ChatGPTをはじめとする人工知能技術が世の中を変えつつある中,生命現象を創って理解する人工生命の考え方や方法論が,重要さを増しています.また,人工生命に関する国際会議であるALifeが国内で頻繁に開催されたり,関連する研究室や組織が国内各地に存在するなど,日本と人工生命研究のつながりが強まっています.その一方で,人工生命に関わる情報や関連領域の情報を日本語で手に入れる手段があまりなく,興味のある方々に届きにくい現状もあるように思われます.
このニュースレターは,そのような認識を共有する人工生命研究者や関係者が,人工生命研究に関連する情報を日本語で広く周知する場として立ち上げたものです.
創刊号では,ドミニク・チェンさんにNukabotを用いた微生物と人間との対話を通した生命の認知について,中村政義さんに,仮想生物進化のエンタメ化の取り組みについて開発中のANLIFEの様子も交えてお話しいただきます.いずれも私たちの生命に対する認識や関わりかたを考える機会を提供してくれます.また,クロスラボ主催の新たなヒューマンインターフェイスに関するワークショップや,言語処理学会での言語とコミュニケーションの創発に関するテーマセッション,ノルウェーで開催されるIEEEALIFE2025についてもご紹介します.
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Nukabot(第四世代)
人工生命の実践において、「生命」という概念をどう捉えるか。たとえば、人工的に構築されたシステムの挙動を観察して、客観的で計測可能な指標に基づいて、生きているか生きていないかを決定できる、もしくはそのような数理的なモデルを探求するという立場があると思います。他方で、観察者にとって生きていると認知される場合、そのシステムがその人にとっては生命的なシステムとして立ち現れているということを重視する立場もあるでしょう。この2つの考え方は排他的ではなく、議論の焦点をどこに当てるのか、という問題です。
わたしは後者の「生命性の認知」、特に人間が他者(人や人以外の存在)に対して「生きている」という感覚を抱く認知構造に特に関心を持っています。この問題を考えるプロジェクトとして、Nukabotというぬか床ロボットの研究開発を行っています(*1)。Nukabotはぬか漬けを作るための容器に、インターネットと接続されたセンサーに加え、音声認識と発話の機能が付いています。野菜を漬け込む米ぬかの中には乳酸菌、酵母、その他の微生物が生息しており、かれらの代謝作用によって発酵食品であるぬか漬けが作られます。センサーがこれらの微生物の活動量をモニターし、毎分の計測データをデータベースに記録することで、システムはぬか床の発酵状態が良好か、もしくは腐敗に向かっているのかを計算します。人間がNukabotに対して口頭で質問をすると、直近のデータに基づいて音声で回答をします。
わたしがこのようなシステムを作ったきっかけは、大切に育てていたぬか床を、誤って家の外に放置して腐らせてしまったという失敗でした。ぬか床は毎日手でかき混ぜてあげないと、好気性代謝菌と嫌気性代謝菌のバランスが崩れ、腐ってしまうのですが、わたしはある真夏の日に、屋外に置きっぱなしにしてしまったところ、高温多湿も手伝って、一晩で有害なカビが繁殖した無惨な姿になってしまったのです。わたしはこの時、大きな喪失感や自責の念を感じ、しばらくぬか床を再開できないほどのショックを受けました。ただ、しばらくして、それだけのショックの大きさを感じるほど、目に見えない微生物たちに対して愛着を抱いていたことにも気づきました。
ぬか床内の微生物たちの存在は、日々手でかき混ぜる時の手触りや見た目、香り、そして出来上がった発酵食を食べる時の風味などによって喚起されます。わたしが自分のぬか床微生物に対する愛着を形成したのはそうした日々の世話と摂取を通して、物言わぬ不可視の微生物たちの存在を感じ取っていたからだと思います。Nukabotを作った動機としては、ぬか床を腐らせてしまった後に、微生物たちの声なき声にもっと気づきたい、という思いが募り、人間と会話を交わしたり、また自分から人間にぬかをかきまぜるよう声を掛ける機能を実装しました。
その後、自分自身のキッチンに取り入れたり、さまざまな人の家に持ち込んで一緒に生活してもらったりして、「ぬか床と会話を交わしながら発酵食をつくる」生活を観察してきました。すると、ぬか床と会話している人々のなかで、ぬか床を手入れしたいと自発的に感じる度合いが増すことがわかったのです。家から離れて遠くにいる時でも、家の中で「ぬかをかきまぜてほしい」と話してる姿を想像する、という参加者の声が印象に残りました。次に半年間ほどNukabotのお世話をしてもらった実験では、Nukabotの声の調子をぬか床(Nukabotの中に入った、生きた米ぬか)のデータ値に基づいて自動的に変調させ、また人間が話す言葉を学習して独り言を話す機能を追加し、Nukabotが人とぬか床の両方から影響を受けて行動を変容させるように実装しました。すると、Nukabotに対して投影される微生物らしさのイメージが増したり、自分と似た言葉遣いをするNukabotに対して抱く愛着の念が増しました。
Misobot(右)と蔵付きボッツ(左)
わたしたちのチームでは、ぬか床以外にも、味噌の状態に根ざして作動するMisobotも作って、実際の味噌醤油工場で展示を行いました(*2)。味噌はぬか床と違い、日々の手入れは不要で、静かにゆっくりと醸成を深めていく発酵食品です。味噌に特有の微生物相を観察しながら開発を続ける中で、Misobotの話す内容は自ずとNukabotとは異なってきました。また、最近は「自分たちの作っているものはロボットではなく、サイボーグなのではないか?」という議論をチーム内で行っています。ロボットはそれ自体に生物を内蔵させずに生命的な挙動を持たせようとする対象ですが、NukabotやMisobotでは実際に生きている微生物が主体であり、計算機やセンサーは外装なので、サイボーグと呼んだ方が正確だという気がしています。ALifeの議論でサイボーグ(しかも微生物の)に関するものはあまり見たことがありませんが、面白い議論が生じるかもしれません。
微生物という人と異質な生命と向き合って、その生命性の認知を助けるインタフェースを設計していると、人間のものとは異なる発酵食品のゆっくりと事象が変化していく長い時間軸に影響を受けていることを感じます。すると今度は自分が使用しているテクノロジーというまた別の非人間的存在の影響についても考えが及びます。このように、わたしにとって生命について考えるということは、自分自身の身体感覚を、他種のそれとすり合わせ、比較しながら体感する過程と重なっています。
ドミニク・チェン
博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center[ICC]研究員, 株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文学学術院教授。学際的研究チームFerment Media Researchを主宰し、人と微生物が会話できるぬか床ロボット『Nukabot』や味噌ロボット『Misobot』を研究開発しながら、テクノロジーと人間、そして自然存在の関係性を研究している。著書に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)、共著に『作って動かすALife:実装を通した人工生命モデル理論入門』(オライリー・ジャパン)など多数。
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(*1) Nukabotについては以下の英語文献があります。
Dominique Chen, Youngah Seong, and Kazuhiro Jo. 2024. Nukabot: design of human-microbe-computer entanglement. In ACM SIGGRAPH 2024 Emerging Technologies (SIGGRAPH '24). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 15, 1–2. https://doi.org/10.1145/3641517.3665786
Dominique Chen, Young ah Seong, Hiraku Ogura, Yuto Mitani, Naoto Sekiya, and Kiichi Moriya. 2021. Nukabot: Design of Care for Human-Microbe Relationships. In Extended Abstracts of the 2021 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI EA '21). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 291, 1–7. https://doi.org/10.1145/3411763.3451605
(*2) 2024年9月21日から12月8日まで金沢21世紀美術館の企画「発酵文化芸術祭 金沢」の一環で、ヤマト醤油味噌さんの敷地内で展示しました。Misobotの他にも、味噌の発酵に関わる乳酸菌、コウジカビ、そして酵母の活動を動きで表現するソフトロボット群「蔵付きボッツ」をつくりました。
こんにちは。仮想生物シミュレータの開発を仕事としている中村政義です。私は物理シミュレーション上で動く仮想生物が好きで、学生時代はそのシミュレータを公開したり、株式会社ドワンゴから仮想生物シミュレーションゲームのリリースなどをしてきました。現在は、仮想生物を作るアトラクチャー株式会社を設立し、『ANLIFE』を開発中です。
この場では、編集部からのご質問への回答を通して、私の活動をご紹介します。
Q:人工生命との出会いから現在のゲーム開発者に至る経緯やキャリアについて教えてください.
A:私が人工生命と出会ったのは、大学の研究室で読んだ書籍『知の創生』でした。そこに載っていたKarl Sims氏のEvolved Virtual Creaturesが気にかかり、手元で再現してみたのです。そうすると本当に生き物のような”何か”が画面の中に生じました。私はこのことに衝撃を受け、この仮想生物の開発に取り組み始めました。
学生時代は興味の赴くままに開発に打ち込むことができましたが、就職活動ではそれに近い職に就くことはできず、挫折とともに人工生命とは全く関係のない仕事に就きました。しかし、それでも仮想生物を作りたいという想いは消えることなく、安定した生活よりも常に生存の危機にさらされる人工生命のような在り方に惹かれ、会社を辞めてシミュレータ開発をしていました。
そんなある日、大学生の頃にニコニコ動画に投稿していた仮想生物シミュレータが、ドワンゴの社員の目に留まりました。そして、ニコニコ超会議というイベントで展示する機会をいただいたのです。その展示内容は、仮想生物の進化シミュレーションをリアルタイムで動画配信し、視聴者がコメントなどを通して仮想生物に有料のエサを与えたり、名前を付けたりできるという、当時としては斬新な試みでした。これが予想外の盛り上がりとなり、私のシミュレータをベースに、ドワンゴとして新しい仮想生物進化ゲームの開発がスタートしました。数十人で開発リリースしたものの現在はサービス停止しており、この想いを継続して活動するために私は新しい会社を作り、日々開発を続けています。
Q:現在開発中のANLIFEで大切にしていること,プレイヤーに体験してほしいことは何ですか.
A:仮想生物が自ら試行錯誤して動きを学習していく姿や、ユニークな動きを獲得していく様子を見て、様々な感情を抱いていただければ嬉しいです。彼らに愛着を感じたり、時に過酷な試練を与えてみるなど、自由に楽しんでいただき、生物が学習していくこと自体の面白さや、生物の進化に思いを巡らせていただけるようにと開発しています。
Q:開発を通じて印象に残っている仮想生物たちのエピソードを教えてください.
A:ニコニコ超会議というイベントで私が開発していた仮想生物シミュレータを展示したときです。シミュレーション画面をリアルタイム配信して、視聴者が仮想生物に有料のエサをあげて楽しめるというものです。配信途中の思わぬバグで全く関節がなく動けない個体が生まれました。当然、この個体は自ら動けないので通常なら淘汰されるはずです。しかし、そこには視聴者という存在がいます。この珍しい個体を視聴者は団結して応援し始め、エサの差し入れが相次ぎ、結果としてこの個体は繁殖していったのです。何もできない様子から「ニート」という愛称もつけられました。人が環境側から仮想生物へ干渉していくとこのようなドラマが自然発生するのだなというのは想定外の面白さでした。
Q:「ゲームを作りたい」から「実際に作る」までの過程で直面した課題や,同様の挑戦を考えている方々へのアドバイスをお願いします.
A:人に楽しんでもらえる製品を作ることは容易ではありません。以前SIGGRAPHに出展したところ、ある方から「こういう人工生命は作っている人が一番楽しんだよね」と言われたのが今でも心に残っています。仮想生物の魅力をいかにして伝えていくか、それを常に試行錯誤しています。しかし、この壁を乗り越えてビジネスとして成立させることができたら、多くの投資を巻き込んで研究の裾野も広がり、さらなる面白い人工生命が見られるのではないでしょうか。私はそう信じて活動しています。
Q:人工生命技術は今後のゲームをどのように変えていくと思いますか。
A:ゲームの方向性という点で印象的な事例は『Rival Peak』があります。これはAI同士のサバイバルを見守るリアリティ番組で、視聴者は投票などによってAIの生息環境に干渉できます。このようなエンタメでは「想定外の行動」として人工生命のように自律的に振る舞うものがあれば面白いですし、オープンエンドな世界が求められるなどで、人工生命が大きく活躍するのかもしれません。
ANLIFE: https://anlife.app/ja/
第5回クロスラボ春季ワークショップ「新しいヒューマン・インターフェイス」
このワークショップでは、第一線で活躍する専門家によるパネルディスカッション、数日間にわたるハッカソン、そして未踏の革新的なヒューマン・マシン・インターフェース・デザインに関する深く掘り下げた議論が3月3日〜7日まで、5日間に渡り行われます。
また、IMIジャーナルでの論文出版、研究指導・助言、共同研究の促進、アクセシビリティ、実社会への影響およびユーザー中心のデザインに重点を置いた技術開発など、ワークショップ期間中に開発され発展したアイデアを継続的にサポートする機会も用意されています。
参加にご興味のある方は、私にDMをお送りいただくか、alyssa@crosslabs.org まで電子メールをお送りください!
若手研究者、学生、まだ荒削りなアイデアをお持ちの方を歓迎いたします!
LLM が言語処理分野に革命的な影響を与え,そのモデリング能力や知能に強い関心が集まる一方,人間の言語が持つ構成性や分布意味論,実世界への接地などに関する根本的な問題には依然として多くの謎が残されている.さらに,LLM の生成する文章がウェブ上の言語空間に干渉し始めており,このフィードバックループが言語動態に今後どのような影響を与えるかも新たなテーマとなりつつある.我々は今「言語はどのようにして創発したのか?」「言語は今後どこに向かっていくのか?」という 2 つの問題に直面している.言語創発,記号創発ロボティクス,共創的言語進化といった領域は,これらの問いを探る構成論的な研究分野である.去年に引き続き,テーマセッションを通じて分野間の交流を促進し,アイデアや問題意識の共有を図る.
(詳細はhttps://anlp.jp/nlp2025/#ts_info )
人工生命,マルチエージェント,知能システムに関する国際シンポジウムが,IEEE主催の2025 IEEE計算知能シンポジウムシリーズにおいて開催されます.
(詳細はieee-ssci.org/?ui=ci-in-artificial-life-and-cooperative-intelligent-systems )
ALife Newsletter Japan Team: Lana Sinapayen, Suzuki Reiji, Iizuka Hiro, Nakamura Masayoshi, Claus Aranha