動物や植物は,70%が水であると言われるほど,水は生命にとって必要不可欠なものである.腎臓の糸球体は1日に約180Lもの体 液を濾過しそのほとんどが再吸収される.こうした大量の水の移動を支 えているのが,水チャネルのアクア ポリン ((Aquaporin、AQP)である.古くから細胞レベルでの水の細胞膜移動や制御・保持機構が生命維持の根幹の1つと考えらえている.ヒトの場合,腎臓糸球体は1日に約180リッターの体液を濾過し,その98%を再吸収している..アクアポリンとは細胞膜に存在する細孔(pore)を持ったタンパク質である。MIP(major intrinsic proteins)ファミリーに属する膜内在タンパク質の一種である.水分子のみを選択的に通過させることができるため、細胞への水の取り込みに関係している.
1988年,米国ジョンズ・ホプキンス大学のPeter Agre教授の研究グループは,ヒトの赤血球から単離した28kDaの細胞膜タンパク質が種を超えてラット腎臓や赤血球にも発現する新規タンパク質(CHIP28)であることを見出した.その後,そのタンパク質を阻害することで細胞の水の透過性が抑制されること,水銀によってその効果が制御できることから,選択的に水を通す水チャンネルであることが報告された.後に,細胞膜に存在する細孔(pore)を持ったタンパク質を「水の穴」を意味するアクアポリン(Aquaporin: AQP)と呼ぶようになった(aqua=水、porin=孔の意味).AQPは細菌から動植 物まで生物界に広く存在し,ほ乳類では13種類のアイソフォームが同定さ れている. 注)アイソフォーム:構造は異なるが同じ機能をもつタンパク質.
赤血球が,細い毛細血管レベルまで形態を自在に変えて循環することが出来るのは,AQP(AQP1)による水移動による形態変化が深く関わっている.AQPは、ほぼ全ての生命体に発現し細胞内外の浸透圧勾配によって水を特異的に移動させるほか,尿細管における尿再吸収や唾液腺等でのホルモン分泌等の体内外のあらゆるダイナミックな水移動に関わることが明らかになった.また,最近になり麻酔薬や様々な薬剤の作用機序に関わる可能性が示唆される等,生命維持に不可欠なタンパク質であることが判明してきている.これらの多くの功績により,2003年Peter Agreはノーベル化学賞を受賞している.なお,このときのノーベル化学賞は,カリウムチャネルの構造とメカニズムを明らかににしたロデリック・マキノン(Roderick MacKinnon)との共同受賞である.
中枢神経系には,主にAQP1、AQP4、AQP9が発現することが知られ,特にAQP4は最も発現量が多いとされ,主にアストロサイトに発現して生理学的には脳内外の水輸送や細胞接着、代謝、情報伝達等に関わることから,「脳のアクアポリン」とも言われている.近年、脳浮腫の制御機構や脳独自の水代謝機構が明らかにされたほか,AQP4を標的とする抗AQP4抗体による自己免疫疾患が発見されるなど,脳における水の果たす役割の理解が進んでいる.
中枢神経系においては,頭蓋骨や脊柱管という限られた空間で保護されている反面,そこに起こる浮腫によって神経に重大な影響を与えることとなるため,水を制御することは最も大きな課題の1つとも言える.
AQP1 水チャンネルの結晶構造
蛋白質構造データバンク(PDB)に1J4Nの識別名で登録されている結晶構造(解像度2.2Å).自由に拡大,回転させて任意の方向から立体構造を観察するために別ウインドウを準備した(ここをクリック).
五苓散 【猪苓(チョレイ),茯苓(ブクリョウ),蒼朮(ソウジュツ)または白朮(ビャクジュツ),沢瀉(タクシャ),桂皮(ケイヒ】の作用機序について,アクアポリンとの関連を調べると,礒濱 洋一郎 先生(熊本大学→東京理科大学)の各種解説記事をWeb上で見ることができる.
参考資料の「特集II Part.II 作用メカニズムの最新知見 五苓散のアクアポリンを介した 水分代謝調節メカニズム」には,下記の項目に分けて解説されている. 最後の項目について,そのままを引用させてもらった.
・体内の水の移動を支えている アクアポリン(AQP)
・五苓散の効果は従来の薬理学的機序では説明できない
・五苓散はAQPを阻害する
・特にAQP4の阻害活性が強い 活性にはマンガンが関与
・五苓散はAQP4阻害薬
・AQP4阻害作用が 脳浮腫抑制に関与
・“行ってはいけない方向”への 水の動きを阻止する五苓散
では,なぜAQPを阻害することに よって浮腫が抑制されるのでしょう か.体内では浸透圧や静水圧といっ た物理化学的ポテンシャルによって 水の移動方向が決まります.一方, AQPは細胞膜の水透過性,すなわち 移動効率を調節する役割を担ってい ます.したがって,なんらかの病的状 態に陥り浸透圧バランスが崩れてし まうと,行ってはいけない方向に水 が移動し,浮腫が生じるのです.
この時,五苓散は,AQPを阻害す ることで行ってはいけない方向に移 動している水の動きをとめ,浮腫を 抑制するのではないかと考えられま す(図4).
まで,脳浮腫にはマンニトー ル製剤やグリセロール製剤のような 浸透圧剤,腹水や肺水腫には利尿剤 などが用いられてきました.これらは, いわゆる物理化学的ポテンシャルに よる水の移動方向をコントロールす る薬剤です.それに対して,五苓散 は水の移動効率をコントロールする 利水薬です.こう考えると,脱水状態 でも尿量を増加させるフロセミドと, 増加させない五苓散の違いも理解 できます.体内の水分代謝異常の治 療には,こうしたふたつの標的があ ると考えてはどうでしょうか.
漢方でいう“水毒”には,水の貯留 だけではなく分泌異常も含まれます が,これもAQPが関与していることが 明らかになってきています.東洋医学 では,生体は「気」「血」「水」からなる とされていますが,AQPはこれら3つ の要素をつなぐ働きを担っているの ではないかと考えています.
漢方薬の作用機序については,数千年の人体実験に基づく経験則のため,西洋薬のような作用機序の研究は難しいという見方が強かった.しかし,近年,世界の伝統医学の生薬,薬草の現代医学の視点からの作用機序の研究が進められており,漢方薬についても例外ではない.長い歴史の中で経験的に作られた五苓散の薬理作用が分子レベルで研究が進められていることを改めて知ることができた.
サブユニット
アクアポリン(左図)は4個の同一サブユニット(右図)で構成されている.
それぞれのモノマーが水チャネルとして働く.水分子はこのチャネルの細孔を通過する.
この水チャネルが働くことで水の細胞膜透過性が上がる.