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LABEL: BLOG
DATE: 01/27, 2026
BLOG POST
TITLE:
Young Plato / ぼくたちの哲学教室
RELEASE-DATE:
11/14, 2021
DIRECTOR:
Neasa ni Chianain, Declan Mcgrath
COUNTRY:
Ireland, United Kingdom, Belgium, France
STORY REVIEW
CAUTION: SPOILERS!
北アイルランド・ベルファストにある小学校で行われている哲学の授業を、2 年間にわたって記録したドキュメンタリー映画。
主要登場人物をざっくりまとめると、舞台となっている「ホーリークロス男子小学校」の校長と、そこの生徒・教師たち。
そして主役となっているのが、この校長である。
邦題を見ると子供たちが主役のように思えるが、実際には、校長が子供たちを「対話」という手段に導こうと奮闘する姿を追いかけた映画となっている。
この映画自体には、特筆すべき新規性があるわけではない。
誰が見ても、見易いように作られた、よくできたドキュメンタリー映画という印象だろう。
しかしながら、現在の国際情勢に照らし合わせて観ると、この映画が描こうとしているのが、「戦争」と「平和的手段」の本質だということがわかる。
なぜ、北アイルランドの小学校における哲学の授業を記録した映画に、現在の国際情勢が関わってくるのか。それは、北アイルランドの近現代史に軽く触れると理解できる。
北アイルランドとその中心都市ベルファストは、20 世紀末まで宗教やイギリスへの外交姿勢の違いによる内部紛争が続いていた地域であり、特に 1960 年代には、数多くの死者を出した北アイルランド紛争があった。
先にも軽く触れたとおり、そうした対立の痕跡が現在も残っている場所で、校長は生徒たちに「対話」を教えようと、ある問いを投げかけるのである。
「なぜ、暴力はいけないのか?」
目の前の問題を暴力で解決するのではなく、哲学的思考を身につけ、自身の怒りや不快感と向き合わせて、それを言葉にするように習慣づけさせる。
そして、「対話」による解決を図る。
それが「平和的手段」の本質を経験として教えるプロセスであり、本作が記録し、伝えようとしているもののすべてなのだ。
北アイルランドという地域の問題から生まれた、この校長の「哲学」とそのプロセスは、よりマクロな視点においては現在の国際情勢——ウクライナ戦争にも通用している。
「暴力」という手段をとったプーチンロシアの行動により、こうしたプロセスを学び、涵養することの重要性が改めて示されたいま、この映画の果たす意義は制作当初よりも大きくなっているだろう。
無論、校長がとんでもない人物であることは(映画になっている時点で)間違いないが、生徒となっている子どもたちもなかなかすごい。
日本の平和な環境において、「やられたらやり返す」を悪とすることは最早前提とも言えるだろうが、本作に映る生徒たちは「暴力を振るわれたら暴力を振るい返すしかない」「何かを守らなくちゃいけないときは仕方ない」など、暴力を正当化するケースも言語化するのである。
そこには、彼らを取り巻く環境のシビアな現実が反映されていた。