株式会社テーエム

鉄やステンレスを黒く染めて高級感を演出する化学加工企業―株式会社テーエム

株式会社テーエム 代表取締役 渡辺竜海氏

執筆者:新西誠人(多摩大学経営情報学部) 

左から、中庭、渡辺社長、新西、野坂

黒染めは「日焼け」、メッキや塗装は「お化粧」

 黒染めは、鉄やステンレスの表面を化学変化させ、酸化被膜を作るのだという。素材を変化させるので、素材の大きさが変わらない。さらにギアやピストンなどの動作部品に使っても剥がれることがないため、防食の期間が長くなるというメリットがあるという。渡辺社長は「メッキや塗装がお化粧だとすると、黒染めは『日焼け』なんです。」と説明してくれた。

 テーエムでは、鉄の黒染めがメインだが、ステンレスの黒染めも行っている。ステンレスへの黒染めは業界でも不可能と言われており、実際、他社もチャレンジしては失敗の繰り返しだったという。テーエムでも、ステンレスへの黒染めの問い合わせが増える中、「必ず需要がある」と捉え、粘り強い試行錯誤の末、ようやく黒染めに成功した。だが、実際できるようになると、想定していた機械部品のステンレスの黒染めの需要はなかったという。

 黒染め技術を確立させてから引き合いがあったのは、食器や仏具、そして医療器具だ。ステンレスは錆びにくいので黒染めは不要ではないかと思うが、医療器具で求められたのは「視認性」である。手術に使う器具の反射を抑えることで視認性が高まり、取り違えを防いだり、手術ライトの反射が直接目に入ったりすることがなくなる。加えて、非常に細く、一度床などに落としてしまうと見つけるのが困難な痛くない注射針の黒染めをすることで、見つけやすくなるという。

 黒染めは、触媒液の管理が勘所だ。液の「温度」「濃度」「時間」の管理が職人の勘所であり、仕上がりに影響を与える。この感覚を掴めるかどうかが、職人としてやっていけるかどうかのポイントになるという。「液は生き物なんです」と渡辺社長はいうが、大気の温度、品物のロット、元となる品物の材料の仕入先が変わっただけでも、液は微妙に変化するそうだ。そのため、自動化は難しい。

事業承継

 渡辺社長は3代目。創業者は、戦争で武器を管理する仕事をしていたという。そこで出会ったのが黒染めだ。ライフル銃などの黒染めをすることで、光の反射や錆を抑えることができる。

 先代から事業承継したのが14年前。しかし、渡辺社長は事業を継ぐ気は一切なかったそうだ。先代からも事業を継ぐようには言われず、音楽の専門学校に通っていたという。「とにかく(新潟)県外に出たい。」と1年半ほど、千葉県の浦安で2つのバイトを掛け持ちしながら生活をしていたそうだ。しかし、手に職がつくわけでも、やりたいことをするのでもなく悶々とした日々を送っていたある日、先代から「この先どうするのか。」と言われたことが、本音では「帰ってくるように。」という意味だったのではないかと渡辺社長は捉え、実家に戻り、頼み込んで家業を手伝うようになったという。

黒染め専業からの展開

 黒染めができる業者は、三条市内で他に2社、新潟県央含めても5社程度と多くはない。昔は価格が依頼側の言い値のことも多かったが、今は、需要があるのにできる企業が少ないため、価格に対しての理解が増しているそうだ。黒染め専業の一番の強みは「納期」。急ぎの仕事では、朝一番で品物が到着し、昼には加工を終えて戻すということもあるという。

 渡辺社長が、B2Bだけでなく、B2Cも扱うようになったのは、「黒染めを世の中の多くの人に知って欲しい」という思いからだ。そこで、中川政七商店が開催したブランディングに関する講座を見つけて参加もしたが、過去に一度B2C商品の開発で失敗しており、とても一人ではブランド化できる気がしない。

 そこで、同じ講座を受けた同じ年のデザイナーとたまたま意気投合。口に入れても無害という黒染めの特徴を活かして、テーブルウェアから始めることにした。デザイナーは、元々はWebデザイナーだったということだが、ロゴのデザインやブランディングなども対応してもらった。そこで生まれたのが「96(KURO)」ブランドである。デザイナーと組むことで新たな化学反応が起こったといえる。

 テーブルウェアを検討するにあたり、当初考えたターゲット顧客は、40代前後の家族を持つ一般的な人のなかでも、特にこだわりを持った女性。黒染めのテーブルウェアを使うことで、特別感を持ってもらいたいと願った。

 金型は、他社が昔使っていたものを使用させてもらっている。金型製作の高額な費用が不要になるだけでなく、破棄するはずの金型を再利用することで、エコロジー関係の賞も受賞した。すでにあるものをうまく活用するだけでなく、染めることで新たな価値を付加した新製品として蘇らせている。

 これらの新しいプロジェクトでは、三条エコノミークラブなどで知り合った仲間に助けてもらうことも多いという。クラウドファンディングで募集し支援してもらった黒染めのナタは、刃や持ち手、ケース、化粧箱、組み立てなど、エコノミークラブの会員や先輩、そのつながりの業者などで協力して作られたそうだ。

 今後は、園芸用品などラインナップを拡大していきたいという。また、海外展開に思いをはせる。中国人は赤いものが好きなので、黒いものはウケないかと思ったが、現地の展示会に出展したところ、複数の業者から「黒のブーム」について話を聞けたそうだ。中国で勝負できる可能性は十分にあるだろう。

 普段、見慣れているカトラリーでも、黒くなるだけで高級感や特別感が増す。渡辺社長と最初ご挨拶したときにいただいた名刺も黒を基調とした恰好良いものだった。黒は何物にも染まらない色ともいわれる。人当たりが柔らかい渡辺社長だが、黒染めを世の中の多くの人に知ってもらいたいという思いは、何物にも染まらずに広げていく強い意志を感じた取材だった。

(取材日:2023年9月4日)

黒染めされたナタ。使うほどに味が出る。

96(KURO) : https://96bst.com/

株式会社テーエム:https://tm-tm.net/