チューリップ庵
【あー1】
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【小説】ファンタジー
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栄螺
目覚めると、半裸で冷たいフローリングに寝転がっていた。
右手に栄螺の殻が握られている。
窓にかかるカーテンは見覚えのある、我が家のリビングのそれ。射す陽は明るい。
夕べ、どこかの飲み屋に入ったのは覚えている。気前よく注文して飲み食いして、恐らくカードで支払ったに違いない。
気分は良くない。酒が全身に、それこそ脳みその毛細血管の全部に残っている感じ。そして栄螺の殻はごつごつしていて、痛い。
「なんでぇ? 食べたのかなぁ……サザエ……」
壺焼きだろうか。微かに醤油の匂いがする。
くすくすと笑い声がし、一瞬で消えた。
「タクヤ?」
夫の名を呼んだが、返事はない。家はしんと静かだ。それに、さっきの笑い声は女性のようだった。
空耳だろうか。なにせ、体に酒が残っている。
栄螺を放り出してバスルームへ。シャワーを浴びても気持ちは晴れない。頭の中にもやがかかったような、夢心地。
水を飲んでベッドに潜り込んだ。
夫はどこに行ったんだろう。
昨日は……そうだ、実家の母に呼び出されたのだ。でも私は友人のユキナと約束があったから、断った。それからどうしたっけ? タクヤが、「僕が行くからいいよ」と言ったのだ。一年前に結婚したタクヤは、気持ちの穏やかな人だ。結婚なんか一生する気がなかったのに、タクヤがいい人過ぎてプロポーズを受けてしまった。
ユキナと街歩きをして夕飯を食べて、そこで飲みすぎたんだろうか。飲み屋に入った時は一人だった気がする。なら、ユキナと夕飯を済ませて、それから一人で飲み屋に?
記憶がまとまらなくて、私は仕方なくベッドを出た。ショルダーバッグは玄関に落ちていた。財布もスマホも無事だ。
自分のメッセージ履歴を見る。ユキナ宛に『ごめんね』と送っていた。ユキナから『いいよ、また会おうね。旦那様によろしくね』という返信がある。どういう成り行きだったか覚えてない。
酔っている間の記憶をなくすのは初めてじゃないけど、酔う前から覚えてないなんて、おかしい。
ユキナに確認してみようか? でも、おかしい奴って思われるんじゃ……。
ショルダーバッグをぶら下げてリビングに戻る。足の先で栄螺を蹴っ飛ばした。
「片付けなきゃなぁ。なんでこんなモン、持って帰ったんだろ」
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