スマホの冷却にベルチェ素子が使用されているという記事が散見されるようになった. 一頃CPU冷却に有効ということで話題になったのを思い出し, 現状を調べてみた.
ペルチェ効果とゼーベック効果
2種類の金属の接合部に電流を流すと, 片方の金属からもう片方へ熱が移動する現象をペルティエ効果という. これを利用した板状の半導体素子はペルティエ素子といわれ入手可能である. これに直流電流を流すと, 一方の面が吸熱(冷却)し, 反対面に発熱(加熱)が起こる, 電流の極性を逆転させると, その関係が反転する. これをうまく利用すると, 温度制御が可能なばかりではなく、温度差を与えることで電圧を生じさせることもでき, これをゼーベック効果という.
「ペルチェ素子」とは, 熱エネルギーと電力を直接変換することができる電子部品で, 従来は主にコンピューターのCPUなどを冷やす部品として使われていました。近年、振動や室内の照明光、機器の廃熱や体温などを利用した微小量の環境発電に注目が集まっています。従来の熱電変換システムは、蒸気タービンなど大型サイズのものしか存在しませんでした。一方で、ペルチェ素子は数ミリ~数センチ角の微小サイズで熱を電気に変換することができることから、熱電変換モジュールとしての活用に注目が集まっています。
ペルチェ素子の特徴は、温度差1℃程度の熱源と素子さえあれば発電可能なことにあります。例えば、無線センサなどへペルチェ素子を電源として搭載すれば配電線の敷設や電池の交換などの作業なしに発電が可能なため、コストを削減することができます。また、これまでの発電設備に比べると、設置場所の制約も少なくなります。
ペルチェ素子は従来、発電力の不足が最大の問題とされていました。地熱・温泉熱利用分野での実用化には、変換効率が10%を超える必要があるとされていましたが、2000年前後より同性能を満たす性能を有するもの*1が多数開発されています。さらに、無線センサなどのセンシングデバイス分野でも、10年前には1mWレベルの電力が必要だったセンサが1/100mWレベルでも稼動するようになるなど、問題が解消されてきています。
図1:熱電変換の仕組み(資料:日立総研作成)
ペルチェ素子は、熱電変換モジュールとして、(1)1/1,000mW~mWレベルの発電量となるセンシングデバイス分野、(2)100W~kWレベルの発電量となる産業用廃熱分野、 (3)kW~レベルの地熱・温泉熱・太陽熱利用分野の3つの分野での成長が期待されています。
センシングデバイス分野は、ドイツや日本を中心に研究開発が進められ、KELKや高木製作所などで製品化を始めています。また、ドイツのマイクロペルト社は2011年6月に世界初となる熱電発電デバイス専用の量産工場を開設しています。温度モニタリングなどを行う無線センサモジュールや、体温を熱源とした医療機器への電力供給用としての利用が期待されており、2020年までにはペルチェ素子を搭載した医療機器が登場すると予測されています。*2
産業用廃熱分野は、日本や欧米を中心に研究開発が行われています。昭和電工やコマツなどでは、焼却炉や工業炉での廃熱利用を2015年前後の実用化を目標に開発が進められています。また、GM、トヨタ、BMWなどの自動車メーカーや、GEやSiemensなど欧米大手企業では、自動車の廃熱利用の研究開発が進められています。
地熱・温泉熱・太陽熱利用分野は、ドイツの研究機関を中心に世界各国で研究開発が行われています。日本では、東芝などが温泉施設にて実証実験を進めています。さらに、パナソニックは同分野での利用を想定し、配管型の熱電変換モジュールを開発しています。
ペルチェ素子の適用分野は、比較的小規模な発電であり、大規模発電を完全に代替するものではありません。しかしながら、コンパクトでかつ簡単な仕組みであることから、配線が困難な場所への電力供給や、従来システムとの組み合わせによって燃費やバッテリーの性能向上を実現するものとして期待されています。
10年後の現在, この夢の素子はどうなっているか調べてみたが, 身の回りに具体的使用例が見えてこない. Wikipediaには以下の記載があり, 編集履歴も2017年が最新のようである.
コンピュータのCPU冷却、車などに乗せる小型冷温庫、医療用冷却装置などに使用されている。通常使われる素子の占有面積は0.1-100 mm2、吸熱量は0.5-1000 W程度である[1]。
具体的な製品例をオーム電機のホームページで調べてみた. 身近な使用例としては, 試験管の冷却槽や小魚の水槽等が実用化されている. また, 街角のあちこちで見かけるLEDパネルや屋外監視カメラ等の放熱のために使用されているようでもある.
京セラのホームページによると, 当社は新構造の長寿命/高信頼性温調ユニットを開発し.主に高い品質レベルが求められる以下の分野で使用しているようである.
血液検査や、PCR検査等において、様々な各種分析溶液の精密温度制御
自動車バッテリーの長寿命化、小型軽量化に貢献する温調ユニット
ペルチェを介した冷風でシートを冷却, 運転席と助手席で, それぞれ別の温調条件設定が可能
ヤマハのHPでは, ペルチェモジュールを使用した冷却、温度制御のメリット について以下のように記している.
コンプレッサーに比べ小型
フロンガスを使用しない高い環境性
可動部がないため無振動、無騒音
駆動電流の制御により高精度温調が可能
通電方向の制御により加熱と冷却の両方が可能
結論としては, 目立たないところでそれなりに存在性を発揮しているといえそうである. 意外だったのは, 素子本体がアマゾン等で市販されていることである. 理科学習用の用途で購入する人がそれなりにいるようである. 一方をアルコールランプで温め, 一方の面は放熱板で冷却して, ミニモーターを回すなどのデモなどが動画投稿されている.
参考資料
ペルチェ素子 理科ねっとわーく(一般公開版) - 文部科学省 国立教育政策研究所
200 ℃から800 ℃の熱変位内でも安定発電できる熱電発電装置 - 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 - ゼーベック効果 素子による
空冷式プレート冷却型(オーム電機)
(2023.07.25)