズミイルカの行動について記述した論文では,A-tagと呼ばれる音響記録機器を用いてネズミイルカの定置網周辺での行動が示されている.この調査の結果,ネズミイルカは定置網の運動場と呼ばれる網の入り口では40日中18日で,箱網と呼ばれる最も奥の網では28日中10日で発見されている.しかし,実際にネズミイルカが混獲されたのは,1日のみであり,混獲される量は,定置網に入り込むネズミイルカのうちごく一部のみであることが分かった2.箱網に入ったネズミイルカが網の外に出ることができるということもこの研究で示された.
また,「ピンガ―」と呼ばれる音響装置を用いてネズミイルカを定置網に近づけないための研究もなされている.刺し網と呼ばれる別の漁法を用いた研究では,適切な数のピンガーを利用することで,混獲される量がピンガーのない網と比べて1/3程度に減少したとの報告がされている(図2)(適切に利用しないとむしろ増える)3.また,網の目のサイズを大きくするほど混獲率が高まることも分かっている.このように,様々な研究手法や行
動分析を用いて混獲防止のための研究がなされているが,現在でも混獲をゼロにすることはできていない.このことから,今後も様々なアプローチでの混獲防止が必要とされる.
References
1. 日本鯨類研究所三十年誌. Accessed June 4, 2024. https://www.icrwhale.org/pdf/30nensi5.pdf
2. Higashisaka H, Matsuishi T, Akamatsu T. Presence and behavior of harbor porpoises (Phocoena phocoena) around set nets revealed using passive acoustic monitoring. Fisheries Research. 2018;204:269-274. doi:10.1016/j.fishres.2018.03.003
3. Palka DL, Rossman MC, VanAtten AS, Orphanides CD. Effect of pingers on harbour porpoise (Phocoena phocoena) bycatch in the US Northeast gillnet fishery. J Cetacean Res Manage. 2008;10(3):217-226. doi:10.47536/jcrm.v10i3.638
エコツーリズムー観光と野生動物ー
エコツーリズムとは、自然環境や歴史文化等の地域固有の魅力を観光客に伝え理解を促すと同時に、観光地の持続可能な発展を目指す取り組みである。その一環としてホエールウォッチングが世界各地で行われているが、一方で鯨類の行動に対しての悪影響が懸念されている。
この影響について調査した一つ目の例がザトウクジラに対して行われたものである。実験では研究船から休息中の母子クジラに対して、ホエールウォッチング船から出る音量の異なる3パターンの騒音を再生した。最も小さい騒音を再生した場合に比べて、最も大きい騒音を再生した場合では母親の休息時間の割合は 30% 減少し、呼吸数は 2 倍になり、遊泳速度は37% 増加した。
2つ目の例は同じくザトウクジラに対して行われたもので、ホエールウォッチングによる騒音がクジラ同士のコミュニケーションを妨げている可能性についての調査である。現地でホエールウォッチングに使用されている4種類のボートを対象に、ボートがクジラに接近した際の騒音とクジラの行動を記録した。このとき騒音の一部が鳴き声の周波数と重なっており、聴覚を用いたクジラの行動に悪影響を及ぼしている可能性が示された。
3つ目の例はミンククジラに対して行われたもので、ホエールウォッチング船の有無による行動の変化を観測したものである。ミンククジラはホエールウォッチング船に反応し、呼吸や採餌のための浮上及び海中での採餌行動が減少した。
ホエールウォッチングは観光客に環境保全への理解を促す取り組みとして謳われる一方、鯨類に対してストレスを与える可能性があり、地域個体群の減少に繋がり得る。カナダ、アメリカ、オーストラリアなどでは特定の鯨類、もしくは鯨類全般への一定の距離以上の接近が制限され、罰則が設けられている。国内では座間味村(沖縄県)と御蔵島(東京都)で独自のルールが制定されているものの、十分に整備されていない地域がほとんどである。
参考文献
1. Kate R Sprogis, Simone Videsen, Peter T Madsen.” Vessel noise levels drive behavioural
responses of humpback whales with implications for whale-watching”.eLife.2020-6-16.
https://elifesciences.org/articles/56760
2. Marcos R. Rossi-Santos.” Whale-watching noise effects on the behavior of humpback whales (Megaptera novaeangliae) in the Brazilian breeding ground”. AIP Publishing.2016-7-10.
3. Fredrik Christiansen, Marianne Rasmussen, David Lusseau.“Whale watching disrupts feeding activities of minke whales on a feeding ground”.ResearchGuide.2013-4-25.
4.環境省釧路自然環境事務所,公益財団法人知床財団.”平成 26 年度知床国立公園における海域利用適正化推進業務報告書”.知床データセンター.2014-10.
https://shiretokodata-center.env.go.jp/data/research/report/h26/H26kaiiki_riyou.pdf
水族館だからわかることー研究と飼育動物ー
水族館には、フィールドワークとは異なり、
特定個体の長期的観測・研究が可能という性質があり、その性質を利用した活動として下記の例が挙げられます。
生態研究
多種多様な生き物を飼育している水族館では、長期間の観察・研究によって新たな生態を発見できることがあります。例えば、水族館で飼育されていたバンドウイルカを年間を通じた観測・研究の実施によってバンドウイルカの性周期を解明されました。また、おたる水族館では、ネズミイルカの混獲を防止するための研究が行われていたりと、生態研究を保全活動に還元する取り組みも行われています。
救助活動
水族館では、海の生き物の飼育を通して得た技術・経験をもちいて、野生動物の救助活動を行うことがあります。例えば、おたる水族館では漁業の際に混獲された後、救助・治療したネズミイルカを飼育しています。また、人工尾びれイルカとして有名な「フジ*」のように、様々な飼育技術の発展が野生動物の保全に貢献しています。
*フジ
美ら海水族館で飼育されていた。病気の治療として、尾びれを切断。後に民間企業と協力して、人工尾びれを制作。再びジャンプをすることが可能となった。
新系群の発見
水族館では、野生環境から採取された生き物も展示されています。その中には、種などの区別が不完全であるものがあります。例えば、2022年には、全国の水族館で飼育されているカマイルカを研究・調査することによって、沿岸に生息するカマイルカには遺伝的に2グループの区別が存在するということがわかりました。このように、水族館の性質を利用することによって、新たな区別が生まれることもあります 。
妊娠・出産
「生命の神秘」を象徴するこの妊娠・出産という事象を、自然界で連続的に観測するというのは困難を極めます。一方、水族館では、妊娠した個体の連続的な観測が容易であり、出産の援助・研究が行われます。北海道大学から近いところでは、現在おたる水族館のバンドウイルカ「メリー」が妊娠中であり、出産まで至った場合、道内では初の事例となります。
コラム:おすすめ動物
〇イロワケイルカ
体長:1.25~1.75m程度
別名:パンダイルカ
分布:南アフリカ沿岸
フエゴ島 etc
特長:別名が示す通り、体の黒と白の配色がはっきりとしています。他の比べて小さめのイルカです。国内では、仙台うみの杜水族館・鳥羽水族館で飼育されています。
References
1.Mtoi Yoshiokaら.Annual Changes in Serum Reproductive Hormone Levels in the Captive Female Bottle-nosed Dolphins.1986年
2.鈴木美和.日本沿岸域に形態が違う2タイプのカマイルカ集団が生息していることを遺伝学的に立証.2022年
3.アンソニー・マーティン.クジラ・イルカ大図鑑.平凡社.1994年
捕鯨ー調査捕鯨は必要だったかー
IWC科学委員会に従い、日本は1987年から南極海で、1994年から北西太平洋で鯨類捕獲調査(調査捕鯨)を行い、各鯨類の資源量・系統・生態系における役割・海洋汚染の影響を調べた。
一言に「資源量の把握」といっても、ただ単に個体数が判明すればよいということではない。個体数の他に、年齢組成・性組成・摂餌生態・性成熟特性などを知ることによりはじめて資源の実態を知り、より正確な行動の個体群動態のシュミレーションが可能になる。
1900年代後半南極海の鯨類の資源について未解明な部分が多く、日本が商業捕鯨を再開するうえで資源実態の解明が不可欠であった。表1:調査項目ごとの致死的・非致死的方法の内容と妥当性 で示している通り、胃の内容物など致死的方法ではじめて得られるデータも存在する。南極海鯨類捕獲調査JARPNⅡではクロミンククジラ・ナガスクジラ・ザトウクジラ(ザトウクジラは標本調査対象外)を調査対象とした。
調査の結果、長期的な鯨種分布の変化・クロミンククジラの性成熟年齢・系群構造などについて分析を行い一定の科学的成果を残した。例えば、調査捕鯨の個体の耳垢の年輪から、クロミンククジラの性成熟年齢が1940年代の捕鯨時代の前では14歳前後だったのに対して、近年では7歳前後と、平均して早まったことが分かった。性成熟年齢の低下傾向が見られた理由には、捕鯨による個体群密度の低下の影響や餌の増加による成熟の早期化が考えられる。また、DNA塩基配列等の遺伝解析から、調査海域のクロミンククジラの系群が来遊する海域の境界位置の変化、雌雄により系群の分布の境界が異なる可能性があることが明らかになった。 その他、ザトウクジラなどの資源増、鯨種や成長段階による棲み分けの状態についてデータが得られた。
他にも、北西太平洋での調査捕鯨でも、ミンククジラの系群関係の他、サバやイワシ・サンマなどの漁業資源の摂餌状況が判明した。このことは、海外の研究者によっても、増加した鯨類がニシン・メバル類の資源量に大きな影響を与えているというトップダウン効果(高次捕食者がカスケード効果により底層の生物に影響を与えること)が指摘されている(Szymon Surma et al,2015)。
こうした学術的成果を上げた一方、JARPNⅡのICJ(国際司法裁判所)訴訟でオーストラリア・ニュージーランドに敗訴し、判決で「研究結果が限られている」と結論付けられた。政治的な紛争の中で、調査捕鯨が純然な「科学調査」だったか判断するのも困難になっている。
References
1.令和5年度 国際漁業資源の現況 大型鯨類(総説). 水産庁・国立研究開発法人 水産研究・教育機構
https://kokushi.fra.go.jp/R05/R05_47_whalesL-R.pdf
2.森下丈二. IWC脱退と国際交渉. (成山堂書店, 2019).
3.竹内俊郎ら編..水産海洋ハンドブック (生物研究者.2015).
4.捕鯨問題の真実 .水産庁・一般財団法人鯨類研究所
https://www.icrwhale.org/pdf/04-B-k.pdf.
5. Szymon Surma et al. Predicting the effects of whale population recovery on Northeast Pacific food webs and fisheries: An ecosystem modelling approach.2015
https://www.researchgate.net/publication/277336750_Predicting_the_effects_of_whale_population_recovery_on_Northeast_Pacific_food_webs_and_fisheries_An_ecosystem_modelling_approach.