Albatross型化合物

分子内にナフタレンとフェナンスレン環を有するフェンサイクロンDiels-Alder付加体(3a)の結晶抱接ホストとしての機能性を調べる際に,テトラサイクリン付加体(3b)の抱接挙動と比較検討した.その研究結果を整理している過程で,アホウドリ型化合物のことを思い出した.合成過程にテトラサイクロンのDiels-Alder反応と脱カルボニル反応等のペリ環状反応を利用しているため記憶の片隅に残っていたものと思われる.

Phencyclone

Tetracyclone

Phencyclone-acenaphtylene 付加体 (3a)

Tetracyclone-acenaphtylene 付加体 (3b)

分子間に低分子を包摂する

その論文は,20年前に米国化学会誌に発表された論文である.論文には,「Albatrossene類: 裂け目を有する大きなポリフェニル芳香族炭化水素」と題名が付けられている.

要旨

ポリフェニルアリール基によって定義される裂け目を含む非常に大きな多環式芳香族化合物の合成およびX線構造が記載されている。

C2-対称「アルバトロシン」1,3-ビス(ヘプタフェニル-2-ナフチル)ベンゼン(7a)および1,3-ビス(ヘプタフェニル-1-ナフチル)ベンゼン(12a)ならびに臭素化誘導体は、 適切なポリフェニルビスシクロペンタジエノンへのテトラフェニルベンジンの付加によって合成した。

2-ナフチル異性体は幅広く浅い裂け目を有し、1-ナフチル異性体は深くて狭い裂け目を有し、異なる結晶環境でサイズが劇的に変化することが観察された。

同様に、直径21ÅのD3対称分子プロペラである1,3,5-トリス(ペンタフェニルフェニル)ベンゼン(19)と1,3,5-トリス(ヘプタフェニル-2-ナフチル)ベンゼン( 22)は、それぞれトリシクロシクロペンタジエンにジフェニルアセチレンおよびテトラフェニルベンジンを付加することによって合成した。

論文には5個の単結晶X線解析の結果が掲載されているので,さっそくケンブリッジ結晶データベースからCIFデータをダウンロードして結晶構造を眺めてみた(cif番号はCCDC識別番号).その化合物の平面構造は次図の通りである.結晶構造と溶液中の構造は同じ配座とは言えないが,この化合物のように込み合っていると室温でも置換基の回転は束縛されている可能性が高い.事実,核磁気共鳴スペクトルでは多数のピークが観察されるようである.

albatrossene

AlbatrosseneRotatiom43.mp4

1250412.cif線画

ボール&スチック

結晶充填構造

Edge to Face 相互作用

2個のヘプタフェニル-2-ナフチル環の配座決定には複数の Edge to Face 相互作用が関与している.Edge to Face 相互作用とはベンゼン環にベンゼン水素が突き刺さるような相互作用である.狭い裂け目はAr-H•••H-Ar間の接近可能距離で安定化している.関連ブログ 芳香環の相互作用

1250412.cif

Edge to Face 相互作用部分の拡大図

結晶構造の違いによって2個のヘプタフェニル-2-ナフチル環の配座は大きく変化している.下図は開いた状態で結晶化した構造であり,結晶化の過程で夾雑する分子を包摂している結晶も単離されている(下図).

1250410.cif

他の結晶でも Edge to Face 相互作用が認められる.

1250413.cif

1250411.cif

ナフタリン環のねじれ

「アルバトロシン」の基本になるヘプタフェニル-2-ナフチル環の結晶構造を精査するとナフタレン環は捻れていることが分かる.PM6分子軌道計算を行ってみると結晶構造を再現する.

ねじれ角

平面の場合は180°であるが,結晶構造は150.6,154.9°である.結晶では,青の二面体角と,赤の二面体角は一致しない.計算構造は156°である.

線画で見た方が分かりやすい.下図はナフタレン環の9,10位が重なるような位置から眺めた分子図である.左が計算構造,右が結晶構造である.

比較のため,結晶構造を示した.上半分を左側の計算構造と比較してほしい.結晶構造は隣接分子との相互作用があるので厳密な比較はできないが,計算構造の二面体角(約24°)より捻れが大きい.

プロペラ型化合物

また,ペンタフェニルフェニル環をベンゼンの1.3.5位に3個導入したプロペラ型化合物も合成されている.

合成化学の分野では,いろいろな珍奇化合物の合成が試みられている.これまでもオリンピックの五輪マークの形をしたオリンピアダン(Olympiadane)やサイコロ状のキュバン(Cubane)を紹介した.アホウドリ状化合物については,その後の関連した研究は見当たらない.分子間相互作用等の機能性についての報告も見当たらない.中央のナフタレン環は平面構造からは共役しているような印象を受けるが,6個のフェニル基は対面しているためナフタレン環とは共役できず,HOMO, LUMOの低下は期待したほどではない.我々の経験から判断して,この種の化合物は,合成する前に,弱結合による安定配座等を含め分子軌道計算によって予測可能な分子の範疇に入る化合物である.

参考資料

おもしろ化合物のページの第11話に「アホウドリの羽ばたき」のタイトルの記事があり,合成,NMRについての説明が書かれている(北海道大学大学院農学研究院教授 川端 潤教授のホームページ).

HOMOとLUMOについて

ナフタレンは -8.88,-0.40.すべてフェニル基に置き換わった基本構造は −8.54,-0.71である.共役できないため,大きなHOMO, LUMOの接近は認められない.