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Session I (物理) ミクロの手法 & ミクロの視点で 温度を捉える・理解する
1. 横谷 明徳1,2,* 、清野晃平2,1、重清壯登3,1、岡部弘基4
1 量子科学技術研究開発機構・東海量子ビーム応用研究センター、2 茨城大学大学院・理工学研究科、3 茨城大学・理学部、4 東京大学大学院薬学系研究科
Title: 放射線ストレスと細胞内温度変化
Abstract: 放射線が照射された細胞では、直後から数時間の間にゲノムDNAの損傷とその修復が行われることが知られている。このDNA修復には多数の酵素反応が必要となり、多くのATP分子を用いたエネルギーの消費が行われることが予想される。しかし私たちのこれまでの研究から、照射後遅延的に(24-48時間を経た後に)ATP濃度の上昇が見られたが、照射直後の細胞内ではATP濃度は変化しなかった[1]。照射直後の細胞内に、DNA修復以外にどのような生理活性の変化が生じているのかについては未だに不明である。本研究グループでは、細胞の温度変化という新し視点から細胞内のエネルギー収支を明らかにし、放射線に対する細胞のストレス応答メカニズムの解明を目指す。
本研究では、ヒト培養細胞に蛍光性ポリマー温度センサー(Fluorescent polymeric thermometer, FPT)を導入した上でX線ビームを照射し、細胞内(平均)の温度変化を計測し、これを照射エリアの外の非照射細胞のそれと比較した。高エネルギー加速器研究機構・フォトンファクトリーのBL27を用いて、10Gy相当のX線ビーム(5.35keV)を用いた。照射後、温度センサーの蛍光を発する細胞の画像をライブセル観察によって撮影した。二回のビームタイムを実施した結果、照射細胞では、細胞内平均温度が1-1.2 ℃、非照射細胞に比べて低くなった。また30分毎の温度変化(ΔT)が、非照射細胞ではおおよそ2時間程度の周期で多くの細胞が位相を揃えて(コヒーレントに)変動する傾向が見られたが、照射細胞ではこの位相が乱れ、またΔTも小さくなる傾向が見られた(本研究会のポスター発表(清野、他))。講演では、これらのプレリミナリーな実験結果をもとに、細胞の放射線ストレスに対する応答とエネルギー消費の関係を考察する予定である。
keywords: 放射線ストレスに対する細胞応答、DNA損傷と修復、細胞のエネルギー消費、細胞内平均温度
[References]
Hamada R, Kaminaga K, Suzuki K, Yokoya A, Mitochondrial membrane potential, morphology and ATP production in mammalian cells exposed to X-rays. Radiation Protection Dosimetry 183, 98-101 (2019).
2. 外間 進悟*
大阪大学蛋白質研究所
Title: 高度に機能制御されたダイヤモンドナノ粒子による精密な細胞内局所加熱技術の開発
Abstract: 蛍光性ナノダイヤモンド(FND: Fluorescent nanodiamond)内部に存在する電子スピンの量子状態は常温で高感度に検出可能であることから、細胞内のナノ領域に生じる温度、電場、磁場などを定量的に計測可能なナノセンサーとして注目されている。我々はこれまでFNDを細胞計測に応用するために、イオン照射による蛍光強度の改善、粒子表面の物理化学的状態が物性・発光特性に与える影響の解析、及び表面化学修飾による物性のコントロールに関する研究を進めてきた。これらの研究は、FNDを蛍光イメージングプローブとして用いるうえで重要な貢献を果たしたが、しかし一方で、細胞内のイベントを計測するナノセンサーとしてはその性質は不十分であり、更に高度な機能制御が求められていた。
近年我々は、細胞における温度の重要性や、細胞が温度を感知し細胞の機能を制御する仕組みを明らかにするために、FNDを細胞計測に適応可能なレベルに高機能化する研究に取り組んでいる[1-4]。本講演では、標的指向性の高いFNDの調整及びナノスケールの発熱をナノスケールの温度計で直接計測可能なFND-金ナノ粒子コンポジットの合成に関する研究成果、及びそれらを用いた今後の研究の展望を紹介する。
keywords: diamond, gold, nitrogen vacancy center, sensor, surface modification
[References]
Sotoma S, Epperla C, and Chang H-C. (2018) Diamond Nanothermometry. ChemNanoMat 4: 15-27.
Sotoma S, Hsieh F-J, Chen Y-W, Tsai P-C, Chang H-C. (2018) Highly stable lipid-encapsulation of fluorescent nanodiamonds for bioimaging applications, Chemical Communication,54: 1000-1004.
Hsieh F-J‡ Sotoma S‡, Lin H-H, Cheng C-Y, Yu T-Y, Hsieh C-L, Lin C-H, Chang H-C. (2019) Bioorthogonal Fluorescent Nanodiamonds for Continuous Long-Term Imaging and Tracking of Membrane Proteins. ACS Applied Materials and Interfaces 11: 19774-81.
Sotoma S, Harada Y. (2019) Polydopamine coating as a scaffold for ring-opening chemistry to functionalize gold nanoparticles. Langmuir 35: 8357-62.
3. 冨樫 祐一1,2,3*
1 広島大学大学院統合生命科学研究科 , 2 理化学研究所生命機能科学研究センター, 3 大阪大学サイバーメディアセンター
Title: 分子動力学シミュレーションと「温度」
Abstract: 生体高分子の動き・構造変化を計算機上で再現する手法として、(古典)分子動力学計算は広く用いられている。そこでの「温度」は、原子あるいは粗視化粒子の平均的な運動エネルギーと対応づけられる。もちろん、シミュレーションにおいては各時刻で全ての粒子の位置・速度が明らかであるため、これは即座に計算できる。しかし、一般に計算の対象とする、例えば1個のタンパク分子とそれを囲むわずかの水といった微小な系では、こうして求められる「温度」は激しくゆらぐ(大きな系を想定して周期境界条件を課した場合でも、この点についてはモデル系の小ささが顕わになる)。現実の系はより大きく広がり多数の水分子を含んでいるとはいえ、局所的な構造ゆらぎが問題となるような(端的には化学反応で駆動される分子機械などでの著しく非平衡な)ケースにおける「温度」「熱」とは何かという問いは残る。
そうはいっても、現実に生体高分子の働く環境として、温度一定の条件を考えたい場合が多いことから、種々の定温制御(サーモスタット)の手法が考案され用いられている。いずれも「温度」を設定値近傍に保つ制御でありながら、そのために系に対して加える操作はそれぞれ異なり、分子の運動に与える影響も微妙に異なるのが悩ましい点である。
一方で、シミュレーションにおける「温度」は、構造の安定性(あるいは力場で定められるポテンシャルエネルギーとエントロピーとが及ぼす影響のバランス)を変調するパラメタとして、現実の温度と離れて意図的に操作されることもある。端的には、準安定状態を越えて安定構造を得るための「焼きなまし」法が挙げられる。その発展形としてレプリカ交換法とその派生手法があり、単に安定構造を求めるのみならず、様々な用途で用いられている。
本講演では、こうした分子動力学計算における「温度」の問題と、それに関連する計算手法について概観する。本ワークショップには細胞・個体などはるかにマクロな系を対象として実験を行う研究者が多いと思われるが、生物における「温度」「熱」の微視的な描像、またその問題に取り組む上でのシミュレーションの使いどころについて議論したい。
加えて、私たち自身の仕事として、アミロイドβタンパク質の変異体・異性体の構造安定性と、高温(50~60℃程度)で現れる構造について、レプリカ交換分子動力学法を用いて考察を行った例を紹介したい。
keywords: molecular dynamics simulation, temperature, thermostat, replica exchange method
Session II (境界領域) 情報と実態をつなぐ熱
1. 岡田 康志1,2,*
1東京大 2 理研
Title: TBA.
Abstract: 要旨
keywords: キーワード、
2. 吉澤 拓也1,*
1 立命館大学・生命科学部
Title: 柔軟な液滴をつくるFUSの液-液相分離
Abstract: Fused in Sarcoma (FUS) は、DNA修復やRNA制御に関わるとされる526アミノ酸からなるタンパク質である。大部分が単独では特定の構造をもたない天然変性領域であり、アミノ酸組成に偏りのある配列(low-complexity sequence; LC)となっている。長い間その役割は不明であったが、近年の研究によって、FUSのLC同士の弱い相互作用による集合体形成能=液-液相分離が、細胞内顆粒であるRNA顆粒の形成に重要であることが明らかとなってきた。液-液相分離とは、溶液あるいは細胞内に分散状態(一相)にある分子が集合し、液体と液体の二相に分かれる現象である。形成物として主にみられるのは液滴であり(図)、液滴は特定の反応を促進または抑制する場として機能する。生物が液滴を利用する優位性は形成と消失を速やかに繰り返せる柔軟さであるといえる。細胞は周囲に応じて液-液相分離による液滴を形成・消失させることにより、特定の反応を制御すると考えられている。これまでに、FUSの液-液相分離については数多くのグループが解析を行っており、液滴形成に影響を与える要因や、重要な働きをするアミノ酸の同定等が進められている(Ref.1-3)。発表者らはFUSの液滴形成に温度依存性があることを明らかとした(Ref.4)。室温付近のわずかな温度変化が液滴形成能に影響を与えることから、生体内でも同様の変化が起こることが示唆された。また、FUSの液滴を制御する因子として核輸送受容体タンパク質インポーチンβファミリーを見出した。インポーチンβファミリーのひとつであるKaryopherinβ2は、FUSを核内へと輸送する働きを持つことが知られていたが、液滴形成を抑制する相分離シャペロンとしても機能することを明らかとした。本演題では、FUSの液-液相分離による液滴の形成と消失を主な例として、生体高分子の液-液相分離を紹介したい。
keywords: Liquid-liquid phase separation (LLPS), Fused in Sarcoma (FUS), Karyopherinβ2
[References]
Kato et al., Cell 149 753, 2012
Lin et al., Mol. Cell 60 208, 2015
Wang et al, Cell 174 688, 2018
Yoshizawa et al., Cell 173 693, 2018
3. 広井賀子1,2 *, 中村隆之2, 齊藤昂哉2, 山田貴大2, 谷本隆一2, 尾関光徳2, 井伊海人2, 眞下皓太2, 平岩 巧2, 舟橋啓2, 三木則尚2, 柳瀬雄輝3, 岸 博子4, 張 影4, 小林 誠4, 坂本 丞5, 亀井保博5, 谷口敦史5,6, 野中茂紀5,6, 富永 真琴6,7
1山口東京理科大学薬学部, 2慶應義塾大学理工学部, 3広島大学医学部, 4山口大学医学部, 5基礎生物学研究所, 6自然科学研究機構ExCELLS, 7生理学研究所 * correspondence: hiroi@rs.socu.ac.jp
Title: 細胞は熱をどう受け取るか
Abstract: 細胞は様々なシグナルに刺激されて非対称性を内部に作り出したり, 刺激に応答して遊走を始めたりする機能を持っていることが知られている. 例えば, モルフォゲンと呼ばれる類のシグナル分子の, 濃度分布に勾配があるような環境に細胞を置くと, 濃度勾配に従って細胞分裂方向に偏りが生じるという現象が観察される[1]. 温度勾配に対する細胞の反応は化学的な刺激物質の勾配に対する反応と似ているだろうか, または, 全く異なっているだろうか. 本講演では, このような課題に取り組むにあたり重要となる, 細胞内温度計測法[2]の改良方法をはじめに紹介する. また, それらの方法を利用して行った細胞内または培養環境内温度計測に基づき, 異なる形式で細胞に温度刺激を与えた場合の細胞の応答の違いを紹介し, 背景のメカニズムについてみなさんと議論したい.
keywords: Wnt, 赤外レーザー, 細胞遊走
[Reference]
Takumi Hiraiwa, Yuichiro Nakai, Takahiro G Yamada, Ryuichi Tanimoto, Hiroshi Kimura, Yoshinori Matsumoto, Norihisa Miki, Noriko Hiroi*, Akira Funahashi. Quantitative analysis of sensitivity to a Wnt3a gradient in determination of the pole‐to‐pole axis of mitotic cells by using a microfluidic device. FEBS Open Bio 8 1920–1935 (2018)
Ryuichi Tanimoto, Takumi Hiraiwa, Yuichiro Nakai, Yutaka Shindo, Kotaro Oka, Noriko Hiroi*, Akira Funahashi. Detection of temperature difference in neuronal cells. Scientific reports 6 (2016) 22071.
Session III (生物-1) 生物が感じる温度 I ~ 危険な「温度」への対処 ~
1. 森 泰生 1,2,*
1京都大学 2
Title: TBA
Abstract:
keywords: キーワード、
2. 塚本 大輔1,*
1北里大学 理学部 分子生物学講座
Title: 冬眠哺乳動物シマリスの冬眠に伴う遺伝子発現制御機構
Abstract: 哺乳動物の冬眠は,年周性の生命現象で,低体温で生命を維持するユニークな環境応答である。冬眠哺乳動物シマリスは,夏季の活動期 (非冬眠期) には恒温哺乳動物同様,約37℃の体温を維持して生活しているが,冬季の冬眠期には約5℃の低体温での持続的な冬眠 (5〜6日間) と体温を37℃に回復し,摂食・排泄を行う中途覚醒 (約20時間) を繰り返す。冬眠は遺伝子発現によって制御されていると考えられていることから,本研究では,冬眠に伴う遺伝子発現制御機構を明らかにすることから,シマリスの冬眠の分子レベルでの制御機構を解明することを目指している。シマリスの冬眠関連タンパク質 (HP: Hibernation-related Protein) は冬眠時に血液中から著しく減少するタンパク質複合体の構成タンパク質として発見された。HP 遺伝子は肝臓特異的に発現し,非冬眠個体 (非冬眠期の覚醒時) では転写が活性化されているが,冬眠個体 (冬眠期の冬眠時) では抑制されている。そこでまず本研究では,HP 遺伝子の非冬眠個体と冬眠個体での転写調節機構について解析した。その結果,HP 遺伝子の冬眠に伴う転写の変動は,主にヒストン修飾によってエピジェネティックに制御されており,その制御が転写因子のプロモーターへの結合−解離によって調節されていることを明らかにした (Tsukamoto et al., 2017, 2018)。さらに本研究では,シマリス肝臓において非冬眠期に mRNA 量が増加する HSP70 遺伝子の転写調節機構についても解析を行った。その結果,非冬眠期では,HSP70 mRNA 量およびその主要な転写活性化因子 HSF1 の核内の量は体温が上昇する活動時の昼に増加する一方,体温が低下する睡眠時には減少していた。冬眠期では,冬眠時にHSF1 が主に細胞質に存在し,HSP70 遺伝子の転写は抑制されているが,体温が上昇する中途覚醒時にはHSF1 が核に蓄積し,HSP70 遺伝子の転写を活性化することを明らかにした (Tsukamoto et al., 2019)。本発表では,これらの結果から考えられる冬眠の分子レベルでの制御機構の仮説と共に,今後の冬眠研究について議論したい。
keywords: 冬眠, 概年リズム, 転写
[References]
Tsukamoto D, Ito M, Takamatsu N. HNF-4 participates in the hibernation-associated transcriptional regulation of the chipmunk hibernation-related protein gene. Sci. Rep. (2017); 7:44279
Tsukamoto D, Ito M, Takamatsu N. Epigenetic regulation of hibernation-associated HP-20 and HP-27 gene transcription in chipmunk liver. Biochem. Biophys. Res. Commun. (2018); 495:1758-1765
Tsukamoto D, Hasegawa T, Hirose S, Sakurai Y, Ito M, Takamatsu N. Circadian transcription factor HSF1 regulates differential HSP70 gene transcription during the arousal-torpor cycle in mammalian hibernation. Sci. Rep. (2019); 9:832
3. 平野高大1, 吉田 松生 1,*
1基生研
Title: マウス精子形成の温度チェックポイントのex vivo 培養による解明
Abstract:
keywords: キーワード、
Session VI (化学) 細胞内の絶対温度は 捉え、制御できるか
1. 曽我 公平1,2,3,*
1 東京理科大学基礎工学部 材料工学科, 2 東京理科大学総合研究院 イメージングフロンティアセンター, 3 東京理科大学生命医科学研究所 医療技術・機器開発部門
Title: 蛍光で絶対温度を見る
Abstract: 近赤外光は生体透過性が高いことで知られており、筆者らは蛍光を用いた動物のイメージングにおいて数cmにおよぶ観察深度を実現可能であることを実証してきた[1]。さらに近年では蛍光を手掛かりに生体深部の温度を推定するためのプローブと技術の開発を手掛けている。サーモグラフィーでは物体表面の温度しか計測できないが、近赤外蛍光を用いると、がん治療に用いられる種々の温熱療法において臓器のその場の温度を推定できる可能性がある。蛍光を手掛かりに温度を知る方法としては蛍光強度、蛍光波長、蛍光寿命の温度依存性を用いる方法が知られている。しかし蛍光強度そのものは蛍光体濃度や照明強度、検出感度に大きく影響を受け、絶対温度の推定は困難である。一方、異なる2波長の蛍光強度比により温度を推定するレシオメトリックな方法では2波長のフィルターを切り替えて撮像を行った後、2枚の画像で画素の強度比をとるだけで温度の推定が可能なため、簡便さにおいて大きなメリットがある。近赤外蛍光を示す蛍光体としては有機色素、量子ドット、カーボンナノチューブ、希土類含有セラミックスナノ粒子(RED-CNP)が知られているが、筆者らは希土類であるHo3+(1150 nm蛍光)とEr3+(1550 nm蛍光)の蛍光強度比から生体の体温近傍での絶対温度の計測が可能であることを示した[2]。ところが生体組織においては近赤外域でも組織に固有の微弱な吸収が存在し、2波長での透過率の相違から、組織を透過した温度イメージングでは温度換算式に補正が必要であることがやがて明らかになった[3]。そこで、システムはやや複雑になるものの、蛍光寿命の温度変化を利用した温度イメージングに取り組んだ。希土類イオンはサブミリ秒~ミリ秒の長い蛍光寿命を有するため、超高速カメラを用いなくとも、パルスレーザーを励起光として異なるタイミングで撮像を行うTime Gated Imaging (TGI)によって簡便に蛍光寿命の2次元マッピングを得ることができる(右図[4])。この方法では透過させる組織によらず絶対温度の推定が可能である。
keywords: near infrared, fluorescence thermometry, ratiometric thermal imaging, time gated imaging
[References]
K. Soga et al., J. Imaging Soc. Jpn., 58 (6) 掲載予定. 10.2494/photopolymer.31.533.
M. Kamimura, K. Soga et al., J. Mater. Chem. B (2017) DOI: 10.1039/C7TB00070G.
S. Sekiyama, K. Soga et al., Sci. Rep. (2018) 8:16979, DOI: 10.1038/s41598-018-35354-y.
T. Chihara, K. Soga et al., Sci. Rep. (2019) 9:12806, DOI: 10.1038/s41598-019-49291-x.
2. 岡島 元1,2,*
1青山学院大学 理工学部, 2 JST さきがけ
Title: ラマン分光を用いた絶対的な温度決定
Abstract:
試料の温度を他の温度標準を用いずに直接決定することができれば,測定環境による系統誤差を排除した絶対的な温度測定が可能になり,in vivoでの温度決定に有用であると考えられる.本講演では,ラマン分光を用いた分光情報のみによる温度決定法を報告する.
ラマン散乱のStokes・anti-Stokes成分の信号強度比は分子振動の熱分布で決まり,非共鳴条件下では
と書ける.ここで,左辺は強度比,右辺はボルツマン因子と振動数因子の積, Δνはラマンシフトである.左辺の値を正確に計測できれば,純粋に分光情報だけから試料の熱分布温度(ラマン温度) を決定できる.そのような測定にはスペクトル強度を正確に補正することが必須である.講演者は窒素分子の純回転ラマン散乱を一次標準とする極めて正確な強度補正法を開発し,水の温度を系統誤差1 K以内で正確に決定できることを示した[1].窒素分子は200 cm-1以下の低振動数領域(THz領域)に20対以上の回転ラマンバンドを生じ(図1-a),同じ回転準位から生じるラマン散乱強度比は量子論により定式化されている.この理論値と実測値とを比較することで分光計を強度補正し(図1-b),水の(水素結合に基づく)分子間振動のラマン散乱のStokes・anti-Stokes強度比を定量することで(図1-c)温度を決定することができる.このラマン温度は,独立に計測した熱電対の温度と1 K以内の誤差で完全に一致した.
keywords: 絶対温度計測,分光温度,ラマン分光, Stokes・anti-Stokes, 強度補正
[References]
H. Okajima, H. Hamaguchi, J. Raman Spectrosc., 46, 1140-1144 (2015)
H. Okajima, M. Ando, H. Hamaguchi, Bull. Chem. Soc. Jpn., 91, 991-997 (2018)
H. Okajima, Annual Meeting of Japan Society for Molecular Science, 2C17 (2018).
3. 村上 達也 1,2,*
1富山県立大学 工学部 医薬品工学科, 2京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点
Title: バイオアクティブナノ材料による脂質膜相制御
Abstract: 金ナノロッド(AuNR)は長さ50 nm程度の棒状粒子であり、近赤外領域に吸収ピークを持つ。そのピーク波長は長軸長と短軸長の長さの比(アスペクト比)と正相関し、AuNR合成条件を変えることで制御される。AuNRは高効率に光−熱エネルギー変換を行い、その表面温度は金の融解温度を超えうる。従ってAuNRを細胞局所に送達できれば、局所加熱が可能になる。一方で、AuNRは疎水性コロイドであるため、そのままでは生理的条件下で迅速に凝集沈殿する。この問題は、疎水性薬物をいかに可溶化し、標的部位へ送達するか、というドラッグデリバリーシステムの課題と共通する。高密度リポタンパク質(HDL)は生体内でコレステロールを細胞膜から引き抜き、肝臓へ輸送する機能をもち、天然のドラッグキャリアとして働く。われわれは多様なHDL変異体をドラッグキャリアとして作製するとともに[1,2]、光応答性材料の表面修飾剤としての有用性も報告している[3-6]。特に、細胞膜に高い親和性を示すHDL変異体で被覆されたAuNRを用いると、細胞膜破壊を引き起こすことなく、TRPV1を光活性化できるようになる[5]。今回は、この安全なTPRV1光活性化のメカニズムを調べるために、細胞サイズリポソーム(Giant unilamellar vesicle, GUV)とHDL変異体で修飾された細胞膜標的化AuNR (pm-AuNR)との相互作用を詳細に調べた。
脂質膜は3種類の物理的な相状態のいずれかにあり、それらは液体無秩序(Ld)相、液体秩序相(Lo)相、固体秩序(So)相と呼ばれる。特にLo相ドメインはコレステロールを豊富に含み、脂質ラフトのモデルとされている。そこで、不飽和リン脂質:飽和リン脂質:コレステロール=2:2:1の混合脂質でLd/Lo混合相ドメインGUV (Lo/Ld-GUV)を作製し、その相状態に与えるpm-AuNRの効果を調べた。両者を混合すると、円状のLo相ドメインは急速に崩壊し、代わりにSo相に特徴的な非円上の(線状)ドメインが出現した。この時、pm-AuNR由来の蛍光シグナルは最初Lo相ドメインから、最終的にはこの新ドメインから検出された。このメカニズムとして、前述したHDLの生理機能から、Lo相ドメインに吸着したpm-AuNRが脂質膜からコレステロールを引き抜いたのではないかと予想した。この検証のために、コレステロールを搭載させたpm-AuNRを用いて逆の相転移を誘導できるかどうか、So/Ld混合相ドメインGUVを用いて調べた。すると混合しただけでは相転移は起こらなかったが、レーザー照射するとSo-to-Lo相転移が観察された。この結果から、Lo-to-So相転移には、pm-AuNRによるコレステロール引き抜きが関与していることが強く示唆され、さらにその逆相転移は光制御できることがわかった。
keywords: gold nanorod, lipid phase, high-density lipoprotein, giant unilamellar vesicle, cholesterol
[References]
Suda, K. et al., J. Control. Release 2017, 266, 301-309.
Kim, H. et al., Biochim. Biophys. Acta – Biomembranes 2019, 1861, 183008.
Numata, T. et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 6092-6095.
Murakami, T. et al., ACS Nano 2014, 8, 7370-7376.
Nakatsuji, H. et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 11725-11729.
Nakatsuji, H. et al., Sci. Rep. 2017, 7, 4694.
Session V (生物-2) 生物が感じる温度 II. ~ 温度シグナルが起こす変化
1. 柴崎 貢志1,*
1群馬大学大学院 医学系研究科
Title: てんかん病態悪化のメカニズム;脳内局所発熱とTRPV4異常活性化
Abstract: 日本国内だけで「てんかん患者」は100万人、主な世界医薬品市場7カ国合計でも「てんかん患者数」は約520万人もいて、多くの人々が日常生活で突発的に起こる痙攣発作に苦しんでいる。既存のてんかん治療薬は効能が低いことに加え、肝臓障害などの副作用がひどいため、多くの問題点がある。
我々は、てんかん病態時の局所脳内温度変化に注目し、その解析を行った。新たに開発した局所脳内温度計(柴崎ら、特許公開)を用い、てんかん原性域の温度を正確に測定した。その結果、正常な脳よりも約1℃発熱していることを突き止めた。そして、この発熱により、脳内温度を常時モニターしているTRPV4チャネルが異常活性化し、てんかんを引き起こしている神経活動がさらに増悪化することを見つけた。
そこで、てんかん原性域のみを効率的に冷やして、TRPV4の異常活性化を抑えれば、てんかん発作が治まるのではないかと考えた。そして、独自の脳局所冷却システムを作製した(柴崎ら、特許公開)。このシステムをてんかんマウス脳に埋め込み、てんかん原性域を30℃まで冷却すると、てんかん発作を完全に抑制することが出来た(30℃はTRPV4を不活性化することが出来る温度)。つまり、てんかん患者のための治療器具として、脳冷却装置が有効であることを見いだした。
さらに、脳冷却の代わりに、てんかん原性域にTRPV4阻害薬を注入しても、てんかん発作が抑制出来ることも確認出来た。これらの点から、てんかんの新規治療薬としてTRPV4をブロックする薬剤が有効であると考えられた。
今回の研究で、てんかん病態が悪化する分子メカニズムとして、脳内局所発熱とTRPV4異常活性化の関与が明らかになった。
keywords: TRPV4、てんかん、脳内温度、発熱、温度コントロール
[References]
Shibasaki et al. Effects of body temperature on neural activity in the hippocampus: regulation of resting membrane potential by TRPV4. J Neurosci 27: 1566-1575, 2007
Shibasaki et al. TRPV4 activation at the physiological temperature is a critical determinant of neuronal excitability and behavior. Pflügers Archiv. 467(12): 2495-2507, 2015
Matsumoto et al. Retinal detachment-induced Müller glial cell swelling activates TRPV4 ion channels and triggers photoreceptor death at body temperature. J Neurosci. 38: 8745-8758, 2018
Shibasaki et al. Temperature elevation in epileptogenic foci exacerbates epileptic discharge through TRPV4 activation. Lab Invest. doi: 10.1038/s41374-019-0335-5. 2019
2. 長尾耕治郎 1,2,*
1京都大学 2
Title: 膜脂質代謝を介する細胞内温度の制御機構
keywords: ショウジョウバエ、膜脂質、ミトコンドリア
[References]
Kohjiro Nagao, Akira Murakami, Masato Umeda, Chemical and Pharmaceutical Bulletin, 67 (4), 327-332 (2019)
Akira Murakami, Kohjiro Nagao, Yuji Hara, Naoto Juni, Masato Umeda, The Journal of Biological Chemistry, 292 (49), 19976-19986 (2017)
3. 山内 靖雄 1,*
1神戸大学大学院農学研究科
Title: 高等植物の光化学系が備える光依存的な高温耐性機構〜40℃以上か、以下か、それが問題だ〜
Abstract: 高等植物の光化学系は、入力された光エネルギーを化学エネルギーとして出力する優れたエネルギー変換系であり、しばしば天然のソーラーパネルと例えられる。温度条件は光化学系機能に大きな影響を与える環境因子であるが、40°Cという温度は特にクリティカルポイントと言うべき重要な意味を持っている。本講演では、40°Cという温度の重要性を示す、光化学系に関わる3つの現象を紹介する。
[1.光化学系は40°Cを超えると光が存在しないときにダメージを受ける1]]暗所40°Cの環境におかれた植物においては光化学系II (PSII)活性が急激に低下する(35°C以下では低下しない)。これはPSIIの反応中心タンパク質であるD1タンパク質が特異的に分解されるためであり、40°Cで引き起こされる、ストロマ還元力が光化学電子伝達系に逆流して生成する活性酸素によるものと考えられる。
[2.明所40°CではPSIを優先的に駆動するためのステート遷移を起こす2,3]]明所40°Cにおかれたコムギでは、光化学系の障害にはよらない、光合成電子伝達速度 (ETR)の減少が見られる。このときD1タンパク質や集光アンテナタンパク質II (LHCII)のリン酸化が促進されており、それに伴って通常条件ではPSIIに結合しているLHCIIがPSIに結合してPSI-LHCII超複合体を形成するステート遷移が起こっている。この状態の光化学系のエネルギー移動をピコ秒時間分解蛍光分析により解析した結果、PSIの方がPSIIより早く励起されていた(25°CではPSIIがPSIよりも先に励起される)。このステート遷移はチラコイド膜の可逆的な構造変化を伴っており、PSIを優先的に励起することで40°Cにおいて光化学系に流入する過剰なストロマ還元力をPSI周りのサイクリック電子伝達系で消費することでATP生産の確保とPSIIの保護を両立する、コムギの積極的な高温環境への適応機構であると考えられる。
[3.暗所40°Cでの障害を回避する光依存獲得性高温耐性機構が存在する]光存在下で40°C環境を経験した植物は、1.で紹介した暗所40°Cで起こる光化学系のダメージを回避することができるようになる(この機構も35°C以下では起動しない)。この光依存獲得性高温耐性機構 (Light-dependent acquired thermotolerance, LAT)を欠損した変異株(lat mutant)が得られていることから、何らかの遺伝子の関与が考えられるが、詳細は不明である。
keywords: Cyclic electron flow, Heat stress, Photosynthesis, Photosystem, State transition, Wheat
[References]
Marutani et al. (2012) Planta 236, 753-761
Marutani et al. (2014) J Mol Sci 15, 23042-23058
Marutani et al. (2017) Photosyn Res 131, 41-50