陶磁器の色

陶磁器の発色について訊かれた.金属酸化物によるものであることは何となく知ってはいるが,焼成自体を物理化学的に考えたことはなかった.

高校の化学では,「科学と人間生活」,「金属とセラミックスの科学」の中に「セラミックスの特徴と用途」の項があり,セラミックスは土や石,粘土など,金属ではない無機材料を焼き固めたものと記されている.具体的には陶器・磁器,ガラス,レンガ,ファインセラミックスの包丁などである.また,現在は医療現場にも使用されるようになり,人工関節や人工骨などさまざまな種類が開発されている.

セラミックスとは土器・陶器・磁器といった「やきもの」を意味していたが,今日では,人為的な処理によって製造された「非金属無機質固体材料」を表す言葉となっている.まずは,セラミックスのひとつである「陶磁器」について知識を整理した上で,発色機構について最近の研究を調べてみた.

土器

粘土でつくった器をそのまま,窯を使わず,野焼きの状態で700~900の温度で焼いたもの.釉薬(うわぐすり,またはゆうやく)はかけないので,陶磁器と区別されるが,歴史的には陶磁器の前身にあたる.「素焼き」は水を吸収しやすく用途は限られている.通気性重視の植木鉢,ダニエル電池の隔壁,濾過器,融点測定用素焼版などである.

素焼き

薩摩焼

有田焼

陶磁器=可塑性原料+非可塑性原料+融剤

「焼き物」の形状を自由自在に作れるのは,「粘土」の性質によるものであることは言うまでもない.粘土は,できた形を保つ性質を持っている.このような性質を持った土を可塑性原料という.しかし,乾燥や焼成した時に収縮が大きく,ひびや亀裂が入りやすい欠点がある.このような欠点を補うため,粘りを調整し乾燥や焼成時にあまり収縮を起こさない珪石,長石等を混合する.これらを可塑性原料に対して非可塑性原料という.また,陶磁器を作る際,原料によっては高い温度でも焼き締めることが困難な場合がある.そのような時は,比較的低い温度で焼き締めることのできる融剤(藁灰,炭酸カルシウム,長石など)を混ぜて使用する.

珪石

二酸化ケイ素(SiO2)の化学組成を有する石英の細かい結晶が塊状になった鉱石を珪石という.陶磁器の素地の乾燥,焼成による収縮を少なくするための非可塑性原料として使用される.素地だけでなく,陶磁器の表面を覆うガラス質の釉の主原料である.素地の強さを増し,釉を接着させるのに必要な原料である. 注)石英が大きく六角柱状の単結晶になったものは水晶として知られている.

長石

長石(@AlSi3O8, @=K, Na, Ca混合物)は,多くの岩石に含まれる鉱物であり,粘土素地の隙間をつなぎ,単体では熔けにくい珪石を1200℃程度の低い温度で熔かす融剤(媒溶剤)としての役割を有している.融点降下現象によって,長石自身も熔けてガラス質を形成する.長石はKAlSi3O8 (カリウム長石) ,NaAlSi3O8 (ナトリウム長石) ,CaAl2Si2O8 (カルシウム長石) の3成分の混合物であり,単独成分のいずれより低い温度で熔ける.

釉薬

「うわぐすり」ともいい,陶磁器の表面にガラス層を形成する.代表的なものとしては,草木の灰と長石の粉末を水で溶いた灰釉(かいゆう)がある.単純化すると.釉薬は,粘土に長石より強い媒熔力を有する石灰質が入っていればよいということになる.

釉薬には様々な種類があり,酸化銅など銅化合物を使う「銅釉」,鉄化合物を使う「鉄釉」,藁(わら)の灰を用いた「藁灰釉」などがある.灰や粘土の中に含まれる金属成分によって発色が異なる.

備前焼は釉薬を使わないことで知られているが,実際は薪の灰が粘度と結びついて釉薬が生成すると理解することができる.

絵付け

下絵 素焼き(低い温度で焼いた素地)の上に絵付けをして,その上にうわぐすりをつけて焼く.

上絵 うわぐすりをかけて磁器の温度で焼き上げ,その上に低い温度で熔ける絵の具を用いて描き,700~800度の温度で焼き付ける.

陶器

カオリナイト(カオリン,化学組成 Al4Si4O10(OH)8,結晶系は三斜晶系)やモンモリロナイト(化学組成 (Na,Ca)0.3(Al,Mg,Fe3+,Li)2~3(Si,Al)4O10(OH)2nH2O .結晶系は単斜晶系)を多く含む粘土を原料として,釉薬を用い窯で1100~1300℃で焼いたもの.

磁器

磁器は半透光性で,吸水性はない.また,陶磁器の中では最も硬質で,弾くと金属音がする.磁土(石英,長石が多い)を原料として1300℃程度で焼成する.

陶器も磁器も原料は,陶土,磁土という粘土である.陶土は陶器に適した土をこねた粘土,磁土は磁器に適した石(陶石)を砕いた粉から作った粘土で,磁土にはカオリンを適量配合することがある.石英は二酸化ケイ素 (SiO₂) の結晶,長石はカリウム長石) ,ナトリウム長石 ,カルシウム長石)の3成分の混合物である.

酸化焼成と還元焼成(陶磁器の色は雰囲気で変化する)

陶磁器の色は用いる重金属の種類で予測できるような気がするが,実際はそうではないらしい.土岐市のホームページに「酸化焼成と還元焼成の違いについて」という記事がある.その中で説明されている内容の一部を紹介したい.

酸化焼成とは、燃料が完全燃焼するだけの十分な酸素がある状態で焼かれる場合の焼き方の事であり、それに対して還元焼成とは、酸素が足りない状態で いわば窒息状態で燃焼が進行する焼き方を言う。すなわち不完全燃焼になるので、極端な還元焼成の場合は、煙突からもくもくと黒い煙が発生する。適度な還元 焼成ならば、もくもくとは黒い煙は出ないものの、排ガスとして一酸化炭素が少なからず排出される事になる。

普通の電気窯では、ほとんど一酸化炭素は排出しない酸化焼成になる。ガス窯では、酸化焼成といえども、実際は多少の一酸化炭素(CO)が排出される場合もあるが、CO濃度が2%以上では、酸化焼成から逸脱する。

一方還元焼成とは、CO濃度が実際的には4%以上の場合の焼成になるが、特に8%以上になれば強還元焼成と言ったりする。黒い煙をもくもくと出すのは、CO濃度が10%以上を超えた場合の事である。

さて、焼成雰囲気が酸化焼成か還元焼成かで焼き物の色が激変する。たとえば、織部の緑色は、酸化では緑であるが、強めの還元焼成をした場合は正反対色の赤になる。

酸化鉄を2%程度含む鉄釉では、酸化焼成では黄色の黄瀬戸釉、還元焼成では青の青磁釉になる。陶器の素地色も酸化焼成では肌色であるのに対して、還元焼成では鼠色になる。このように焼成雰囲気を自在に操る事が、陶芸の醍醐味であるという人もいる。

織部焼の用語解説によれば, 安土桃山時代末期,岐阜県土岐市付近で始り,江戸時代を通じて愛知県瀬戸市一帯で焼かれた瀬戸焼の一種とある.

釉薬の色になどにより,織部黒・黒織部,青織部,赤織部,志野織部などがある.釉薬としては,以下のように記されている.

一般に「織部釉薬」といった場合は,透明釉薬に酸化銅などの銅を着色料として加え酸化焼成したものを言う.

焼成の際の雰囲気によって緑が赤になるとは驚きである.その理由を調べている過程で,以下の研究報告書(参考資料3,4)を見つけた.参考資料3(PDFファイル,24頁)の一部をJPGファイルに変換して以下に示した.

青磁の発色源であるFeの場合

シンクロトロン光で分析することによって,青磁の発色機構を解明する研究が実施され,その中間報告である..

Mg系,,Ca系,,Ba系の三種の基礎釉について酸素濃度の変化による発色変化を調べている.Fe2O3を添加しない釉は,いずれも無色透明なガラスである.焼成条件の違いによる発色の変化を示す図を以下に示した.

図中の酸素濃度計指示値について

値が正値(>0)ならば,酸素(O2)濃度を表し,負値(<0)ならば還元ガス(CO,H2)を燃焼するのに必要な酸素 (O2)濃度を表している.すなわち,酸素濃度計の指示値が-2%の場合は還元ガス([CO+H2]/2)の濃度が 2%である.

酸化焼成から還元焼成へ雰囲気が変化すると発色は黄色から青緑色に変化する.還元ガスの濃度が高いほど色の彩度が高くなる.基礎釉の原子が大きいほど,青緑から青へ変化する.

<考察結果> 青磁釉の発色は単純なFeの価数の変化だけではなく、 例えば、Feの電子配置は[Ar]3d64S2であるが、同じ2価や3価でも、基礎釉のアルカリ 土類金属(Mg,Ca,Ba)の変化により、Feのどの軌道の電子が移動(遷移)するかで発色が 異なると思われる。この様な事が発色を支配する要因の一つであると考えられる。(そのまま引用)

辰砂釉(銅赤釉)の場合

辰砂釉(銅赤釉)の発色機構の研究(参考資料4)では,1300℃において還元ガス濃度の増加による青色→ピンク色の変化を認めている.Ca系,Ba系の基礎釉で色調がわずかに異なるが,CaからBaと原子が大きくなると幾分彩度が高くなる傾向を示している.

ピンクに発色した試料を1100℃で再焼成したものは,より赤味を帯びた色調に変化する結果を得ている.発色の本質については銅微粒子による可能性を含めて検討中とのことである.今後の研究成果が待たれる(その後の研究結果はWeb上では見当たらない).

大型放射光施設SPring-8を駆使した発色機構解明の進展とは対照的な研究目的を見て違和感を感じると同時に陶磁器業界不振の深刻さを認識させられた.報告書が書かれた平成20年度の有田焼の出荷額は平成2年度の 1/3 以下とのことである.これまでにない「新しい赤」を得るための研究の背景が,陶磁器利用の落ち込みに対応するためと記されている(次図).

文科省交付金による研究の目的

陶磁器業界・・・市場の縮小 (有田焼の出荷額は平成2年度の1/3以下)

背景 新興国の低価格商品の台頭(100円ショップ)

食文化の変化・・・コンビニ弁当(食器を使わない)

飲食店や旅館などのコストダウン? ...等々

対応策

○コストダウン

・焼成温度低下による燃料費の削減

・生産効率の向上 等々

○高付加価値化

・伝統的な陶磁器製品の品質向上

・意匠的な改善 ・高機能化(耐熱化、高強度化、軽量化)等々

陶磁器の色が還元ガス濃度で劇的に変化する原因については明確ではないが,このような分野でも3d軌道の電子状態に関する知見を利用した考察が行われているのを知った.陶芸の名人による色合いは,素人が真似できるものではないが,科学的考察が進めば歴史的な名品を再現する時代が来るかも知れない.