「ヨシカワらしさ」をかたちにする-株式会社ヨシカワ
ライフスタイル事業部 常務執行役員兼営業部長 小柳寛之氏
営業部・商品企画グループ マネージャー 柳原由紀子氏
執筆:野坂美穂(多摩大学経営情報学部)
株式会社ヨシカワ(以下、「ヨシカワ」と略称)は、家庭用調理器具の企画・開発・販売を担う「ライフスタイル事業部」と、業務用金属加工製品、業務用電気製品の加工を行う「実現事業部」の二つを中核事業としている。家庭用調理器具については、後ほど詳しく紹介するが、後者のステンレスでつくられる商品は、例えば、タンブラーなどの小物から、ファーストフード店やコンビニで見られる調理したものを温めておくホットショーケース、おしぼりを温めるおしぼりウォーマー、高速道路で見られるごみ箱、防水機、ペットショップや病院で使われるゲージに至るまで、多岐にわたる製品をOEMで製造している。
今回は、ライフスタイル事業部の常務執行役員兼営業部長である小柳寛之氏と、営業部・商品企画グループ マネージャーの柳原由紀子氏にお話を伺った。まずは本社ショールームへ案内していただき、一通りの商品説明を受けた。
ヨシカワは、料理家・栗原はるみ氏とのライセンス契約によるシリーズをはじめ、輸出専用の中華鍋、さらには自社企画によるオリジナルブランドなど、多様な調理器具を展開している。なかでも注目されるオリジナルブランドとして、キッチンから食卓までそのまま使えることをコンセプトとした「EAトCO」(イイトコ)や、日々の暮らしをより豊かにする道具として開発された「aikata」(アイカタ)、そしてその中間的な位置づけとなるブランド「and」(アンド)がある。いずれにも共通するのは、高い機能性はもちろんのことシンプルなデザイン性であり、料理を楽しむ心を引き立てながら、使い終えた後は食卓や台所の風景に自然に溶け込むアイテムだと感じられる。
また、カタログギフトの主力シリーズとして展開されている「郷技(ごうぎ)」は、新潟県の方言で「すごい」を意味する「ごうぎ」に由来しているそうだ。たとえば「すごく暑いね。」を、新潟では「ごうぎ暑いね。」と表現するらしい。ブランド名に用いられた「郷技」という漢字は当て字であり、歳月をかけて会得した職人技という意味が込められている。ここには地域の言葉や文化を活かしながら、燕三条のものづくりを広く発信していく姿勢もうかがえる。実際に商品を手に取ると、しっかりとした素材や重量が安心感を与え、「頑丈で長く使える道具」という印象が強い。
ヨシカワが取り扱う商品のうち、実に8~9割は地場産である。ヨシカワはあくまで地場でつくられたものにこだわり、地域で育まれた技術や素材にこだわる姿勢を貫いてきた。キッチン用品業界は競争が激しく、海外から安価な製品が流入する中でも、地元でつくられたものの価値を信じて、商品づくりを続けている。一方で、かつては洋食器の製造にも取り組んでいたが、需要の変化に応じて撤退する柔軟さも持ち合わせている。
EAトCO(イイトコ)シリーズ
郷技(ごうぎ)シリーズ
家庭用調理器具の栄枯盛衰
かねてからヨシカワは鍋を主力商品としており、業界内では「鍋といえばヨシカワ」と言われるほどの知名度を誇っている。量販店におけるヨシカワの鍋のシェアは、全体のおよそ半数から7割程度に達するという。
しかし現在、家庭での調理の主役はフライパンであり、以前は鍋で調理していた料理も、今ではフライパン一つで済ませる傾向が強い。その結果、鍋の需要は著しく減少し、さらに中国などで安価に製造できることもあり、日本製の鍋は出番がほとんどない。ヨシカワの鍋も例外なく、売上は伸びていないという。
一方、家庭用調理器具を扱う個人事業者の小売店は増加しており、なかには国産品のみを取り扱う店もある。その場合に問屋から声がかかり、ヨシカワの鍋が再び出番を得ることもあるという。しかし国内市場での拡大はこれ以上期待することはできず、今後はアジアやヨーロッパなど海外市場への輸出に活路を見いだすしか他ないそうだ。
こうして日常的に使っている調理器具も、知らず知らずのうちに時代とともに入れ替わっていることに、改めて気づかされる。
予測不能な市場で機を捉える
何がヒットするのかは誰にも分からないのが世の常である。家庭用調理器具もまた、その時々の流行やメディアの影響を強く受けている。
たとえば、1話ごとにマスターがつくる家庭料理をきっかけに、客の人生模様を描く漫画『深夜食堂』がある。この作品がドラマ化され、数年前に中国でも放映された際、劇中で使われていた雪平鍋が中国を含むアジア圏でも爆発的に売れた。雪平鍋は日本独自の鍋として注目され、今でも中国では高い需要が続いているそうだ。このことは、地域固有の文化や技術がグローバル市場でも価値を持つことを示唆しており、「ローカルの強み」が海外における差別化要因となる好例といえるだろう。
また、ここ3~4年の間にテレビ番組で「健康に良い調理法は蒸すことだ」と紹介されたことを契機に、インスタなどで拡散されたりすることで、社会的な関心が高まりブームとなった。だが、竹や杉のせいろはカビが発生しやすく、その取り扱いの難しさに購入をためらう人も少なくない。そうした課題に応える形で、ヨシカワではフライパンや鍋に置いただけで使えるステンレス製の「蒸しプレート」を開発し、今や売れ筋商品となっている。予測不能なブームの波を単に受け身で迎えるのではなく、積極的に機会として捉え、製品開発に反映させている。
こうしたヒットやブームは一過性のものにすぎないかもしれないが、それでも、企業にとってはブランド認知を高め、消費者との接点を広げる絶好のチャンスとなるだろう。
価格コントロールは誰の手に?
商品の価値を守るために価格を維持したいと考えるメーカーにとって、問屋を経由した流通の末端で商品が安く販売されてしまう現象は、大きな悩みの種となっている。特に、価格をブランド価値と結びつけて考えるメーカーにとってより深刻な課題であろう。ヨシカワでもこの問題に直面しており、商品が不当に安く出回らないよう注意を払っているものの、川下の販売現場まですべてに目を行き届かせるのは難しいという。
こうした事情から、地元のある生産者は、地元の問屋への出荷をやめる決断をしたそうだ。生産量が限られているため立場が強く、自ら価格をコントロールすることが可能だったためである。このことは、一部の生産者に限られた話であり、誰にでも可能な選択肢ではない。ただ、状況は少しずつ変わってきているようだ。
小柳氏は、次のように語る。「(卸がプライスリーダーシップをもっていてメーカーが泣く泣くというようなことも)今はどちらかというとメーカー主導の価格づけで、そんなに売れる時代ではなくなってきましたので、となると、いかに差別化をして、高くても売れる商品を開発していくかがキーとなりますので、それは問屋さんにはできないことですので。」続いて、問屋との関係性について、「アイテムによってやっぱり違うということですよね。我々が強気に出られるアイテムとそうでないアイテムとありますので。そこは、まぁ上手に商談しながら進めていくということです。」問屋や小売との関係は一様ではなく、商品ジャンルによって力関係や対応が異なるのが現実だ。ここでは、協調と交渉を通じた柔軟な関係構築の重要性が示されている。
また、問屋や小売店との協力体制の具体例として、「EAトCO(イイトコ)」のエピソードが挙げられる。発売当初はなかなか売れず苦戦したが、営業担当が百貨店で実演販売を行ったり、問屋との勉強会を開催したりすることで、少しずつ商品の魅力が伝わり、現在では全国の主要百貨店で取り扱われるまでになっている。このように、発売当初に苦戦した商品が、丁寧なコミュニケーションと体験機会を通じて価値を認識されていったプロセスは、「価値は伝え方次第で伝わる」という重要な示唆を含んでいる。
エンドユーザーの視点に立った企画開発
ヨシカワでは、年間50~60のアイテムを新商品として世の中に送り込んでいる。家庭用の調理器具である以上は、当然ながら日々の生活のなかで台所に立つ人々の意見が重視される。商品企画グループは6名で構成されており、そのうち半数が女性である。開発段階では、彼女たちの意見を中心に、使い勝手やデザイン、さらには価格設定までが検討されるという。一方、営業は顧客のニーズを吸い上げる重要な役回りを担うが、そのほとんどが男性だ。それでも、エンドユーザーの目線に立つために、まずは自分が料理をしてみて、使い勝手や商品の良さをわかったうえで商談に入るようにしている。このように、企画側の生活体験と、営業側の実践的な体験が組み合わさり、多角的な視点から製品づくりが進められている。
また、商品企画と営業との開発会議は月に一度開催されるが、特筆すべきは、百貨店、専門店、ギフト用、量販店、生協、通販といった販売チャネルごとに会議が分かれている点である。チャネルごとに売れる商品も異なるため、それぞれの販売先に応じて企画が立案され、商品開発が進められている。このような体制が業界において一般的であるのか、それとも独自の取り組みなのかは分からないが、消費者の多様化するニーズに丁寧に応えている。
商品企画について、柳原氏は次のように述べた。「ヨシカワらしさ、当社らしさというところを大切にしたいなと考えておりまして、例えば、お鍋であっても他社とは違う何か機能などを必ず考えながら商品化するようにしています。それによって、あまりにも高額になるものは市場的に難しいので、なぜ他社のものとは違うのかというところを説明できるような気持ちで商品化をしています。」
「なぜ他社のものとは違うのかを説明できるように商品化する」という姿勢は、しっかり裏付けのある開発を行っていることがうかがえ、消費者との信頼関係の構築にもつながっていることだろう。
「ヨシカワらしさ」の追求
現在ヨシカワでは、外部コンサルタントを迎え、「ヨシカワらしさとは何か」を社員全員であらためて見つめ直し、共通認識として共有する取り組みを進めている。業界内では一定の認知を得ているものの、一般のエンドユーザーには社名があまり知られていないという現実を真摯に受け止め、今後は「キッチンといえばヨシカワ」と言われるようなブランドイメージの確立を目指し、認知度の向上に力を入れていく考えだ。
「ヨシカワらしさ」の追求は、今後のブランディング戦略において極めて重要なステップだと思われる。企業の内側にある価値観や哲学を全社員で共有することで、製品やサービスにも一貫した「らしさ」がにじみ出るようになる。このことは、単なる製品の機能的な価値ではなく、ユーザーにとっての信頼や共感に直結する感情的な価値へと昇華し、それがブランドとしての強さへとつながっていくだろう。
最後に、柳原氏は「うそをつかない、ごまかさない、誠実に、という姿勢は皆に共通していると思います」と語った。その誠実さは、今回のインタビューを通して幾度となく感じられた。今後の課題は、こうした内面的な強さや姿勢を、製品を通していかに外部に向けて効果的に発信していくかにあるのではないだろうか。これからもヨシカワは、変化の激しい時代のなかでぶれることなく、その「らしさ」をひとつひとつの製品に宿しながら、真摯にものづくりと向き合っていくだろう。
「ヨシカワらしさをかたちにする」、その歩みはこれからも続いていく。
(取材日:2025年8月28日)
左から、バートル、中庭、柳原氏、小柳氏、新西、野坂
株式会社ヨシカワ ホームページ
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