今回は人工生命国際学会のCfPと、万博の感想レポートをお届けします。
Dear colleagues,
We are excited to invite you to submit your work to the annual Conference on Artificial Life (ALIFE 2025), taking place in Kyoto, Japan, and online from 6-10 October 2025.
Artificial life research focuses on understanding, replicating, and extending the fundamental principles of life. Much of this research involves creating artificial systems that exhibit life-like behaviors.
This year’s conference theme, Ciphers of Life, encourages participants to explore the many ways that life encodes information, creates internal languages, and interacts in encrypted ways with its environment.
We encourage submissions across all areas of Artificial Life research, including (but not limited to):
Complex dynamical systems and networks
Artificial chemistry, origins of life, computational biology
Synthetic biology, protocells, and wet artificial life
Ecology and evolution
Bio-inspired, cognitive and evolutionary robotics, swarms
Artificial intelligence and machine learning
Perception, cognition, behavior
Social systems, artificial and alternative societies
Evolution of language, computational linguistics
Artificial Life-based art
Artificial Life in education
Key Submission Deadlines:
Full Papers and Summaries: May 11th, 2025
Late Breaking Abstracts: September 8th, 2025
Please note that the submission types differ significantly from previous years - visit the ALIFE 2025 website for full details on the different submission types.
REMINDER: Papers accepted into the Artificial Life Journal (MIT Press) are automatically accepted into the ALIFE 2025 program as oral presentations.
Regular registration is still required for in-person attendance, however online participants can attend their session for free.
IMPORTANT: All the submission are meant to undergo double-blinded review process. Please do not write authors' names until paper is accepted, furthermore redact any identifying information, such as the authors, their institutions, and acknowledgements from the uploaded PDF.
Paper templates - Overleaf - Word
Submission Pages - Full Papers - Summaries
Please contact science2025@alife.org with any queries regarding the submission process.
We look forward to your submissions!
Sincerely,
The ALIFE 2025 Organizing Committee
「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマである大阪・関西万博(2025年4月13日-10月13日)では、人工生命に関連するパビリオンが出展している。人工生命研究者である池上高志氏(東京大学教授)監修の「PASONA NATUREVERSE」、石黒浩氏(大阪大学教授)プロデュースの「いのちの未来」、福岡伸一氏(青山学院大学教授)プロデュースの「いのち動的平衡館」などだ。
以下では、現地で実際に「いのちの未来」「いのち動的平衡館」パビリオンを視察してきた伊藤龍平氏による感想レポートを掲載する。
by 伊藤龍平, 京都大学理学研究科M1 ・Sony CSL 京都
命とは一体何なのか。この普遍的でかつ絶対的な命題に対して、独自の切り口で向かい合う展示を二つ、この目で見てきた。一つは命を物に吹き込む方法を模索していて、もう一つは命の脆さと力強さを科学で言語化していた。それぞれで主張が異なるようで共通している想いを感じたので、記していく。
・「いのちの未来」
「人は自ら未来をデザインし、生きたいいのちを生きられる。」
石黒氏の音声メッセージで締めくくられたこの展示では、その想いが随所に感じられた。最初の展示では、土偶から仏像、日本人形、アンドロイドへと続く、日本における人間型人工物の歴史が紹介された。私はこれまで、人の形を模した造形物は近代的な発想だと思っていた。しかし、古代から人々は自身の想いや信仰を人型に託してきたこと、よりよい人生を願う普遍的な表現であることに気づかされた。
次に紹介されたのは、数十年後の世界を舞台にした祖母と孫娘の物語だった。体に異変を抱えた祖母は、余命を静かに過ごすか、自らの記憶をアンドロイドに託すかの選択を迫られる。そして祖母は最終的に「この世界に私の愛情を残せるってことかしら」と言い、アンドロイドへ記憶を託すことを選ぶ。
私はこの祖母の言葉が大変心に残っている。アンドロイドをはじめとした人工生命体を通じて、いつか我々は想いを残すことができるようになる。それは死ぬのが怖いといった、自分の感情のためだけではなく、残されゆく者達のためにもなるのだろう。
最後に紹介されたのは、1000 年後の世界だった。そこでは 4 体のリアルなアンドロイドが荘厳な雰囲気の中、踊りを披露する。その動く眼球に見つめられると、不気味さといった何とも言えない不安感が襲ってきた。
きっと我々は、どれほどアンドロイドの果たす役割に納得しても、彼らの進化が人と機械の境界線を曖昧にしていくことに対して恐怖を感じることをやめられないのだろう。結局生きている存在としての自負と矜持にすがらざるを得ない我々を、嘲笑っているかのような展示に思えた。
未来をデザインする。その表現は一見すると傲慢で浅はかのようにも聞こえる。しかしよりよい人生を歩みたい、大切な人に歩んでほしいという想いは古来から人々が持ってきたものだ。等身大の物体にそういった思いを託す、その技術が現実になるのはそう遠い未来ではないだろう。その時、その機械には何を託せるのだろうか。あの冷笑したアンドロイドを生み出すか、笑顔にあふれピアノを弾く祖母アンドロイドを迎えるかどうかは、我々の伝えたい想いと伝える努力そのものにかかっているのではないだろうか。
・「いのち動的平衡館」
福岡伸一氏による「いのち動的平衡館」は、また異なる視点を提示していた。一つの映像を見る形のその展示では「生命の美しさ、儚さ」「利己より利他」という二つのテーマが強調されていたように思う。
映像では 38 億年にわたる生命の誕生から進化、多様化までの流れを説明していた。生命がいかに紡がれてきたのかを利他性を用いて説明している。細胞の中での共生から始まり、二匹で生殖し子孫を残すといった、共生的・利他的な選択は太古から始まっているのだ。
映像では光の粒子が明滅しながら表現していて、これは細胞の骨格を構成するクラスリンに由来し「クラスラ」というらしい。絶えず揺らめくクラスラの映像は、生命の儚くも常に移り変わっていく様子を表しているように感じた。我々が命を持ち、形を保っていることの奇跡、そしてその一時性を改めて気づかされたように思う。
映像の最後では福岡氏本人が登場し、「動的平衡」の話を行う。なぜいのちはエントロピー増大の法則に抗うように、秩序があり受け継がれるのか。それは部分的な分解と合成を繰り返しているからであり、分解の速度の方が少し早いことが重要であると彼は言う。つまりいのちというのは、いつかは消えゆくものなのだ。
このように聞くと少し諦念的でむなしく感じるが、彼の主張は前向きに聞こえた。つまり、消えゆく命を如何に利他的に捉えるのかが重要だということだ。福岡氏は言う、「死もまた利他」と。うつろゆく命を紡ぐ中で、我々は未来に何かを伝えるために終焉を迎えているのかもしれない。
・最後に
今の時代「生命」と「人工」という両テーマは、情報処理論的にも機械工学的にも、そして生物学的にも大変密接で現実的なものになっている。我々は人類史の新たな領域へと足を踏み入れている一方で、改めて生命の定義と意味について再評価しなければならない。生命とは何か、我々生き物と物の違いは何なのか、そしてなぜ我々は生きているのか。
私はこのことを考える重要な機会を、本万博の二展示から得たように思う。一見すると前者の展示は「デザインする、積極的でコントローラブルないのち」、後者は「紡がれるいのちの儚さ、美しさ」という相反するメッセージを持っているように見える。しかしどちらも生命が何十億年と、そして人が数千年かけて残してきた想いに焦点を当てている。生命が太古から利他的に種を存続させてきた歴史、人が酷似した造形物に願いや思いを託してきた
背景はどちらもまぎれもなく生命の本質を記述する要素である。
その上で、どのように生命にアプローチするのか。それは次世代の科学を担う我々がまた、「想い」をくみ取りそして紡ぐべきことなのではないだろうか。