幾千幾万の、この目に映るすべてが本当のお前だ。
舞台は、記憶と赦しの交差点。
劇団の解散、愛する人との別れ、そしてひとつの命の喪失を経て、主人公・小此木譲は「なくした気持ち」を探し続ける。
物語の中で琴線に触れて鳴る音は、その誕生の瞬間の音。
笑うかもしれない。泣くかもしれない。あるいは感情にならないかもしれない。
それはすべて、かつて産まれるべきだった、みんなの気持ちだ。演劇をモチーフに、アイデンティティの喪失と再獲得を描いた中編現代小説。
二重惑星の初めと終わり、ほんのささやかな人間たちの物語。
ここではないどこかへ。
人々の願いや祈りは、星の片隅で静かに息づいていた。
それは、鳥へ捧げられた時代の記憶。
6篇の些末な記録が織りなす、中編SFファンタジー。
レイティアはレストランのオーナーシェフ。死んだ恋人フェイブルと目指した"自分たちの店"を軌道に乗せ、夢を叶えた。けれど今は少しもの悲しい。レストランの成功に躍起になっていたレイティアだが、恋人がいない未来に新しい目標を見つけられないでいた。
そんなある日、店で騒ぎが起こった。街のならず者たちがウエイトレスに絡んできたのだ。レイティアはフライパンを持って戦い、一人を打ち負かす。しかし、相手はもうひとり。手強い相手に窮するレイティアの前に、常連客のオルターが助けに入った。
故人への愛と新しい愛、これから始まる未来にどう向き合うのか、故人たちが遺した真説「裸の王様」と異説「ヤマアラシのジレンマ」が導く愛し合うふたりの物語。そして起こる連続殺人事件。
銀髪の女アシェディーはナシストファスト国の協力者、スパイの手先だ。
片腕のない母とまだ幼い弟ふたりを抱えるアシェディー・ファルスフッドは、あるとき自分が不治の病にかかっていて遠からず死ぬ運命にあると知る。弟ふたりが稼げる年になるまで彼女が一家を支えなければならないが、このままではみな路頭に迷い、死ぬ運命だ。
そんなとき、敵国ナシストファストの諜報員Rが現れ、多額の報酬と引き換えにスパイ任務について欲しいと持ちかけられる。このまま何もせずにいても死ぬだけ、それよりは少しでも金を残したいと思うアシェディーは、Rの依頼を受けて隣国アーナシネに向かった。
アシェディーの任務は大学助教授ヴィクトル・アロトラストの研究を盗み出すことだった。
家族を守るために任務に就いたアシェディーだが、いつしかターゲットを愛してしまう。信念と苦悩、決意と諦観、良心の呵責が入り交じるアシェディー、最後に選ぶのは愛か、それとも死か。スパイ&恋愛小説。
「起きたことが起きなかった、存在していたものが存在していないことにされる」
人生を書き換えられてしまう男エンデューは、休暇で訪れたホテルのレストランでウエイトレスのキャスティーに出会う。エンデューが料理を決めかけていると、キャスティーは振ったダイスの目を見て「あなたにはこれがおすすめ」と笑顔で言った。何やらおもしろいと思ったことから始まりキャスティーに思いを募らせるが、エンデューは近づくことができなかった。
なぜなら彼は、過去に親しい人さえ存在していないことに書き換えられた経験があったからだ。何者(何物)かによって人生を不幸に書き換えられる男エンデューと、ダイスを操り、未来を占えるキャスティーの運命を賭けた物語。
クレイアは38才、30才のときに出会った12才のヒムルと恋に落ちた。
8年間伏せられていた秘密の関係は人目を気にせずに良くなったが、
クレイアは考えてしまう。
「私は本当にヒムルにふさわしいのだろうか。
彼の未来を奪ってやしないだろうか」
そんなとき、クレイアはある男と出会う。
ふたりの男と左目がない彼女、フェアな三角関係の物語。
キザで自信家を演じる小説家ジェヌインは、本当の自分を隠さなければならない窮屈な生活を送っていた。「物語の売り込み」のため、特徴的な人物を演じるよう命令されていたのだ。しかしある朝、ベッドのなかに女が寝ていると気付いたとき、彼の秘密にしていた私生活に変化が起こる。その女は小説を書いていて、ジェヌインにぜひとも指導をして欲しいと求めてきた。
憧れの作家、持ち込み、個人指導、缶詰、新人賞……。
本性を偽り売れっ子になった作家ジェヌインの下、喫茶店員リティアが小説家を目指す。寓話「田舎のネズミと都会のネズミ」から始まる、別々の道を歩むふたりが創り上げる「物語を作る」物語。
文藝マガジン文戯1号から6号に収録されている作品、並びにてきすとぽいの企画に投稿された一部の作品をまとめた川辺夕の短編小説作品集 。
浅黄幻影短編集2。今回は2017年9月創刊、2020年9月に12号の発売で丸3年になる文藝マガジン文戯に寄せた小説から、「静寂」「仮面の道化師」「ギア・シフト」「カミカゼ」「農作業小屋より」「印象主義者たちの審判」「となりの地球は青く見えた」を収録しました。浅黄幻影の小説だけのために文戯をすべてそろえるより、ずっとずっとお得な短編集。(12号までのすべての文戯掲載作が載っているわけではありません)
中学2年生の宇佐美貴人は、乳房や乳首が好きな変わった性癖の持ち主。クラスのみんなからは特殊なフェチを持っていると思われているので、なかなか趣味の話ができなくて周りに馴染めない。だから乳房と乳首におっぱいという架空の名前を付けて、みんなが分からないようにして密かに楽しんでいるのだ。
何人もの恋人と交際し遊び歩くウェイワードと、彼に一途な恋をするメイティア。最初は一つだった人間が神によって二つ分けられて以後、残りの自分を探しているというプラトン「饗宴」の神話をモチーフにした運命の恋愛小説。
長い間、複数の恋人たちとの情熱的な生活を送っていたウェイワードだが、ある夜、一つの失態を犯したことでその日々が終わることになってしまった。一人の女が結婚を求めてこれに従うことになってしまったのだ。彼の恋人たちとの愛の日々は終わり、束縛の日々が始まった。
この小説は山田佳江先生主催のイベント「精神のなんとか」参加作品です。
平穏な心を取り戻すために精神の浄土を目指そう。些細な問題を抱えた主人公の逃避行。近未来SF短編。
文化年間。弘前藩・諸手足軽の齋藤文吉は藩校・稽古館へ入学を志していた。入学は親がお目見え以上の身分に限る。入学を阻む身分の壁は如何ともし難いが組頭の励ましもあって、今年こそと勉学に励んでいた。一方、日の本の国は侵略を目論む海外列強の脅威に晒されていた。ことに南下を企てるオロシャは、何度となく蝦夷地に帆をおろし煮え切らない幕府の対応に業を煮やして幕府会所を焼き打つ暴挙にでた。「蝦夷地永久勤番」奥州の果て弘前藩に下された命は、藩に多大な費えを強いるものであった。蝦夷地最北端である宗谷の警備を命ぜられた文吉たちは、宗谷を経て斜里での詰め合いを命じられた。藩校入学の志を挫かれた文吉は、それでも重役の推挙の種になればと必死に日誌を記す。斜里に冬が訪れると相次いで藩士に奇病が発した。地獄と化した斜里の地で仲間とともに懸命に生きた青年文吉を描く。
帝大卒業を控え、春には父のいる文部省へ入省が決まっている秋彦のもとへ一通の封書が届けられた。佐藤正雄。それはともに高等師範で学んだ学友であり、帝大受験を目前として胸を痛めて郷里である津軽へ戻らざるを得なかった男だ。ともに士族の出でありながら、秋彦は高級官僚の息子。正雄は苦学の末に体を病んだ相反する境遇の二人である。手紙には、師範学校の教師になると記されていた。意外にも正雄は健康を取り戻し地元で再起を図ろうとしていた。秋彦は津軽へ行くと決めた。秋彦は、何も友人の再起を喜びひと目その顔を見たいと赴くのではない。栄達の道を歩む自分とは違い、この先交わることはないであろう正雄のなれの果てを確かめようとしたのだ。歪んだ心は地獄の蓋を開ける。思わぬ経緯で黒石の旧家の世話になった秋彦が、人生の暗転を迎えることになる。心の隙間に染み入る魔性の誘いは、若き二人を流転の境遇へ貶めた。人の内心は必ずしも己の心で確かめたものではない。断絶を覚悟して己の姿を曝け出した二人の顛末は如何に。
雨は止むことを忘れ果てた。奥州を行き交う商人たちは白石で足留めを喰らい、泥濘に閉ざされた伊達領・七ヶ宿は、訪れる旅人もまばらで閑古鳥が鳴いていた。夜来の雨に吐息を漏らした蕎麦屋・善蔵は、雨露煙る中、宿場へ入った蓑姿の二人ずれに目を留めた。侠客・弥助と江戸下りの商人・音吉。妙な取り合わせの二人は、蕎麦を縁として善蔵と馴染みになる。音吉は宿場へ人探しに来ていた。雨が番傘を打ち鳴らす宿場の外れ、見物人と間違われた音吉は行きずりの男から滝への道筋を教えられる。濁流と化した滑津の滝の大岩で、紫陽花を放る女が一人。菊との出会いは運命にして、音吉には惨い顛末への始まりであった。菊に溺れる音吉は気付くはずもなく、歯車が回り出した。それは思わぬところで探し人と見えさせ、さらには秋田藩主を交えた騒動が巻き起こる。音吉と菊の顛末は? 探し人とは誰なのか? 秋田藩士・川村右近の思惑とは? 宮城県七ヶ宿町に伝わる振り袖地蔵の伝承を元にした創作時代短編。
浅黄幻影5年の軌跡を記した短編集。
これまでに発表したごく短い短編3つの改稿版、オンライン文芸誌「文藝マガジン文戯」7号掲載の短編1つ、書き下ろし1つを1冊にしました。
気軽に読んでいただいき"味"を感じてもらえたら幸いです。
もしどんな女にも愛を向けていたら、命は枯れ果てるだろう。
本当に大切な人にこそ愛を注がなければならない。
初夏のある日、私は庭の手入れをする。そこに訪れる穏やかな季節に思いを馳せる。
いつの時代も電話を待つというのは楽ではない。
墓掘人とは私たちの星で言う聖職者とほぼ同義で、
死者と生者、両方の魂を沈める神聖な存在である。
あの娘に会うとき、私はラストオーダーを頼まない。
明暦二年の暮れも迫るころ、奥州會津藩に摩訶不思議な星が現れた。目撃した藩校日新館の助教・井深辰之進は、藩主・保科正之の許しを得て江戸へ出立する。時を同じく、江戸では関という関そして道筋を閉じていた。そればかりか湊まで閉ざす有様で、物が滞り人足・職人は日銭を絶たれ町人らは食にも足らぬ困窮に陥った。年が明けて江戸入りした辰之進は、ひょんな縁から盗賊・赤鴉とよしみになる。役人ばかりか旗本・大名たちは戦備えで守りを固めた。「幕府は何を恐れるのか?」赤鴉と風魔の残党の与力を得た辰之進はその謎へ迫る中、江戸市中は未曾有の大火となった。
愛する人の嘘、裏切り、罪
恋人を傷つけた学生、愛する人を亡くした教授、裏切られた助手
ときに人は不実になってしまう。あなたなら赦せますか?
大学をメインに繰り広げられる学生ケン、マリー、助手リサの物語。
奥州高岡藩勘定方を務める相馬政継は、関ヶ原の戦以来の疑念を抱えていた。当時高岡藩では、藩主・津軽為信が東軍側として大垣へ出兵しながらも、長子・信建を大坂城・豊臣秀頼の側近くに仕えさせていた。藩主らの行いに、国元を守る藩士たちは東西に割れた。そして西軍を担ぐ者たちは、城代を殺めてまんまと高岡城を占領することに成功した。その前夜。二分された藩論の中、商家の土蔵で秘密裏に談合が行われた。その場に居合わせた政継だが、素性の知れない者が加わったことにより散会となった。その者が家老・内藤重右衛門であったのは、土蔵から内藤の割腹して果てた骸が見つかったことで明らかになった。「内藤さまは、何故腹を召されたのか?」これこそが、政継が抱える疑念である。時を経て、ふたたび湧き上がる疑念に駆られた政継は、内藤の死後、里へ引きこもる内藤の奥方を訪ねる。しだいに明らかになる真実は、仕組まれた談合のからくりと剣友である葛西勝之進への疑いであった。政継は、女房・加代との間に子を授かってはいなかった。二人慎ましくそれでいて幸を覚える暮らしである。政継は妻に詫びた。このままでは、己の関ヶ原は終わらぬと。必勝を誓い勝之進との果たし合いに望む政継だが、その戦いで新たな真実を知ることになる。
九州島原から、父とともに北海道空知郡に移住した徹。生活を始めた岩見沢は、周辺に炭鉱がひしめく賑わいのある町だった。高校の多感な時期を岩見沢で過ごし、徹は自転車事故をきっかけに恵美子と知り合った。町は炭鉱景気に支えられ、大学の誘致にも成功して発展を続けた。恵美子との再会と襲いかかる苦難。炭鉱の相次ぐ閉山。それに加え、徹が北大へ進学してからも岩見沢大火と呼ばれる災害で家族を襲った。徹を何かと支援してくれていた叔父は、火事によって店を失い、徹は苦学の道を歩むことになる。恵美子、そして家族との固い絆は、徹を一人前の道産子として大地に根を張らした。
昭和の東京オリンピックを背景とした時代に生きた家族のヒューマンストーリー。
早春の大川を柳にも似たか細い舟が女をのせていた。船頭は、はたと気づいた。首筋のほくろに憶えがあると。ゆったりと流れる大川を下るにつれ露わとなる女の半生。船頭の企てによって繋がる縁は、触れることも叶わぬ二人の運命であった。結ばれずとも、美しくも悲しい花を咲かせた恋愛時代短編。
「人生や恋、その他の悩みについて、ずっと先のことまで考えてしまい、苦悩を感じる」このことを「私」は「目眩」と呼んだ。目眩は誰にでも起こりえる。ひ弱な少年にも、力強いウエイトレスにも。
あらゆることを笑い飛ばす気丈なセルヴィアといつも目眩に悩まされるヴィンデルの、ちょっと複雑な大人の恋愛物語。