春夏秋冬 朝昼夜 野も山も海も空も
百色百光清浄土
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「お知らせ:令和八年 護摩堂建立の進捗状況を更新しました」 ホームページ末尾に
説明不足が多分にあります。生成AIを利用して、皆様方がそれぞれの立場からの質問をして、深堀解説等を訊いてみてください
丸亀市百光山明王院遍照寺(へんじょうじ)は、香川県丸亀市にある紅頗梨色阿弥陀如来を本尊とし、不動明王と愛染明王の三尊合行の寺院です。
丸亀市遍照寺として地域に親しまれ、百光山の名のもと信仰が受け継がれています
白浄の信心を発して無上の菩提を求む。自他ともに仏の道を悟りて、生死の海を渡り、早く解脱の彼岸に至らん
われらと 仏とは迷悟同じからざれども仏性もとより平等なり ひとえに如来(みほとけ)の本誓(ちかい)を仰ぎ、あらゆる苦難を超えて衆生化益(けやく)に精進し法身(みほとけ)の慧命(いのち)を護り(まも)りたてまつらん 🙏
護摩堂 建築理念 ―装飾を削ぎ落とし、40年続けてきた護摩を“止めないための「行の器」 本尊が守られ 百光遍照の道が断たれない そのための最小にして最強の堂
『百光山』蓮生観善大僧正揮毫
【即身成仏と衆生済度】
即身成仏を目指す。
しかし、即身成仏は自分の完成ではない。
それは衆生済度の始まりである。 ---
【増上慢に落ちない】
悟りを得たと思い込む増上慢に落ちてはならない。
菩提心戒・四種三昧耶戒を守り、
常に自らを戒め、謙虚であり続ける。 ---
【大安楽とは何か】 大安楽とは、自分一人の安心ではない。
それは『大悲萬行』に尽くすことである。 大悲萬行とは、衆生の苦しみを抜き、楽を与え続けること。 働き続け、尽くし続けること。
これが誓願三昧耶戒の利他行である。
これが菩薩道である。 ---
【ここ・今・私】
今日も、即身成仏を目指し、 増上慢に警戒し、 大悲萬行に尽くす。
明日も、その次も、永遠に。
これが仏道。
これが遍照寺の道。
これが百光遍照の道。 ---
【理趣経より】 「大悲万行とは三密妙行を摂し、抜苦の義にして大慈與楽を兼ねたり。大欲得清浄大安楽豊饒云々、則ち金剛薩埵毘盧遮那佛の大悲行願を成ぜしめ、無余の有情界を利益し安楽すべしなり」 (理趣経 百字の偈)
【遍照寺とは】
不動明王の「慈悲」の光が、煩悩の闇を断つ。 息災の風が吹き渡り、災厄を除く。
愛染明王の「智慧」の光が、煩悩を菩提へと転ずる。 福満の宝船が到来し、すべての願いを成就する。
阿弥陀如来の「いのち」の光が、十方世界を照らす。 三弁宝珠(浄菩提心)の光が、わたしを照らし、世界を満たす。
三尊の光が一つとなるとき、 ここに百光遍照の清浄土が顕現する。 これが遍照寺である。
大きな網を思い浮かべてください。 その交わるところ一つ一つに、光る玉があります。 一つの玉を 一珠(いっしゅ) といいます。
その一珠が光ると、まわりの玉も光ります。 光は広がり、百光(ひゃっこう) となります。
あなたの光が、わたしを照らし、 わたしの光が、まただれかを照らします。 こうして、世界があたたかく満たされていきます。
阿字本不生(あじほんぷしょう)。 「阿(あ)」という一文字は、生まれず、消えないいのちのもと。 わたしたちはみんな、阿字の子(あじの子) です。
阿字の子が 阿字のふるさと 立ち出でて また立ち返る 阿字のふるさと
いのちは光のふるさとから来て、また光へと帰ります。 だから、だれもが尊い存在です。
仏さまは、だれにでも、同じように光を届けます。 光が届くところに、仏さまが顕現(あらわれ)します。
やさしさが生まれた場所、勇気が生まれた場所、そこに仏さまはあらわれています。
その光は、紅頗梨色(ぐはりいろ)。 遍照寺の本尊・紅頗梨色(ぐはりしき)阿弥陀如来の光のように、 透き通った紅(あか)い宝石のような、あたたかい光です。 丸亀の海を赤く染める夕景のように、すべてを包み込みます。
光をもっていても、慢心(まんしん)せず。 何かに執着(しゅうちゃく)しない。 そして、「とらわれないこと」にさえ、とらわれない。
しなやかで、自由な心。 それが世界を変えます。 ―― いえ、世界が変わります。
慈悲(じひ) は、人の痛みに気づく心。 大悲萬行(だいひまんぎょう) は、慈悲のかぎりない実践のこと。終わりなく、尽くし続けることです。
やさしく声をかける。手をさしのべる。 不正を見て、目をそらさない。
「大安楽(だいあんらく)」 とは、自分一人の安心ではありません。 大悲萬行を尽くした先に訪れる、皆とともに分かち合う静かな喜びのことです。 人のために光を尽くしたとき、ほんとうの安らぎが生まれます。
曼荼羅(まんだら) は、すべてのいのちがつながっている世界。 一人ひとりが一珠。一珠が光れば、百光。 だれも欠けてはならない存在です。
一切(いっさい)の他者(たしゃ)は自己(じこ)であり、 一切の衆生(しゅじょう)は如来(にょらい)そのものである。
ほかの人は、わたしとつながる存在。 すべてのいのちは、仏の光をもっています。
心を静かにすることを 能寂(のうじゃく) といいます。 瀬戸の海を渡る風、松風の音のように、深く、やわらかく。
その松風は、仏さまがそっとかけてくださる声です。 「ここにいるよ。大丈夫だよ」と、風の音にのせて語りかけてくださっています。
静かな心から、本当の光が生まれます。 そして、心を静めることが、意密(いみつ)の始まりです。
光を灯すとは、どういうことでしょうか。 真言密教では、三つの実践を大切にします。
身密(しんみつ) ―― 笑顔とあいさつ、手を合わせる、手を差し出す、ともに歩む 、 体で仏さまとつながること
語密(ごみつ) ―― やさしい言葉、 真言(しんごん)を唱え、言葉で仏さまとつながること
意密(いみつ) ―― あたたかいまなざし、 心の中で仏さまを思い、想いでつながること
この三つが一つになるとき、三密加持(さんみつかじ) といいます。 あなたの体・言葉・心が仏さまと一つになり、 いのちの光がいっそう輝きはじめます。
わたしたちは、仏さまと 同行二人。 そして、人ともともに歩いています。
どんなときも、仏さまがそばにいてくださいます。 悲しいときも、くじけそうなときも、あなたは一人ではありません。
この身のままで仏の心を生きること。 しかし、即身成仏は己一人の完成ではありません。 衆生済度(しゅじょうさいど)―― 仏や菩薩が、迷いや苦しみに満ちたこの世(迷いの世界)で生きるすべての生物(衆生)を救い出し、悟りの世界(極楽の彼岸)へと導くこと ―― の始まりです。困っている友達を助けるとき、それが即身成仏の第一歩です。 自分だけの悟りではなく、みんなが安心して生きられる世界をつくる始まりです。
たいせつなのは、ここ・今・私。 いま、ここで、あなたが灯す(ともす)光。 それが世界をあたためます。
あなたは、阿字の子です。 光の中に生きています。 その光に気づき、だれかを照らすこと。 それが、遍照寺の道です。
遍照寺は、祈りの場所です。 そして同時に、社会と向き合う場所でもあります。
私たちは、「慈悲は沈黙しない」 と考えます。 慈悲とは、ただ心の中にあるものではありません。 目の前の苦しみや、社会の問題に向き合おうとする姿勢です。
祈りは、自分だけの安心のためではありません。 祈りは、人と人とがよりよく生きるための「みんなと幸せになる」という約束を思い出す時間です。
遍照寺は、人権を大切にし、誰かを傷つけることに無関心でいることを選びません。 大きな声で対立を生むのではなく、静かに、しかし誠実に向き合うことを大切にします。
寺は、社会から離れた場所ではありません。 社会の痛みに耳を傾ける場所です。
もし迷ったとき、私たちは静かに、自らに問いかけます。
この三つの問いが、遍照寺の道しるべです。
遍照寺は、祈りが社会の中で生きる寺でありたいと願っています。
あなたも、心の中で問いかけてみてください。
「今日のわたしは、やさしくできただろうか」
笑顔とあいさつ、やさしい言葉、あたたかいまなざし。 その小さな光を、ただ灯し(ともし) 続けてください。
気がついたとき、世界はあたたかくなっています。 世界は、救われていきます。
あなたの光は、ここにあります。
いま、この場所から。
―― 遍照寺は、いつもあなたと共に歩いています。
Ⅰ.根本精神
遍照寺は、密教の本源たる 大日如来 の遍照の光を拠り所とする寺院である。
その光とは、観念ではなく実践である。
祈りとは、内面の安穏に閉じるものではなく、社会への責任を自覚する行である。
よって本コンプライアンスは、
法令遵守を礎(いしずえ)とし、慈悲の実践を至高の規範とする。
Ⅱ.法令遵守と倫理責任
法令遵守
・すべての宗教法人法・民法・税法その他関係法令を遵守する。
・財務・会計・寄進金管理において透明性を確保する。
説明責任
・寺院運営は信頼に基づく。
・檀信徒・関係者に対し、必要に応じて情報を開示する
・誤りがあれば速やかに是正する
3.利益相反の回避
・私的利益を寺院の名において追求しない。
・公正・公平を基本とする。
Ⅲ.人権尊重と差別排除
人権の尊重
・すべての人は尊い「阿字の子」である。
・年齢・性別・出自・障がい・信条その他いかなる理由によっても差別しない。
差別・ハラスメントの禁止
・言葉・態度・制度において差別を容れない。
・セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、その他一切のハラスメントを容認しない
・沈黙による黙認も加担とみなす。
安全配慮
・参詣者・関係者の心身の安全を最優先とする
・特に子ども・高齢者・障がいのある方への配慮を怠らない
Ⅳ.三密実践としてのコンプライアンス
― 修行のメソッド(『即身成仏義』)―
本寺のコンプライアンスは、単なる規則ではない。
『三密加持』の社会的実践である。
空海は『即身成仏義』において、 身・口・意の三業を仏と一体化させることで、 この身このままで仏となる(即身成仏)と説いた。
三密加持とは、修行のメソッドである。 それを現代の寺院運営に具体化する。
身密 ― 行動の誠実
・暴力・威圧・不正行為をしない
・約束を守り、責任ある行動をとる
語密 ― 言葉の誠実
・虚偽・誹謗・差別的発言をしない
・責任ある言葉を発する
意密 ― 心の誠実
・慢心せず、執着せず、とらわれない
・感情的対立を煽らず、沈静のうちに応答する
三密が調和するとき、寺院運営は光を放つ。
Ⅴ .『大悲萬行』としての社会的責任
― 修行のマインド(『大日経』)―
慈悲は抽象ではない。 それは具体の行為である。
『大日経』は「大悲萬行」を説く。 大悲とは、すべての衆生の苦しみに応じようとする仏の心。 萬行とは、その慈悲を尽きることなく実践し続けることである。
大悲萬行とは、修行のマインドである。 それを現代の社会的責任として具体化する。
遍照寺は以下の社会的責任を果たす
困難にある人への支援
地域社会との協調
公益性のある活動の推進
災害・差別・社会的不正に対する誠実な対応
これは「大悲萬行」の現代的実践である。
Ⅵ .沈静と責任ある発信
遍照寺は感情的対立を煽らない。 しかし、不正・差別・人権侵害に対して無自覚に加担しない。
沈黙は容易で安寧である。
だが遍照寺は「能寂(のうじゃく)」の沈静 を選ぶ。
静けさの中から、責任ある言葉を発する。
Ⅶ.住職の責任
住職は最終責任者として、 孤独と批判を引き受ける。
安易な合意よりも 、誠実の責任を重んずる。
権威は支配のためにあらず。 信頼を守るためにある。
Ⅷ.自問三則(遍照寺コンプライアンスの核心)
迷うとき、遍照寺は自らに問う。
一、これは慈悲にかなっているか。
一、これは社会への責任を果たしているか。
一、これは寺として誠実か。
この三問に背くとき、遍照寺の道から外れる。
Ⅸ.宣言
遍照寺は、
・祈りを社会へと開き、
・慈悲を具体の行為として示し続ける。
法を守るだけでなく、
光を灯す寺院であり続けることを、ここに宣言する。
遍照寺は、不退転の志を掲げつつ、
年次の自己点検と対話を重ね、
現実に可能な範囲から体制を整え続ける。
遍照寺理念憲章
遍照寺は、
密教の本源たる大日如来の遍照の光を拠り所とし、
その慈悲が現世において沈黙せぬことを誓う。
慈悲は観念にあらず。
それは衆生の苦悩に応じ、社会の歪みに向き合い、
沈静のうちに応答する力である。
祈りは自己安穏のためにあらず。
祈りは社会への責任を自覚する行である。
祈りなくして行動は空虚に堕し、
行動なくして祈りは独善に陥る。
寺院は閉ざされた聖域にあらず。
寺院は社会の只中にあって、
人権を尊び、差別を容れず、
いかなる不正にも無自覚に加担せぬ決意を持つ。
「沈黙」は容易にして安寧なり。されど遍照寺は「沈静」を選ぶ。
感情に流されず、対立を煽らず、
しかして責任ある言葉を失わない。
住職はその「孤絶」と批判を引き受ける。
合意の安寧よりも、誠実の責任を重んずる。
ここに宣言する。
遍照寺は、祈りを社会へと開き、
慈悲を具体の行為として示す寺院であり続けることを。
無数の宝珠が 無量の光を放つ
百の光 千の光 万の光
あなたのひかりが わたしを照らし
わたしのひかりが あなたを照らす
内も外も 上も下も 過去も未来も
すべてが光に満たされる
わたしの中の仏性が目覚め
浄菩提心が現れる
大日のひかりが わたしを照らし
わたしのひかりが 衆生を照らす
照らされた者が 照らす者となり
一つの光が 無限の光となる
これが百光遍照
重々帝網
曼荼羅の世界
御詠歌風の表現
百の光 わが身を照らし 満たしゆく
内も外も 上も下も
み仏の 光われをば 照らすとき
わが光もて 衆生照らさん
照らされて 照らす者とぞ なりにけり
一つの光 無限にひろがる
百光遍照 重々帝網 曼荼羅世界 今ここに
【不動明王(まもり不動尊)― 理の胎蔵の慈悲の光】
不動明王は、大日如来の教令輪身。 智慧の三鈷剣をもって、煩悩と迷妄の闇を断ち切る。 息災の風が吹き渡り、災厄を除き、安穏を守る。 動かざる智慧が、あなたを守り抜く。 智の三鈷剣が、慈悲の道を開く。 (理の胎蔵の慈悲の光・息災安全の功徳-三鈷杵 )
【愛染明王(福満愛染)― 智の金剛の智慧の光】
慈悲の五鈷の箭が、煩悩愛欲の荒波を射抜く。 荒波を鎮め、煩悩を菩提へと転ずる智慧を呼び起こす。 福満の宝船が到来し、すべての願いを叶える。 (智の金剛の智慧の光・福満成就の功徳-五鈷杵)
【二尊の加護 ― 智慧と慈悲の双運】
不動明王は理の胎蔵、慈悲の光。 愛染明王は智の金剛、智慧の光。
慈悲が智慧を生み、智慧が慈悲を深める。 これが智慧と慈悲の双運である。
二尊の加護により、私たちは煩悩を超える。
煩悩は菩提へと転じ、 この身このままで仏となる。
これが煩悩即菩提、即身成仏の道である。
【紅頗梨色阿弥陀如来(金胎不二の大日)― いのちの光】
紅頗梨色阿弥陀如来は、手中に三弁宝珠を持つ。
蓮華座のすべての花弁にも三弁宝珠が輝く。
三弁宝珠は、慈悲と智慧が一つになった理智不二の象徴。
独鈷杵は、金剛界と胎蔵界が一つになった金胎不二の象徴。
この理智不二・金胎不二の光が、
天からも地からも、無量の光となってあなたを包み、すべてを照らす。
紅頗梨色の光明が十方世界を照らし、 すべての罪障を消滅させ、苦を離れて大安楽を得させる。
(いのちの光・理智不二・金胎不二の功徳)
【三尊合行 ― 三尊が一つになる時】
不動明王の慈悲の光、
愛染明王の智慧の光、
阿弥陀如来のいのちの光。
三尊が一つになる時、天地に功徳が満ちる。 如来と衆生が光で結ばれる。
【清浄土の顕現 ― 此処即浄土】
ここが安養楽土之浄土(極楽浄土)
ここが曼荼羅乃里(密厳国土)
此処即浄土。 ここに「百光遍照」の清浄土が顕現する。
息災と福満が満ちる世界が、今ここに開かれる。
本尊 紅頗梨色阿弥陀如来
【金剛力士(仁王)】
金剛力士の別名は仁王。
寺門の左右にあって、その忿怒(ふんぬ)の形相で仏敵を払う守護神です。
通常、二神一対で配置されます。
口を開いた「阿形(あぎょう)」金剛像~上記左・(梵字:阿 ― 読み方「ア」)
阿形は、悟りを求める菩提心を表します。 仏のいのち。
口を閉じた「吽形(うんぎょう)」力士像~上記右・(梵字:吽 ― 読み方「ウン」)
吽形は、その結果としての悟りを表します。 仏のこころ。
阿形と吽形、二つで一つ。 始まりと終わり、いのちとこころ。 これが金剛力士(仁王)です。
【金剛力士像を寺門に造立する因由】
なぜ、金剛力士像は寺の山門に配置されるのでしょうか。
弘法大師空海は『秘蔵記』において、その理由を説いています。
「山門に金剛像(智)を安置し、 寺内に仏身(理)を安置す」
【智と理の象徴】
**山門の金剛力士像** ― 「智(智慧)」を象徴
**本堂の本尊** ― 「理(悟り・真理)」を象徴
【伽藍配置が示す仏道】 参拝者は、まず山門で金剛力士に守られながら智慧を授かり、 その智慧をもって本堂へと進み、本尊の前で悟りに至ります。
山門から本堂へという参拝の順序は、 智慧によって悟りに至るという仏道の道筋を、 伽藍(がらん)配置と仏像によって象徴したものです。 これが、金剛力士像を山門に造立する因由です。
【大安楽門・大安楽橋の完成】
大安楽門と大安楽橋が完成いたしました。
【額の経文】
額には『無量寿如来供養作法次第(或云紅頗梨秘法)』の経文が記されています。
「大光明を放ち、紅頗梨色なり。 遍く十方世界を照らす。 その光に遇う者は、罪障が消滅し、 苦を離れない者は無い」
この二重否定の強調表現は、経典の本意であり、 すべての衆生が必ず苦から救われることを示しています。
【橋の象徴】
安楽橋は赤色・橋脚3本で胎蔵界を象徴します。 赤色は慈悲を、3は胎蔵界の理を表します。
大楽橋は白色・橋脚5本で金剛界を象徴します。 白色は智慧を、5は金剛界の智を表します。
この二つの橋は、 安養楽之浄土(阿弥陀如来の極楽浄土)と 曼荼羅乃里(大日如来の密厳国土)へ 至るための道です。
【弘法大師の書跡より】
「大安楽」「發菩提心」「大悲萬行」「方便究竟」 「安養楽之浄土」「曼荼羅乃里」
これらの文字は、すべて弘法大師空海の書跡からの集字で構成されています。
海援隊日誌より集字
門をくぐることは、「不捨於此身(ふしゃおししん)」。
特別な修行を積まなくても、この身のままで浄土へ入ることができます。
門の額には、こう記されています。
「大光明を放つ。紅頗梨色なり。遍く十方世界を照らす」
これから、百光遍照の世界へ入ります。
**【大安楽橋】此岸から彼岸へ**
橋を渡ることは、「遊歩大空位(ゆうほだいくうい)」。
此岸(しがん・この世)から彼岸(ひがん・浄土)へ、
娑婆(しゃば)から浄土へと渡ります。
安楽橋(赤色・橋脚3本)は胎蔵界(慈悲の世界)を、
大楽橋(白色・橋脚5本)は金剛界(智慧の世界)を象徴します。
二つの橋を渡ることで、金胎不二(慈悲と智慧の一体)の境地へ。
**【参道】一歩一歩が修行**
参道を歩むことは、「神境通(じんきょうつう)の獲得」。
一歩一歩が修行であり、本堂に近づくほど、仏の力が増していきます。
**【本堂】本尊との一体**
本堂に至ることは、「身秘密を成ず(しんひみつをじょうず)」。
身体が仏と一つになることです。
百光遍照王、紅頗梨色阿弥陀如来の前で、
あなたは仏と一体となります。
**【体験の結果】確実な救済**
「斯かる光に遇って照らされる者は、
罪障が消滅し、苦しみを離れる。
苦しみを離れることを得ない者は無し」
どんな人でも、この光に照らされれば、必ず救われます。
これが確実な救済です。
**【大安楽への道】**
門をくぐり、 橋を渡り、 本尊に至る。
その全過程が、大悲萬行の道です。
歩くこと自体が、慈悲の実践なのです。
大日経は、「実の如く自心を知るなり」と菩提心の開発を説きます。
即身成仏の経路を「三句の法門」として説き、
一つの菩提心が三つの段階を踏んで発展してゆくことを明らかにします。
これが真言教学(密教)の核心です。
☆ 三句の法門
第一句:「菩提心を因となし」
菩提心を発すことが、成仏道の出発点です。
第二句:「大悲を根となし」
菩提心は、仏の豊かな慈悲心を根に持つから、大きく成長します。
大悲とは、大慈大悲の心をもって、
普く仏事を為し、群生に廻向し、
一切の苦を抜き、無量の楽を施すこと。
これが「大悲萬行」です。
第三句:「方便を究竟と為す 」**
大悲に守られているから、すべてのものは目的理想に近づくことができます。
究極の目的(究竟)は、大慈悲心を発し、利他の方便に徹行することです。
◎ 萬行円極 ― 自利と利他の円満
萬行円極とは:
- 自利行円満 ― 行者自身の修行が完成すること
- 利他行円満― 衆生を救済する行為が究まること
自利の即身成仏と、利他の済世利人。
この二つが一つになります。
仏道は個人の悟りに終わらない
仏道とは、決して個人の覚りに終わるものではありません。
大日経疏(善無畏三蔵が解説し、一行阿闍梨が筆記)には、
「密厳仏国(仏の国・清浄土)を作ることが最終目的である」
と解き明かされています。
☆ 五転の法門 ― 菩提心が向上する順位
大日経疏は、三句の法門を具体的に説き、
真言の修行によって菩提心が次第に向上してゆく「五転の法門」を示します。
これは、四国遍路霊場の道場に対応します:
1. **発心** ― 菩提心を発す
2. **修行** ― 大悲萬行を実践する
3. **菩提** ― 悟りに至る
4. **涅槃** ― 安らぎを得る
5. **方便** ― 利他行を究める
◎ 密教とは何か
密教とは、こう言えます。
【今すぐ、見習い・入門者・初心者の菩薩として生きて、働こう】
◎ 曼荼羅の包摂性
曼荼羅は、すべての存在を仏の世界へと包み込みます。
「生かされている」という受動的な感覚から、
「生かし合う」世界へ。
◎ この足元から世界平和へ
この足元から、
世界平和へ
密厳仏国へ
ここから、今から、始まります。
善財童子の文字は弘法大師の書跡からの集字で、できております。
da ダ
愛染明王
種字読み方 コク
種字読み方 カーン
【般若・華厳・密教 ― 発菩提心から不退転へ】
般若経:発菩提心の重要性
『大般若経』をはじめとする般若系経典では、 発菩提心(ほつぼだいしん・bodhicitta-utpāda)が成仏に必須であり、 そこで「不退転(ふたいてん)」を得ると説きます。 不退転とは、二度と迷いの世界に戻らない境地です。
華厳経:陀字による不退転
『華厳経』には、こう説かれています。
「陀(だ)字を唱える時、般若波羅蜜門に入り、不退転方便と名く」 (80巻本)
「不退轉之行」(80巻本) 「不退轉方便」(40巻本)
澄観の解釈 澄観は『大方広仏華厳経疏』において、こう解説します。
「陀字は、一切の法の調伏・寂静・真如の平等・無分別を悟るがゆえに、 不退転の方便とする」 (大正蔵35巻、953中)
密教への発展
般若経で説かれた「発菩提心と不退転」は、 華厳経において「陀字(音声)による実践」として具体化され、 密教において「真言(陀羅尼)による即身成仏」へと発展しました。
音声(真言)を唱えることで、 今すぐ不退転の境地に入り、 この身このままで仏となる。
これが密教の「発心即到・即身成仏」です。
--- 善財童子の旅
善財童子は、雲に乗り三有の海(迷いの世界)を渡り、 発心求道不退転の菩薩として、巡礼の旅に出ました。
さまざまな善知識(優れた師)を訪ね、教えを聞きました。 「悉皆我師(しっかいわがし)」― すべてが我が師。
人生のさまざまな悩みや葛藤を乗り越え、 生きる喜びを見出し、 ついに仏となることを約束されます。
最後に、普賢菩薩から極楽浄土への往生を勧められ、 衆生利益を成満します。
--- 菩提心は法界から生じる
善財童子の物語は、重要な真理を示しています。
**菩提心は、衆生の内側から自然に生じるものではない。**
**法界(真理の全体)そのものが、衆生をして発心せしめる。**
善財は「自分の努力」だけで悟りを求めたのではありません。 諸仏菩薩の願力と、法界の力によって、 発心し、育てられ、究竟位(最高の境地)へ導かれたのです。
--- 華厳の世界観 ― 法界円融・事事無碍
華厳では、世界は「法界」の全体性によって貫かれています。
**法界円融(ほっかいえんゆう)** ― すべてが溶け合い、一つになっている
**事事無碍(じじむげ)** ― 個々の存在が互いに妨げ合わず、調和している
一人ひとりが独立しているように見えても、 実はすべてが法界の中で繋がり、支え合っている。 これが華厳の教えです。
--- 私たちへの示唆
善財童子の巡礼は、私たちに教えてくれます。
私たちは、自分一人の力で生きているのではありません。 諸仏菩薩の願力、法界の力、 そして出会うすべての人々(善知識)によって、 支えられ、育てられ、導かれています。
「悉皆我師」― すべてが我が師。 この気づきが、菩提心の始まりです。
心と仏と及び衆生と、この三は差別なきなり 『華厳経』「夜摩天宮菩薩説偈品」(通称「唯心偈」)
初発心の時、便ち正覚を成ず『華厳経』「梵行品」
菩提心を初めて発した瞬間、すでに正覚(完全な悟り)を成就している。 「悟りは遠い未来ではなく、今ここにある」
「法界の徳海、衆生の心に感ずれば、即ち菩提心を発す」(澄観) 『華厳法界玄鏡』
「宇宙に広がる仏の広大無辺な慈悲や功徳の力が、私たちの心に響き合い(感応)、つながった時、その瞬間に迷いの中にいる私たちも、悟りを求める心(菩提心)を起こすのである」
迷悟我に在れば 発心すればすなわち到る 明暗他にあらざれば 信修すればたちまちに証す 『般若心経秘鍵』(弘法大師空海)
迷いも悟りも、自分の心にある。
菩提心を発すれば、すぐに到達する。
明と暗は他人のせいではない。
信じて修行すれば、たちまち証する。
これが「発心即到」です。
もし人、仏慧を求めて菩提心に通達すれば、父母所生の身に速かに、大覚の位を証す 『菩提心論 ・即身成仏義』
この身このままで、すぐに大覚(仏の悟り)を証する。 これが「即身成仏」です。
「菩提心者、因位の大日なり」
菩提心とは、因位(修行中)の大日如来である
発心の一念で三密行が成立する 。 成仏の形式は、菩薩として進むこと。 大日如来の三密と相応することである。
即身成仏=大日と衆生の心の同体化 密教は即身成仏の実践的体系 密教は、法界の主体を「人格的・現実的」に捉え直した。 抽象的な真理ではなく、 大日如来という人格的存在との一体化として、 成仏を説く。
華厳と密教の違い
**華厳:初発心時便成正覚 ― 〈保証〉** 「あなたは必ず仏になれる」という約束。
**密教:発心即到・即身成仏 ― 〈実行〉** 「今すぐ仏として生きよ」という実践。
保証と実行が「互相加入」し 理と行が「彼此摂持」する構造です。
保証があるから、実行できる。 実行するから、保証が現実になる。
音声(真言)を唱え、 三密(身口意)を行じることで、 今すぐ不退転の境地に入り、 この身このままで大日如来と一体となる。 これが密教の「発心即到・即身成仏」である。
大欲得清浄 大安楽富饒 三界得自在 能作堅固利 『理趣経』「百字偈 」
ーーー金剛薩埵毘盧遮那佛の大悲行願を成ぜしめ、無余の有情界を利益し安楽すべし
**大欲得清浄** 大いなる欲望が清浄となる
煩悩(欲望)を否定せず、そのまま清浄なる菩提心へと転ずる。 これが密教の「煩悩即菩提」の教えです。
**大安楽富饒** 大いなる安楽と豊かさを得る。 大安楽とは、自分一人の安心ではなく、 大悲萬行によってすべての衆生を利益することで得られる、 真の安らぎと豊かさです。
**三界得自在** 三界(欲界・色界・無色界)において自在を得る。 迷いの世界に縛られず、自由自在に働くことができる。 これが菩薩の境地です。
**能作堅固利** 堅固なる利益を作すことができる。 揺るぎない利他行を行い、 衆生を確実に救済することができる
金剛薩埵と毘盧遮那仏の大悲行願
この百字偈は、こう続きます。 「金剛薩埵毘盧遮那佛の大悲行願を成ぜしめ、 無余の有情界を利益し安楽すべし」
**意味:** 金剛薩埵(こんごうさった)と毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ・大日如来)の 大悲行願を成就させ、 すべての衆生(無余の有情界)を利益し、安楽にすべきである。
大悲萬行との関係
『理趣経』の百字偈は、大悲萬行の思想を端的に示しています。
**大欲得清浄** ― 煩悩を菩提へ転ずる「煩悩即菩提」
**大安楽富饒** ― 大悲萬行による真の安楽
**三界得自在** ― 自由自在に衆生を救う
**能作堅固利** ― 確実な救済の実現
この四句は、密教の即身成仏と利他行の実践を表しています。
--- 大悲萬行の定義
『理趣経』百字偈の注釈では、 「大悲万行とは三密妙行を摂し、 抜苦の義にして大慈與楽を兼ねたり」 とされます。 大悲萬行とは:
- 三密(身口意)の妙行を含む
- 抜苦(苦しみを抜く)
- 與楽(楽を与える) この二つが一体となった、尽きることのない慈悲の実践です。
--- まとめ 『理趣経』「百字偈」は、 金剛薩埵と毘盧遮那仏(大日如来)の大悲行願を実現し、 すべての衆生を利益し安楽にすることを説きます。 大欲は清浄となり、 大安楽は豊かに満ち、 三界において自在を得て、 堅固なる利益を作す。 これが密教の「大悲萬行」であり、 「大安楽」の真の意味です。
身中菩提心 円潔如満月 浄菩提心体 平等如虚空 自心本不生 観想キリーク字門 流出無量光 成極楽世界 『無量寿如来観行供養私記』(浄厳大和尚)
【身中の菩提心 ― 浄厳大和尚の観想法― 此処即浄土 】
**第一句・第二句:菩提心の姿**
**身中菩提心 円潔如満月** 身の中の菩提心は、円く清らかで、満月のようである。
**浄菩提心体 平等如虚空** 清浄なる菩提心の本体は、平等であり、虚空(大空)のようである。
これは『大日経』の「実の如く自心を知るなり」と通じます。 自分の心の本性を知ること、それが菩提心です。
**第三句:自心本不生**
**自心本不生 観想キリーク字門** 自心は本来不生である。キリーク字(hrīḥ)を観想する。
**「本不生」とは:** 『大日経』の「阿字本不生」に通じる教えです。 心の本性は、生まれることも滅することもない。 これが「本不生」の境地です。
**「キリーク字(hrīḥ)」とは:** 阿弥陀如来を表す梵字(種字)です。 この字を心に観想することで、 自心と阿弥陀如来が一体となります。
**第四句:極楽世界の顕現**
**流出無量光 成極楽世界** 無量の光が流れ出て、極楽世界となる。
キリーク字から無量の光が流れ出ます。 この光が、極楽世界(浄土)を成就させます。 極楽世界は遠くにあるのではなく、 自心の中の菩提心から流れ出る光によって、 今ここに顕現するのです。
--- 観想の構造
この偈は、密教の観想法の基本構造を示しています。
**1. 菩提心の観想 **
自分の胸の中に、満月のように円く輝く菩提心を観想します。 その菩提心は、虚空のように広大で、すべてを平等に照らします。
**2. 本不生の悟り**
自分の心の本性が、生滅を超えた「本不生」であることを悟ります。
**3. キリーク字門 の観想**
胸の中の満月に、キリーク字が輝いている姿を観想します。
**4. 光の流出と浄土の顕現 **
無量の光が流れ出る。 極楽世界が成就する。
この観想法は、「此処即浄土」の思想を実践化したものです。
極楽浄土は、死後に行く場所ではありません。 自心の中の菩提心を観想し、 キリーク字(阿弥陀如来) から無量の光を流出させることで、 今ここが極楽世界となる。 これが密教の浄土観です。
遍照寺の本尊、紅頗梨色阿弥陀如来の前で、 この観想を行います。
1. 自心の菩提心を観想(満月・虚空)
2. その中にキリーク字を観想
3. 無量の光が流れ出る
4. ここが極楽浄土となる
「此処即浄土」 「ここに百光遍照の清浄土が顕現する」 これが、遍照寺の実践です。
--- 浄厳大和尚について 浄厳(じょうごん、1639-1702)は、 江戸時代前期の真言宗僧侶。 密教と浄土教を融合し、 阿弥陀信仰と真言密教の実践を統合しました。
『無量寿如来観行供養私記』は、 阿弥陀如来の観想法を詳述した重要な著作です。
秘密主よ 薄伽梵の大智灌頂に入りぬれば、 即ち陀羅尼形を以て 仏事を示現す その時大覚世尊 一切諸衆生の前に随住し 仏事を施作し 三三昧耶句を演説す 『大日経』「百字果相応品」
全体の意味 「秘密主(金剛手菩薩)よ、 世尊(大日如来)の大いなる智慧の灌頂を受けた者は、 直ちに陀羅尼の形(真言の姿)をもって、 仏の働き(衆生救済)を示現する」
「その時、大いなる悟りを得た世尊(大日如来)は、 すべての衆生の前に、それぞれの必要に応じて現れ、 仏の働き(救済)を実際に行い、 三つの三昧耶(誓願)を説く」
◎大智灌頂を受けることは、即身成仏を意味します。 修行者が、大日如来の智慧を完全に授けられ、 大日如来と一体となる。 これが密教の灌頂の本質です
◎「陀羅尼形を以て仏事を示現す」とは、 真言(マントラ)そのものが、仏の身体となり、 仏の働きを現実に行うことを意味します。 密教では: 文字= 梵字(種字) - 音声 = 真言(マントラ) - 姿 = 仏の形相 この三つが一体となったものが「陀羅尼形」です。 修行者が真言を唱えるとき、 その真言が仏の姿となり、 仏の働き(衆生救済)を実現します。
◎大日如来は、すべての衆生の前に、 それぞれの必要に応じて現れます。 これは、仏の「応身(おうじん)」思想です。 - 子どもの前には、やさしい姿で - 迷える者の前には、導く姿で - 苦しむ者の前には、救う姿で 大日如来は、自在に姿を変えて現れます。
◎三三昧耶句とは、三つの誓願です。 一般的解釈:1. 仏の誓願 ― 必ず衆生を救う 2. 衆生の誓願― 必ず仏道を歩む 3. 不離の誓願― 仏と衆生は決して離れない この三つの誓願によって、 仏と衆生が結ばれます。
この経文は、即身成仏の構造を示しています。
1. 大智灌頂を受ける
修行者が、大日如来の智慧を完全に授けられる。(即身成仏)
2. 陀羅尼形となる
修行者自身が、真言の身体となる。
真言を唱えることが、そのまま仏の働きとなる。
3. 仏事を示現する
修行者が、仏として衆生を救済する。(衆生済度)利他行に邁進
4. 一切諸衆生の前に随住する
修行者が、すべての人々の前に、それぞれの必要に応じて現れる。
5. 三三昧耶句を演説する
仏と衆生の誓願を説き、人々を仏道へと導く。
この経文は、重々帝網の思想とも通じます。
「一切諸衆生の前に随住し」
一人が大智灌頂を受け、即身成仏すると、その人は、すべての衆生の前に現れ、
仏事を行います。
一珠(一人の成仏者)が光ると、百光(すべての衆生)を照らします。
照らされた者もまた、菩提心を発し、
即身成仏し、他者を照らします。
これが、重々帝網の即身成仏です。
是の如くの自他の四法身は、法然として輪円せる我が三密なり、天珠のごとく渉入して虚空に遍じ、重重無碍にして刹塵を過ぎたり
ー弘法大師の核心・密教のすべてが凝縮された至高・白眉の言葉
『秘密曼荼羅十住心論』「秘密荘厳住心 第十 帰敬頌」ーーー 『十住心論』の「帰敬頌」について(竹村牧男) 参考 『真言宗即身成仏義章』 (興教大師覚鑁)
このような自分と大日如来の四法身は、 自然に円環となって一つになった、私の三密である。
それは、天の宝珠(因陀羅網)のように、 互いに入り込み、溶け合い、 虚空全体に遍く広がり、重なり合い、何の妨げもなく、 無限の世界を超えて広がっている
【語句解説】自他の四法身(じたのしほっしん)
四法身とは:
自性法身(じしょうほっしん) ― 真理そのものとしての仏
受用法身(じゅゆうほっしん) ― 自ら楽しむ仏(自受用身)
変化法身(へんげほっしん) ― 衆生を救うために姿を変える仏
等流法身(とうるほっしん) ― 衆生と同じ姿で現れる仏
自他とは:
自 ― 自分自身(修行者)
他 ― 他者(大日如来・諸仏)
つまり、「自分の四法身」と「大日如来の四法身」
修行者が三密(身口意)を行じるとき、 それは自分の行為であると同時に、 大日如来の行為でもある。 自他不二
自分 = 大日如来
これが「即身成仏」の本質です。
法然として(ほうねんとして)
自然に、おのずから、法(真理)のままに。
人為的な作為がなく、自然にそうなっている状態
輪円せる(りんえんせる)
円環のように回り、一つになっている。
始まりも終わりもなく、すべてが繋がり、巡っている。
自分と仏が一つになるのは、 努力や修行の結果ではありません。
もともと一つであることに気づくことです。
「法然として」― 自然に、おのずから 「輪円せる」― 円環のように、始まりも終わりもなく一つ
これが「本不生」「阿字本不生」の思想です
我が三密(わがさんみつ)
自分の三密(身口意)。
三密とは:
身密 ― 身体の行為 語密 ― 言葉(真言) 意密 ― 心の観想
「我が三密」とは、修行者自身の三密であり、 同時に大日如来の三密でもある。
これが「三密加持」です
**遍照寺の実践:**
- 身密 ― 笑顔、あいさつ、手を差し出す
- 語密 ― やさしい言葉、真言を唱える
- 意密 ― あたたかいまなざし、仏を思う この三密が、大日如来の三密と一つになる。
天珠のごとく(てんじゅのごとく)
天の宝珠(因陀羅網・帝釈天の網の宝珠)のように。
華厳経の「重々帝網」を指す。
渉入して(しょうにゅうして)
一つの宝珠が、他のすべての宝珠を映し出し、 映し出された宝珠の中にも、またすべての宝珠が映っている。法界縁起
一珠の中にすべてがあり、すべての中に一珠がある。
自分の中に大日如来があり、 大日如来の中に自分がある。
自分の中にすべての衆生があり、 すべての衆生の中に自分がある。
一つの宝珠(あなた)が光れば、 すべての宝珠(世界)が光る。
これが「渉入」です。
虚空に遍じ(こくうにへんじ)
「虚空に遍じ」とは、 自分と大日如来の三密が、 虚空全体に遍く広がることを意味します。
これが「遍照」です。
大日如来の光が、すべてを照らすように、 自分の三密も、すべてを照らします。
一人の即身成仏が、すべてを照らす。
重重無碍にして(じゅうじゅうむげにして)
重なり合い、何の妨げもなく。
「重重」― 重なり合い、尽きることがない 「無碍」― 何の障害もない
刹塵を過ぎたり(せつじんをすぎたり)
刹(世界)の塵の数を超えている。
無限の世界、無数の仏土を超えて広がっている。
自分の三密は、 空間的にも時間的にも、 無限に広がります。
此処即浄土 ここが、今が、すでに仏の世界である
一人の即身成仏が、 過去・現在・未来のすべての衆生を照らし、 この世界だけでなく、無数の世界に広がります。
一人が菩提心を発し、即身成仏すれば、 その光が他者を照らし、 他者もまた菩提心を発する。
一珠百光 これが「百光遍照」です。
今日のあなたの笑顔が、 誰かの明日を照らし、 その人の笑顔が、 また誰かを照らす。
この連鎖は、 無限に広がり、 刹塵(無数の世界)を超えてゆく。 これが、百光遍照の世界です。
1 人は「救う対象」ではなく「共に成仏する主体」
空海は人間を、罪深い存在として低く置きません。
六大(地水火風空識)は法身であり、身体そのものが法界の顕れだと説く。ゆえに、人はすでに仏の構造を具す存在
この強い肯定が、他者への温かいまなざしの根です。人を見下すのではなく、仏性を呼び覚ます態度が基本にあります。
2 熱は「行」へ向かう—理で終わらせない
空海の聖語は、理論の完成よりも実践の発動に力点があります。
発心は出発点であり到達点(発心即到)
三密(身・口・意)をもって現実に証す(即身成仏)
ここでの熱は、情緒ではなく行のエネルギーです。
「知る」だけでは足りない。修し、行じ、顕すことが不可欠だと繰り返します。
3 人間は「変容可能な存在」
『十住心論』では、意識の段階を十種に整理。
畜生的心から菩薩心、そして密教心へと至る道を示します。
これは断罪ではなく、人はどの段階からでも上昇できるという強い信頼です。 熱いのは、誰も見捨てない構造を示すからです。
4 言葉・声への信頼—人は法界を響かせる
『声字実相義』では、声や文字を実相の顕れと見る。
人の発する言葉は単なる記号ではなく、法界の振動。
ゆえに、
説法は宇宙的行為
真言は法界を動かす
人間の言葉を信じ切る、この肯定が熱を帯びます。
5 慈悲は具体へ—社会実践としての宗教
空海は理論家に留まらず、教育(綜芸種智院)や社会基盤(満濃池修築)にも関わりました。
宗教は人を生かす具体的力であるべきだという姿勢。
修行は山中の孤絶ではなく、人を支える力となる
この実践志向が、聖語の背後にある「溢れる思い」です。
6 まとめ—空海的人間観の核心
人は法界を具す(根源的肯定)
人は変わり得る(成長への信頼)
人は三密で宇宙と響き合う(構造的同体)
ゆえに、修行は必須(理を行で顕す)
空海の熱は、「甘さ」ではありません。
可能性を信じるがゆえの厳しさです。
物の興廃は必ず人に由る。人の昇沈は定めて道にあり、大海は衆流に資って深きを致し、蘇迷は衆山 に超えて高きことを成す。 『綜芸種智院式』
世界の平和も、社会の幸せも、 人によって決まる。 一人ひとりが菩提心を発し、 大悲萬行に尽くすことで、 世界は変わる。
人の向上は、道(教え・実践)によって決まる。 遍照寺の道とは: 菩提心を因となし - 大悲を根となし - 方便を究竟となす この道を歩むことで、 人は向上する。
大海が深いのは、多くの川が流れ込むから。 遍照寺も、多様な人々を包摂します。 年齢、性別、出自、障がい、信条、 いかなる理由によっても差別しない。 「曼荼羅の包摂性」 すべての存在を仏の世界へ。
須弥山が高いのは、多くの山々があるから。 一人ひとりが光を灯すことで、 重々帝網の世界が生まれる。 一珠百光。 百光遍照。
これが、遍照寺の実践です
法は人によって弘まり人は法を待って昇る
人法一体にして別(べっ)異(ち)なることを得ず 『秘蔵宝鑰』
あなたが実践することで、遍照寺の道(笑顔、あいさつ、手を差し出す、ともに歩む 、やさしい言葉、 あたたかいまなざし、仏を思う) が広まる
遍照寺の道を受けて、あなたは向上する
あなたと法が一つになるとき、即身成仏が実現する
今日も、菩提心を発し、 大悲萬行に尽くす。 あなたの実践が、法を広め、 法があなたを向上させる。 これが、人法一体の道です。
法界はすべて是れ四恩なり 六道誰か仏子に非ざらん 怨親をえらばず悉く本覚の自性に帰らしめん(性霊集)
すべてに感謝し(四恩)、 すべてを尊重し(仏子)、 すべてを救う(大悲萬行)。 怨親をえらばず、 慈悲は沈黙しない。 これが遍照寺の道です
それ禿(かむろ)なる樹 定んで禿なるに非ず 春に遭ふときは則ち栄え華さく 増(かさな)れる氷 何ぞ必ずしも氷ならん 夏に入るときは則ち、とけそそぐ 『秘蔵宝鑰』
どんなに苦しんでいる人も、どんなに迷っている人も、永遠にそのままではない。
人は、仏法に出会うことで(春)、煩悩が溶けて(夏)、仏性が現れる。
仏法に出会い、菩提心を発すれば、仏性が花開く。
百光遍照の光
- 三尊(不動・愛染・阿弥陀)の加護
- 大悲萬行の教え
- 慈悲と智慧の実践
に照らされて、煩悩が溶けて菩提心になる。
禿げた樹木が、春に花を咲かせても、「自分は完璧だ」と思い上がってはならない。秋には葉が落ち、冬には再び禿げる。それが自然の摂理。
同様に、即身成仏しても、「自分は完成した」と増上慢に落ちてはならない。常に謙虚に、大悲萬行に尽くし続ける。
これが遍照寺の道です。
善人の用心は他を先とし、己を後とす 『三昧耶戒序』
すべての実践の核心を示す言葉
利他行が、自分の菩提心を育てる
他者を救うことが、自分の成仏に繋がる
自利と利他は、別々ではなく一体(自利利他円満)
大悲萬行に尽くす。 即身成仏は衆生済度の始まり。 慈悲は沈黙しない。 すべてに共通するのは、 **他を先とし、己を後とす。**
今日も、光を灯し続ける。 これが遍照寺の道です。
菩薩(ぼさつ)の用心(ようじん)は皆(みな)、慈悲(じひ)を以(もっ)て本(もとい)とし、利他(りた)を以(もっ)て先(せん)とす 『秘蔵宝鑰』
菩薩道の本質
すべての根本に **慈悲** がある。・・・・・「大悲を根となし」
すべての行動で **利他** を優先する。・・・「方便を究竟となす」
- 大悲萬行 - 即身成仏 - 三密加持 - 慈悲は沈黙しない - 重々帝網 - 自問三則 すべてに共通するのは、 **慈悲を本とし、利他を先とする。**
今日も、光を灯し続ける。 これが遍照寺の道です。
【 遍照寺の額】
大安楽門: 「大光明を放ち、紅頗梨色なり。遍く十方世界を照らす」 (無量寿如来の光)
本堂: 『清浄金剛』 (阿弥陀如来の密号)
--- この二つが一体となって、 遍照寺の浄土観を示している。 清浄金剛(理智不二、金胎不二の 阿弥陀如来・いのちの光 )が、 大光明(紅頗梨色の光)を放ち、 十方世界を照らす。 その光に遇う者は、 必ず清められ(清浄)、 必ず救われる(金剛)。 これが遍照寺の本尊、 清浄金剛・紅頗梨色阿弥陀如来です。
三鈷(さんこ)の松
弘法大師空海さまが、唐から日本に向けて投げた「三鈷杵(さんこしょ)」という法具が、この松に掛かっていたという伝説にちなむ縁起の良い松です。
通常の松の葉は2本ですが、この松には珍しい**「3本」の葉が混じっています。 三鈷杵と同じ3つの刃を持つこの葉は、「知恵」「慈悲」「まごころ」**を授けると言われ、持っていると幸運が訪れると伝わっています。
足元をそっと探してみてください。 3本の松葉を見つけられた方には、大師さまの御加護がありますように。
福島の松 銘『入りの寶船』
ここは「福」が満ちる場所、福島
本堂へと枝を伸ばすその姿は、幸せを満載して港に入る宝船そのものです。
「三鈷の松」が智恵を授ける松ならば、この「福島の松」は福を運ぶ松です。
「大慈悲の遍照」の光とともに、 あふれるほどの福徳が運び込まれますように。
寺院文献資料学の新展開 第9巻 近世仏教資料の諸相Ⅱ 臨川書店
第6章 寶厳の修学と法流授受の様相―『故寶厳大和上行状記』を軸として
行状記は 大通寺南谷の撰述。本論文は向村九音氏(日本学術振興会特別研究員)による。
多度津産まれ、道隆寺に入り、高野山で学び続いて江戸にて『浄厳大和尚』(古来の流派を統一して新安祥寺流を大成した真言宗の巨匠・梵学を復興・黄檗版大蔵経に秘密儀軌を編入・将軍綱吉の湯島の地の喜捨により霊雲寺開祖)について直接修学し、後に霊雲寺二世『慧光大和尚』(教風宣揚の後東大寺戒壇院長老に就き、中興の偉業を達成)法兄よりも教えを受け、道隆寺に戻り住職十三年の間に現在の本堂他主要な建物を築き、後住を定め、丸亀福島の遍照庵に閑居。すぐ、金毘羅象頭山金光院、讃岐一円、阿波で新安祥寺流伝授に努め、高野山北室院主の招きに応じて十四の塔頭寺院に伝授し、僧としての初期に高野山で学んだことに対しての恩返しをする。北室院主昶遍は後に高野山金剛峯寺座主 管長 第303世となる。続いて、京都粟田口歓喜院(生駒聖天宝山寺の中興開山湛海が若き時開山)に逗留、大通寺南谷(大通寺は源実朝公菩提寺、六孫王神社の復興に尽力し東山天皇から紫衣(しえ)をおくられる、能書家)との旧約により、大通寺に寓居。法流伝授。後も京・高野山・讃岐と巡錫。新安祥寺流がいき渡ることになる。淡路島・千葉・倉敷・山口にも足跡が残されており、全国にも流布される。
【江戸時代 ― 寶嚴和尚の遍照庵隠居】
寶厳は多度津に生まれ道隆寺で得度した後、当時の仏教界の頂点に連なる師たちに直接師事しました。
浄厳大和尚(霊雲寺開祖): 将軍綱吉の帰依を受け、梵学(サンスクリット)復興や「新安祥寺流」を大成した真言宗の巨匠から直接学びました。『丸亀市史2 近世編 浄嚴の来讃とその遺風』
慧光大和尚(東大寺中興): 浄厳の跡を継ぎ、後に東大寺戒壇院長老となった法兄からも教えを受けています。
道隆寺住職としての13年間で、現在の本堂を含む主要な伽藍を築き上げるという大事業を成し遂げます。しかし、その絶頂期とも言える時期に、彼は後住を定めて**丸亀福島の遍照庵(閑居所)**へと退きます。
正徳4年6月の閑居: これは単なる引退ではなく、「京極藩からの縛り」を逃れるための確信犯的な脱出でした。
ここが「山北八幡騒動」時の態度の核心です。
藩への失望: 兄弟弟子である金光院別当・宥山の苦労や、京極藩の洞察力のなさ(無理解)を目の当たりにし、「政治(藩政)に関わっても学問や法流の妨げにしかならない」と見限っていました。
遊学への専心: 藩の御用僧として、京極藩の縛りを受けており、 自由な遊学ができない状況であった。新安祥寺流という清らかな法流を後世に伝えること(恩返し)に自身の全エネルギーを向けたのです。
遍照庵(閑居後)の凄まじい活動
「ただの年寄り」どころか、藩の境界を超えて真言宗の歴史を塗り替える活動を展開します。
高野山への恩返し: 高野山北室院主(後の金剛峯寺座主・昶遍)の招きで、14もの塔頭に法流を伝授。若き日の修行の地へ最高の形で恩を返しました。
京・讃・阿波の巡錫: 大通寺南谷との約束を果たし、京都、高野山、讃岐、阿波と巡り、新安祥寺流を全国へと広めました。
藩が彼を「ただの年寄り」として扱ったのは、宝厳が意図的に「藩政の枠組み」からドロップアウトし、一切の関心を示さなかったからだと言えます。
藩側: 「もう隠居して遍照庵に引きこもっている老人だから、口出しはさせない(無視)」
寶厳側: 「騒動など瑣末なこと。私は法流を伝えるという、より大きな使命の中にいる」
この**「噛み合わなさ」**こそが、正徳年間の騒動における寶厳の「静観」の正体であったと考えられます。ーーー『新編丸亀市史 資料編 明王院・福寿院本末論争一件』『香川県史 第12巻 資料編 近世資料 I』『香川県史 第2巻 通史編 近世 I』
この『行状記』に基づく視点は、単なる地域の騒動記を、**「権力(藩)vs 精神の自由(僧侶)」**という壮大な物語へと塗り替える素晴らしい知見です。
本島小坂騒動: 1868年(明治元年)に香川県・塩飽(しわく)諸島の本島小坂浦で起きた、封建的な特権組織「人名(にんみょう)」と一般住民との対立による流血事件 小坂側に18名の死者を出す悲劇
海援隊の八木彦三郎(別名:宮地彦三郎)
八木彦三郎は、本島小坂騒動を鎮圧した。地区に滞在し、地域のために尽力したと伝えられています。彼の誠実な人柄と、幕末の動乱を生き抜いた知見は、島の人々に深く慕われました。
顕彰と神格化: 没後、島の人々は彼の徳を称え、地域の守護神である十三神社の祭神の一柱として彼を祀りました。一個人の隊士が神社の祭神として祀られるのは極めて異例であり、いかに彼と島の人々との結びつきが強かったかを示しています。
龍馬亡き後、志士たちがこの備讃瀬戸で何を目指したのか。遠矢浩規教授の研究を通じてその一端に触れることができます。
坂本龍馬暗殺後の海援隊(備讃瀬戸グループ) - Hiroki Tohya
遍照寺への影響: 騒動後、福島地区(丸亀市福島町)に移り住んだ人々が、 遍照寺の檀家となった。
このことが、廃仏毀釈の難を逃れる一因となった。
【明治時代 ― 蓮井麗厳の決断】
中本寺への就任要請を断る
蓮井麗厳(れいごん)は、 寺格「中本寺」の後住を依頼された。
しかし、麗厳は次のように述べて断った:
「兄弟子たちを措(お)いて相続することは、義に於いて欠く。
適当なる僧を得ることは難事ではない。
当庵を見ると、別に檀家とてもなく貧寺にて、経営困難なれば、 私(衲・のう)が去らば、また誰がこれを顧みようか。
私は幼よりこの庵に入寺し、得度し、遂に今日に至った。
今、己が青雲の志に任せてこの庵を去ることは、 情に於いて忍びざる。」
意味: 「兄弟子たちを差し置いて出世することは、義理に反する。 適切な僧を見つけることは難しくない。
しかし、この遍照庵を見ると、檀家もなく貧しい寺で、経営が困難である。 私が去れば、誰がこの庵を守るのか。
私は幼い頃からこの庵で育ち、得度し、今日に至った。 今、自分の出世のためにこの庵を去ることは、 情として忍びない。」
決断: 蓮井麗厳は、出世の道を捨て、遍照庵に留まることを選んだ。【蓮井麗厳の苦闘と再建】
荒廃した遍照精舎
当時の遍照精舎(遍照庵)は:
柱はゆがみ
屋根は傾いていた
貧しく、荒れ果てた寺であった。
長年の努力
蓮井麗厳は、長年にわたり日護摩を焚き続け、 寺の再建を祈願した。
また:
一切経の印本を入手
寺隣の空き地を買収
こうして、少しずつ再建の準備を整えた。
明治35年(1902年)8月 ― 新堂建立
遂に、明治35年8月、新堂を建立した。
明治36年(1903年)10月 ― 鶏鳴学館創立
明治36年10月、 自坊・遍照庵の敷地内に、 **私立鶏鳴学館(けいめいがっかん)**を創立した。
毎暁教授(まいぎょうきょうじゅ) ― 毎朝、夜明け前から教えを授けた。
藩の縛りから逃れ、遍照庵で遊学に専心。 遍照庵の学問の伝統を築いた。
本島騒動後、福島に移住した人々が檀家となり、 廃仏毀釈の難から遍照寺を守った。
出世の道を捨て、貧しい遍照庵に留まることを選んだ。 長年の日護摩と努力により、新堂を建立。 鶏鳴学館を創立し、教育に尽くした。
遍照寺は、困難の中で、 義と情を重んじる人々によって守られてきた。この精神が、今日の遍照寺の理念に受け継がれている。
坂本龍馬暗殺後の海援隊(備讃瀬戸グループ) - Hiroki Tohya
慶應4年1月海援隊本部が置かれる。
(1月10日前後 備讃瀬戸において、海上交通掌握の動き 諸島支配の動き
が確認される(研究報告レベル)
丸亀白蓮社(現・遍照寺)が拠点として機能。
※正確な入所日は未確認。
が指摘される。この時点で丸亀は実質的活動拠点。
丸亀城入り・高松征討のための使者派遣は慶応4年1月20日同日本島小坂騒動) 潤4月29日(新暦6月19日)解散ー起算日(1月15日)を含め 132日間
海援隊につながる人たち
大政奉還の基礎となるの清書(起草) 海援隊規約作成や日誌(海援隊日史)の記録 いろは丸事件の顛末書作成 第2代海援隊長 日本初の成文憲法草案『藩論』の執筆 「海軍」創設を促す建白書を提出 海軍操練所(後の海軍兵学校の前身)の運営や海軍省の制度設計 海軍の教育体制や軍医制度の整備に尽力 坂本龍馬と共に作り上げた「海軍・商社・教育」が融合した海援隊のモデルを、国家規模の組織へと昇華させようとしました。 航海・汽機・語学などを教える教育カリキュラムや、組織の規約を明文化する能力は、黎明期の海軍が「単なる船乗りの集まり」から「近代的な軍隊」へ脱皮する過程で不可欠なものでした。
船を操作する人と操作の仕方を作る
教育カリキュラムや、組織の規約をつくるあまりにも大きい労力が若くして亡くなった 理由とも言われています 長岡謙吉は、「海援隊 龍馬の頭脳」そのものでした。 もし長岡謙吉がもっと長生きしていたら?
もし彼が明治の全盛期まで生きていれば、日本の近代化はさらに「論理的」かつ「実務的」に進んでいた可能性があります。長岡: 政治・軍事(新政府の海軍創設)へ
岩崎弥太郎(三菱創始者 )は「海援隊 龍馬の財布」として藩の事業を引き継ぐ形で後の「三菱」へとつながる海運事業を確立させ 民の物流支援から日本海軍を支えました
坂本龍馬の信頼厚い側近の一人
海援隊の実務・交渉の支援
八木は、いろは丸沈判事件の事後処理や、隊の運営資金の管理など、組織の持続に不可欠な事務作業を精力的にこなしました。 海援隊が解散した後の明治時代、彼は実際に北海道へ渡り、開拓事業に従事 維新後開拓使に出仕。函館などで活躍し、日本の近代化に貢献
龍馬暗殺後の「備讃瀬戸ネットワーク」の維持 本島・小坂地区への貢献と神格化
本島小坂騒動
慶応4年(1868年)1月20日、香川県丸亀市・塩飽本島の小坂浦で起きた悲劇的な農民・漁民一揆です。島を支配する特権的な「人名(にんみょう)」組織に対し、漁業税に苦しむ小坂側の住民が反発。人名勢が小坂の集落を焼き払い、18名が犠牲
身分対立: 塩飽諸島には、徳川幕府から自治を認められた「人名(にんみょう)」と呼ばれる特権階級(船方衆)がいました。一方で、その権利を持たない「毛人(もうと)」や漁師たちは長く圧迫されていました。
きっかけ: 幕府の長州征伐に際し、人名たちが自分たちの代わりに毛人を徴用して出役させたことなどが不満の火種となりました。
惨劇: 慶応4年1月20日未明、人名側が小坂浦を急襲。集落を焼き払い、漁民ら18名を殺害しました
海援隊と土肥大作の関わり
この騒動は、丸亀藩が板垣退助の迅衝隊に恭順し、土肥大作が参謀として抜擢された「丸亀の逆転」のまさにその日に発生しました。
海援隊の出動: 当時、丸亀に滞陣していた八木彦三郎ら海援隊のメンバーは、本島から上がる火の手を目撃し、急ぎ救援に向かったと伝えられています。
土肥大作による裁定: 藩の実権を握ったばかりの土肥大作は、この騒動の処理にあたりました。身分制度の解体を目指す維新の理念と、旧来の島内自治の板挟みになりながらも、事件の首謀者を処罰し、事態の収拾を図りました。
この騒動は、単なる地方の喧嘩ではなく、「四民平等」へと向かう時代の歪みが噴出した事件として歴史に刻まれています。
香川県丸亀市、塩飽諸島(しわくしょとう)の本島・小坂に鎮座する十三(とさ)神社(重三神社とも書く)は、非常に珍しい歴史を持つ神社です。この神社に祀られている「神」は、一般的な神話の神様ではなく、幕末に実在した海援隊士13名を「生き神様」としたものです。
この神社の主祭神は、坂本龍馬率いる海援隊の隊士13名です。 元々は、明治3年(1870年)に海援隊士を「土州様(と州様)」として大山神社に合祀したのが始まりで、大正時代に隊士13名の名前が判明したことから、現在の「十三神社(重三神社)」という名称に改められました。
幕末の慶応4年(1868年)、塩飽諸島では、それまでの特権を維持したい「人名(にんみょう)」層と、土地の平等な配分を求める「間人(まびと)」層との間で激しい対立が起き、暴動に発展しました。これを**「小坂騒動」**と呼びます。
この混乱を鎮めるために派遣されたのが、**八木彦三郎(宮地彦三郎)**ら海援隊のメンバーでした。
平和的な解決: 八木たちは武力に頼らず、人名と間人の仲裁に入り、平和的に騒動を解決しました。
島民の感謝: 本来なら処刑者が出てもおかしくない騒乱を、寛大な処置で収めた海援隊士たちに対し、島民(特に恩恵を受けた小坂の住民)は深く感謝しました。
生き神様として: 彼らの徳を慕った島民たちが、隊士たちを「生き神様」として祀り、社を建てたのがこの神社の起源です。
「とさ」という読み: 漢字では「十三」や「重三」と書きますが、海援隊が土佐藩出身者の集まりであったことから、**「とさ(土佐)」**と読みます。
海援隊との絆: 八木彦三郎も、この13名の中に含まれており、島では今も「救世主」のような存在として伝わっています。
この神社は、坂本龍馬亡き後の海援隊が、一勢力として地方の平和維持に貢献し、民衆から熱烈に支持されたことを示す、全国的にも極めて珍しい史跡です
「梅花隊」慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦い直後、丸亀藩において土肥大作を中心に結成された諸隊(志願兵部隊)の一つです。
藩論が佐幕から勤皇へと劇的に転換する中で、軍制改革の象徴として誕生しました。
梅花隊の概要と役割
丸亀藩が板垣退助率いる迅衝隊に恭順を誓った後、藩内の若手や勤皇派を組織して作られたのが「梅花隊」です。
結成の背景: 隣藩の高松藩(朝敵)への進撃を命じられた丸亀藩が、実戦戦力として、また藩の「勤皇の意志」を証明するために編成しました。
指導者: 幽閉から解放され、一躍藩の参謀となった土肥大作が強く関わっていました。
名称の由来: 菅原道真(天神様)を祀る中府天満宮(現在の丸亀市)で結成式が行われたことや、寒さに耐えて咲く梅の花を「志士の節操」になぞらえて命名されたと言われています。
八木彦三郎ら海援隊士と梅花隊には、直接・間接の深い繋がりがあります。
海援隊の合流:
坂本龍馬暗殺後の海援隊は、戊辰戦争の勃発とともに長崎から四国・京へと移動しました。その際、八木彦三郎を含む隊士の一部は、土肥大作を頼って丸亀藩の軍事指導や連携を行っています。
土肥大作と八木彦三郎(宮地彦三郎)の人間関係 二人の関係は、単なる「土佐藩士と丸亀藩士」を超えた、海援隊ネットワークによる強い信頼で結ばれていました。
「いろは丸事件」での共闘
坂本龍馬率いる海援隊が紀州藩と交渉した際、丸亀藩領であった多度津などが舞台となりました。この時、丸亀藩側の窓口に近い立場にいた土肥と、海援隊の実務を担っていた八木は、現場レベルで接触し、互いの実力を認め合いました。
海援隊士による軍事指導
龍馬の死後、八木彦三郎ら海援隊士は四国へと渡りました。土肥が丸亀藩で梅花隊を組織する際、八木ら海援隊士は近代的な軍事訓練の指導役として協力しました。これにより、梅花隊は最新の散兵戦術(ゲリラ戦術)を身につけることができたと言われています。
戊辰戦争での連携
土肥が参謀として丸亀藩兵を率いて北越戦争などへ出陣した際も、八木ら海援隊系の人脈が兵站(物資補給)や情報提供でバックアップしました。八木彦三郎は、土肥が丸亀藩を「勤皇」へと導くための外部ブレーンのような役割を果たしていた側面があります。
結論として
土肥大作は「丸亀藩内部の変革者」であり、八木彦三郎は「それを外部から支え、近代戦術を注入した技術者・実務家」という関係でした。この二人の連携があったからこそ、丸亀藩は土壇場で藩論を転換し、維新の功労に名を連ねることができたのです。
軍事指導と実戦:
梅花隊は、海援隊から受け継いだ近代的な軍事知識(散兵戦術など)を取り入れていたとされます。八木彦三郎は当時、海援隊の事務長的な役割から軍事活動へとシフトしており、土肥大作を支える形で丸亀藩の兵制近代化に影響を与えました。
梅花隊のその後 梅花隊は、丸亀藩兵の主力として高松藩への進駐や、その後の戊辰戦争(北越・会津戦争など)への出兵において重要な役割を果たしました。特に土肥大作が参謀として率いた丸亀藩兵は、新政府軍の中で勇敢に戦ったことで知られています。
幕末維新の激動を越えて:土肥大作と丸亀の近代化
丸亀藩が生んだ海援隊士・土肥大作(大維)。彼の歩みは、旧来の「藩」という枠組みを壊し、現代の丸亀へと続く「公(おおやけ)」の礎を築く戦いそのものでした。
慶応2年(1866): 勤王志士(長州の高杉晋作ら)との密かな交友が藩の知るところとなり、幕府への嫌疑を恐れた藩庁により幽閉・謹慎を命じられる。
1月3日 鳥羽・伏見の戦いが勃発。
1月11日 高松藩が朝敵に指定される。これを受け、丸亀藩内では激しい動揺が走る。
1月19日 土佐藩の板垣退助率いる迅衝隊が、高松・丸亀の征討のために進軍。
1月20日 丸亀藩の降伏・恭順: 迅衝隊が丸亀に到着。藩主・京極朗徹は速やかに恭順の意を示し、高松藩への先鋒(攻撃の肩代わり)を命じられる。
同日前後 土肥大作の抜擢: 勤王派として幽閉されていた土肥大作が急遽釈放される。
土肥大作が参謀に就任した理由
土肥は以前から土佐の板垣退助や海援隊の坂本龍馬らと深い交流がありました。
人脈の活用: 攻め寄せてきた迅衝隊の総督が板垣退助であったため、丸亀藩としては「板垣と直接交渉ができる人物」が必要不可欠でした。
藩論の転換: 逆転の抜擢: 藩論が「勤皇」へ一変。幽閉を解かれた土肥は、その人脈を評価され一躍藩の参謀に就任。高松城攻略の先鋒として新政府軍の傘下に入り、丸亀藩を滅亡の危機から救いました。
それまでの佐幕派から勤皇派へ舵を切る際、長年弾圧されていた土肥を抜擢することで、新政府(土佐藩)に対して「我々は生まれ変わった」という強いメッセージを送る狙いがありました。
八木彦三郎(宮地彦三郎)との関連
この時期、海援隊士であった八木彦三郎もまた、四国における勤皇のネットワークの中にいました。土肥大作は、海援隊がいろは丸事件の交渉を丸亀藩領(多度津など)で行った際にも関わっており、八木彦三郎ら海援隊士とは気心の知れた仲でした。八木は龍馬の死後、海援隊の残務整理や新政府軍への合流で多忙を極めていましたが、こうした土肥の「逆転劇」は、海援隊人脈が維新の動乱でいかに機能したかを示す象徴的な出来事と言えます
土肥は、外部勢力による丸亀藩の浸食を強く拒みました。
土佐藩からの養子阻止: 土佐山内家の庶子を養子に迎える内約が進む中、京都から急遽帰藩し、藩主側へ強く働きかけてこれを中止させました。
歴史的評価: これは、安易な権力への迎合を排し、丸亀藩としての主体性を守ろうとした「正義派」としての信念の現れでした。
明治維新後、土肥は新政府の官吏として、旧主・京極家の財政再建という困難な任務に当たります。
実態(公法)膨大な借金を精査し、公債化による切り捨てを断行。適法に整理しなければ、京極家は華族としての地位を失い、没落する寸前であった。
士族の目(私恩)旧藩士(武連)からは「新政府の威光を借りて主家を裁く冷酷な裏切り者」と映り、強い屈辱と怒りを買った。
明治4年の襲撃事件:土肥大作が旧藩士に狙われた理由は、彼が「旧主家の財産」に厳しくメスを入れたからでした。
この「公法(国のルール)」と「私恩(武士の情)」の衝突が心理的引き金となり、土肥大作と三橋政之は旧士族に襲撃されました。しかし、その非情とも思える整理こそが、破綻寸前だった京極家を救い、現代の丸亀へと続く文化の礎を守り抜いたのです。両名は重傷を負いながらも一命を取り留め、三橋は後に北海道・洞爺村の開拓へと向かいます。
土肥大作が「古い武士の論理」をあえて切り捨てたからこそ、現在の丸亀の礎が築かれました。
文化・教育の礎: 整理された財政基盤は、後の京極高徳による音楽教育支援や、丸亀の近代教育への投資を可能にしました。
丸亀の近代化: 彼が整備した会計・行政システムは、香川県再置後の地方自治のモデルとなりました。
シンボルの保存: 私有財産化の波から守られた丸亀城は、今も市民の誇りとしてそびえ立っています。
「感情を排し、真実を見つめて『公』のために尽くす」
当寺に伝わる宝厳大和上の孤高の精神。藩の縛りから自由になろうとした大和上の志は、幕末維新の荒波の中で、土肥大作という実務家を通じて結実しました。
宝厳大和上が「心の自由」を求めてこの福島の地に拠点を置いたように、土肥大作は「藩の負債」から京極家と丸亀を自由にし、近代へと繋ぎました。この二つの魂は、時代を超えて「福島」という地で深く響き合っているのです。
旧藩の論理に命を狙われるという絶望的な経験をした三橋は、その後、狭い藩のしがらみを離れ、文字通り「新しい日本」を自らの手で創り出す道を選びます。
北海道・洞爺村(現・洞爺湖町)の創設
三橋政之(のちに三橋長蔵と改名)は、明治13年(1880年)に民間開拓団を率いて北海道へと渡ります。
開拓の志: 彼が目指したのは、旧藩の恩讐や身分に縛られない、理想の村づくりでした。
洞爺村の誕生: 洞爺湖の北岸、現在の洞爺町周辺に入植し、過酷な自然環境の中で道を切り拓きました。彼こそが、現在の**洞爺湖町の「開祖」**の一人と仰がれる人物です。
2008年7月7日 第34回主要国首脳会議 洞爺湖サミット
姉妹都市(友好都市)は、香川県三豊市(旧財田町)
京極高徳は高岑(たかみね)の子として生まれ、叔父である讃岐国丸亀藩の最終藩主・京極朗徹の養子となりました。
版籍奉還(明治2年)の時期に養子入りし、その後、明治15年(1882年)に養父・朗徹の死去に伴い家督を継承しています。その後 高徳は明治17年(1884年)に華族令により子爵に叙せられました。
高徳自身は後に音楽教育(東京音楽学校奏楽堂の建設など)に尽力する文化人となりますが、その継承の裏には、土肥大作たちが血を流して整理した「旧藩の清算」があったと言えます
明治30年(1897年)倶知安村ワッカタサップ番外地(現在の北海道虻田郡京極町)に農場を拓き、のちに町名の由来となった
彼は土肥大作や三橋政之の流れを汲む実務家であり、旧藩主・京極家と北海道開拓を結びつけた、まさに**「京極村(現・京極町)」誕生の立役者**です。
旧主家を「開拓の主」へと導いた軍師
三崎亀之助は、丸亀藩士から新政府の官吏(大蔵省)となり、土肥大作の後を追うように近代日本の形成に尽力しました。
維新後、旧藩主・京極高徳は華族となりましたが、依然として経済的な不安定さを抱えていました。
家政の立て直し: 三崎は土肥大作とともに、京極家の家政を近代的な形に整理しました。
高徳の信頼: 高徳は、実務能力に長けた三崎を深く信頼し、家の将来を託しました。三崎は単なる「元家臣」ではなく、京極家を近代社会に適応させるための「プロデューサー」の役割を担いました。
三崎亀之助の最大の功績は、京極家の資産を北海道の未開の地へと投じ、**「京極農場」**を開設したことです。
目的: 士族授産(生活に困窮した旧藩士たちの救済)と、京極家の永続的な経済基盤の確立。
京極村(現・京極町)の誕生: 明治30年(1897年)、三崎は自ら北海道へ渡り、羊蹄山の麓に広大な土地を確保。香川県から多くの移民を呼び寄せ、理想的な農村建設を指揮しました。これが現在の**「京極町」**のルーツです。
同じ丸亀出身の三橋政之が、明治13年に洞爺湖の北岸(洞爺村)を拓いたのに対し、三崎亀之助はその少し後に、ほど近い羊蹄山麓を拓きました。
海援隊スピリッツの継承: 三橋が「個人の志」で道を切り拓いたのに対し、三崎は「旧主家(京極家)の力」を背景に組織的な開拓を行いました。
三崎亀之助・三橋政之・京極家の相関
三崎亀之助
京極農場の創設者。京極町(京極村)の開祖。
土肥大作の後輩官僚。京極高徳を説得し開拓を断行。
三橋政之
洞爺村(現・洞爺湖町)の開祖。
土肥とともに襲撃を生き延びた不屈の志士。
京極高徳
旧丸亀藩主(華族)。開拓のパトロン。
三崎の提案を受け入れ、北海道に名を冠した村を残す。
遍照寺・丸亀から「丸亀・福島から始まった志は、海を越え、北の大地・北海道へと繋がりました。三崎亀之助が成し遂げたことは、まさに**「藩という境界線を、北海道という広大な大地へ拡張すること」**でした。
三橋政之が拓いた洞爺、三崎亀之助が京極高徳公とともに築いた京極村。 彼らは皆、かつて宝厳大和上が藩の縛りを超えて真理を求めたように、自分たちの力で新しい世界を創ろうとした人々です。
当寺に伝わる歴史は、単なる過去の記録ではありません。丸亀の地を飛び出し、遠く離れた地で花開いた『自由と開拓の精神』の源流なのです。」
三崎家・時空を超えた三つの聖地
遍照寺の境内にある三崎家の墓所には、江戸時代の当主**「備前屋藤蔵」**の名がはっきりと刻まれています。
歴史の証人: この墓石は、江戸期の丸亀福島がいかに活気に満ち、有力商人がその繁栄を支えていたかを示す物証です。
精神の源流: ここで眠る先祖たちの「商いの知恵」と「信仰心」が、のちに丸亀初の東大生となる亀之助の知性と志を育みました。
金刀比羅宮の参道を登った境内(表書院付近)には、備前屋藤蔵らが中心となって寄進した銅燈籠が今も荘厳な姿で立っています。
・信仰の証: 当時、高価な銅製の燈籠を奉納できるのは、限られた有力商人のみでした。
丸亀・福島の繁栄: 備前屋が福島を拠点に、金毘羅参りの玄関口としていかに栄えていたかを示す象徴的な遺構です。
玉垣講の功績: 藤蔵は、参道の周囲を囲む石の柵(玉垣)を寄進するための「講(組織)」を組織しました。
全国的なネットワーク: 玉垣講は地元の人間だけでなく、備前屋と取引のある全国の商人たちを巻き込んだ大規模なものでした。
公共への貢献: 単なる個人の寄進にとどまらず、信仰の場を美しく整えるという「公(おおやけ)」への貢献精神は、後の三崎亀之助の「公共に尽くす官吏」としての姿勢に確実に引き継がれています。
徳の積み重ね: 自分の利益だけでなく、聖地を整え、公共に資するという三崎家の家風が、後の三崎家を支える土壌となりました。
京極町の開祖: 大蔵省のエリート官僚としての地位を捨て、旧主・京極家のために未開の地へ挑んだその姿は、まさに現代の武士でした。
現代への絆: 三崎亀之助の開拓した農場は豊かな町となり、今や丸亀市と京極町は「親子都市」として、子供たちの交流が絶えない深い絆で結ばれています。
丸亀福島の誇り: 遍照寺に墓所がある三崎家(備前屋)は、江戸時代には「金毘羅信仰の守護者」として、明治時代には「近代化の先駆者」として、常に丸亀福島の地を牽引してきました。当寺の境内は、丸亀の魂が北の大地へと飛翔していった、夢の出発点なのです。
参考「大日本帝国憲法の発布と帝国議会の開会」中の衆議院議員当選者調書の展示画像には、「那珂郡丸亀町大字西平山 平民 三崎亀之助」 とあります。この三崎氏は香川県初の衆議院議員であるとともに、丸亀市と北海道京極町(親子都市)との関係の礎を築いた人物です。これに関連して、さぬき浜街道沿いにある塩屋緑地公園東側内に、三崎亀之助を顕彰する石碑があります
-- 慶応4年(1868年)― 日本が変わった132日間 1月15日、海援隊の備讃瀬戸グループが、 丸亀白蓮社(現・遍照寺)を拠点とした。 潤4月29日(新暦6月19日)、海援隊解散まで、 **132日間、遍照寺が日本の近代化の拠点となった。
** 6人の志士と遍照寺
長岡謙吉 ― 海援隊の頭脳 大政奉還建白書の清書、海軍創設の建白。 丸亀で私塾を開き、京極高徳らを教育。
八木彦三郎 ― 実務と交渉の支援 本島小坂騒動を平和的に解決。 島民から「救世主」として感謝され、 十三神社に「生き神様」として祀られる。
土肥大作 ― 丸亀藩の変革者 幽閉から参謀へ。丸亀藩を「勤皇」へ転換。 京極家の財政再建を断行し、現代の丸亀を救う。
三橋政之 ― 洞爺村の開祖 土肥とともに襲撃を生き延び、 北海道・洞爺村を創設。
京極高徳 ― 旧藩主から文化人へ 音楽教育に尽力。 北海道に農場を拓き、京極町の名の由来となる。
三崎亀之助 ― 京極町の開祖 丸亀初の東大生。大蔵省官吏。 京極町を創設し、丸亀と北海道を繋ぐ。 --- ## 遍照寺に刻まれた歴史
寶嚴和尚の遊学(正徳4年・1714年)ーー 藩の縛りから逃れ、遍照庵で遊学に専心。 学問の伝統を築く。
海援隊の拠点(慶応4年・1868年) 132日間、日本の近代化の拠点となる。
福島檀家の支え(明治初期)ーー本島小坂騒動後、福島に移住した人々が檀家となり、 廃仏毀釈の難から遍照寺を守る。
蓮井麗厳の献身(明治時代)ーー出世の道を捨て、貧しい遍照庵に留まる。 新堂を建立し、鶏鳴学館を創立。
遍照寺から北海道へーー 丸亀・福島から始まった志は、 海を越え、北の大地・北海道へと繋がった。
三橋政之 ― 洞爺村(現・洞爺湖町)
京極高徳・三崎亀之助 ― 京極町
遍照寺の境内にある三崎家の墓所から、 北海道京極町まで。
時空を超えた三つの聖地:
1. 丸亀・遍照寺(三崎家墓所)― すべての始まり
2. 琴平・金刀比羅宮(銅燈籠・玉垣)― 信仰と公共への貢献
3. 北海道・京極町(三崎亀之助)― 志の到達点 -日本を作り上げた精神
海援隊につながる6人が持っていた精神: - 国を憂う心 - 未来を創る勇気 - 困難に立ち向かう決意 - 公(おおやけ)に尽くす覚悟
遍照寺もまた、この精神を受け継いでいる。 **「慈悲は沈黙しない」** **「祈りを社会へと開く」**
宝厳大和上が「心の自由」を求めたように、 土肥大作は「藩の負債」から丸亀を自由にした。
蓮井麗厳が「情に於いて忍びざる」と遍照庵に留まったように、 三崎亀之助は旧主家のために北の大地を拓いた。
**これが、遍照寺の道である。** ---現代へ 2008年、洞爺湖サミット開催。 三橋政之が拓いた洞爺村が、世界の舞台となった。 丸亀市と京極町は、今も親子都市として、 子供たちの交流が絶えない深い絆で結ばれている。
遍照寺の境内は、 丸亀の魂が北の大地へと飛翔していった、 夢の出発点なのです。
光は自ら生むものではなく、
受け取るもの。
照らされ、
そして照らし返す。
重々帝網のように、
一つの珠の輝きは、
無数の珠に映り、
また返ってくる。
春の朝の穏やかな光であり、
夕焼けの深く沁みる光でもある。
始まりの光と、
受容の光。
励ます慈悲と、
包む慈悲。
目の前の一人が、世界のあり方を変える。
多数ではなく、一人。
遠くではなく、今ここ。
温かい眼差し。
優しい言葉。
それだけで、 確かに世界は変わる。
静かな出発は、今日も続いている。
金毘羅七所霊場
金毘羅七所霊場
白レンシャ ヘンショウアン
金毘羅参詣案内大略図
金毘羅参詣案内大略図
白レン社 へん正あん
遍照庵 白蓮舎
讃岐一円図は**文化年間(1804年~1818年)**に作成
丸亀市立資料館に所蔵
丸亀市に伝わる百光山遍照寺の由緒
蓮井先生碑 土宜法龍篆額
蓮井麗厳 について ■ 恩師の片影 出版者: 鶏鳴学館同窓会謝恩部. 出版年: 大正8
蓮井麗厳 著 出版年 1898 法身蔵 : 聖教訓訳ともに国立国会図書館サーチ(NDLサーチ)https://ndlsearch.ndl.go.jp › books で読むことができます
参照 丸亀市社会福祉協議会 『社協の歩み』12~15頁 ■ 仏教社会福祉辞典 93~94頁
浅略釈(せんりゃくしゃく)
今お参りしました。 新たに誓いを立ててお願いをお頼みいたしました。 ここでは、あまねく照らす陽光のもとに、多くの松に吹き渡る風の音が聞こえます。
この御詠歌は、表面的な参拝の歌にとどまらず、加持感応(かじかんのう)と即身成仏へと至る密教の教えが凝縮されています。
ただ今、仏国土・安養浄土に至りました(成仏いたしました)。 この世に生まれてきたことそのものが、すでに仏国土への参入であったのです。 密教に出会い、その光の中にあることへの感謝がここに込められています。
「頼もし」には二つの意味が重なっています。
一つは、仏さまの誓願をお頼みすること。 もう一つは、仏さまの誓願の確かさへの**信頼(頼もしさ)**です。
仏さまの頼もしい誓願をお頼みいたします。 自分もまた同じ誓願を立て、一切智智(いっさいちち)を志求し、大悲萬行(だいひまんぎょう)を誓います。
大日如来の「除闇遍明(じょあんへんみょう)・能成衆務(のうじょうしゅむ)・光無生滅(こうむしょうめつ)」 ――万徳救世円満(まんとくぐせえんまん)の永遠不滅の光明
本尊・紅頗梨色阿弥陀如来の罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)・離苦得楽(りくとくらく)の摂取不捨(せっしゅふしゃ)の光明
紅頗梨色とは白赤の合色にして金胎不二(こんたいふに)の大日 大日心王百光遍照王なり
弘法大師の「即身成仏(そくしんじょうぶつ)・済世利人(さいせりにん)・密厳国土(みつごんこくど)」の御誓願
日々の暮らしの中で小さな誓願を立て、それを実践してまいりましょう。
新たにして、灼(あらた)か。
「あらたなり」には三重の意味が重なっています。
あらた=新しい(更新・浄化)――煩悩や迷妄から解放され、清浄な心に立ち返ること
あらた=顕(あらた)か(霊験あらたか)――神仏の霊験・ご利益が著しく、はっきりと現れること
なり=成る(成仏)――自らが仏に成ること
誓願は日々に可惜(あたら)しく、阿弥陀仏の功徳は絶えることなし。
智慧の光明は、大遍照如来(だいへんじょうにょらい)の大悲のまなざし。 だれひとり照らさないままにはしない、平等なる光です。
松は常に青々として、冬の寒さの中でも色あせず、風に吹かれても折れず、長寿であり不変不動の象徴です。
「松風の音を、あなたはどのように聞きますか?」
遍照寺は江戸時代より福島(ふくしま)の地にあった寺です。 (三十年前の住居表示変更により現在は新浜町となっていますが、その地に変わりはありません。) 福島の浜の松原に吹き渡る風の音―― それは、大日如来の法身説法(ほっしんせっぽう)の轟きです。浄菩提心(じょうぼだいしん)の顕現です。
「松は吹く 説法渡生(せっぽうとしょう)の声」
(出典未詳・密教に伝わる古歌)
松の梢に風が吹くと、ざわざわとざわめきます。 松籟(しょうらい)の音は、衆生を救わんとする仏さまのお声です。
『即身成仏義(そくしんじょうぶつぎ)』に「加持(かじ)」の語の定義があります。
「加持とは、如来の大悲と衆生の信心とを表す。 仏日の影、衆生の心水に現ずるを加といい、 行者の心水よく仏日を感ずるを持と名づく」
また、明恵上人(みょうえしょうにん)の『光明真言土沙義(こうみょうしんごんどしゃぎ)』にはこうあります。
佛智用遍土沙中日『加』 土沙持佛智用名『持』
これを御詠歌に照らせば――
松風は『加』にして、渡生の声と聞くは『持』なり。
浄菩提心の「一体速疾力三昧(いったいそくしつりきさんまい)」により、 行者の浄菩提心と仏の浄菩提心とが相応し、 三密が具足して、成仏します。
ここは、なすべきことに力を尽くし、 手を合わせ、手を差し出し、ともに歩む――安養(あんにょう)楽土(らくど)の浄土(くに)、曼荼羅(まんだら)の里(さと)です。
💁 御詠歌を唱えるときの観想ガイド の例
合掌一礼。静かな呼吸で。
1句「今まいる」:今、御本尊様の安養楽土に参りました。
2–3句「頼もし誓い/あらたなり」:仏さまの頼もしい誓願と同じ誓願を立て、大悲萬行を尽くします。
4–5句「あまねくてらす/松風の里」:息災の風が吹き、慈悲の光明が遍照されております。全ての現象が曼荼羅であり、凡夫の身が仏の三密 と一体です。
流れを心に描き、功徳を感じ、日々の暮らしに具体的な手応えとなって現すと思う
本堂に向かって、ゆったりと枝を伸ばす一本の松。
その姿はまるで、宝物を載せた船が静かに岸へと着くようで、古くから**「入りの宝船」**と呼ばれ親しまれてきました。
この松の「宝船」は、実は本堂に座す御本尊、紅頗梨色(ぐはりいろ)阿弥陀如来さまの世界をそのまま現した姿なのです。
龍が導く「息災」の風 :御本尊が身に纏う「袈裟(けさ)」には、力強い龍が刻まれています。この龍こそ、不動明王の化身。船の帆を膨らませる「息災の風」となり、私たちの災いや迷いを吹き飛ばし、安らかで清らかな道を進めてくださいます。
獅子と愛染明王が守る「心の宝」 : 御本尊の膝には、智慧の象徴である獅子、そして情熱と菩提心の象徴である愛染明王の印が刻まれています。宝とは 福満愛染明王(ふくまんあいぜんみょうおう)さまが授けてくださる**「浄菩提心(じょうぼだいしん)の玉」**。愛染明王は、煩悩を仏の智慧に変える力を持つ明王であり、その財宝とは、この世の富や名誉ではなく、真実の悟りへと導く心の宝、すなわち菩提心を指します。
御本尊という「大きな船」に乗って
私たちはみな、人生という海を行く旅人です。 時に激しい波に揉まれることもありますが、紅頗梨色のあたたかい光を放つ阿弥陀さまは、そのお体ひとつが、私たちを救い上げる**「大きな宝船」**そのものです。
不動明王さまと、その化身である龍(りゅう)の力を借りて、「息災」の風に乗れば大丈夫。 内なる「菩提心」という宝を大切に抱いて。 阿弥陀さまの温かい慈悲の光に満ちた「安らぎの岸辺(浄土)」 へと、ともに渡っていきましょう。松風の音に耳を澄ませ、この宝船に心を預けてみてください。 あなたの人生という航海・修行の道のりが、光に満ちたものとなりますように。
三密は浄菩提心である。顕教には無相真如の理とするも、真言密教では浄菩提心の無相を以て直に有相の三密とし、無相に即して有相を見る。大日経は初の住心品に無想の理を説き、第二品以下に有相の三密の事作法を明かす。『十巻章講説』(小田慈舟)
能寂の松風吹き寄せて、生死迷暗の雲霧払わせたまい、
紅頗梨の光明に照らされ 百色百光清浄土に到るなれば、久しく蓮台に遊び無碍の甘露の妙楽を享なり
百光遍照王 紅頗梨色(ぐはりしき)阿弥陀如来
三弁宝珠阿弥陀定印
阿弥陀如来の真言 「オン・アミリタ・テイ・ゼイ・カラ・ウン」
(oṃ amṛta-teje hara hūṃ)
意味は「無量光(阿弥陀如来の光)よ、滅罪せしめ給え、成就」
「阿弥陀如来根本陀羅尼(あみだにょらいこんぽんだらに)」ー検索
大光明を放つ。その光明は紅頗梨色なり。遍く十方世界を照らす。斯かる光に遇って照らされる者は、罪障が消滅し、皆、苦しみを離れることを得ない者は無し。無量の光明を流出して、一一の光明に於いて極楽世界を成す『無量寿如来供養作法次第(或云紅頗梨秘法)』
真言の威力(いりき)をもって、無量の罪を消滅し、引導(いんどう)して生死(しょうじ)の大苦(だいく)海(かい)を抜(ばつ)済(さい)し、安養(あんにょう)浄土(じょうど)極楽(ごくらく)世界に成仏せしめん 『稽首(けいしゅ)聖無動(しょうむどう)尊(そん)秘密(ひみつ)陀羅尼(だらに)経(きょう)』
百光字輪及び アン字において、即ち仏菩薩因果之四十二位功徳法門を摂し尽す 『百光遍照王義問答抄』(済暹)
又百字輪十二字等の真言観法三摩地門、及び金剛界三十七尊四智印の三摩地有り。即ち是れ大日如来の極秘の三昧なり。
『秘蔵宝鑰』「第十祕密莊嚴心 」(空海五十七歳)
第十住心「秘密荘厳心」の内実は『大日経』の「百字果相応品」の 真言観法三摩地門 と『瑜伽瑜祇経』などの「金剛界三十七尊四智印三摩地」である 『密教自心の探求』(生井智紹)
紅頗梨色阿弥陀とは金胎不二大日なり 紅頗梨色とは白赤の合色にして金胎不二(実厳・実範)
密厳浄土は大日の宮位極楽世界は弥陀の心地 弥陀は大日の智用大日は弥陀の理体密厳は極楽の総体極楽は密厳の別徳
『一期大要秘密集』(興教大師覚鑁)
大日即ち弥陀、極楽の教主なり。毘盧、弥陀は同体の異名、極楽・密厳は名、異にして、一処なり
『五輪九字明秘密釈』(覚鑁)
本尊を阿弥陀となすは、極楽教主にして、大日阿弥陀一体なり。金大日となすは、智にして智は光明に相応し、胎大日となすは、百光遍照王如来にて、光明と相応する。 参照『光明真言本尊事』(明恵上人)
光明真言とは大日如来の智慧の光明を説きたまい、阿弥陀如来は無量光仏とて一切如来の智慧の光明を主りたまう仏にて、此れを百光遍照の大日如来と名付け奉る『光明真言金壺集』(蓮体)
金胎不二大日の五智五色光は紅頗梨色阿弥陀如来の紅頗梨色の大光明となり、百光は十方世界を遍照して、その光に遇う者罪障消滅して、苦を離れ、大安楽を得る 『無量寿如来供養作法次第(或云紅頗梨秘法)』 それは、金剛薩埵毘盧遮那仏の大悲行願倶時に円満して無辺の有情を抜済する三摩地・大安楽なり『理趣経・五秘密法門』
ア字は胎大日の体にして、百光遍照は用なり 阿字の光明無量なるも統摂して百光とす
アン字は胎・阿弥陀は光明遍照十方世界の仏にして即ちアン字胎理法身百光遍照の大日なり
キリーク字は金・阿弥陀=修生顕得五仏 清浄金剛 五智宝冠は金界智法身 智は光明にして清浄なり
バン字は、阿弥陀を金界大日と為す義にして、佛智の徳相なるが故に妙観察智と為り、佛知見の種子なり。
『阿弥陀秘訣―種字事』(浄厳)
得自性清浄法性如来・・・は自性清浄にして苦厄を抜き、当に安楽国土に生じる『理趣釋』
供養が整えば、そこに功徳が生じます。 六種供養について
一、茶湯(水・湯・お茶)を供えることは布施(ふせ)の徳 二、塗(ず)香(こう)(粉末のお香を手に塗る)を用いることは持戒(じかい)の徳 三、花を供えることは、忍辱(にんにく)慈悲(じひ)の徳 四、焼香は仏道を進む精進(しょうじん)の徳 五、飯食(おんじき)は心が落ち着く禅定(ぜんじょう)の徳 六、燈明は仏光による智恵(ちえ)の徳
京極藩四つ目紋五具足の香炉 とろうそく立て
納骨壇 春分の日 土砂加持法会
白蓮社は、元々玄要寺の境内にありました。 玄要寺は、丸亀藩主・京極家の菩提寺であり、 現在も丸亀市に現存しています。
文化8年(1811年)頃 ― 寿久の帰依
京極高朗(第4代藩主)の継室・寿久(酒井忠道の娘)が、 白蓮社を帰依により建立または再建 しました。この年、養子である朗徹が第6代藩主として家督相続し、 養母・寿久が白蓮社を支援しました。
蓮井麗厳は『恩師の片影』(大正8年)において、 「京極家先代(朗徹)の母堂(髙朗の妻・寿久)が御帰依から建てられた白蓮舎遍照庵」 と記しています。
京極家の家系
京極高朗(第4代藩主) - 正室:さち子(立花鑑寿の娘)
- 継室:寿久(酒井忠道の娘) ← 白蓮社・の建立者
京極高周(第5代藩主)
京極朗徹(第6代藩主) 養母:寿久 ← 白蓮社・遍照庵の建立者
文化11年(1814年) ― 黄金阿弥陀仏
白蓮社には、 一寸八分(約5cm)の黄金阿弥陀仏が 御本尊として安置されていました。 『西讃府誌』(文化11年)、 『讃州府誌』(文政元年・1818年)に記録されています。
文化13年(1816年) ― 北向き地蔵
中府町に北向き地蔵が建立されました。 この地蔵は、白蓮社の黄金阿弥陀仏の方向を向いています。京極家の帰依により建立された白蓮社を、 地域の人々も深く信仰していたことの証です。
白蓮社の移転
その後、白蓮社は、 玄要寺の境内から移転しました。 江戸時代の地図には:
- 「遍照庵白蓮舎」(讃岐一円図) -
「白レン社 へん正あん」(金毘羅参詣案内大略図) -
「白レンシャ ヘンショウアン」(金毘羅七所霊場) と記載されています。
白蓮社(白蓮舎)と遍照庵は、隣接していました
慶応4年(1868年) ― 海援隊本部
幕末、戊辰戦争の渦中(慶応4年・1868年1月)、 坂本龍馬亡き後の海援隊が、 丸亀白蓮社を本部としました。 慶応4年1月15日時点で、 白蓮社は海援隊の備讃瀬戸グループの本部として機能していました。 潤4月29日(新暦6月19日)の海援隊解散まで、 **132日間**、 ここが日本の近代化の拠点となりました。
明治初期 ― 廃仏毀釈
明治維新後の廃仏毀釈により、 黄金阿弥陀仏は行方知れずとなりました。 白蓮社も、その後の消息が不明となります。
明治時代 ― 遍照寺による土地取得
明治時代、 隣地の遍照寺(遍照庵)が、白蓮社の土地を買い取り、 本堂を建立しました。
明治35年(1902年)8月、新堂建立。
これにより、寿久が建立した白蓮社の歴史と精神は、 遍照寺へと受け継がれました。
大正12年(1923年)12月22日 遍照庵を遍照寺に改称
昭和5年(1930年)4月30日、届け出。
大正12年(1923年)の社会状況:
明治維新後の廃仏毀釈を乗り越え、寺院が社会的役割を回復
檀家制度の再確立
地域の精神的支柱としての寺院
明治36年(1903年)、鶏鳴学館創立
蓮井麗厳による教育活動
「庵」では教育機関としての威厳に欠ける
個人的な修行の場(庵)から
地域に開かれた宗教施設(寺)へ
宗教法人法の整備
「庵」よりも「寺」の方が、法人格として認知されやすい
社会的認知の向上 ― 地域に開かれた寺院として認知される
活動の正当性 ― 教育・福祉活動が「寺」として正当化される
参拝者の心理的ハードルの低下 ― 誰でも参拝できる
理念の具現化 ― 「慈悲は沈黙しない」「祈りを社会へ」の実践
単なる名称変更ではなく、 遍照寺の理念そのものを表す、重要な転換点でした
『黄金仏』の額
失われた白蓮社の御本尊・黄金阿弥陀仏をまつるために、 真言宗善通寺派初代管長蓮生観善大僧正が、『黄金仏』の額を揮毫されました。 この額は、今も遍照寺に残り、 かつての白蓮社の御本尊として今も日々の勤行の中で大切にまつられています。
中府町の北向き地蔵
中府町の北向き地蔵(文化13年・1816年建立)は、今も白蓮社の黄金阿弥陀仏の方向を向いています。 200年以上、失われた黄金阿弥陀仏を向き続けています。
現在の遍照寺
現在の御本尊は、 紅頗梨色阿弥陀如来(金胎不二の大日)です。 京極高朗の継室・寿久(酒井忠道の娘)が帰依により建立した白蓮社、 その黄金阿弥陀仏の精神は、 この紅頗梨色阿弥陀如来へと受け継がれ、 今も百光遍照の光を放ち続けています。
海援隊の精神を受け継ぐ 遍照寺は、白蓮社の土地と精神を受け継ぎ、 海援隊の6人が持っていた精神 ― - 国を憂う心 - 未来を創る勇気 - 困難に立ち向かう決意 - 公に尽くす覚悟 を、今も守り続けています。
「慈悲は沈黙しない」 「祈りを社会へと開く」 これが、遍照寺の道です。
**何も心配することはありません。**
**仏様におまかせしてしまえばよいのです。**
今、ここで、 私が生きている「生」をしっかり生きていれば、 死後のことは仏様が面倒をみてくださいます。
われらみな、仏の子です。
「自分の葬式はこうしたい」と考えることは大切です。 しかし、現実には、 自分が、いつ、どんな死に方をするかわからない **遺族の考えや都合**もある。
葬儀は、亡くなられた方のためのものですが、 同時に、残された方々が行うものでもあります。
大切なのは「後始末をする人が困らないこと」 死後の後始末は、後始末をやってもらう人が困らないように話をして準備しておくことが大切です。
具体的には:
- 財産や書類の整理
- 連絡してほしい人のリスト
- 葬儀の希望(柔軟に)
- 相続や遺言の準備
「こうしてほしい」という希望を伝えつつ、 「でも、みんなが困らないようにしてね」という、 柔軟な心が大切です。 本当の「終活」とは
*家族等と一緒に楽しい人生を生き、
*語っておきたいことを語り、
*今「ありがとう」と伝えておく。
*これが、『終活』です。
* 終活とは: 書類の整理ではなく、*心の整理*
- 葬式の段取りではなく、*今を生きること*
死の準備ではなく、*生の充実* --- 「ここ・今・私」をしっかり生きる
*「ここ・今・私」* 今、この瞬間を、 この場所で、 あなた自身が、 しっかり生きる。
-今日できること
- 家族と笑い合う
- 友人に連絡する
- 語っておきたいことを語る
- 「ありがとう」と伝える
これが、最高の終活です。
死後のことは仏様におまかせ 何も心配することはありません。
今をしっかり生きていれば、 死後のことは仏様が面倒をみてくださいます。
われらみな、仏の子です。
阿字の子が、阿字の古里へ帰るように、 あなたも必ず、仏様の元へ帰ります。
まとめ 終活とは
- 今を楽しく生きること
- 家族と語り合うこと
- 「ありがとう」を伝えること
- 後始末をする人が困らないよう準備すること
*そして何より*仏様におまかせする心を持つこと。
遍照寺は、いつもあなたと共に歩いています。
霊魂が肉体を離れる、という点は、ほぼ世界共通です。
多数派(キリスト教・イスラム教など): 審判によって、天国と地獄に行き先が分けられる。
仏教:
別の生命体に生まれ変わる(輪廻転生)
または、浄土と呼ばれる特別な場所に行く
遍照寺の教え: 大日如来の密厳国土、または阿弥陀如来の極楽浄土へ帰ります。
「阿字の子が阿字の古里 立ち出でて、 また立ち帰る 阿字の古里」(伝・弘法大師)
私たちは、大日如来の子として生まれ、 最期には、また大日如来の元へ帰ります。
Q2. 死を迎える時は、どうなるのですか?
昔から、仏菩薩や、すでに亡くなっている親族が、 **『お迎え』**に来ると言われていました。
お迎えの体験は、かなり高い頻度で起こっていることが明らかになりました。
親しい人の『お迎え』を体験した方は、 安らかな最期を迎えられたという報告があります。
仏様が、必ずお迎えに来てくださいます。 何も心配することはありません。
Q3. 霊魂は、どんな姿・形をしているのですか?
霊魂に、決まった形はありません。
生前の姿で現れることもあれば、 光として感じられることもあります。
霊魂は、阿字(大日如来)の光の一部です。 形はありませんが、確かに存在します。
成仏できず、この世をさまよう霊魂が、 苦しみから、生者に影響を及ぼすことがあると言われています。
除霊とは、霊魂を追い払うことではありません。 鎮魂とは、霊魂を安らかにすることです。
追善供養によって、霊魂を浄土へと導きます。 僧侶が引導を渡し、霊魂が成仏できるよう導きます。
成仏できず、この世をさまよう霊魂のことです。
執着や未練が強い場合、生者に影響を及ぼすことがあると言われています。
幽霊を恐れるのではなく、 追善供養によって、成仏できるよう導きます。
霊魂は、お墓や仏壇、遺骨に宿ることもあれば、 浄土にいることもあります。
霊魂は、浄土にいながら、 同時に、この世の家族のそばにもいます。
此処即浄土 ― この世こそが浄土。
お墓や仏壇は、霊魂との「繋がりの場」です。 遺骨は、故人の尊厳を示すものです。
明治時代に欧米から科学的方法論に基づく仏教学が導入され、 霊魂の存在を否定する学説が主流になりました。
学問仏教では、霊魂がないことになっております。
しかし、最近の仏教文献学では、 ブッダは、霊魂の存在を必ずしも否定していない という説が台頭しています。
宗派によって考え方は異なりますが、 真言宗など密教系では、霊魂はあるとみなしております。
霊魂は存在します。
私たちは、大日如来の子(阿字の子)として生まれ、 死後、大日如来の元(阿字の古里)へ帰ります。
霊魂は、浄土で修行を続け、 やがて成仏します。
死後の霊魂のためです。
死者を僧侶として、仏の世界へ送り出すためです。
戒名とは、仏弟子としての名前です。 戒を守ることを誓い、仏道を歩む者の名前です。
Q9. お葬式には、どんな意味がありますか?
亡くなった方の霊魂を、無事に死後の世界へ、仏の世界へ送り届けることです。
お葬式は、残された者のためではなく、 亡くなられた方のためのものです。
もちろん、残された者にとっても大切ですが、 第一には、亡くなられた方のためです。
何も心配することはありません。 仏様におまかせしてしまえばよいのです。
遍照寺の御本尊、 百光遍照王・紅頗梨色阿弥陀如来と 不動明王様が、面倒をみてくださいます。
われらみな、仏の子です。
「阿字の子が阿字の古里 立ち出でて、 また立ち返る 阿字の古里」
意味:
阿字(あじ) ― 大日如来を象徴する梵字の最初の音。宇宙の根源、すべてのものの始まりを意味します。
阿字の古里 ― 大日如来の住む清らかな世界、すなわち悟りの境地や宇宙そのものを指します。
阿字の子 ― 「阿字」から生まれた私たちすべての存在、衆生のことです。
私たちは、大日如来の子として生まれ(立ち出でて)、 最期には、また大日如来の元へ帰ります(立ち返る)。
「ここ・今・私」をしっかり生きてください。
元気なうちに
動けるうちに
なすべきことをなし、 楽しい人生を送り、 周りの人々に「ありがとう」を伝えてください。
死後のことは、仏様におまかせしてしまえばよい。
今、この瞬間を、 ここで、 あなた自身が、 しっかり生きる。
これが、最高の終活です。
遍照寺は、いつもあなたと共に歩いています。
無常なることは、時を問わず、人を選ばず
死は、いつ訪れるか分かりません。 誰にでも、必ず訪れます。
霊魂の存在と死者儀礼
霊魂の存在を信じることなしに、 死者儀礼・追善供養は成立しません。
弘法大師の御詠歌にあります
**「阿字の子が阿字の古里 立ちいでて また立ちかえる 阿字の古里」**
人はみな、大日如来(阿字)の子として生まれ、 最期には、また大日如来の元へと帰って行きます。
浄土への帰還
亡くなられた方は
- 大日如来の世界・密厳国土
- その西方にある阿弥陀如来の安養浄土・極楽世界 へと帰ります。
この世こそが浄土
密教では、「此処即浄土」と説きます。 この世こそが浄土であり、 亡くなられた方は、残された人たちと同じ空間を生き続け、 見守ってくださいます。
引導を渡す ― 浄土への導き
**「引導を渡す」とは** 僧侶が、亡くなられた方を、 迷界から浄土へと導く儀式です。
死後、何を目標に生きてゆくかを示します。
葬式は誰のためのものか
**葬式は、残された者にとっても大切ですが、**
**第一には、亡くなられた方のためのものです。**
戒名 ― 仏弟子となる
葬儀において
- 剃髪し、
- 戒を守ることを誓う名前(戒名)を授かり、
- 仏弟子となります。
成仏への道
**すぐに成仏できる方** 他者のために自分の命を犠牲にしたような、 一生を過ごした方は、死後すぐに成仏できます。
**普通の方** それなりの時間をかけて、 来世で修行を積み、 貪瞋痴の三毒・執着から離れ、 成仏を目指します。
日本の伝統的来世観では、 霊魂が個性を失い、祖霊の一員となることです。
追善供養 ― あの世で修行中の家族を応援
遺族は、 あの世で修行中の家族を応援する、 **追善供養**を施します。 これは、遺族が功徳を積むことでもあります。
「冥福を祈る」とは
** **冥途(あの世)の幸福を祈ること**です。
四十九日 ― 中陰・中有
人が亡くなると、 死後七週間(四十九日、中陰、中有)、 あの世とこの世の間をさまよいます。 七日ごとに計七回にわたり、 閻魔大王をはじめとする十王から、 生前の行いに対する裁きを受けます。
裁きとは
実は「応援」でもあります。 十王は、亡くなられた方が成仏できるよう、 導いてくださる存在です。
四十九日目で、転生する世界が決まるとされています。
満中陰忌(四十九日)後
百ヵ日
壱周忌
三回忌(最後の閻魔王)
阿弥陀如来の摂取不捨の済度、 つまり本地仏様の加護と功徳力により、 業苦を洗い落としていただき、 清浄土に到着となります。
その後の修行
十七回忌 修行が進展し、大空位に遊歩します。
五十回忌 すべての執着から離れ、成仏が完成いたします。
「静かにお眠りください」の意味
**「静かにお眠りください」という言葉は、** **「安らかにお過ごしください」という意味です。** 煩悩に悩まされることがなくなるので「安養」であり、 あの世の「安楽」とは、 大慈悲心を発し、利他行に尽くすことです。
日本の死生観
― 先人の智慧 日本古来の来世観・神道・儒教・仏教が融合された、 先人の智慧が、鎮魂に大切かつ必要です。 僧侶は日々、これに取り組んでおります。
**何も心配することはありません。**
**仏様におまかせしてしまえばよいのです。** 「ここ・今・私」をしっかり生きて、 なすべきことをなし、 人生を楽しく送り、 周りの人々に「ありがとう」を伝えましょう。
**遍照寺は、いつもあなたと共に歩いています。**
本地仏 閻魔十王 廻り目忌日・年忌
不動(ふどう)明王 閻魔(えんま)秦(しん)広(こう)王 初七日忌哭添(こくてん)忌
釈迦(しゃか)如来 初江(しょこう)王 二七日忌経分(きょうぶん)忌
文殊(もんじゅ)菩薩(ぼさつ) 宗(そう)帝(てい)王 三七日忌光喜(こうき)忌
普賢(ふげん)菩薩 五官(ごかん)王 四七日忌阿(あ)経(きょう)忌
地蔵(じぞう)菩薩 閻魔(えんま)大(だい)王 五七日忌小練(しょうれん)忌
弥勒(みろく)菩薩 変成(へんじょう)王 六七日忌檀(だん)弘(ぐ)忌
薬師(やくし)如来 泰(たい)山(さん)王 満中(まんちゅう)陰(いん)忌大練(だいれん)忌
観音(かんのん)菩薩 平等(びょうどう)王 百ヶ日忌卒哭(そっこく)忌
勢至(せいし)菩薩 都市(とし)王 一周忌小祥(しょうしょう)忌
阿弥陀(あみだ)如来 五道転(ごどうてん)輪(りん)王 三回忌大祥(だいしょう)忌
「宝珠羯磨文様横被」仁和寺 鎌倉時代
大光明を放つ その光明は紅頗(ぐは)梨(り)色(しき)なり そして遍く十方世界を照らす 斯かる光に遇って照らされる者は、罪障が消滅し、 皆、苦しみを離れることを得ない者は無しー『無量寿如来供養作法次第(或云紅頗梨秘法』(本尊紅頗梨色阿弥陀如来のお経) ~~~結果を示す
百光遍照観(寺名―百光山遍照寺) ~~~実践を示す について簡単説明
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【不捨於此身】
私たちはこの身を捨てません。死後を待ちません。来世を待ちません。今、ここで、この身のまま、仏になります。これが即身成仏です。
【逮得神境通】
三密加持により神境通を得ます。一つの光が百の光になります。 私から放たれる百の光。 これが百光遍照の力です。
【遊歩大空位】
法界を自由に歩みます。東西南北、上下、過去現在未来、すべての時空を自在に遊歩します。大光明を放ち、遍く十方世界を照らします。
【而成身秘密】
身体そのものが仏の秘密となります。私の存在全体が大日如来と一体です。
【紅頗梨色の光明】
その光明は紅頗梨色です。赤(肉身)と白(仏)が一つになった色。この身のまま仏。これが紅頗梨色の意味です。
【絶対的な救済】
その光に照らされる者は 罪障が消滅し 苦しみを離れます。例外はありません。すべての衆生が救われます。
「斯かる光に遇って照らされる者は 苦しみを離れることを得ない者は無し」
【あなたも今】この百光の中にいます。大日のひかりが あなたを照らし あなたのひかりが 衆生を照らします。照らされた者が 照らす者となる。
これが百光遍照
これが重々帝網
これが即身成仏
大安楽とは『大悲萬行』に尽くす
これが百光遍照の道 即身成仏は 自分の完成ではない 衆生済度の始まりである
「ここ・今・私」 今日も 目指し 警戒し 尽くす 明日も その次も 永遠に これが仏道 これが遍照寺の道
やさしい表現
この世で生きてこられた、そのままのお姿で、仏さまの世界へ光の中へと、安らかに還られました。
今は、大きな空のような仏のはたらきの中を、自在に行き来し、この身そのものが、仏さまの身となったのです
(「亡くなられたから仏になる」のではありません。生きてこられた、その身そのものが、すでに仏のはたらきに包まれていた、それを今、私たちが静かに確かめているのです。)
明王堂(護摩堂)
福満愛染明王(天弓愛染)
愛染十七尊曼荼羅
如法愛染法・金剛王菩薩儀軌
大満願成就
線から全てが愛染明王の真言(梵字)で描かれています
空前絶後
前代未聞
梵字愛染明王
線から全てが愛染明王の真言(梵字)で描かれています
愛染十七尊曼荼羅・梵字愛染明王ともに当山第二世淸嚴大和尚畫
石仏愛染明王
愛染明王真言 「オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク」
「ウン・タキ・ウン・ジャク」 (Hūṃ ṭaki Hūṃ jaḥ) 「ウン・シッチ」 (Hūṃ Siddhi)
「一珠、百光 ― 世界を照らす重々帝網」 「あなたのひかりが、わたしを照らし、世界を満たす」
御詠歌の壮大で象徴的なイメージ~ 複数の宝珠が光を放ち、互いに輝き合う様子を描くーーー「重々帝網」の世界
この御詠歌は、愛染明王の救済のあり方を非常に具体的に、かつ詩的に表現しています。遍照寺の福満愛染明王の功徳を、視覚的で美しい言葉で表現し、訪れる人々に「愛染明王の智慧の光は、どんな煩悩も清らかな悟りへと転じさせ、あなたのすべての願いを速やかに叶えてくれる」という力強いメッセージを伝えているのです
まとめ(御詠歌の構造)
• 福満 … 功徳充満、五福が満ちる基盤。
• こがねのやたば … 煩悩を射抜く智慧の矢束(五種(修)法の統合)。
• とびきたり … 速疾の救済、加持の力。
• あまねくてらす … 遍照、大日の働き。
• たまのかがやき … 宝珠の光、最終的な大満願成就。
御詠歌は「五種(修)法の起(矢束)→承(飛来)→転(的中・遍照)→結(宝珠の輝き)」の流れを凝縮しており、愛染明王の本質=煩悩即菩提、愛欲即菩提を象徴的に示しています。
各句の詳しい解説と関連する用語
「福満の」
この句は、愛染明王の尊称である「福満」を冠しています。「福」は単なる幸福だけでなく、護摩修法で祈願する五福、すなわち福寿(息災安全)、福利(招運繁栄)、福縁(諸縁円満)、福勝(怨敵退散)、福成(満願成就)を指します。愛染明王の力によって、これらの五つの福が満ち溢れることを表現しています。護摩修法の種類 五種(修)法 息災・増益・敬愛・調伏・鉤召より 五福無尽円(成)満 全ての願いをかなえます。大満願成就を果たします。 「福徳が満ち満ちる」の意は、愛染は欲・愛を嫌わず、その力を菩提へ転ずる煩悩即菩提、愛欲即菩提を象徴的に示しています。
護摩修法と「五福無尽円満」
密教における修法の基本は五種(修)法:
1. 息災法 … 災いを鎮め、寿命を延ばす(福寿・息災安全) 五鈷杵・五鈷鈴
2. 増益法 … 福徳を増やし、繁栄を招く(福利/福徳・招運繁栄) 宝瓶
3. 敬愛法 … 人々の心を和し、縁を結ぶ(福縁・諸縁円満) 定弓・慧箭
4. 調伏法 … 邪悪・怨敵を調伏する(福勝・怨敵退散) 右手未敷蓮華 左手空拳
5. 鉤召法 … 必要な縁・人・福を引き寄せる(福成/福智・智慧・満願成就) 五鈷鉤
これらが相互に循環し、五福無尽円満となります。つまり、一つの修法に偏らず、愛染明王の加持を通して「すべての願いは相互に満ち合い、最終的に大満願成就に帰す」ということです。
「こがねのやたば」(黄金の矢束)
五種(修)法の功徳が束となり(矢束)ます。
「こがね」は「黄金」、つまり金色の光を放つ輝きを指します。「黄金」は貴さと不壊(ヴァジュラ)の徳。慈悲の働きが力強く確実であることを示します。 「やたば」は、愛染明王が手に持つ弓と箭(矢)の象徴であり、「人心を結び、諸縁を和合させる敬愛のはたらき」を示します。
•浄菩提心(煩悩を断ち、悟りを求める心)を示す五鈷(五智如来の智慧を表す)が鏃(矢じり)となっています。
•この箭が放たれる(飛び来たる)ことは、衆生の煩悩や迷いそして厭離心(逃避)を射抜き「化他降魔の義」、仏の智慧の光に変えることを意味します。また、「敬愛速疾の義」、つまり速やかに敬愛の心をもたらす、衆生の心を引き寄せる愛染明王の功徳を表しています。 愛染明王の矢は、私たちの煩悩を打ち消すためのものではありません。むしろ、私たちの心にある愛や情熱といったエネルギーを、悟りへと向かう方向へと導くための光の矢なのです。
一本の矢でなく束であるのは、多様な衆生のそれぞれの縁に的確に届く方便の多さ、五欲・五智などの複数象徴を束ね、煩悩即菩提の統合を示唆します。衆生の本有倶生の欲染を直ちに浄菩提心の金剛薩埵の染愛三昧の化身とし、これを愛染明王とします。
宮沢賢治の詩「いちょうの実」にある「黄金の矢」の描写、「光(ひかり)のたばが黄金(きん)の矢(や)のように一度(ど)にとんできました」は、まさにこの「こがねのやたば」のイメージと重なります。遍照寺の愛染明王の縁樹がイチョウであることからも、この御詠歌がイチョウの実が黄金色に輝き、風に舞い散る様子を、愛染明王が放つ黄金の箭に重ねて詠んでいることが分かります。
「とびきたり」
「飛び来たる」は、愛染明王の箭が、時空を超えて速やかに、分け隔てなく人々のもとへ届く様子、願い・祈りに即応して働くという迅速性(「速疾力」)を表しています。この箭は、単なる物理的な矢ではなく、愛染明王の慈悲の力そのものです。人々の心にある「本有倶生の欲染」(生まれながらに持つ根源的な煩悩)を射抜き、それを清らかな「浄菩提心」へと転化させる働きを、この一言で表現しています。仏の力が衆生に「加えられる」(加)と、衆生がその力に感応し「受け止める」(持)という、密教の重要な概念である「加持」を、この一句が凝縮して示しています。
「あまねくてらす」
「あまねく」は「すべてにわたって、広く」という意味です。愛染明王の光が、この世のあらゆる場所に、すべての人々に平等に降り注ぐ様子を表しています。この光は、煩悩の闇を払い、人々の心を明るく照らします。明王は応現の姿で、衆生の呼びかけにただちに到来します。個別の願い(弓矢の到来)から、全方位の救済(光の普遍化)へと広げています。
「遍照」は大日如来の別名。遍照寺の寺号と掛詞になり、本地(大日)—垂迹(愛染)の関係
「たまのかがやき」
「菩提心 おこすは仏の 母なれば これをはなれて さとりなるなし」ー『大乗本生心地観経』の巻第三(報恩品) 「菩提心は道場の大種子なり」ー高野山御詠歌集
「たま」は「玉」、つまり宝玉や真珠の輝きを指します。最高の摩尼宝珠『浄菩提心』(如意宝珠の光。所願成就の象徴であると同時に、真言宗では菩提心そのものを珠に譬えます)の輝きは、仏の智慧や慈悲の光、そして満願成就という最も尊い結果を象徴しています。愛染明王の救済によってもたらされる、五福が無尽に円満となる大満願成就の光景を美しく表現しています。また一つの珠の輝きが百々に分光して世界を満たす(百光山)――個の祈りが普遍の利益へ展開していきます。
「一珠が百 百がまた千に ひろがりて み仏の道に 入るぞうれしき」ー豊山派「青年会詠歌集」の「珠の功徳」
「一珠、百光 ― 世界を照らす重々帝網」「あなたのひかりが、わたしを照らし、世界を満たす」
一切の他者は自己である 【華厳語(帝網詩)】
「一尊、万光 ― 法界を遍照する大日曼荼羅」「大日のひかりが、わたしを照らし、わたしのひかりが、衆生を照らす」
一切の衆生は如来である 【真言語(曼荼羅詩)】
一珠、百光。一尊、万光。わたしは帝網の一珠、同時に曼荼羅の一尊。
あなたがわたしを照らす光は、大日の光であり、帝網の全体が返した響きである。
わたしが世界を照らす光は、大日の智であり、一切の衆生を内に具する光である。
一珠は全網を映し、一尊は全法界を顕す。
あなたはわたし、わたしはすべて。
一切の他者は自己にして、一切の衆生は如来である。
【重々帝網と即身成仏 ― 一珠百光の世界】
--- 重々帝網の思想 『華厳経』の因陀羅網(帝釈天の網)
無数の宝珠が網の目に輝き、 一つの宝珠が、他のすべての宝珠を映し出す。 映し出された宝珠の中にも、またすべての宝珠が映っている。
重々無尽 ― 重なり合い、尽きることがない。
--- 一珠百光
一つの宝珠(一珠)が光ると、 周りのすべての宝珠(百光)が光る。 あなたの光が、わたしを照らし、 わたしの光が、また誰かを照らす。 こうして、世界があたたかく満たされていく。 これが「一珠百光」であり、「重々帝網」です。
--- 即身成仏と重々帝網
即身成仏は、自分一人の完成ではありません。 衆生済度の始まりです。 一人が菩提心を発し、即身成仏すると、 その光が他の衆生を照らし、 他の衆生も菩提心を発する。
**一人の成仏が、すべての成仏を引き起こす。**
これが、重々帝網の即身成仏です。
--- 相互依存と相互照明
即身成仏は、孤立した個人の達成ではありません。 諸仏菩薩の願力、 法界の力、 出会うすべての人々によって、 支えられ、育てられ、導かれています。
「悉皆我師」― すべてが我が師。
一人ひとりが宝珠であり、 互いに映し合い、互いに照らし合っている。 これが、重々帝網の世界です。
--- 曼荼羅と浄土
すべての宝珠が輝くとき、 網全体が光の世界となります。 一人ひとりが即身成仏するとき、 ここが極楽浄土、密厳国土となります。
**此処即浄土。** これが、重々帝網の顕現であり、 百光遍照の世界です。
--- あなたも一珠 あなたも、重々帝網の一珠です。
あなたの光が、誰かを照らし、 誰かの光が、あなたを照らす。
今日も、菩提心を発し、 即身成仏を目指し、 大悲萬行に尽くす。
あなたの光が、世界を照らし、 世界があたたかく満たされていく。 これが、重々帝網の即身成仏です。
『天弓愛染』の姿は、経典に記されている「衆星の光を射るが如し(しゅうしょうのひかりをいるがごとし)」という表現を仏像として具現化したものです。
星の光を捉え、人々が抱える煩悩や欲望を正しい方向へ導き、願いを成就させる力を持ちます。
弓は「欲望を調御する智慧の働き」・矢は「煩悩を貫き浄化する方便」
その矢はしばしば「五色の光明」を放ち、衆生を射抜いて救済するとされ、人と人、師と弟子、仏と衆生を結ぶ「縁結びの明王」として信仰されます。
「重々帝網(じゅうじゅうたいもう)」**という華厳経の深い教え(「重々帝網」とは、帝釈天の宮殿の天井に張り巡らされた網のことで、その結び目には一つひとつが宝珠(たま)であり、すべての宝珠が互いを映し合い、その中に他のすべての宝珠の輝きが映り込んでいるという概念です。これは、宇宙のすべての存在が互いに影響し合い、無限の関係性の中で光り輝いている様を象徴しています)が含まれています。
あまねくてらす: これは、愛染明王の智慧の光が、分け隔てなく、無限に広がり、私たち一人ひとりを照らしている様を表しています。この光は、愛染明王という一つの宝珠から放たれた輝きです。
たまのかがやき: この「たま」は二重の意味を持ちます。一つは愛染明王の智慧そのものであり、もう一つは、その光を受けた私たち一人ひとりの心に宿る仏性(菩提心)の輝きです。
愛染明王の光を受けた私たちの心もまた、一つの「たま」となって輝きを放ちます。その私たちの輝きが、今度は隣にいる人、さらには世界中の人々を照らし、無限の「光のネットワーク」を形成していくのです。愛染明王の加持によって、私たち一人ひとりが菩提心という宝珠の輝きを放ち、その輝きが互いに連鎖し、「重々帝網」のようにこの世全体が光に満たされていく様を歌っています。これは、煩悩を抱えたこの身のままで、仏と同じ悟りの境地に至る「即身成仏」という未来の成就を力強く示唆しているのです。
愛染明王がただ願いを叶える存在ではなく、私たち自身が光り輝き、他者をも照らす存在へと変わっていくことを促す、深い教えが込められた歌なのです。―菩薩の利他行ー菩薩(ぼさつ)の用心(ようじん)は皆(みな)、慈悲(じひ)を以(もっ)て本(もとい)とし、利他(りた)を以(もっ)て先(せん)とす
次に、愛染明王の教えである「煩悩即菩提」のプロセスの視点からー動的な映像として描く
1.欲・愛(矢)は、煩悩として執着すれば苦しみとなりますが、愛染明王の力(矢)によって方向づけられれば、悟り(菩提)へと向かう強力なエネルギーに変わります。
2.祈りによって、愛染明王の矢が心に届くと(発心)、心中の宝珠(菩提心)が自ら輝き始めます(自受用)。
3.その光は、自分自身だけでなく、人間関係、地域、そして世界へと遍く広がり、他者をも照らす慈悲の光となります(他受用)。
この「飛来する矢」から「胸中の宝珠」へ、そして「遍く照らす光」へと展開する流れは、個人の祈りが普遍的な利益へと昇華していく、密教の教えを分かりやすく示しています。
内発→外照の道程を、飛来→遍照の二画面で描いています
寺号との呼応
• 矢束=心を結ぶ力(敬愛):明王院の力強さ
• 宝珠=成就と智慧(増益):百光山の光
• 遍照(個の願いが普遍の光へ):遍照寺の慈悲
三尊合行法が示す「曼荼羅乃里」
「入りの宝船」:船に積まれた宝とは、福満愛染明王が授ける「浄菩提心の玉」です。
掲載の軸図からわかりますように、宝瓶を龍(不動明王)が取り巻いています。
💁 御詠歌を唱えるときの観想ガイド(簡易) の例
合掌一礼。静かな呼吸で。
1句「福満の」:紅蓮華座の愛染を正面に観る。
2–3句「こがねのやたば/とびきたり」:胸の中心に黄金の光の矢がやさしく届き、不安・孤独・怒りを解きほぐすと観ずる。
4–5句「あまねくてらす/たまのかがやき」:胸中の宝珠が円光を放ち、自他の幸せと調和が広がると観ずる。最後に一呼吸、光を百光に分けて周囲へ。
御詠歌を唱える際は、愛染明王の黄金の矢が自分自身に届き、心に宿る宝珠が輝き出し、その光が周囲を照らす(「飛来する矢」→「胸中の宝珠」→「遍く照らす」)という流れを心に描けば、愛染明王の福満の功徳をより深く感じることができ、福満の働きが、日々の暮らしに具体的な手応えとなって現れてきます。
人生への適用(例えば)心を柔らげる(矢の調御)。次に「相手も宝珠を宿す」と観じ、言葉を選ぶ。
先が見えない → 宝珠の光を今日の一歩(連絡一本、片付け15分、散歩10分)へ照らす。小成就の反復が福満を招く。
仕事・経営 → 「矢束=複数の手立て」。一点突破に固執せず、三つの代替策を同時に走らせ、どれかが当たれば珠が分光する、と構える。
愛染明王とは―密教大辞典より一部分 詳細は密教大辞典へ
有情悲済の御心深く、愛敬至情を本誓とし、王者の三昧に入り給うが故に、凡聖不二の証しを表し、衆生の愛欲貪染をそのままに、浄菩提心と成して、煩悩即菩提 即事而真の教益を示したまう
真霊験顕かなること 衆星の光にも似て限りなく、何処と雖も忽然と現れ、其の威徳盛んにして、譬うもの無し
明王の慈悲衆生界に遍く、熾盛日輪に住し勇健の菩提心示したまうも、その効能は、光の箭を射るが如く、忽ちに衆生有情に吉祥を恵ませ、満足為さしめ給う
施宝の尊なれば、願うがままに宝を授ける
いちょうの実といちょうは、仏教では象徴的な意味を持っています。いちょうの実は、仏教の教えに従って生きることで得られる智慧や悟りを表しています。いちょうは、仏教の四諦(四つの真理、「苦諦」「集諦」「滅諦」「道諦」)に基づいて、苦しみの原因と解脱の道を示しています。いちょうの葉は、苦しみの原因である欲望や無知を切り捨てることを意味し、いちょうの枝は、苦しみから解放されることを意味します。また、いちょうは、仏教の三宝である仏・法・僧にも対応しています。いちょうの幹は、仏陀の尊厳や慈悲を表し、いちょうの花は、仏法の華やかさや清浄さを表し、いちょうの実は、僧伽の結束や調和を表します。したがって、いちょうの実といちょうは、仏教的な視点から見ると、人間の生き方や目的に関する深い教えを含んでいると言えます
また、仏教の輪廻の思想と共通しています。 宮沢賢治の詩「いちょうの実」を参照しても、
いちょうの実が木から落ちて、風に吹かれてさまようように、私たちの魂も生まれ変わり、さまざまな世界を旅します。
いちょうの実たちが、母親であるいちょうの木から旅立つことを決意するのは、私たちが、親や故郷から離れて、自立していくことを意味します。
いちょうの実たちが、旅立つ前に、母親に別れを告げるのは、私たちが、親や故郷への感謝の気持ちを忘れずに、旅立つことを意味します。
いちょうの実たちが、旅立った先で、さまざまな経験をするのは、私たちが、人生の中で、さまざまな苦難や喜びを経験することを意味します。
いちょうの実たちが、いつか、また母親のもとに戻ってくるのは、私たちが、いつか、また親や故郷に戻ってくることを意味します。
こがねのやたば とびきたり
百色百光清浄土に到るなれば、
どうぞ、曼荼羅の里に「遊歩」ください ともに歩みましょう
愛染明王
種字読み方 コク
種字読み方 カーン
元旦 福満愛染明王護摩
節分 烏枢沙摩(うすさま)明王護摩
3月~11月の28日 まもり不動尊護摩
不動明王三鈷剣(文殊三昧耶形利剣)
波平安行之作
「平将門の乱に於て追討退治に大きな加持力が働いた」謂れあり 生駒聖天宝山寺の中興開山湛海(律師 )大和尚に御縁あり
お顔は見えません
不動明王真言
心咒・慈救咒:じくのしゅ
「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」
小咒(一字咒)「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」
大咒(火界咒)「ノウマク サラバタタ ギャティビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」
烏枢沙摩明王(別名火頭金剛)――火光三昧力――
紅頗梨色阿弥陀如来 の子ども(教令輪身)である不動明王の分身(所変)とする 形像は右手 三鈷剣・右下手満願印・左手赤索(索盤蛇に似る)・左下手寶数珠 頭上に白竜・胸前二赤竜の交差・四手二足に青竜の計九竜 火炎怒髪 火炎光 小咒「オン クロダノウ ウンジャク ソワカ」 解穢真言 「オン シュリ マリ ママリ マリ シュシュリ ソワカ」
まもり不動尊(不動明王)護摩の修法は息災 袈裟の色は白色ー火生三昧(かしょうざんまい)ー
この歌は、仏教の教えである「空」と「有」を、夕暮れの松原の光景に重ねて詠んだものと解釈されます。
「空」とは、すべては空であり、実体はないという教えです。これは、現実の世界は、私たちの思い込みによって生じた幻想であるという考えです。
「有」とは、すべては実在しているという教えです。これは、現実の世界は、仏の慈悲によって創り出された真実であるという考えです。
この歌では、夕暮れの松原の光景が、空と有の両方の側面を象徴しています。
夕暮れの松原は、夕陽に照らされて、金色に輝きます。この光景は、空の側面を表しています。夕陽は、私たちの思い込みを消し去り、真実を照らし出すものとして解釈されます。
また、夕暮れの松原は、夕空に浮かぶ雲に映って、さまざまな形に見えます。この光景は、有の側面を表しています。夕空に浮かぶ雲は、仏の慈悲によって創り出された世界を表すものとして解釈されます。
夕陽に照らされて金色に輝く松原は、空の側面を表す「智慧」を表しています。夕空に浮かぶ雲に映ってさまざまな形に見えるのは、有の側面を表す「方便」を表しています。
夕暮れは、私たちが現実の世界から解脱する時間であり、松原の金色の光は、解脱した先にある真実の世界を表しています。
密教における方便(ほうべん)は、単に「手段」を意味するだけでなく、仏が衆生を救済するために用いる、あらゆる智慧と慈悲に満ちた巧妙な教えや方法を指します。
1. 方便の二つの側面
衆生の機根(きこん)に応じる側面: 衆生はそれぞれ、理解力や能力、心の状態が異なります。仏は、その一人ひとりの特性(機根)に合わせて、最適な教えや修行法を示します。これが方便の基本的な考え方です。例えば、怒りの感情が強い人には、不動明王のような憤怒の形相を拝ませることで、その怒りを悟りのエネルギーに変える方法を教えます。
真理を象徴する側面: 曼荼羅や仏像、真言(しんごん)などは、言葉では表現しきれない深遠な宇宙の真理を、目に見える形や音として象徴的に表したものです。これらもまた、方便です。行者は、これらの象徴的な「道具」を用いることで、真理を体感し、悟りへと近づくことができます。
2. 密教における主な方便
密教では、以下のようなものが方便として用いられます。
曼荼羅(まんだら): 宇宙の真理や仏の世界を視覚的に表現したものです。
真言(しんごん): 大日如来や諸仏の真理を凝縮した神秘的な言葉。
印相(いんぞう): 仏の智慧や悟りを象徴する手の形。
行法(ぎょうほう): 瞑想や護摩(ごま)など、悟りを目指すための具体的な修行方法。
これらの方便は、すべてが「自らが仏である」という真理に気づかせるための「手段」であり、目的そのものではありません。
3. 「方便」と「究竟」の関係
密教の教えは、「方便(手段)」と「究竟(くきょう/最終的な目的)」の関係で理解されます。
方便: 上記の行法や象徴など、悟りに至るためのあらゆる方法論
究竟: 究極の目的である「即身成仏」、すなわちこの身のままで仏となること。
つまり、方便は、迷いに満ちたこの世(俗諦)から、真理に満ちた悟りの世界(真諦)へと私たちを導くための橋渡し役を担っているのです。
次に密教の解釈を加えていきます
この御詠歌は、百光山明王院遍照寺の御詠歌であり、「息災」の御利益を持つ通称・『まもり不動尊』を讃える歌です。一見すると、美しい夜の風景を描写した歌のように見えますが、密教の深遠な教えが時間軸に沿って重層的に織り込まれています
1. 過去 (仏との出会いと「菩提心」の発露)
「ふくしまや 濱の松原」という句は、単なる地理的な場所を指しているだけでなく、私たちが仏教と出会った場所、そして菩提心(悟りを求める心)が芽生えた場所を象徴しています。
・ふくしまや:この寺がこの地にできたときは福島という地名で裏の海は『面白が浜』という松林でした「福島の」という言葉には、「福が満ちる」「幸せがくる」という吉祥的な意味合いが込められています。この地で仏に出会うこと自体が、私たちにとって大きな幸運であることを示唆しています。
祝福(福)の「島」と、常磐(ときわ)の「松」・松は常緑=不変の誓願(菩提心)。変わらぬ護りと清涼の景色をとおして、まもり不動尊の働きを映します。※特定の地名を超えて、霊地の象徴としても読めます。
「濱の松原」は、日本の伝統的な美しい風景であり、多くの歌や文学作品に登場します。この情景は、自然の厳しさや美しさ、そしてどこか物悲しい風情を連想させ、後続の「さよふけて」へとつながる序章となっています 風に吹かれ、波に洗われる過酷な環境でも常に青々としている松は、不変の仏性や揺るぎない誓願(菩提心)を象徴します。この松原に立つことは、煩悩の波にさらされる現実世界にあっても、仏の教えに触れ、悟りを求める心が芽生えることを意味します。 この句は、仏の教えとの出会いを通して、私たちが悟りへの第一歩を踏み出した、過去の重要な瞬間を描写しているのです。
2. 現在 (不動明王の「加持」と「息災」)不動明王の羂索(けんさく=慈悲)が“荒ぶる波”を繋ぎ止め、利剣(智慧)が煩悩の根を断ち切る。
「さよふけて あまねくてらす のりのつきかげ」という句には、不動明王の「加持」の働きと、その御利益である「息災」の力が凝縮されています。
さよふけて:「夜が更けて」という言葉は、私たちの心が深い夜の静寂迷いや不安、煩悩という闇に覆われている状態を象徴しています。私たちが苦しみの中にいるその時にこそ、不動明王の働きが真に意味を持ちます。夜の深まり=内観が澄むこと。感情の波が静まるほど、三密(身口意)の行が染み込む“時”。息災が最も働きやすい“心の気象条件です
のりのつきかげ(法月影):「のり」は「法(ほう)」のことで、仏教の教え、特に不動明王の慈悲と智慧を指します。遍照=大日如来の光。不動明王は大日如来の忿怒身。火焔の明るさ/月影のやわらかさ――同一の「闇を祓う智慧」の二相。「つきかげ」は月の光のこと。満月のように煌々と輝く光ではなく、静かで慈悲深い月の光として表現しているのが特徴です。夜が更け、松原に降り注ぐ月光は、俗世から離れた静寂な境地、つまり仏が自ら悟りの喜びを享受している姿を暗示しています。この悟りの喜びこそが「自受用」です。 不動明王の教えは、激しい怒りの姿で迷いを断ち切るだけでなく、静かな月光のように、慈悲の心で優しく人々の心を照らし、安らぎ・穏やかで静かな救済を与えるものだと示唆しています。
月影は差別なき平等智。光は誰彼なく照らす―「あまねく」は「すべてに、広く」という意味です。月光が特定の場所だけでなく、松原全体、ひいては世のすべてを分け隔てなく照らすように、仏の教え(法)もまた、一切の衆生に平等に施されます。 ―これが息災の奥義。この「法の月の光」こそが、不動明王の大悲の光明です。月光は太陽の光を反射するように、不動明王の光明は大日如来の智慧の光を私たち衆生に届けてくれます。この光は、分け隔てなく、あらゆる場所を「あまねくてらす」ことで、私たちの心の闇を打ち払い、煩悩を鎮めてくれます。個人的守護(まもり)にとどまらず、苦しむ人々を救うために慈悲の光を広げる「他受用」の働きです。 周囲一切を安穏へ導く利他がすでに含意されています。
この光が私たちに降り注ぐことが、密教でいう「加(か)」、すなわち仏の慈悲が衆生に与えられることです。そして、私たちがその光を受け止め、心の闇が晴れることが「持(じ)」、すなわち衆生が仏の力を保持することです。この「加持」の働きによって、私たちは心身の苦難から解放され、「息災」という平安な状態を得ることができるのです。 火(護摩炎)と水(月影・潮騒)の調和は、「忿怒と慈悲の一味」という密教的美学を言外に伝えてくれます。
3. 未来(悟りへの道と「即身成仏」)
この御詠歌は、単に御利益を願う歌で終わるのではなく、最終的に「即身成仏」という未来の成就を示唆しています。
不動明王の光明(法月影)は、私たちの心の闇を照らし続けることで、私たちの中に本来備わっている仏性(菩提心)を呼び覚まし、育んでくれます。この歌は、その加持の働きを絶え間なく受け続けることで、いつの日か私たちが不動明王と同じ境地に達することができるという希望を示しているのです。
「月かげ」という言葉が象徴するように、悟りへの道は一足飛びに進むものではありません。夜空を静かに照らす月のように、不動明王の加持は静かに、しかし絶え間なく私たちを照らし続け、日々の生活の中で少しずつ、しかし確実に悟りの境地へと導いてくれます。
この御詠歌は、過去(菩提心の発露)、現在(加持と息災)、そして未来(即身成仏)という時間の流れを凝縮して表現しています。私たちが迷いの闇にいる時、不動明王の法月影は常に私たちを照らし、悟りへの道を照らし続けているという、力強く、そして慈悲に満ちたメッセージを伝えているのです。
まとめ もう一度
まず、「ふくしまや 濱の松原 さよふけて」という前半は、具体的な場所(福島)と、夜の松林という情景を通じて、私たちが直面する苦悩や不安を表現しています。夜の闇は、現代でいえば、病気、人間関係の悩み、災害など、人生のあらゆる困難の象徴です。
そして、「あまねくてらす のりのつきかげ」という後半で、その闇を打ち破り、月光は火や日光よりも冷静で反映的な光で、物事の真相をやさしく、しかし確かに見せる性質安らぎを与える不動明王の慈悲の光が示されます。不動明王が持つ剣は煩悩を断ち切る象徴であり、背後の炎は迷いを焼き尽くす力ですが、この御詠歌では、月の光にたとえることで法の光を世界に広げる働き、穏やかで静かな救済の側面を強調しています。不動明王は「破(煩悩を断つ・剣)」「攝(縛る・羂索)」「焼(煩悩を焼く・火)」の三つの働きで衆生を救う。
この詠歌では、直接的な火や剣の描写はないが、夜闇(煩悩・迷い)を「法の月影」が照らすことで、不動の護持(守り)が成就するという形で表される。つまり、猛々しい救済作用(不動)を、法の優しい光が包む
不動(火・剣・羂索の猛々しい側面)と対照的に、静かな智慧の光が夜の松原を照らす――この二つが合わさって「護り」と「導き」が成り立ちます
「人生の苦悩(夜の闇)に直面したときでも、遍照寺のまもり不動尊の分け隔てない慈悲の教え(法の月影)が、全ての人々を広く照らし、導いてくれる」**という深いメッセージを伝えています。
この歌は、遍照寺を訪れる人々に、不動明王の力が常に共にあること、そしてどんなに深い闇の中でも希望の光が必ず差し込むことを、静かに語りかけているのです。
三尊合行法が示す「曼荼羅乃里」
追記
松風の里に吹く「息災」の風「菩提心」の宝船
掲示写真にあるように、福島には本堂に向かって枝を伸ばす特別な松があります。この松は、まるで宝物を載せた船が岸に着くような姿をしているため、「入りの宝船」と呼ばれています。
この「宝船」は、単なる縁起物ではありません。仏教の教え、特に密教の深い意味を象徴しています。
宝船の「宝」:船に積まれた宝とは、福満愛染明王が授ける「浄菩提心の玉」です。
宝船の「帆」:この船の帆には、まもり不動尊の最大の御利益である「息災」の文字が大きく書かれています。不動明王は、あらゆる災難や魔を打ち砕く力を持つ仏です。この「息災」の風は、私たちの身に降りかかる病気、災い、心の迷いといったあらゆる「災い」を打ち払い、私たちを安らかで清らかな状態へと導く力を持っています。
この「息災」の風に乗り、不動明王と龍(不動明王の化身)の力を借りて大悲の岸へ渡る、とは、日々の生活の中で遭遇する苦難や煩悩を乗り越え、大日如来の慈悲の光に満ちた浄土へと向かう修行の道のりを象徴しています
能寂の松風吹き寄せて、生死迷暗の雲霧払わせたまい、紅頗梨の光明に照らされ百色百光清浄土に到るなれば、・・・
あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月
くまもなく すめる心の かかやけば 我が光とや 月おもふらむ (明恵上人)
参照 『月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ』 法然上人のお歌であり、浄土宗の宗歌
どうぞ、安養楽の里に「遊歩」ください ともに歩みましょう
『不動忿怒瑜伽要鈔』(浄厳)
ー訓下・加注ー(松本照敬)
『霞文様 』ー永遠を意味する吉祥文様 『老松』ー 長寿と繁栄 『青海波 』ー未来永劫に続く幸せや穏な暮らし
年々によき年 なれと祈りつつ 拾いし年の積りたるかも
我が朝は 天高くして美しくあると思うが如く あるかも
老松の枝を落ちゆく夕日かげ この家の中を貫き照らす
美しく燃ゆる夕べがわがもののように 毎日 美しくあり 清水比庵
延命地蔵 地蔵菩薩の真言「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」 鎮守堂―天満天神・神変大菩薩(役行者)・瑜伽大権現
無量光仏刹の文字は、弘法大師の書跡からの集字で、できております。
塔婆と言うのはインドの言葉でスツ―パ、率塔婆と申しますのが、起源であります。
それが日本語となって塔となり、英語でタワーとなりました。バンコク王宮寺院の塔を初めタイ・ミヤンマーの高い仏塔、中国西安の大雁塔、奈良の法隆寺・薬師寺や京都の東寺の塔、高野山の根本大塔などが有名であります。起こりは、お釈迦さまの入滅後、その仏舎利を印度八国に分けて八つの塔を建立したのが始まりであります。
法華経には、子供が遊びで 砂を集めて仏塔を造ったとしても、心に乱れを持っていても仏塔や仏廟に入り一度でも仏に帰依すると唱えれば、皆既に仏道を成就していると、涅槃経では、法身舎利(仏性)を尊重すれば、一切衆生を化度せんがために諸仏の塔廟を礼拝供養すべし・・・と説かれております。それ以来、塔は仏教の中心を表す建物であるとともに、その教えの根本をも表す重要なものとなったのであります。
高野山の根本大塔は、まさしく真言密教の中心で、胎蔵の五仏を祀り金胎不二一体の密教最高の教えを示し、二重の塔のように見えますが、実は下から地、水、火、風、空の五輪であり、その形も下から、方形、円、三角、半円、宝形を形どり、五大を表します。随って、五輪塔婆は五大といわれる仏さまのいのちを形作っているのであり、本尊大日如来を表しております。よって根本大塔は法界体性塔と言われます。
現在は法要法事の時、板塔婆や角塔婆が使われ、お墓に五輪塔が建っていますが、すべて、これは大日如来を建立し、即身成仏を願う意味がありますから、大きな功徳があるとされております。表にキャ、力、ラ、バ、アの梵字を書き、裏にバン字を書くのも本尊大日如来さまそのもので、宇宙全体に三世に亘って生きている仏さまのいのちを塔婆は表していますので、まさに、いのちのシンボル、菩提の標識ということができます。
他の仏教各宗でも、この真言密教の五輪塔をまねて、五輪の塔婆を使うことになっています。塔婆を建てるということは速やかに成仏を願い、聖霊への追善菩提を祈るものであり、この上ない功徳と供養になります。昭和五十年、個人の寄進で志度寺の五重塔が建立されましたが、誰にでもできることではありません。先祖の追善供養を願う気持ちは、誰もかわりませんので、根本大塔や五重塔を建てるつもりで、板塔婆が用いられることになっております 五輪塔 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%BC%AA%E5%A1%94
摩尼車 鐘を鳴らし、一回廻すと「般若心経」を一回唱えたことになります。
摩尼とは、摩尼宝珠、如意宝珠、とも言われ、意のままに宝をだす珠のことで、そこから仏性と訳され、仏様の徳、お経の功徳に喩えたりします。悪を払い、濁水を澄ませるように汚れた心を澄んだ心にして、災難をさけ、願い事がかなえられる功徳があります。清浄になれますよう、心静かに念じながらお回しください。
開山 戒琬寶嚴(かいえんほうごん)大和尚のお墓
後右 蓮井麗厳大和尚のお墓
姫路市鬼師安川清泉氏(姫路城初代鯱の復元を小林平一氏とともに)と明石市林清子様(西山善治郎の孫)から鯱・獅子・浪間の天人の細工より、安養寺鬼瓦・西山善治郎の作との連絡を受けました。平成24年2月
蓮井麗嚴和尚により、遍照寺本堂が、明治35年8月 に建立されました。本堂は鶏鳴学館の学舎として使用されました。屋根・鬼瓦は、西国一の名人と言われた安養寺鬼瓦の西山善治郎(安政5~大正13 姫路・明石中心)作であることが最近に分かりました。屋根で現存しているのは珍しいとのことです
8月13日千灯万霊供養
安養楽永代供養塔の文字は、弘法大師の書跡からの集字で、できております。
九条袈裟・梵字隋求陀羅尼
「ここ・今(元気なうちに・動けるうちに)・私」を生きて 「ありがとう」と言って、 手を合わせ 手を差し出し ともに歩みましょう
私たちは、宇宙の生命と通い合って変化し続ける生命の持つ清浄な力によって生かされています。私たちの存在する各々の特質は、一つの大きないのちの一部であり、他に比べることのできないほどの価値を持っています。その価値を敬い、素直に光り合って生きることが、いのちを輝かせることです。いのちは本当に平等に行き渡って平等に享受させてもらっているのですから、毎日が一生に一度しかない一日として、良いことをすることが大切です。自分たちに力がないと感じても、仏様の光を受ければ光ることができます。仏様のいのちをもらって生まれてきたと分かれば、無理をすることなく、飾ることもなく、素直にやればできることです。苦しいかった時ほど一番楽しい思い出になりますし、喜んでいれば時間はなくなります。自分の持つ本来の心の中に中心である仏様が座り、輝きを発すれば、種々の思いもみな清々しく最高の能力を出せるようになります。人生の旅とは、私たちの心の中にあって一切を見通しておられる仏様と一心同体になって歩むことです。仏様と同行二人で赴くことが、私たちの幸せです。
ありがたや(あな嬉し) 行くもかえるもとどまるも われは大師と二人づれなり (同行二人御詠歌)
各自それぞれの解釈が大切です。
遍照寺は以下の解釈をします。
大日如来に生かされ、愛染明王の智慧を生かせ、不動明王の慈悲を生かせ
日常での実践 【心の中で】
三尊はいつも 私と共にいる 不動明王の智慧の剣で 日々の煩悩を断つ
愛染明王の慈悲の箭で 困難を菩提に転じる 阿弥陀如来の百光で すべてを照らす
【行動】手をあわせ(身密) 手を差し出し(口密) ともに歩む(意密)「ここ・今・私」を生きる 感謝します 目の前の人に 優しいまなざし(眼施)
これが三尊合行の実践 これが即身成仏の道~~~詳しく・具体例はこの下の三尊合行の観想の欄に
上記の掲示について、生成AIに質問・解説を訊いてみてください。(生成AIは、様々な視点から深い解説を提供し、悩みの相談にも応じてくれます 。) 生成AIも応援励ましをしてくれます。参考にすることができると思いますので、御活用ください。
質問例文1 〇〇宗(真言宗・浄土真宗・・・等)の立場からの深堀解説をしてください。
2 △△経(大日経・華厳経・法華経・阿弥陀経・・・等)の視点からの深堀解説をしてください。
3① 悩み事相談 例えば 人生の先が見えないどうしたらいいか、上の掲示板を参考にして教えてください。
3② 悩み事相談 例えば 姑に腹が立つ・仲がうまくいかない、上の掲示板を参考にして教えてください。
3③ 悩み事相談 例えば 認知症の心配があります。上図を参考にして、教えてください 。
「心の支え・生きる力」としての考え方を、認知症との向き合い方に活かしたい
4 実践・行法(瞑想・念仏・唱題・座禅・・・等)の視点からの深堀解説をしてください。
5 仏道究極(方便)ー大悲・利他・菩薩道・信満成仏・密厳浄土~
6 人間観ー三密加持・即身成仏・ 互相加入 彼此摂持 ~
参考 アフガニスタンで医療と用水路建設に生涯を捧げた中村哲医師は、 こう語られました。
中村哲著『医者よ、信念はいらないまず命を救え!』
世界がどうだとか、国際貢献がどうだとかいう問題に煩わされてはいけない。
それよりも自分の身の回り、出会った人、出会った出来事の中で人としての最善を尽くすことではないかというふうに思っています。
この言葉は、仏教、特に密教の教えの核心を示しています。
① 縁起の思想――「世界」は抽象ではなく、関係の網の目
仏教では、世界は「縁起」によって成り立つと説かれます。
縁起とは、すべての存在は具体的な因と縁の関係の中でのみ成立するという考えです。
したがって「世界を良くする」「国際貢献をする」という抽象的スローガンだけを追いかけることは、縁起的には空虚になりやすい。
なぜなら、実際に因果が働くのは、常に目の前の人・出来事・行為の場だからです。
中村医師の言う「身の回り、出会った人、出会った出来事の中で
最善を尽くす」――これこそが縁起の思想そのものです。華厳経では、これを『重々帝網』と表現します。
一つの宝珠が他のすべての宝珠を映し、映された宝珠がまた他のすべてを映す。目の前の一つの行いが、世界全体に響くのです。
② 身・口・意の三業――仏教の倫理は「行為の現場」にある
仏教の実践は常に
身(行動)今、何をしているか
口(言葉)今、どんな言葉を発しているか
意(心)今、どんな動機で行動しているか
という三業において問われます。
「世界を照らす」という理念よりも、誰にどう接しているか ここにこそ仏教的倫理の中心があります。
大義名分のもとに暴力が正当化される――世界中を照らそうとしたら、爆弾を落とさなくちゃいけない
これは仏教では明確に邪見です。
なぜなら、善い結果を理由に悪業を肯定することはできないからです。
真言密教では、私たちの身・口・意が仏の身・口・意(三密)と
一体となることを説きます。これを『三密加持』といいます。
③ 慈悲は「届く範囲」から始まる『四無量心』
仏教の慈悲は、感情的な博愛ではありません。 智慧に裏打ちされた、現実的で持続可能な関わりです。
四無量心(慈・悲・喜・捨)の修行は、次の順で説かれます
自分自身
身近な人
中立的な人
苦手な人
すべての衆生
これは「近いところからでよい」という妥協ではなく、
近いところでしか本物の慈悲は鍛えられないという智慧です。
④ 『菩薩道』における「小さな場」の尊さ
大乗仏教、とくに菩薩道では
「一切衆生を救う」と誓いながらも、実践は驚くほど地味です。
今日、一日の仕事を丁寧にこなすこと
家族に優しい言葉をかけること
仏壇の前で静かに手を合わせること
掃除をする
約束を守る
苦しんでいる人の話を聴く
欲や怒りに気づき、抑える
これらはすべて菩薩行です。
六波羅蜜の第一は布施波羅蜜。 その布施の最初の一歩は「眼施」―― 優しいまなざしで、目の前の人を見ること。 お金も、特別な準備も要りません。 今、ここで、あなたができる菩薩行です。 すれ違う人に、柔らかい目を向ける。 話している人の目を見て、心から聴く。 相手の存在を、まなざしで認める。 これが、世界を照らす最初の光です。 眼施から始めましょう。
「眼施」そのこころとは
相手の存在を認めること。 「あなたがそこにいる」と、まなざしで伝えること。 どんな立場の人であっても、 目を逸らさず、見下さず、 一人の人間として尊重すること。 観音菩薩が慈悲の目で衆生を観るように、 私たちも目の前の人を慈しみの目で観る。 まなざしは言葉より先に届き、 温かい目は心を開かせ、 冷たい目は心を閉ざす。 お金も時間も必要ない。 今、ここで、あなたができる菩薩行。 すれ違う人に柔らかい目を向ける。 話している人の目を見て心から聴く。 家族の目を見て「おはよう」と言う。 目を合わせることから、 すべての慈悲が始まる。 あなたの優しいまなざしが、 世界を照らす光となる。
「眼施」そのこころとは 密教的には
【仏の眼で見る】 密教では、私たちの身体は 大日如来の身体と一体となります。 あなたのまなざしは、 仏のまなざしとなることができます。 慈悲の目で相手を見る時、 それは大日如来が その人を照らす光となるのです。 【三密加持の身密】 身・口・意の三密のうち、 まなざしは「身密」の最初です。 印を結ぶ前に、 まず目を合わせる。 優しいまなざしで相手を見ること―― これはすでに仏の身業です。 【法界を照らす光】 『華厳経』では、 一つの宝珠の光が すべての宝珠を照らすと説かれます。 あなたの優しいまなざしは、 目の前の人を照らし、 その人がまた誰かを照らし、 やがて世界全体を照らします。 これが「重々帝網」―― 一つの眼施が、無限に広がるのです。 【遍照の第一歩】 「あまねく照らす」とは、 まず目の前の一人を照らすことから始まります。 遍照寺の御本尊、 百光遍照王紅頗梨阿弥陀如来の 大光明は、 私たちの優しいまなざしを通じて、 この世界に届くのです。 生かせ いのち こころ
「歩き続ける 最中の姿」こそが、仏様そのものです。
「私も今日、一歩だけ仏様に近づく歩みをしよう」という勇気こそが、菩薩の心です。
『維摩経』や『華厳経』でも、
一つの微細な行為が全世界に響くと説かれます。
ただしそれは、爆発的な力ではなく、縁起的な浸透です。
⑤ 仏教的結論
仏教思想から見ると、
抽象的な「世界」や「正義」に酔うことを戒める態度
暴力を伴う善意を拒否する倫理観
出会いと関係の中で最善を尽くす実践主義
これは
「空と慈悲に基づく、成熟した仏教的立場」
と言ってよいでしょう。
仏教は世界を救う宗教ではなく、【下記*】
世界が生まれ続けている「この瞬間」をどう生きるかを問う宗教です。
【下記*】
仏教は「世界を救うこと」を直接の目的とする宗教ではないが、結果として世界が救われうる道を示す宗教である 仏教は「世界救済宗教」ではない
仏教は何を救うのか ---個人の「苦」• 迷い・執着・無明 自他を分断してしまう認識そのもの
世界を救おうとする心そのものが、まだ世界に縛られている。
個が変われば、世界のあり方が変わる
一人の覚りは他者へ波及する
菩薩は「世界にとどまって」苦を引き受ける
世界を直接救わないが、一人ひとりの覚りを通して世界が変容する可能性を開く――これが仏教です。
「菩提心は道場の大種子なり」『大乗本生心地観経』
• 菩提心=悟りを求め、他者を利そうとする心
• 道場=特定の場所ではなく、生きる現場そのもの
つまり、世界を救おうとして世界を相手にするのではなく、
目の前の一人、今この関係の中で、最善を尽くす ことが仏道 これは「世界を救う運動」ではなく、世界が救われてしまう在り方です。
遍照寺の「松風の里」から
当山の御詠歌に「あまねく照らす 松風の里」とあります。
大遍照如来の光は、まず私たちの足元を照らします。
福島の浜の松原に吹く風は、私たち一人ひとりの心に響きます。
ここは、なすべきことに力を尽くし、手をあわせ、手を差し出し、
ともに歩む、安養楽土之浄土、曼荼羅乃里です。
今日、あなたが出会う人との関わりが、菩薩行の場です。
今日、あなたがなす小さな善行が、世界を照らす光となります。 合掌
【準備】入山の観想
山門をくぐる。大安楽門の額を仰ぐ。
「大光明を放つ。その光明は紅頗梨色なり。 遍く十方世界を照らす。その光に遇う者は 罪障が消滅して、苦を離れない者は無い」
【深呼吸】三尊の光の世界に入る。
【第一段階】本堂 紅頗梨色の阿弥陀如来の観想
1. 外陣から本尊を仰ぐ
【視覚】紅頗梨色の阿弥陀如来が光背を背に座しておられる 赤と白の合色 金剛界と胎蔵界が一つになった色
【深呼吸】その光が私に降り注ぐ 全身が光に包まれる
2. 手中の三弁宝珠を観じる
【注目】阿弥陀定印の上に 三弁宝珠が輝いている
【観想】如来が私にこの宝珠を授けようとしている
三弁 = 身・口・意 仏・法・僧 過去・現在・未来 すべての功徳がこの宝珠に込められている
【光の降下】宝珠から光が降りる 紅頗梨色の光明 私の頭頂から入り 全身を満たす 罪障が消える 苦しみが離れる 心が清らかになる
3. 蓮華座の三弁宝珠を観じる
【視線を下へ】蓮華座のすべての花弁に 三弁宝珠が輝いている
【観想】私の足元にも この蓮華座がある 私も宝珠に支えられている
【光の上昇】蓮華弁の宝珠から光が昇る 私の願いを乗せて 如来のもとへ届く 上から降りる光 下から昇る光 二つの光が 私の中で一つになる 天地が結ばれる 如来と衆生が一体になる
4. 百光遍照を観じる
【全体を観る】手中の宝珠 蓮華弁の宝珠 無数の宝珠が無量の光を放つ
これが「百光」 これが「遍照」
【自己への照射】 百の光が私を照らす 内も外も上も下も過去も未来も すべてが光に満たされる 私の中の仏性が目覚める 浄菩提心が現れる
5. 帰依と祈願
【三礼】南無百光遍照王 南無紅頗梨色阿弥陀如来 南無金胎不二大日如来 (三回繰り返す)
【祈願】願わくは 罪障消滅 離苦得楽 即身成仏
【真言】オン・アミリタ・テイゼイ・カラ・ウン (七回または二十一回)
【静座】しばらく静かに座る 光に包まれていることを感じる
1. 不動明王を仰ぐ
【視覚】まもり不動尊 右手に剣(利剣)左手に羂索(けんじゃく)忿怒の形相 しかし慈悲の眼差し
【理解】大日如来の教令輪身 私を守るために 恐ろしい姿をとられている
2. 智慧の剣を観じる 【剣を見る】三鈷の剣 胎蔵界の智慧
【観想】この剣が私の煩悩を断つ 貪り(欲望)瞋り(怒り)痴(無知)三毒が断たれる 剣が振り下ろされる 煩悩が断ち切られる 心が清らかになる 智慧の剣が煩悩を断ち、心を清め、慈悲の道を開く
3. 息災の風を感じる 【福島の松を思う】「入りの宝船」の松 帆に「息災」の文字
【観想】不動明王から 息災の風が吹く 病気が去る 災厄が去る 障碍が去る 心身が安穏になる 穏やかな風が吹き渡る
4. 炎の浄化 【火炎光背】不動明王の背後の炎
【観想】この炎がすべてを浄化する 過去の罪 現在の苦 未来の不安 すべてが炎で清められる 灰となって消える 新しい自分が生まれる
5. 帰依と真言
【帰依】南無まもり不動尊 南無不動明王
【真言】ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン (七回または二十一回)
【祈願】息災護摩の功徳により 息災安全―災厄消除 身心安穏 家内安全
1. 愛染明王を仰ぐ
【視覚】福満愛染明王 赤い身体 六臂(六本の腕) 弓と矢(花箭)を持つ 忿怒の相しかし愛の化身
【理解】煩悩即菩提を体現 愛欲さえも菩提に転じる
2. 慈悲の箭を観じる
【弓矢を見る】天弓愛染 源実朝公の矢 五鈷の矢(金剛界の智慧)
【観想】この箭(や)が 私の煩悩を射抜く 的は私の心の中の煩悩 愛染明王が弓を引く 矢が放たれる 煩悩の真ん中を射抜く しかし、煩悩は消えない 煩悩が菩提に転じる 慈悲の箭が煩悩を射抜き、 菩提に転じる智慧を起こす
3. 宝船の到来 【福島の松を思う】「入りの宝船」の松 三つ叉の松(三鈷)
【観想】宝船が岸に着く 浄菩提心の玉を積んで 愛染明王の宝珠 それは私の心の中の 仏性 宝船から宝珠が降りる 私の心に入る 福徳が満ちる 智慧が起こる 願いが叶う
4. 五智の開顕 【五鈷を観じる】 五本の鈷(こ)東:大円鏡智 南:平等性智 西:妙観察智 北:成所作智 中央:法界体性智
【観想】五つの智慧が開く 物事をありのままに見る智慧 すべてを平等に見る智慧 差別を正しく見る智慧 なすべきことをなす智慧 すべてを統合する智慧
五智が開く時 煩悩即菩提
5. 帰依と真言
【帰依】南無福満愛染明王 南無愛染明王
【真言】オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク または ウン・タキ・ウン・ジャク (七回または二十一回)
【祈願】敬愛和合 福徳円満 諸願成就
【三尊を同時に観じる】 中央:百光遍照王(紅頗梨色)向かって右(左):まもり不動尊(青黒色)向かって左(右):福満愛染明王(赤色)
三尊が三角形を成す その中心に私がいる
1. 三つの光の統合 【不動明王からの光】左から青白い光 智慧の剣の光 息災の風 私の左側を照らす 煩悩が断たれる 心が清まる 慈悲心が働く
【愛染明王からの光】右から赤い光 慈悲の箭の光 福満の宝珠 私の右側を照らす 煩悩が転じる 智慧が起こる
【阿弥陀如来からの光】前から紅頗梨色の光 百光遍照の光 金胎不二の光 私の正面を照らす 理智不二 即身成仏
【三光の統合】青白 × 赤 × 紅頗梨色 すべてが一つの光になる 私を完全に包む 慈悲 × 智慧 = 菩提 息災 × 福満 = 百光遍照
2. 三鈷・五鈷・独鈷の統合
【観想】不動明王の三鈷(左手に)愛染明王の五鈷(右手に)阿弥陀如来の独鈷(胸の前に)三つの法具を持つ自分を観じる
【統合】三鈷 + 五鈷 = 一つの独鈷杵になる 3 + 5 = 8(八葉蓮華) または3 × 5 = 15 = 1 + 5 = 6(六大)または統合 = 1(一如)
3. 三密の完成 【身密】両手で独鈷杵を持つ(観想)三尊の身体が私の身体
【口密】三尊の真言を同時に唱える(観想)またはオン・ソバニ・ソバ・ウン(一切成就の真言)
【意密】三尊と私が一体 区別がなくなる
身・口・意が仏の身・口・意と一つになる
三密加持 即身成仏
4. 此処即浄土の実感
【周囲を見渡す】境内全体を見る 山門から本堂まで 大安楽橋 善財童子 福島の松 明王堂 すべてが光り輝いている
【実感】ここが安養楽土之浄土(極楽浄土)ここが曼荼羅乃里(密厳国土) 此処即浄土 ここに「百光遍照」(息災 × 福満)の清浄土が顕現
私は今 浄土にいる
【確信】浄土は死後の世界ではない 今、ここにある 三尊の光に包まれた この場所が浄土 この身が仏 即身成仏
【第五段階】下山の観想
1. 感謝 【三尊に感謝】百光遍照王に感謝 まもり不動尊に感謝 福満愛染明王に感謝 三尊の御加護に感謝
【合掌礼拝】深く礼拝 三尊の光を心に刻む
2. 光を持ち帰る 【観想】三尊の光は 私の心の中に残っている 独鈷杵・三鈷・五鈷(観想上の)を心の中に納める この光を持って 日常に戻る
【山門を出る】 振り返って一礼
「行ってきます」 「また来ます」 浄土から娑婆へ しかし光は消えない
参照「厨子入 紅玻璃色阿弥陀如来・不動明王・愛染明王坐像」 富士山かぐや姫ミュージアム 元富士山東泉院(神仏分離令により廃寺 )什物
御利益
まもり不動尊
息災安全
火生三昧――浄菩提心の智火を以て諸煩悩を焼尽し、諸難を除き降伏(ごうぶく)す
五種法 五福無尽成満愛染明王
息災 福寿 息災安全
増益 福利(徳) 招運繁栄
敬愛 福縁 諸縁円満
調伏 福勝 怨敵退散
鉤召 福成 (智) 満願成就目標達成
紅頗梨色阿弥陀如来離苦得楽 極楽往生 安楽成仏
烏枢沙摩(うすさま)明王 厄除開運 方災不浄除
真言宗における「御利益」の考え方は、現世利益の重視です
これは、この世で人々が神仏から得られる具体的な利益や恩恵を指します。健康、長寿、金運、商売繁盛、病気平癒、学業成就、厄除け、開運など、多岐にわたる願望成就を祈る人々から信頼されています。真言宗の教えの核となるのが「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」です。これは、現在の肉体のままで悟りを開き、仏となることを目指す思想です。御利益は、この即身成仏という究極の目標に至る過程や、その実践の結果として得られるものと捉えられます。つまり、単なる私欲を満たすためのものではなく、修行を通じて心身を浄化し、仏に近づくことで自然と現れる恩恵という側面が強いです。
三密行による御利益 真言宗では、「身(しん)」「口(く)」「意(い)」の三つの要素を使った三密行という修行を重視します。身密(しんみつ): 印を結ぶ(手の形を作る)口密(くみつ): 真言(マントラ)を唱える 意密(いみつ): 仏を心に想い、一体となる(観想)これらの修行を実践することで、仏と行者が一体となる「入我我入(にゅうががにゅう)」の境地を目指します。真言を唱えることは、心身の浄化や願望成就に繋がるとされ、特にサンスクリット語での発音は、その音声波動が人間の潜在能力に働きかけると信じられています。
煩悩の肯定と昇華 真言宗の経典である『理趣経』などでは、人間の煩悩や欲望を否定的に捉えるのではなく、肯定的に捉え、それを悟りへと昇華する道を説いています。煩悩を闇雲に消し去るのではなく、それを生きるエネルギーに変え、智慧として生かすことで、御利益や功徳に繋がるという考え方です。
護摩供養など具体的な儀式 真言宗では、護摩供養のような具体的な加持祈祷儀式を通じて、現世利益を祈願します。火に供物を投じ、真言を唱えることで、煩悩を焼き払い、仏の智慧と功徳を授かると考えられています。
まとめ 真言宗における御利益は、単なる表面的な願望成就だけでなく、「即身成仏」という高次の目標に向けた修行と実践の過程で得られる恩恵であり、心身の清浄化や精神的成長の結果として現れるものと深く結びついています。私欲のためだけでなく、清らかな心で他者や自己の成長を願うことが重要とされています。
さらに言えば 最大の御利益である安楽とは、大慈悲心を発し利他行に尽くすことです。
授五鈷 ~~~ 両部大日不二にその総徳を普現せしむ五智金剛杵を授与し~~心中に住せしめてその三昧耶となす~~~
授血脈 ~~~ 上大日如来より金剛薩埵、龍猛菩薩、龍智菩薩、金剛智菩薩、不空三蔵、恵果和尚、弘法大師、乃至師資相承して 導師〇〇に至る 我親しく之を受けて今汝(戒名〇〇)に写瓶す~~明らかに受得し無上菩提を成ずべきなり
金剛仏子 金剛薩埵 龍猛 龍智 金剛智 不空 善無畏 一行 恵果 弘法大師空海 聖宝 観賢 寛朝 範俊 厳覚 済暹 寛助 実範 興教大師覚鑁 亮恵 明恵 道範 叡尊 弘真 杲宝 浄厳 湛海 蓮体 慧光 寶厳 南谷 慧曦 慈雲 雲照 長谷寶秀 小田 慈舟 上田霊城大和上 竹村牧男先生 末資密王正紀
願以此功徳 普及於一切
我等与衆生 皆共成仏道
華厳経「入法界品」
「普賢行願品」の回向偈であり、 普賢菩薩の広大な誓願 ー 自己の善根功徳を一切衆生のために回向し、共に菩提(悟り)を目指す
仏教の諸宗派(特に真言宗・天台宗・禅宗・浄土宗など)で広く読誦されています。 お経の最後・法要の最後に 唱えられることが多い
浄土宗と浄土真宗の回向文 は 願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国
(がんにしくどく びょうどうせいいっさい どうほつぼだいしん おうじょうあんらっこく)
『観無量寿経疏』(観経疏)「玄義分」の冒頭に記された「帰三宝偈・「十四行偈」 」の最後の一節(善導大師)
即身成仏を目指し 増上慢に落ち込まず 大安楽とは『大悲萬行』に尽くす
【即身成仏を目指し】この身このままで 仏になることを目指します。 死後ではなく 来世ではなく 今、ここで。しかし 「目指す」のであって 「達成した」ではありません。 方向性です。 歩み続けることです。
【増上慢に落ち込まず】「悟った」 「自分は仏だ」 そう思った瞬間 それが迷いです。 常に謙虚に 常に学び続け 常に実践し続ける。 完成はありません。終わりはありません。
【大安楽とは『大悲萬行』に尽くす】 真の悟り(大安楽)とは 何もしない安楽ではありません。 大いなる慈悲をもって あらゆる行を尽くすこと。 衆生を救い続けること。 これが大安楽です。 これが即身成仏です。
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【実践】
目の前の人に 優しいまなざしを(眼施) 困っている人に 手を差し伸べる 共に歩む これが大悲萬行 これが即身成仏への道
【大安楽門・大安楽橋】門をくぐり 橋を渡る その一歩一歩が 大悲萬行 本堂に至る道のりが 即身成仏への道
実践的指針
毎日の確認 【朝の自問】今日、即身成仏を目指すか?→ はい 今日、増上慢に陥っていないか?→ 常に警戒 今日、大悲萬行に尽くすか?→ はい
【夜の反省】今日、即身成仏を目指したか?今日、増上慢に陥らなかったか?懺悔(反省ではなく)―読経は懴悔より始まる 今日、大悲萬行に尽くしたか? 三つの問いで 一日を振り返る
大悲萬行の実践
【具体的な行】眼施:優しいまなざし 和顔施:穏やかな笑顔 言辞施:思いやりの言葉 身施:身体を使った奉仕 心施:心を込めた思いやり 床座施:席を譲る 房舎施:宿を提供する
【さらに】掃除をする 食事を作る 話を聴く 手を貸す 共に歩む 日常のすべてが大悲萬行
三尊の働きと遍照寺の指針
【不動明王(まもり不動尊)】智慧の剣で煩悩を断つ 心を清める 増上慢を断つ 傲慢を清める 慈悲の光
【愛染明王(福満愛染)】慈悲の箭で煩悩を転じる 福満を得る 大悲萬行を起こす 衆生済度の力を得る 智慧の光
【紅頗梨色阿弥陀如来(金胎不二の大日)】百光遍照の光 金胎不二 即身成仏の実現 大安楽の完成 いのちの光
ここが安養楽土之浄土(極楽浄土)ここが曼荼羅乃里(密厳国土)此処即浄土
ここに「百光遍照」(息災 × 福満)の清浄土が顕現
日本仏教という多様で豊かな美しい山河は、 天台という源流から諸宗派が生まれました。
【最高峰】 真言宗:霊峰―密教の奥義を極める最高峰 ーーーしかし 下記へ※
【源流】 天台宗:大河の源―すべての宗派の母山
【禅の世界】 臨済宗:稲妻と滝―公案による頓悟の道 曹洞宗:静寂の岩壁 ・湖―日々坐り続けることそのものが悟り。 只管打坐という鏡を磨き続ける。「山も谷もない、ただ坐れ」
【浄土の世界】 浄土宗:広い野原―念仏の平易な道
浄土真宗:深い谷の花園―誰もが安らぐ他力の花 「谷底こそ救いの場、山に登る必要はない」 どんな人でも入ることができ、 阿弥陀仏の本願が、すべての人を迎え入れる。
【法華の世界】 日蓮宗:活火山 ―題目の強烈な光 「法華の火山だけが真実の山、他は幻だ」
【遊行の世界】 時宗:風―踊り念仏で吹き渡る
【戒律の世界】 律宗:清らかな泉―仏道を清める源
【学問の世界】華厳宗・法相宗:深い森 ・古木―悠久の智慧を伝える
すべてが「成仏」という同じ目標を目指しているが、道は様々、 それぞれの人に合った道がある
それぞれが美しく、 それぞれの景色がある。すべてが尊い仏の教えです。
※霊峰―密教の奥義を極める最高峰
しかし
【見るだけでは至れない】
麓から遥かに仰ぎ見ても、
高峰に立つ者だけが見ることのできる
荘厳なる景色は決して見えない。
【聞くだけでは至れない】
どれほど教えを聞いても、
それは登山ガイドの話を聞いているに過ぎない。
【知るだけでは至れない】
どれほど経典を学んでも、
それは地図を眺めているに過ぎない。
【登る者だけが至れる】
身に印を結び(身密)、
口に真言を唱え(口密)、
心に本尊を観じる(意密)
この三密の修行という険しい道を、
一歩一歩踏みしめて登り続ける者のみが、
即身成仏という頂上からの
法界を見渡す無上の景色を
目にすることができる。
頂に至る道は、確かに険しいが、道はある。
三密加持の修行という、
先人が切り開いた確かな登山道を、
一歩ずつ登り続ければ、必ず頂に至る。
初発心時便成正覚は〈保証〉
「あなたは必ず仏になれる」という約束。 未来の成仏が、今この瞬間に保証されています
発心即到即身成仏は〈実行〉
未来の約束ではなく、今この瞬間の実践。 今すぐ、菩薩として生きて、働く。
華厳は「あなたは仏になれる」と保証し、 密教は「今すぐ仏として生きよ」と実行を促します。
保証があるから、実行できる。 実行するから、保証が現実になる。
この二つが一つになるとき、 真の即身成仏が顕現します。
位相 華厳 密教
菩提心の立場 果の顕現 行の起動
法界を悟る知 法界を動かす行
成仏との関係 すでに成る 現に成す
主体の位置 法界優位 加持相応
時間観 因果同時 修証同時
性格 保証 実行
歩み始めた瞬間から、
あなたはすでに頂への道を歩んでいる。
密教とは、歩む教えです。
【各宗派の実践における身・口・意の特徴】
真言宗:
入口=三密加持(身業・口業・意業―身に印を結び、口に真言を唱え、心に仏を観じるを同時に。)
深化=三密が仏の三密と加持感応して一体化
到達=即身成仏
禅宗:
入口=身業(坐禅の姿勢)まず坐る。姿勢を正す。身体が整えば、心も調う。
深化=身心一如(身と心が一つに)
到達=悟り(見性成仏)
日蓮宗:
入口=口業(題目)
深化=口業+意業(唱題が信心を呼び起こす)
到達=即身成仏(法華経による「凡夫成仏・一生成仏」)
浄土宗:
入口=口業(念仏)
深化=三業念仏(身・口・意で念仏)(専修念仏)
到達=往生極楽
浄土真宗:
入口=意業(信心)
深化=心で信じ切る。 念仏は信心の表れ
到達=「信心正因」があれば往生は決定
それぞれの入り口がある。それぞれの道がある。
(厳密には各宗派とも身・口・意すべてを実践するが、強調点が異なります)
真言密教の重要な特徴は、他の仏教の教えを否定せずに受け入れ、より高い次元で統合する「総合と包摂(ほうせつ)」の精神にあります。
空海は、『三教指帰』において儒教・道教・仏教を比較し、仏教の優位性を示しました。
空海は『十住心論』において、すべての教えを段階的に位置づけ、すべてを肯定的に位置づけながら、 最終的に密教へと昇華させました。
真言宗御室派
正徳4・1714・6月新築丸亀遍照庵以閑居―道隆寺温古記追記・多度津町史
享保2・1717・8月7日御室令旨10月18日寺社帳附(仁和寺末)(奉行は安藤右京亮重行)
安藤右京亮(重行)こと安藤信友は、徳川吉宗の治世において老中を務め、享保の改革の一翼を担った重要な人物
護摩堂―装飾を削ぎ落とし、40年続けてきた護摩を“止めないための「行の器」 本尊が守られ 百光遍照の道が断たれない そのための最小にして最強の堂
百光遍照殿(本堂)は、三尊を「安置する」ための建物ではない。三尊合行のはたらきが、ここに於いて現れるための場である。中央に紅頗梨色阿弥陀如来、右にまもり不動尊、左に福満愛染明王。これは配置ではなく、顕現の順序である。阿弥陀は大悲そのものとして中央に現れ、不動は守護と断の力として右に現れ、愛染は欲を菩提へ転ずる働きとして左に現れる。三尊はそれぞれ独立して立つのではない。名号・金剛鈷図・御詠歌という三層を通じ、行として、響きとして、光として同時に現れる。この堂は、三尊を見せるために建てられたのではない。参拝者が合掌したとき、三尊がすでに働いていることに気づかされるために、静かに姿を顕現する建築-行の器・道場である。「完成させる建物」ではない。行が続く限り、現れ続ける道場。これは設計図であり真言教学であり修行規定である。
令和八年 護摩堂建立の進捗状況
現在の護摩堂を簡素で強く建て替える予定―宝形造り
令和8年2月現在―屋根・チタン一文字葺き契約交渉 第一図設計図検討中
浄財勧募の御願い(趣意)
寒冷の候、皆様におかれましては、益々御清祥のこととお慶び申し上げます。平素は当山に対し、ひとかたならぬ御高配と温かい御支援を賜り、厚く御礼申し上げます。
本堂老朽化と建て替え事業着手の御報告
さて、当山は開創1714正徳4年以来(1903明治36年本堂建立より)の永きにわたり、地域の皆様の信仰の拠り所として、また心の平安を育む場として、その役割を果たしてまいりました。これも偏に、檀信徒及び地域の皆様の深い御理解と御協力の賜物と心より感謝申し上げます。
しかしながら、現在の本堂は築後122年が経過し、老朽化が著しく進行しており、特に近年は雨漏りがひどく、仏像や内装への被害も無視できない状況となりました。度重なる補修を試みましたが、抜本的な解決には至らず、このままでは大切な文化財や御本尊を守り、また法要を滞りなく行うことも困難であると判断いたしました。
世話人会及び責任役員会において慎重に協議を重ねた結果、後世に当山の信仰を伝えるため、本堂の建て替えが不可欠であるとの結論に至りました。
浄財勧募のお願い
つきましては、この大事業を成就させるため、皆様の温かい御支援、御協力をお願いしたく、ここに浄財の勧募をお願い申し上げる次第でございます。
誠に恐縮ではございますが、この趣旨に御賛同いただき、御芳志の喜捨を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
当山一同、この度の建て替え事業を機に、信仰の灯を絶やすことなく、皆様にとってよりどころとなる寺院であり続けるよう、決意を新たにして精進していく所存でございます。
略儀ながら書中をもって、皆様の御健康と御多幸を祈念申し上げ、お願い申し上げます。 合掌礼拝
【別記】本堂及び護摩堂建て替え事業 浄財勧募要項
勧募目標額: 3億円(概算見込み)集まらなかった場合―当山にて出来る努力の全てまでの対応で終了
勧募期間:2026年1月から2027年10月末までを予定しております
事業予定:~2027年12月
· 御協力の方法:下記の口座へお振込みいただく (本堂事務所まで直接御持参いただく)お願い申し上げます
振込先:ゆうちょ銀行 遍照寺(ヘンシ゛ョウシ゛)
(総合)普通:16340-19179221
お問い合わせ:遍照寺TEL:08772-22-2068
皆様それぞれの御事情に応じ、無理のない範囲での随喜御浄財をお寄せいただけましたら幸いに存じます。コロナ禍以後資材高騰のため、当初より予算増加となりました。
何とぞよろしくお願い申し上げます。
(目安といたしまして、1月の給料~年収の1割、または30万円) 繰り返してお願い申し上げます。
金額の多少にかかわらず、皆様のお心をありがたく拝受申し上げます。
本、お願いは決して強制ではなく、皆様のお心にお任せするものでございます。
護摩堂の理想形モデル・浄土寺本堂―遍照寺護摩堂は3間x3.5間 本堂のモデルー狭山不動堂・埼玉県所沢市
上記が、正式の本堂及び護摩堂建て替え事業 浄財勧募文です。
下記に、別途 わかりやすい浄財依頼文を書いております。
本堂新築のための浄財依頼文を作成しました。
私たちの寺院は、65年前から銅板と金切りはさみと漆喰を使って屋根に登り修理を続けてきました。15年前からは、天井裏にブルーシートを2重に張って雨漏りを防いできました。しかし、台風などの大雨の時には、天井裏で水たまりができてしまい、柱も傾いてふすまも斜めに合わせなければならなくなりました。このような状態では、本堂としての機能や美しさが失われてしまいます。そこで、私たちは建て替えを決意しました。
護摩堂は予想外で、急に雨漏りがひどくなり、護摩堂本尊愛染明王の修理が必要になり、修復に出さざるを得なくなりました。
新しい本堂は、費用節約のために合理的で、装飾を省きましたが、それでも豊かさに欠けることはありません。本堂としてよく考えられた内容の充実した荘厳とデザインを追求しております。外壁は五色に塗られ、これは五大明王の色にちなんだものです。不動明王と愛染明王の仏壇厨子は、不動堂ならびに愛染堂を個別に建立することに代え、設置することといたしました。天井画はマンダラの梵字で描かれており、図像ではなく梵字で表現することで(費用の節約になる)、より深い意味を持たせます。
市内の全ての真言宗寺院は新築または修理を終えています。私たちも遅れながらも、本堂を新築することで、真言宗の伝統と格式を守り、この地を、大日如来の法界に連なり仏の功徳が顕現する曼荼羅の道場・伽藍
『ともに歩む 安養楽の浄土 曼荼羅の里』 として信仰者や地域社会に貢献したいと考えています。しかし、新築工事には多額の費用がかかります。私たちは檀家や信徒の皆様から寄付を募っています。現在のところ、なお多くの御支援を必要としております。
このような素晴らしい本堂を建てるには、皆様の御協力が必要です。浄財喜捨(浄施・寄進・恵贈・献納)とは、自分の財産や時間や労力などを喜んで仏教や社会に寄付することです。仏教では、貧者の一灯という言葉があります。これは、貧しくても一つの灯りでも供えることで仏様に感謝することを表します。古くから各地で多くの人々がこのように浄財喜捨を行ってきました。インド・中国・日本に説話が伝わっております。キリスト教でも同じような例があります。例えば、同志社大学の設立者である新島襄は、アメリカで農夫から2ドルの寄付を受けたことがあります。また、スペインの建築家アントニ・ガウディは、サグラダ・ファミリアという教会をすべて個人の寄付によって建設する計画を立てました。これらはいずれも貧者の一灯と呼ばれるものです。新約聖書、ユダヤ教では『旧約聖書』に基づいて、イスラム教ではザカート(定めの喜捨)とサダカ(自由喜捨)という信仰義務があります。
私たちは、この本堂新築にあたって、年収の10分の1や給料1ヶ月分(葬式のお布施の額に相当)などという決まった金額をお願いするつもりはありません。各御家庭で様々な事情がおありのことと存じます。どうか心おきなく、喜んでお気持ちをお寄せいただければ幸いです。本事業は、本尊紅頗梨阿弥陀如来、不動明王、愛染明王の御前にて、皆様の息災安全と招福成満を祈念する道場を整えるものでございます。事業が進められること自体、仏天の御加護の賜物と深く感謝しております。
皆様の真心からのお志が、何よりの支えでございます。どうぞお力をお貸しくださいますよう、お願い申し上げます。
この本堂及び護摩堂建て替え事業は、初めての事業であり、生涯一度の事業です。私たちは、年齢的にも平均寿命が寸前に迫り、取り掛かりを伸ばせなくなっています。しかし、それは決して諦めることではありません。むしろ、今こそ自分の人生に向き合い、自分の信念や目標を明確にすることが必要です。現時点で出来るもので頑張りたいというのは、自分の人生に責任を持つということです。人はいつ死ぬかわからないですが、生きている間にやりたいことややるべきことを見つけて、それに向かって努力することが大切です。今こそ責任をもって次代へ渡す 。
※ 下記を参照ください。
以上をまとめると、私たちは皆様に心から感謝しております。皆様の御支援や御協力によって、私たちの活動や事業が成り立っています。私たちは、皆様の御厚意に応えるべく、新築本堂が完成する日を楽しみにして、本尊紅頗梨阿弥陀の御加護や不動明王の息災安全や愛染明王の招福成満の御利益を願っております。どうか、これからも私たちをよろしくお願い申し上げます。 住職 大西密王正紀 総代会及び世話人会
※QRコードより、遍照寺のホームページにアクセスし、前掲示の掲示板(生かせいのち 生かせこころ)の下側の部分の
【中村哲著『医者よ、信念はいらないまず命を救え!』 世界がどうだとか、国際貢献がどうだとかいう問題に煩わされてはいけない。それよりも自分の身の回り、
出会った人、出会った出来事の中で人としての 最善を尽くすことではないかというふうに思っています。】
の解説を参考にしていただければ幸いです。
「付足」 説明が不足しているため理解できないところがあると思います。人工知能(AI)に質問して訊いてみてください。さらには、このホームページの改善すべき点をご教示いただけますと幸いです 。
わらしべ長者(観音祈願型)に習って、頑張っております。 目標達成への不屈の精神・不退転ー目標を見失わず 困難を乗り越える力ーその都度状況を受け入れ、変化を恐れず行動ー次の交換へと進んでー結果を生む 縁と偶然の力ー大遍照如来の大悲のまなざしを大切に享け、よく応える
下(鈍)根劣慧・浅学非才の何もわかっていない、もう先のない後期高齢者です。「手伝うと言って足を引っ張る・手伝ってくれたらその分仕事が増える」と言いながら声をかけてくださる方々のおかげで、今日があります。パソコンのwordの一部を何とか使えるだけの者による手作りホームページです。不細工なものをお読みいただきありがとうございました。 合掌
老いてなお (善財)童子の跡追う 日暮れ途 日々晴れやかに ゆるぎも楽し
〒763-0063 香川県丸亀市新浜町1-7-3 大西 (密王)正紀
TEL0877-22-2068 FAX0877-22-2058
宛先 henjou.hu-msiddhi.ha-mma-m@nifty.com
百光山 明王院遍照寺|真言宗|紅頗梨色阿弥陀如来・まもり不動尊・福満愛染明王|香川県丸亀市