=愛宕神社および駐車場の案内=
小浜市伏原に伝わる「愛宕神社例祭」は、火伏せの神を祀る愛宕信仰の象徴として、地域の人々が大切に守り続けてきた夏祭りです。伏原区の大松明は長さ約3m、重さ200kgを超える大迫力。
男衆の掛け声とともに急な山道を登り、山頂近くで御神火を受けて燃え上がる光景は、見る人の胸を熱くする神事そのものです。町内の練り歩き、山上での点火、夕暮れの炎。どれも、この地域でしか味わえない夏の風景です。
ぜひ、若狭の夏の幕開けを一緒に感じてください。
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<愛宕まつりの当日>
午前中は、小浜神社の宮司さんによる神事が執り行われます。愛宕神社責任総代、伏原区長、大宮区長、神田区長、今富神社責任総代をはじめ各神社役員、区役員などによる玉串奉奠が行われます。この時、子供神輿もお祓いを受けます。
夕刻には伏原公会堂前広場に続々と区民の皆さんが集まってきます。定刻になると大松明は若衆に担がれ、子供神輿・提灯屋形とともに伏原区内を練り歩き、愛宕神社境内まで担いで運ばれます。子供たちは「ターイマッチャー、チョーサーヤー」の大きなかけ声をかけながら練り歩きます。愛宕神社境内では、山頂まで運ぶ飲料水等を大松明に括り付けたり、大松明の担ぎ手や引き手の若衆たちは靴に滑り止めの荒縄を縛り付けたり準備を怠りなく出発の時を待ちます。
出発合図の花火が上げられると同時に、担ぎ手8人、多数の引き手たちが「ターイマッチャー 、チョーサーヤー」のかけ声で、急勾配の山道約600mを駆け上がります。途中には七曲りといわれる難所も待ち受けている厳しい道中となります。
山腹の平坦地に着くと、そこに大松明を立て、愛宕神社山頂本殿に祈願した御神火を提灯に移し種火とし、松明に点火します。大松明を運び上げた若衆たちは、勢いよく燃え上がる炎を見上げながら、無火災祈願を行います。
その後、若衆たちは山頂本殿において、小浜神社の宮司さんによる玉串奉奠に臨み、下山することになります。下山した若衆たちは、神社社務所横のテント内で軽食等の接待を受けます。その後、壮年会を中心とした若衆たちは、提灯屋形を担いで伏原区内を接待を受けながら練り歩きます。愛宕神社境内では、大松明が出発した頃から、参拝に訪れる人々がお札を買い求めたり、お参りをする姿が多く見られるようになってきます。参道の夜店では、子供たちや多くの参拝客で賑わう様子が見られます。また、神社境内に設置された大提灯の下では、踊り子衆や区民の皆さんによる大衆踊りが夜遅くまで繰り広げられます。
■ 若狭踊り屋 祭りわ衆による、よさこい演舞
■ 林 久美子による演歌ショー
■ 地元アマチュアバンドによる演奏や歌
■ 露店以外にキッチンカー出店によるバリエーション拡大
■ カラオケタイム
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愛宕神社の火祭り
<愛宕まつりの始まり>
勇壮な火祭りとして知られる「愛宕まつり」は、若狭地方の夏祭りのトップを切って、愛宕神社の例祭(大祭)として開かれています。例祭(大祭)では、伏原区・大宮区・神田区がそれぞれ松明を後瀬山山頂の本殿に奉納します。
伏原区では特に巨大な大松明を奉納しています。
従前は7月13日に行われていましたが、現在は平成16年(2004年)より、区民が参加しやすいように7月の第2土曜日に開催されるようになりました。
愛宕まつりは、無病息災と防火を願う祭りとして、江戸時代から400年以上も連綿として続けられている伝統行事でもあります。
本来の火祭りは、お盆の精霊を送る「送り火」が始まりのようで、伏原の火祭りも、昔は旧暦の6月23日に実施されていました。
若狭一円の愛宕神社をお祀りする村では「火祭り」とか「松上げ」・「夜祭り」と称して現在も行われているようです。
<愛宕まつりの歴史>
江戸時代中期に編纂された『稚狭考』に6月23日の夜、後瀬山の愛宕に参拝したところ、松明を携えて振り回す行事があり、近年盛んに
行われ、数十人にて一つの松明を担って山上に登っている。
その松明の周囲は3~4尺(約1.4m)、長さは3~4丈(約12m)に及ぶ大きな物で、山の上り口で点火し、その大松明を担って山上に登っている。
安永6年(1777年)頃よりは高張り提灯を先頭にして大松明を燃やさずに担い登り、山の7~8合目の平地で点火して燃やしていた。
柴の燃えるものを担って登ることが大変苦労であることによるものであろう。 と記されています。
<愛宕まつりの準備>
伏原区では、愛宕祭りの一週間前の日曜日に区民総出で準備作業に当たります。
(午前)
山道整備:大松明を担って登りやすいように山道を整備します。引き縄作り:松明作りに使用する縄や松明の引き縄を作ります。神社境内清掃、除草:祭り当日は大勢の参拝客が来られるので、境内周辺を整備します。
(午後)
大松明作り:神社役員をはじめ壮年会など若衆が作業に当たります。直径70cm・長さ3m・重さ200kgの大松明を作ります。稲わら、麦わら、竹、丸木、縄などが材料です。
愛宕神社では、愛宕まつり前日には神社役員や役員OB、伏原区役員、壮年会及び老友会有志などにより、祭壇組み立て、鳥居・神社本殿・若宮社等の小宮さんの飾りつけをします。
参道には燈明提灯を配置し、夜の大衆おどりのための大提灯・提灯も設置します。
七年祭りの際には、特設舞台を設置します。
愛宕神社の七年祭
~~今年は七年祭にあたるよ~~
<小祭と七年大祭について>
愛宕神社では、例祭として毎年1月には「小祭」を、7月には「大祭」を行っています。1年12ヶ月を干支に置き換えると、下記のようになります。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 申 酉 戌 亥
1月 7月
小祭 大祭
昔からの風習として、1年を半期毎に罪・汚れを祓う習慣があったようです。そのようなことを考えますと、愛宕神社で、1月には「小祭」を、7月には「大祭」を行っていることは頷けることです。
1月の「小祭」には、過去に火事に遭われた方々や、特に信仰の深い内外海地区などから、お札を求めお参りされる姿が見られます。
1月の干支「子」と7月の干支「午」を「まつり年」と位置づけ、子年と午年の6年おきに特別な祭りを開催したと考えられます。「まつり年」を含めて七年毎に行われることから「七年祭り」と呼ばれるようになったと考えられます。
愛宕神社では、七年祭りの期日から1ヶ月前に、後瀬山中腹に吹き流しを設置し、今年の例祭が七年祭りであることを近隣住民に知らせる風習が残っています。
また、七年祭りを特別な祭りと位置づけ、通常は1日の例祭を2日間行い、2日目には各種催し物を行っていました。
昔は芸能社に依頼をしてプロの芸人を呼び、地域住民の憩いの場として賑わっていたようです。近年では、婦人会の皆さんが浴衣姿で区内を踊るパレードとか、保育園児による遊戯、地域のよさこいチームによる演舞、有志によるカラオケなどが行われていたようです。
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