14:40にビットリオ・エマニュエル2世アーケードを出て、スカラ座の前を取ってブレラ美術館に14:50到着。1時間ほどブレラ美術館で絵画を楽しむ。
建築家フランチェスコ・マリア・リチーニにより1607-1630に建てられた。教会の前の通りは「アンデガルディ」として知られている。
内部には、メルキオーレ・ゲラルディーニによる聖ヨセフと聖母マリアの結婚を描いた大きな祭壇画、ジュリオ・チェーザレ・プロカッチーニによる聖ヨセフの死;アンドレア・ランザニの聖家族;そしてステファノ・モンタティの洗礼者ヨハネがある。
ロンバード貯蓄銀行、1823年にミラノ・カッサ・ディ・リスパルミオ・ディ・ミラノの名のもとに設立されたイタリアの銀行で、貧しい人を救うことを目的に設立された
ブレラ通り
ロンバルディア州陸軍司令部。イタリア北部地域の司令部
ブレラ広場。左に入口がある。
ブレラ広場から陸軍司令部を振り返る
ブレラ美術館の建物は、17世紀に建てられたイエズス会の施設だった。これを1772年、当時ロンバルディア王も兼ねていたマリア・テレジアが入手。1776年、美術アカデミーが設置され、絵画の収集が始まった。
その後、ナポレオンにより美術館として整備され、1809年、彼の誕生日に開館、一般にも公開されるようになった。1882年には国立美術館として開館。ブレラ美術館があるブレラ宮の建物の一角には、1764年に開設されたブレラ天文台があり、天文台横には1774年に開設されたブレラ植物園がある。
ジョセッペ・パリーニ(1729-1799) イタリアの詩人。
チェーザレ・ベッカリーア(1738-1794)。イタリアのイタリアの法学者、経済学者、啓蒙思想家。ミラノの侯爵の家柄に生まれ、パルマのイエズス会寄宿学校に学んだ。1762年「ミラノ国の貨幣の混乱とその治癒策について」という論考を出版し著作家として頭角を現す。1768年からミラノ大学の法学と経済学教授となり、講義中にアダム・スミス、マルサスの経済理論に近い見解を示した
「死せるキリスト」 アンドレア・マンテーニャ(6室)
「ピエタ」ジョヴァンニ・ベリーニ(6室)
「聖母の婚礼」ラファエッロ・サンツィオ(24室)
「エジプト・アレッサンドリア広場で説教する聖マルコ」ベリーニ兄弟(8室)
「エマオの晩餐」カラヴァッジョ(28室)
「聖マルコの遺体の発見」ティトレット(9室)
「若い女性の肖像」モディリアーニ(15室)