O-Cinnamyl S-methyl xantahteをβ-cyclodextrinに包摂させ,得られた結晶を60℃で加熱することにより,[3,3]-sigmatropy反応を惹起さ せ,光学活性な[3,3]-シグマトロピー転位体(thiol前駆体)を得た(60%ee).また,得られた転位体はβ-cyclodextrin中で容 易に脱COSを起こすことも判明した.
β-cyclodextrinは対称構造を有するため,不斉の場として不斉合成に成功した例はほとんどない.β-cyclodextrin水酸基と極性基との間の水素結合の役割について解析した.右図は分子力場法による包接体の予想図であるが,力場法では限界があることが判明した.
β-Cyclodextrin包摂体の核磁気共鳴法による情報が得られないため,計算化学によるアプローチを試みた.初めに分子力場法を検討したが,パラメータが存在せず,中止せざるをえなかった.細かな電子相互作用の情報を得るには,分子軌道計算が必須であるが,これを行うには原子数(電子数)が多すぎるため(本反応系の場合,被占軌道は261である),QCPEから提供されるMOPACでは計算できなかった.また,それを可能にするコンピュータも手の届くものではなかった.
ところが,最近のコンピュータのめざましい進歩は数年前までは不可能と考えていた分子軌道計算を可能にした.そこで,MOPACのディメンションを拡大 し,コンパイルすることから始めた.コンピュータはDECのAlpha CPUを搭載したマシン(メモリー 500MB)を利用した.遷移状態の計算は一昼夜を要するが,以前と異なり,大型計算機センターの利用料金を気にすることもない.
注)2000年頃の計算環境
PM3による遷移状態構造を下記に示す.遷移状態へ移行する前の基質は2級水酸基と水素結合をして傾いているため,6員環遷移状態へ移行する際,チオカル ボニルのγ炭素の攻撃は「一方の面から」に片寄るものと理解できる.その際,チオエーテルの水素結合が形成されていることを示唆する結果が得られた.詳細 は投稿論文を参照ください.
cpu 時間は7 hr 50 minを要した.
1)非包接状態のTS構造を算出
2)6員環TS構造において,切断と生成に関与する2個の結合を固定して構造を最適化
3)ホストーゲストの全構造の構造パラメータを最適化
本反応は非常に基質特異性が高く,Cinnamyl alcoholのXanthateがもっとも不斉収率が高い.
半経験的分子軌道計算法は PM5, PM6, 次いで PM7へ 進化しているため,最新の手法で再検討の必要がある.さらに,計算機の高速化により密度汎関数法による計算も可能になった.2004年に導入したPentium 4を搭載したPCを16台並列化した計算機ではシクロデキストリン抱接体を計算することができた.しかし,遷移状態の計算は更なるCPU性能の向上を待つ必要があると判断した.
一方,反応基質としては,xanthate を carbazate へ変換すると,不斉誘起の向上がみられた.反応基質,転位体のX線解析は実施済みであるが,抱接体の構造解析は現在検討中.次図は抱接体のDFT計算構造(未発表)である.
謝辞 朝長充則,溝口千秋
第19回 日本薬学会九州支部会(福岡)2002(平成14)
シクロデキストリン包接体の[3,3]‐シグマトロピー反応
熊本大院・薬 ○多田隈景子、日高伸之介、吉武康之、矢原正治、原野一誠
【目的】O-Cinnamyl S-methyl xanthate (1a) をb-cyclodextrin (b-CyD) に包接させ、得られた結晶を45°Cで加熱することにより、[3,3]-シグマトロピー反応が惹起し、光学活性な転位体2a (60% ee) が得られる。1) 今回、演者らはゲスト-ホスト相互作用様式が異なると考えられるO-cinnamyl N,N-dimethylthiocarbamate (1b) における[3,3]-シグマトロピー転位反応について検討した。
【実験・結果】1bおよび包接体b-CyD·1b共に80°Cで加熱することによりそれぞれ転位体を得ることができた。b-CyD·1bの場合、光学活性の転位体を得た。包接体のGSおよびTS構造における安定化に寄与する因子を解明するために、GS(1b), TS(1b), b-CyD·GS(1b), b-CyD·TS(1b) , b-CyD·GS(2b) の半経験的分子軌道計算 (PM3) を行い、allylic xanthate類の反応挙動および計算結果と比較考察した。その結果、基質の転位部位はb-CyDの2級アルコール側に位置し、1aの場合より反応障壁が高いことを示唆する結果を得た。
1) M. Eto, S. Kubota, H. Nakagawa, Y. Yoshitake, and K. Harano, Chem. Pharm. Bull. 48(11) 1652-1659 (2000) and references cited therein.
清永秀雄,朝長 充則H8,古庄 晃H5,丸山 格H10,本多 教稔H11,秋吉 隆幸 H12,日高伸之介H14,多田隈景子 調査中
研究環境の変化,さらに高度な分子計算やX線解析等を必要とする研究内容の性質上,研究の進展が滞る事態になり,今日に至ってしまいました.見通しが甘かったのは私の責任であり,申し訳なく思っております.