杉山金属株式会社
株式会社燕三条キッチン研究所
杉山金属株式会社
株式会社燕三条キッチン研究所
三方良しの流通ゲームをデザインするための戦略的ブランド「4w1h」
杉山金属株式会社・株式会社燕三条キッチン研究所
小川陽介氏 杉山金属株式会社営業部部長・株式会社燕三条キッチン研究所営業部部長
執筆・中庭光彦(多摩大学経営情報学部教授)
エンドユーザー向けのカッコ良いブランド
今回ご紹介するのは、「燕三条キッチン研究所」だ。HPを見ると、「4w1h」というブランドロゴがカッコ良いし、説明もわかりやすい。この燕三条キッチン研究所は、フライパンやケトル、たこ焼き器等を製造している杉山金属株式会社のプロジェクトだ。エンドユーザーに魅力的な商品を作ろうと2017年から活動が始まった。別法人となっているが、両社の相乗効果を狙っているので、一体で活動が行われている。
いったい、この4w1hというブランドがなぜ生み出されたのか?
杉山金属と燕三条キッチン研究所、両社の営業部部長の小川陽介さんにうかがった。
メーカーが感じる違和感とは?
小川さんは、十年以上前に「置き薬」の営業マンから杉山金属に転職してきた。つまり、エンドユーザーに商品の魅力を直接伝える営業から、問屋にものづくり企業の商品の魅力を伝える営業に転身したことになる。当然、営業の「内容」も違うわけで、当初はある「違和感」を感じたという。
「例えばメーカーが設定する、メーカー希望価格で、『この商品は5,000円』と設定してあるにもかかわらず、気がつくとそれがネット販売で半分の2,500円で売られている。しかも、それが出したばかりの新商品。これどういうことだ?新商品なのに、そんなに安く売らなくてもいいのに?」
この違和感を感じないようにするためには、どうしたらよいのか?小川さんは考えるようになったという。
この意味を理解するには、流通の簡単なしくみを知っておく必要がある。メーカーが作った商品を、エンドユーザーが購入するまで、原則としては次の流れをとる。
メーカー→問屋(卸とも呼ばれる)→小売店→エンドユーザー
例えば、メーカー希望価格(メーカーが小売店にこの価格で売ってほしいと希望する参考価格)100円の商品であれば、メーカーは問屋に一個50円(例)で売る。但し製造する時は多くの量をまとめて作るので、100個(例)をまとまりにして5,000円で売る。商品を買った(仕入れた)問屋は、そのまとまりをばらして、自社の利益を例えば20円プラスして、一個70円で小売店に売る(卸す)。さらに、小売店は自社利益を30円プラスして100円でエンドユーザーに売る、つまり私たちは100円で買う。
これが、流通のしくみだ。
ところが、いまは誰もがネット販売を利用するので、こんなことが起きる。
メーカーから仕入れた商品を、問屋や小売りが「メーカー希望価格では売れ残りが出るかもしれない・・・」と思った途端に、ネットショップに値引きして売ってしまう。ネットショップも在庫をもちたくないので、同じように値引きして、早く売り切ってしまう。結果として、エンドユーザーは、メーカー希望価格の半額近くで商品を買えることになる。
エンドユーザーが安く買えるのだから、イイことではないか、と思うかもしれない。
でも、良いことばかりではない。
これに問屋や小売り店が慣れると、商品の質を見ずに、メーカーからとにかく「安い価格で仕入れる社員」が優秀とみなされるようになる。すると、メーカー側も、「良い商品をつくっても、どうせ買いたたかれるかもしれない」と思い、コストの安い商品ばかり作るようになる。
まさにメーカー、問屋、小売り、消費者がプレイヤーとなるゲームのようで、これが今も残る流通ゲームの世界だ。
でも、このゲームは「みんなが得をするゲーム」なのだろうか。もしかしたら、「メーカーに不利なゲーム」になっているのではないだろうか。
小川さんの語る「違和感」を、聞き手の私は、そのような意味に受け取った。
ならば、どのような流通ゲームで自社商品をエンドユーザーに届ければよいのだろうか?それが問題となる。
4w1hという戦略的ブランドシリーズ
燕三条キッチン研究所による「4w1h」シリーズについて、小川さんはこのようにおっしゃる。
「こだわったのは、燕三条キッチン研究所という名前で『4w1h』というシリーズを展開したことです。杉山金属とは、販売先をまったく変えています。同じ販売ルートをいくと、同じ違和感にぶつかる心配がありました。元々、その悩みを何とかしたいという所が動機なので、まったく別の販路を考え、ユーザーさんに一番近い立場でのお店、実店舗を持つお店に直接お届けする。今までやったことないから大変だけど、チャレンジしてみようと決まりました。」
こうすれば、メーカーがクリエイティブに考え抜いた商品を、生産者も消費者も共に納得できる値段で購入することができるようになる。
それに商品のデザインも一つ一つ考え抜かれているし、何よりも、エンドユーザーがわかりやすい。これも、小川さんがこだわる「説明しやすさ」のおかげだ。このような商品の開発を行うために、月1回、デザイン会社、コピーライティング会社、が入った企画会議を行っている。
この企画会議も見学させていただいたが、自由にものを言えるし、実に細かい。私も社会人経験は長いが、他社の企画会議をのぞく機会などなかなか無いだけに、おもしろかった!
4w1hが、メーカーがエンドユーザーに直接魅力を伝えるための、戦略的ブランドシリーズということが、よくわかる経験だった。
杉山金属の三方良し的商社への動き
4w1hのようなエンドユーザー相手の商品が販売されるようになると、杉山金属の本業にも良い影響が現れる。下の写真は、杉山金属ショールームに飾られたホットサンドメーカーだ。壁一面に並べられている。
焼くと、一つ一つ異なる模様がパンの焼き目となって表れるもので、オリジナル・ホットサンドメーカーなのだ。これが一目でわかるように、パッケージが一つ一つ全て異なっている。
小川さんは、ホットサンドメーカー製作の経緯と杉山金属の変化について、こう言う。
「杉山金属としては商社としての動きもしていまして。2017年位の東京の展示会で、ホットサンドメーカーだけを置いて、オリジナルのホットサンドメーカーを作りませんか、と。
後には社内にレーザー設備入れて、1個からOKですと、どんどんうたっていった。」
さらに、このホットサンドメーカー製作販売の動きは、さらに進化している。
「最近は、まず金属加工の相談事なら何でもいいです、と言っています。最近の案件は、うちはものづくりノータッチ。仲良しのメーカーさんに協力してもらい、商社みたいに納品することもやっています。製造を頼んだ仲良しメーカーさんも、注文なら喜んでもらえますし。当社を経由することで、欲しかったものが納品されるのであれば、依頼先も喜んでもらえる。三方良しですね。」
私たちは、ものづくりメーカーというと、「つくる部分しか見ない」ことがある。でも、それでは経営が成り立たない。メーカーは「ものづくり能力」と「流通ゲーム」の両方を見て優位に立たなければならないし、イノベーションに結びつけるならば必須項目だ。
エンドユーザーと結びつくことは大事だし、時には、エンドユーザーに働きかけて商品が利用されるシーンを提案していくなど、新たな市場をつくることも必要だ。商品の魅力を伝えなければならないわけで、プロダクトデザインや商品デザイン、プロモーションデザイン、はては戦略デザイン・・・様々なデザインが必要となる。
杉山金属(株)と(株)燕三条キッチン研究所は、まさにいま「ものづくり能力」と「流通ゲーム」の両方を、三方良しを目指しデザインしようとしている。2025年現在、これからも注目し続けなくてはならない企業と言える。
(取材日:2025年8月28日)
株式会社杉山金属 https://sugimetal.jp/?srsltid=AfmBOoo-8m2diRzWUWmxLHoSo0BW_Koe5rT0nuvuMa5MDM7aGyO5sQGO
燕三条キッチン研究所 https://4w1h.jp/
前列右より小川陽介氏、中庭、後列右より野坂、新西、バートル
「ホットサンドメーカー」(2020)と「パスタ鍋」(2022)のグッドデザイン賞賞状を囲むように撮影した。