麻布大学動物応用科学科・食品生命科学科では、学生が入学して間もないうちから「本物」の研究に参加し、そこで切磋琢磨しながら成長してもらうことを目標として、このプログラムを立ち上げました。学生が社会に出ると、それまでの受動的教育では取得し難い資質が求められます。卒業後の「社会」は答えのない世界です。その中で、課題を見出し、その課題をクリアするための最善の手段を選び、コストベネフィットを考慮した上で何が最善の策となるか、を考えて、その結果得られたことを次のステップに活かすことが必要となります。これこそが、社会人として学生が身につけるべき資質です。これを学生時代に獲得させるには、通常の座学学問、あるいは手技を身に着けるような実習だけでは難しいでしょう。また、学生自身にとっても、従来型の座学・実習だけでは課題を克服した達成感も大きくはないでしょう。
研究とは、学生実験とは大きく異なります。答えのない世界で、いかに成果を生むか、そしてその成果がどれだけ社会に貢献し、また社会をよりよいものするのか、という前人未到の領域に足を踏み込むことです。研究活動の中では、課題の発見、目的の設定、それに応じた方法の探索と実践、得られた結果の整理と解釈というプロセスがあり、非常に重要な教育、すなわち大学での教育の集大成が行われています。 私達は、真の大学教育として、研究活動を活かし、そして実社会で通用する「実践者」として学生を育てて行きたいと考えています。高いレベルでの研究であるがゆえに、参加者は真剣に取り組む必要があり、その厳しさと達成感が学生を鍛え、伸ばすことにつながります。実社会で通用する成果を生みだすこと、それこそが本学科が提供できる貴重な体験教育の一つになるはずです。
この目標を達成するため、本プログラムでは、3つの特徴を取り入れました。1)動物にかかわる様々な領域を網羅できる体制、すなわち多彩な研究領域を設定しました。2)動物系大学での初の取り組みである「STEM」型教育を取り入れました。3)社会人としての資質に要求されるリテラシーとコンピテンシーの向上プログラムを組み込みました。
STEM型教育とは、米国で始まった、新しい理系教育の方針です。S:Science、T:Technology、E: Engineering、M: Mathematics を意味します。 バラク・オバマ政権の時には、Effective Teaching and Learning: STEM programを立ち上げ、国家規模での支援が行われました(参考文献)。これらのプログラムの目的は、理系教育の充実化をはかり、グローバルな視点から、科学技術の開発やビジネス分野で国際競争力を発揮できる人材の育成、と考えられています。麻布大学動物応用科学科では、STEM型教育に合わせた研究活動への参加が可能になります。今回のプログラムでは、以下の点に重点を置いて、学生が主体的に研究にかかわります。
Science: 「動物科学の知識」 遺伝子、細胞、組織-器官、個体、集団、生態系など様々な段階における動物の機能と特徴を説明できる。
Technology:「動物を扱う技術」 産業動物(家畜と家禽)、伴侶動物、介在動物、実験動物を適切に取扱うことができる。実習や研究に基づくハンドリング。
Engineering, creativity:「動物の利用、応用」動物ならびに動物利用の成り立ち(家畜化の歴史)を説明し、これら動物の意義、未来に向けて積極的に発展的利用につなげていくことができる。人との関わりの歴史と今後の利用、共生を考えることができ、これらに生じる可能性のある問題を提示し、解決する能力を身につける。
Mathematics:「動物と社会の繋がり」動物の機能や動物人間関係について、社会との繋がりや関わりを理論的実践的に捉えられる。動物に関する情報・社会科学。
リテラシーとは、本来「読解と記述の能力」を意味します。現在の教育場面では「情報を適切に理解・解釈・分析し、改めて記述・表現する」という意味に使われます。特に科学リテラシーは、科学論文や科学データを正確に読み解く能力、そのデータを適切に理解し、これまでの情報と合わせ、俯瞰的に理論を構築できる能力、科学情報や理論を適切に記載表現できる能力、といえるでしょう。このような能力は、まさに研究によって獲得することが可能です。研究を実施することで、過去のサイエンス情報を検索、重要な情報を見抜き、そこから次の課題を見出します。その課題を解決する最善策を立て、実施し、その結果の数字を理論的に捉え、解釈する。まさにこれが研究そのものです。データサイエンスが重要な役割を担うこれからの社会において、科学リテラシーの重要性は増し続けることでしょう。
コンピテンシーとは、「組織の置かれた環境と職務上の要請を埋め合わせる行動に結びつく個人特性としてのキャパシティ、あるいは、強く要請された結果をもたらすものである(Boyatiz,1982 )」とされています。社会で活躍する人がすべてIQが高いわけではありません。優秀な人とは、特有の思考パターンや性格、動機、行動パターンを取っていることが多いことが知られており、このような「実際の態度、ふるまい」の能力をコンピテンシーと言います。文部科学省の重点課題として取り上げられているコンピテンシーでは 1)社会・文化的、技術的ツールを相互作用的に活用する能力 (個人と社会との相互関係)、2)多様な社会グループにおける人間関係形成能力 (自己と他者との相互関係)、自律的に行動する能力 (個人の自律性と主体性)が特に重要だとされています。そしてその2つのコンピテンシーの中心となるものが、個人が深く考え、行動することの必要性です。深く考えること、とは、「目前の状況に対して特定の定式や方法を反復継続的に当てはまることができる力」に加え、「変化に対応する力、経験から学ぶ力、批判的な立場で考え、行動する力」が含まれます。まさに、これらの能力は、研究という場面で、特に共同研究やチームプロジェクトを進める過程で身につくことが期待されます。
動物生命科学分野とその社会分野に機軸を置き、関連分野にまで及ぶ幅広い科学的知識と理解を持ち(リテラシー)、現実的課題に対応した実践応用力(コンピテンシー)を備えた人物を、動物応用実践的ジェネラリストとしています。本プログラムに参加することで、幅広い動物生命科学領域において上記の2つの能力を身に着け、一つの知識や技術に頼ることなく、幅広い動物分野で、応用力をもって活躍できる、そのような動物応用実践的ジェネラリストに成長することができます。