株式会社エムテートリマツ 代表取締役社長 鳥部一誠氏
執筆:新西誠人(多摩大学経営情報学部)
左から、バートル、野坂、鳥部社長、中庭、新西
真言宗智山派の大本山として知られる千葉県の成田山新勝寺。1080年以上の歴史を持ち、源頼朝も祈願したという。この門前にある表参道は、今も参拝客で賑わう。昭和12年創業のエムテートリマツの鳥部社長がある日、ゴルフでこの地を訪れ、ふと通りを見渡したとき、「今津屋」の古い看板が目に入った。エムテートリマツの創業者の時代から取引していた金物店の名前だった。
「ここだなと思ったんですよ。先々代が最初に取引したお客さんです」
店はすでに閉業しているようだったという。
日本の金物業界は、長らく地域密着の流通構造に支えられてきた。町の荒物屋や金物店が小売を担い、問屋が商品を供給する。メーカーが生産したものを問屋が各地の小売店に卸すという階層型の流通だった。だが1990年代に入り、ホームセンターが急速に拡大する。地方の小売店は次々と姿を消した。さらに2000年代以降はECが市場を変えた。
「ホームセンターも昔ほど良くない。ネットに押されています」
モノタロウなどのEC企業が、工具や厨房用品の市場にも参入し、業務用の販売を進める。アマゾンも業務用への参入を狙う。
キッチン用品市場でも変化は大きい。かつて重要な販路だった百貨店は縮小し、百貨店向けの卸企業も次々に消えていった。一方で急成長したのが百円ショップだ。
「燕にも百均のベンダーがあり売上240億以上の会社です」
低価格市場の拡大は、金物業界の流通構造を大きく変えた。
燕には、厨房用品の卸企業が数多く存在する。特に大手の厨房用品卸が採用しているのが、「カタログ型卸」と呼ばれるビジネスモデルだ。数千ページに及ぶカタログを作成し、そこから顧客に商品を選んでもらうモデルであるため、在庫と物流が競争力の源泉となる。この場合、顧客からの注文を受け、倉庫から商品を効率的に出荷することが重要になる。
これに対し、エムテートリマツの鳥部社長は、自社のビジネスモデルを「まとめ屋」と表現している。顧客から「こういうものが欲しい」という相談を受けると、同社は産地の加工業者を活用して製品化する。エムテートリマツは自社工場を持たないファブレス企業であり、いわば製造プロジェクトのコーディネーターである。カタログ問屋が在庫と物流で勝負するのに対し、まとめ屋は課題解決力と設計力で勝負する。鳥部社長は営業担当者にも「ゼロ回答はするな、小回りを利かせて」と伝えているという。そして、この30年で流通経路が変化する中でも、エムテートリマツのこのビジネスモデルは変わっていないという。
同社の営業は、厨房や食品工場に足を運ぶ。現場を観察し、課題を探す。そこから商品アイデアが生まれる。例えば、コロナ禍で生まれたのが「箸置き不要」の箸だ。箸先がテーブルに触れない構造になっている。またホテルのビュッフェでの経験から生まれたのが、「スマートサーバー」という商品だ。インバウンドが盛んになる中、風習の違いから衛生面に考慮した商品として発想した。
燕市は、日本を代表する金属加工産地だ。洋食器の生産で知られ、現在も多くの加工企業が集積している。その特徴は分業構造にある。製品を一社で作るのではなく、複数の企業が工程を分担する。この仕組みは、小ロット多品種生産に向いている。
燕の産地には、「プレス、板金、溶接、表面処理、樹脂成形」など多様な加工企業が存在する。これらを組み合わせれば、ほとんどの製品を作ることができる。
「燕は加工屋の集積地です」
同社はそのネットワークを活用して、顧客の要望に応える。
エムテートリマツは、持続可能な地場産業を目指し、SDGsを経営向けに独自に翻訳・再構築した「エムテートリマツSDGs指標」を作成。この指標に基づいて加工企業を評価・認定し、一定以上の点数を獲得した企業をネットワーク化することで「SDGs調達」を実現している。SDGs調達を通じて、取引先の選別とネットワークの強化を図っている。
「加工屋のコミュニティーですね」
産地の技術を組み合わせることで、顧客の要望に応える。さらにコミュニティー化することで、加工機器の導入などの最新情報も取得することができるという。この取り組みは、2021年に新潟SDGsアワードの奨励賞を受賞している。
同社の経営には、故稲盛和夫氏が提唱した「アメーバ経営」を取り入れている。
「言っていることは簡単なんですよ。部門別採算管理、売上最大・経費最小、シンプルな採算表。ただ実践しようとなると様々な難しさがある」。
例えば稲盛氏は、「経常利益10%」というが、
「問屋でそれは難しい」
と漏らす。ただし、同じくファブレスで経常利益を50%出している会社もある。それが高精度センサーや測定機器を開発・販売しているキーエンスだ。キーエンスで勤めたのち、キーエンスの経営について「性弱説」を唱える高杉康成氏の手法を、鳥部社長は取り入れようとしているという。高杉氏の著書「キーエンス流 性弱説経営」によると「性弱説」とは、性善説や性悪説などの「善悪」ではなく、人間は本質的に「弱い(難しいことや新しいことを積極的にやりたがらず、目先の簡単な方法を選んでしまいがち)」生き物であるという前提に立つ考え方である。この人間の特性を理解したうえで、さまざまな仕組み化を行うという方法論だ。すなわち、社員が頑張るという「善意」に基づいて仕組みを考えるのではなく、誰がやっても同じ高いパフォーマンスが出るように、商品企画のための潜在ニーズの収集や分単位の日報作成などを構築し、運用するものである。
「食べることはなくならない」
厨房の中でも市場規模が頭打ちになっている分野もあるが、異物混入などへの対応など、食産業を支える道具の需要は続く。また、食産業以外でも、意外な分野からの依頼もあるという。同社の創業は1937年。現在、創業90年が視野に入る。次の目標は100年企業、売上100億円を目指すという。
流通の中間に位置していた問屋は、ECの台頭によってその存在意義を問われている。だが同社は、流通業の枠にとどまらず、製造業的な機能を取り込むことで、新たな立ち位置を築こうとしている。100年100億円を目指し、これからどのように経営していくのか楽しみである。
(取材日:2026年3月9日)
稲盛和夫. (2025). アメーバ経営 新装版 ひとりひとりの社員が主役. 日経BP 日本経済新聞出版.
高杉康成. (2024). キーエンス流 性弱説経営 人は善でも悪でもなく弱いものだと考えてみる. 日経BP.
エムテートリマツ株式会社 https://www.mt-torimatsu.co.jp/