学術論文も通販で

ネットやテレビニュースで報道される科学記事の起源を知るために,あちこちの学会や大手学術誌出版社のウエブサイトを見ていたら,通販サイトなみの「買い物かご」が表示されているのに気付いた.アカウント登録すれば,通販ショッピングなみにカートに入れてクレジットカード購入することができるサイトもあるようだ.論文の内容が一目で判るように画像付きアブストラクト一覧があるので,カタログショッピングすることができるらしい.次図はアメリカ化学会の J. Am. Chem. Soc. の例である.速報論文1報(4ページ)が40米ドルである.入れたものを削除するボタンも用意されている.購入手続ボタンは最下段にある.

抄録(Graphical Abstracts)の例

大学にいた頃は,必要がないので気付かなかったのかもしれないが,通販形式で論文を購入するシステムがあるというのは,それなりの必要性があるからであり,誰が購入しているのだろうかと疑問に思った.

国立大学法人に勤務していた頃(電子ジャーナルの萌芽期),附属図書館の雑誌購入ではたいへん苦労した.毎年,購入誌の見直しをする際,新規購読,購読中止等のアンケートをとり,学内での重複購入の有無,どの程度読まれているか等を勘案して予算の範囲内で決定し,教授会に提案した. そのようなことを思い出しながら,最近の動向を調べるために文科省の報告書を見て驚いた.10年の間に電子ジャーナルに係る経費が紙媒体の資料(図書と雑誌の合計)に係る経費と肩を並べる状況だと言う.平成27年度の電子ジャーナルに係る経費は295億円,紙媒体(図書と雑誌)の経費は340億円である.電子書籍,データベースを入れたら電子媒体の占める割合の方が多い.10年前,電子ジャーナルは紙媒体の6分の1に過ぎなかった.

文科省発表の資料 平成29年3月24日

平成 28年度学術情報基盤実態調査の結果を公表します-大学における教育研究活動を支える大学図書館及びコンピュータ・ネットワーク環境の現状について-

2.図書館資料費の内訳(平成27年度)

○ 平成 27年度の図書館資料費のうち、電子ジャーナルに係る経費は295億円であり、前年度より増加(19億円)した。一方、紙媒体の資料(図書と雑誌の合計)に係る経費は340億円であり、前年度より減少(5億円)した。

○ 電子ジャーナル経費が増加した背景には、外国為替の変動(円安)、電子ジャーナル価格の上昇、平成27年10月から適用された国外電子ジャーナルに対する消費税課税(国境を越え た役務の提供に係る消費税の課税)が影響している。

全国大学の図書館資料費 総額 746億円

電子ジャーナルを一度使用したら,その便利さは,例えが悪いが「麻薬」みたいな存在になってしまう.論文を読んでいると多くの引用論文を読む必要がでてくる.冊子体の場合は書庫に入って別の雑誌を探し出し,該当する部分を複写するなど時間と労力を必要とする.ところが,電子ジャーナルの場合は,これらの作業がすべてパソコン端末の画面上で完了してしまう.さらに,資料の整理もペーパーレスで都合がよい(中にはプリンタで印刷してファイリングする人もいるが).

ところが,この便利さにつけ込んで,包括契約,価格高騰の問題が浮上し,図書館の運営を圧迫する事態となってしまった.冒頭でふれた「学術論文の通販」の存在性については,昨今大学が悲鳴を上げている現情を予見したものと見なしてもよさそうである.予算不足で購読中止になったら個人的にクレジットカードで購入するしかない.そのような事態が現実に起きている.多数の大学図書館等が採用し始めたPay Per View (PPV) と呼ばれる論文単位の購読方式である.

東京慈恵会医科大学の例

購読を中止にしていた Elsevier社のScienceDirect に関しては,校費によるPay Per View (PPV) 方式で論文を入手できるようにしている.

Wiley Online Libraryのパッケージ契約中止について

2015/12/22 - Wiley社電子ジャーナルは,2015年12月まではパッケージの科学技術医学分野タイトル(約830誌)を閲覧できましたが,2016年1月からは個別購読の以下28誌(昭和キャンパス26誌+桐生キャンパス2誌)のみ閲覧可能となります。 これにより,個別購読タイトル及びオープンアクセスを除く非購読タイトルを閲覧する際は,Pay per viewによる論文単位での購入方式か,または従来の文献複写依頼による入手方式をご利用いただくこととなります。

大学によっては,ScienceDirect の利用方法として購読誌と非購読誌に分け,購読誌は従来通りの利用方法,それ以外の非購読誌は Pay per Viewで利用できるようにしている.また,予算の有効活用を目的として,試行運用しているところもみられる.

電子ジャーナルの危険性

図書館に行く必要がなく,薔薇色にみえる電子ジャーナルにはもう一つの問題がある.電子ジャーナルは,紙の本とは異なり,形のあるものを買っているわけではないので,図書館の予算がなくなり購読を解約したら,過去分も含めて図書館には何も残らない.電子ジャーナルとして購読している雑誌の多くは欧米の出版社によるものであることを考えると,国家間が友好的な場合はよいが,危機的な事態,あるいはテロの標的になった場合は,研究活動が遅滞し国家レベルのリスクを抱えることになる.十数年前,紙媒体が主流の時代,電子化に断固反対した先生がいたが,単なる電脳アレルギーによるものであり,このようなことまで考えた上での反対ではなかった.最近,企業研究所の図書館などでは,冊子体の雑誌の購読を止めて電子ジャーナルのみにする傾向があるという.教育機関でもある大学で同様な傾向があるとすれば問題かもしれない.

追記

1論文毎に課金するPPV (Pay Per View) 方式を用いた契約も存在する.Science Direct の場合のPPVはトランザクション方式という.トランザクション方式とは,図書館が事前に閲覧本数をまとめて購入しておくプリペイドシステムのこと.利用希望者は個別にユーザー登録を行い,そこで取得したIDでログインして1論文ずつ閲覧(ダウンロード)する. ある私立大学の場合,トランザクションの費用は図書館負担で,1論文1700円(2017年度)

資料

国立大学図書館協会関連資料集

電子ジャーナル等の価格上昇に危機感 国立大学協会が調査 (大学ジャーナル ONLINE)

電子ジャーナルの場合は,冊子体と異なり,高速ネットワーク環境を整え,端末等の整備・保守,セキュリティ対策,定期更新等が必要である.

なぜエルゼビアはボイコットを受けるのか