執筆者:野坂美穂(多摩大学経営情報学部)
左から、新西、齋藤和也代表取締役、中庭、野坂
「株式会社ドッツアンドラインズ」(以下、ドッツアンドラインズと略称)。中小企業の経営者や後継者に関することが書かれている『ツギノジダイ』(https://smbiz.asahi.com/)の記事をたまたま読み、この企業に興味が湧いた。ドッツアンドラインズは、度々、新聞や記事に取り上げられるほど、今、注目を浴びている企業である。
今回は、ドッツアンドラインズの代表取締役・齋藤和也氏と、社員のA氏にお話をお伺いした。
創業のきっかけ
ドッツアンドラインズは、燕三条の青年商工会議所で地域貢献活動を行う仲間、具体的には製造業、プレス、特殊印刷、板金加工、サービス業、卸売業、デザイン卸売業といった様々な業種のメンバー9名と、東京のデザイナーとシンガポールの実業家2名の計11名で構成される。
きっかけは、齋藤氏が同じ熱量をもって活動している信頼のおける仲間に、「仕事も一緒にやってみないか。」と声をかけたことにある。だが、地元の人達ばかりだけでは客観的な視点が持てないことから、多角的視点を持つことを目的に東京とシンガポールの2人にもメンバーとして入ってもらったという。
創業一年目にして取引企業先は上場企業5社で売上も立ったため、社員を新たに雇い、創業四年目の現在では、さらに仲間が増えているという。
主力事業は二つ。一つ目の事業は、地域内外の顧客から「このようなものをつくってほしい」と依頼された製品をつくり納める「委託ビジネス」。顧客から図面またはサンプルやラフ画をもらい、それに合わせて製品をつくる。この事業は、売り上げの実に95%を占める。
二つ目の事業は、「会員ビジネス」。燕三条の法人企業に会員となってもらい、地域内外の企業から仕事の案件があれば紹介する、いわばビジネスマッチングである。顧客のニーズに応じて、会員企業ができることを丁寧に説明したうえで、1案件あたり約5社を紹介する。最終的に選ぶのは顧客であるため、たとえ選ばれない企業があったとしてもやむを得ない。この点は、シビアな世界である。現在の会員数は約100社で、売上の5%程度を占めるという。
委託ビジネスにおいては、顧客から仕事の依頼が来ると、まず11名のメンバーに仕事を割り振る。11名のメンバーの本業ではできないような依頼内容の場合には、法人会員を紹介する仕組みだ。その割合は、メンバーが6割、法人会員が残りの4割である。それでも顧客のニーズに応じてきれない場合、特に燕三条はIoTやDXなどのソフト面が弱いそうだが、外部から業者を探し出すという。
マッチングは儲からないビジネス
通常、ビジネスマッチングは、仲介手数料で稼ぐビジネスモデルのはずである。だが驚くことに、ドッツアンドラインズは、ビジネスマッチング事業では仲介手数料をとらない。
「ヨソが例えば5かけで仕入れたものをお客さんに売っているものを、うちらは管理費そんなにとらないので。100円で仕入れたものを、100円でお客さんに売ってしまうので。」(齋藤社長)
でも、それでは利益はどうするのか、と誰しもが思うだろう。ドッツアンドラインズでは、顧客が手間を省くために出荷までの「まとめ」の仕事を依頼されることがある。そこでの梱包作業費や出荷代行費、管理費をもらうことで、利益を得るという仕組みとなっている。つまり、中間手数料はとらないが、「まとめ」の仕事で利益を得るというわけである。
また、社員の8名はもちろん給与をもらっているが、11名の取締役のメンバーは、なんと無報酬であり、各自が自分の本業で稼ぐ仕組みだという。各メンバーは、本業が忙しければドッツアンドラインズの営業には力を入れないし、本業に余裕があれば営業に力を入れるというスタンスをとる。その中でも一番仕事を多く取ってくるのは、やはり齋藤社長だ。
齋藤社長の実家は「有限会社ストカ」で、事業内容は製造業・プレス業。大手メーカーの4次下請けにあたるという。四年前までは、本業一本で現場の仕事をされてきた。
「基本的には、優先して自分の家(本業)の仕事をとってきて自分の家に売り上げをいれて、給与・報酬をあげて、どんどん成長させているので、ドッツアンドラインズから給与もらわなくても生活はできます。ドッツアンドラインズは、頑張った人達にしか利益がいかない構図だから、別に利益が出なくてもクレームが来ることは、ほぼないですね。」
それぞれのメンバーに本業があってこそ成り立つ企業。「頑張った者が報われる」という当たり前なようで当たり前ではない世界がそこにはある。
齋藤社長への「信頼」-頼まれたら断らない
ドッツアンドラインズには、次から次へと仕事の依頼が舞い込む。「お客さんがお客さんを紹介してくれるんです。こちらから紹介してほしいと言ったわけではありません。」という社員のAさん。だから、基本的には営業はしなくてもよいという。
仕事の依頼が次々と来るのは、ドッツアンドラインズの信用力が高い証拠。では、その秘訣とは何なのか?
「単純に問屋や商社に頼むよりも、安いからじゃないですかね?」と齋藤社長。いやいや、それだけの理由であるはずがない。「周りからは、齋藤和也だからできるといわれるので、俺自身は分かりません。逆に言ったらスキームがないという感じですね。」齋藤和也氏だからこそ、お客さんは仕事を依頼する。その魅力とは何であるのか、さらに興味が湧く。
粘って答えを待つと、齋藤社長は「たぶん話しやすいのではないかと思います。それで、なぜか会いたい人に会えることは、不思議ですね。新しいビジネスをやりたいなと思えば、社長に相談して聞いてみたりもできます。その『突破力』ですかね。」と、ご自身を分析された。普通の人は、大企業のトップに会いたくても、そうそう会えるものではない。だが、簡単に連絡がとれ、簡単に会えてしまう。それが齋藤社長なのだ。
一方、社員の目から見ると、齋藤社長はどのように映っているのか。ほんの束の間、齋藤社長が席を外された時、Aさんがそっと語ってくれた。
「だいぶこの会社は特殊かなと。(社長は)基本的に足を運ぶのが上手いというか、用事がなくても、関係のある会社の目の前を通ったら顔を出すし、謝ることもできる。全部、自責の方です。やはり、信頼がすごくあると思います。基本はみんな他人のせいにしたがるじゃないですか。そこは大きな違いかなと。それでいて、周りに対してきちんと指導もするので、信頼は強いのかなと。」齋藤社長は、社員からも周りからも絶大な信頼を得ているようだ。
そして、齋藤社長の好きな言葉は、「頼まれごとは試されごと。」とにかく、頼まれたら断らない。ドッツアンドラインズの仕事や本業の仕事に加え、「工場の祭典」や青年商工会議所の地域貢献活動に至るまで、あらゆることを全力でこなしている。
「基本的に齋藤和也は一番忙しくて、一番寝ていないと町の人全員に定着しています。どの人に会っても、いつも『寝てる?』と心配されます。」(齋藤社長)
このように、齋藤社長は、休憩すること、立ち止まることを知らない。
「でも、動かなくなったら、ちょっと心配になるかなと思いますね。」(社員のAさん)
365日、常に走り続ける経営者、それが齋藤社長だ。
「利他の精神」に基づくビジネス
齋藤社長が仕事を回す先は、「頑張っているかどうか」が一つの基準であり、適材適所をしっかり見極め、お客さんのニーズに相応しい企業を法人会員のなかから探す。もし、お客さんのニーズに合っていない場合には、それに合わせられるように齋藤社長が委託企業に指示を出す。
とはいっても、法人会員は約100社であるから、会員の中でも対応できない場合はどうするのか。そこには、燕三条ならではの「地域の助け合い」があるそうだ。例えば、お客さんが求めている精度でつくることができるかどうかを地元の業者に聞くと、つくれない場合には正直に「つくれない」といわれる。そして、代わりに、その精度でつくることができる他社を教えてくれる。この点で、燕三条は「欲を出さない地域、背伸びをしない地域」だという。
そして、頑張っている企業には、優先して仕事を回す。ドッツアンドラインズが仕事をもらったら、必ず別の仕事を返す。だが、仕事をもらってばかりで、きちんと仕事をしない企業には二度と仕事を回さない。こうして自然淘汰されていく企業もある。「義理人情」に基づく関係性のなかでも、仕事の姿勢に対するシビアな視線は欠かせない。決して「甘え」の関係にはならない。
「(齋藤社長は)自分より他人なんですよ。周りの人が儲かれば良いと思っている。」(社員のAさん)
では、齋藤社長がこのような「利他の精神」を持たれたきっかけとは何だったのか。
「やはり、地元企業の仲間がいなくなるというか、廃業とかいろんなことが起きるじゃないですか。そういうことをなんとかしていかないと、『最終的に生き残ったところに集中してしまう=自分がきつくなる』というのがすごく嫌だというのがあって、そのなかで改善していかなきゃいかなければならないから、自分が楽になるには周りを助ける必要があるんじゃないかと思ってやっていますね。」(齋藤社長)
「情けは人の為ならず」というが、まさにその通りだ。
「競争はしない」というスタンス
ドッツアンドラインズの競合といえば、問屋や商社がそれにあたるという。
だが、「競争する気は全くありません、疲れるじゃないですか、だったら、共につくっていくことの方が良くない?歩幅合わせていこうよ。走り抜けていくと、止まれないじゃないですか。でも、人間、100キロマラソンってゴールがあるからいえるわけで、無限だったら誰かやります?そんななかで、共に歩くというのであれば歩きますけれど、歩くのも嫌であれば、救いようがないので、そこはもう知らないという感じですが。」(齋藤社長)
現在のビジネス構造自体、他とは競技が違うかもしれないという齋藤社長。例えば、みんなの競技はリレーであるなか、自分は走り幅跳びをやっている。だから、リレーの競技者に、自分を理解してもらわなくても構わないという。
では、この競技の醍醐味とは何なのか。
「仲間がいることですかね。社員は間違いなくそうですけど、頼ってくれる人。困ったら俺を呼んで、俺が困っている時に来てくれる人。そういう仲間が地域だけでも1000人以上いるから、それでいいかなって。」(齋藤社長)
若い頃に東京で仕事をされた後、Uターンをしてから15年ほどかけて仲間を培ってきたという。とはいえ、1000人の仲間を持つ人は、そうそういないだろう。
さらに、齋藤社長は、我々に分かりやすい説明をしてくれた。
「例えば、燕三条はアウトドア関連企業が多く、競争環境も激しいですよね。世の中の構図は超絶面白くて、基本的に売れているモノに皆がのっかりますが、俺は逆を行きます。売れているモノには絶対にのらない。そうすると、絶対にこぼれてくるので。これをやってくれる人(企業)がいなくなるからということで、自動的に仕事が入ってきました。」(齋藤社長)
競争を回避することで、誰もやらない部分が自然に生じる、それを上手くキャッチする。このようにして、燕三条のアウトドアメーカーの雄であるスノーピークなどとも取引を行っているという。
これから先に見えるもの―「夢」と「希望」の違いとは
ドッツアンドラインズは、今後、どのような方向性へ向かうのか。
「今後は、法人会員を増加させて、よりお客さんに切れるカードを増やしたいと思います。」(齋藤社長)
燕三条駅には、ドッツアンドラインズが提供するビジネスマッチングサービスの場として、「燕三条こうばの窓口」があり、法人会員の紹介するカードが並べてあるが、現在の法人会員だけでは、まだまだ顧客のニーズを満たせない部分があるという。「切れるカードを増やす」とは、顧客の多様なニーズを満たせるようにすることを意味する。
また、最近では、齋藤社長のマネをする人が出てくればいいなということで、地域での後輩の育成にも努めている。
「燕三条地域でもどこでもそうですが、みんな夢はあるけれど、希望がない。夢=こうなりたい、希望=こうなった先にこういうものが得られるということ。例えば、社長は『この地域のために上場したい』とか大義名分を掲げていうんだけど、一方で、社員にもっとこうしたらお金を稼げるよねとか、会社の規模が大きくなれば課長から部長になれるかもしれないよ、などと具体的にはほとんど示さないですよね。俺は、具体的な数値として示します。夢と同時に希望を与えなければいけない。だから、工場の祭典でも参加企業に具体的に示すことで、社員のモチベーションがあがって、辞める人もいなくなるという希望を与えるわけです。」(斎藤社長)
「夢をいかに希望に変換することができるのか」、この本質を理解している企業は、現実的には決して多くはないという。
「企業家精神」という言葉は様々な意味や解釈が存在するが、「利他の精神」を有する経営者が世の中にどれほど存在するのだろうか。かつて、京セラの稲盛和夫が「利他の心を判断基準にする」といったことを思い出した。「利他の心で判断すると『人によかれ』という心ですから、まわりの人みんなが協力してくれます。また視野も広くなるので、正しい判断ができるのです。」(稲盛和夫オフィシャルサイト『思想』)(注1)
齋藤社長が、決して型にはまることなく、独自の路線を走り続けながらも、一匹狼にはならずに多くの仲間がいるのは、まさに「利他の精神」をお持ちだからこそではないか。このように燕三条地域のネットワークのハブ的存在を担う齋藤社長の想いや信念は、地域を超えて波及し、ネットワークはさらに広がり続けることだろう。
(取材日:2023年9月7日)
(注1) 稲盛和夫オフィシャルサイト『思想』https://www.kyocera.co.jp/inamori/about/thinker/philosophy/words25.html
(アクセス日:2023年11月22日)