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LABEL: BLOG
DATE: 01/27, 2026
BLOG POST
先週、観光で栃木を訪ねてまいりましたので、今回はその旅行記です。
とは言っても、印象的だった「大谷資料館」の感想覚書が主です。日光東照宮にも行ったのですが、もう正直あまり覚えていない。
今回訪れた「大谷資料館」は、栃木県宇都宮市大谷 (おおや) 町にある採掘場跡です。
資料館という名称からわかるように、大谷町という場所の成り立ちや歴史を学べる資料の展示があるのですが、実際にはメインは展示ではありません。
展示室の横にある洞窟のような穴から入っていって、「採掘場跡」のなかを見学できるのが、大谷資料館の最大の特徴です。
大谷町のあたり一帯は、「大谷石」という軽石凝灰岩の産出地となっています。柔らかく加工しやすい石材である大谷石は、江戸時代から外壁や土蔵などの建材として利用されてきました。
そのため、大谷町という土地の歴史は、採掘産業の歴史とともに発展してきたということになります。
大谷資料館で見ることができるのは、その「産業」の痕跡です。
江戸時代から昭和に至るまで、使える石材が採掘され、切り出されていった結果、最終的に地下に形成された巨大な空間。
採掘場跡というよりも、「巨大地下空間」と言ったほうが正確のように思えますが、ともあれそこに入って、ひととおり見学することができます。
技術力をほぼすべて人力に頼り、鶴嘴で叩いて掘削していた時代から、技術の発展とともに電動の掘削機が導入されるようになった過程まで。
人びとが大谷石を採掘してきた歴史が、そのまま空間になっている。
まるで神殿のようにさえ見える荘厳な空間ですが、そこにあるのは祈りではなく、産業としての発展の過程——「人間とともに経過した年月」の、純粋な可視化なのです。
私はそこに足を踏み入れたときから、ずっと鳥肌が立っていました。
途方もない規模の空間のなかで、経過した年月、この空間に関わった人の人数ぶんだけ存在した人生、その成した歴史のことを想い、涙が抑えられませんでした。
「空間に圧倒される」というのは、こういうことを言うんだな。
ほんで寒っ。地下って寒~い。
この空間は地下施設として軍に利用されたこともあったようで、太平洋戦争の頃には、戦闘機「疾風」の生産工場となっていたことも、案内板に記されていました。
これだけの歴史がある場所だと、国の変遷と無関係でいるほうが難しいだろうとは思いましたが、改めて「総力戦」というものの強い影響力も感じたのでした。
観光地に訪れて泣いたのは、人生で初めての体験だったので、珍しく旅行記として記してみました。
皆様も機会があれば是非行ってみてください。寒いので、夏に行くとちょうどいいかもしれません。