下村企販株式会社 営業部 課長 久保寺公一氏
執筆:野坂美穂(多摩大学経営情報学部)
家庭向けのキッチン用品や生活雑貨を中心に取り扱う産地問屋の下村企販株式会社。もともとは1874年に鍛冶屋として創業し、1957年に下村工業を設立、刃物などの製造を中心に行ってきた。そこから、1973年に下村工業の問屋部門として独立したのが下村企販であり、「ものづくりができる商社」として商品の企画開発、製造、販売を行っている(注1)。下村企販の商品をひとたび検索すると、「先端が浮いて汚れないスマートキッチントング」や「泡立ちがはやい泡だて器」など、どれも目にとまる魅力的なキャッチコピーがついている。
近年では、キッチン用品の「家事問屋」(2015年~)や、珈琲考具や茶考具、OUTDOOR用品の「KOGU」(2019年~)などのオリジナルブランドも立ち上げている。今回は、「家事問屋」ブランド立ち上げの立役者である、久保寺公一氏に詳しくお話を伺った。
左から、野坂、久保寺氏、樋笠
オリジナルブランド「家事問屋」立ち上げの経緯
下村企販の顧客は、生活協同組合(以下、「生協」と略称)や紙面通販といった専従通販が8~9割を占め、地場でつくられたキッチン用品を中心に提案を行ってきた。通販カタログやチラシに掲載される商品の注文数は、予定販売数量を上回ったり下回ったりと毎回変動的であり、予定よりも注文数が多い場合には、仕入れ先である地場の工場(こうば)に少し無理なお願いをし、残業や休日出勤してもらうことで、なんとか短納期で数を揃えられるように調整してきた。海外生産ではこうした数量の調整は難しいが、目と鼻の先にある地場の工場であるからこそ柔軟に対応してもらえること、さらにデリバリーの速さや小ロット多品種に特化できることが国内生産の強みだと、久保寺氏はいう。この点で、地元の比較的規模の大きい同業他社との差別化を図っている。
ところが、次第に地場の工場の高齢化が進み、また若い人の採用が難しくなってきたり、機械生産では生産量が減ると工場賃も減ることもあり、これまでのような無理がきかなくなってきた。一方、通販カタログやチラシに掲載されている時は商品が動くのでよいが、掲載されていない時は工場の売り上げがたちまちゼロになるといった通販業者との取引特有の課題も抱えたままであった。このため、小規模な地場の工場にとっては、安易に増員をしたり機械設備を新たに投資したりすることができず、「商品が今売れていますよ!」と良い話をもっていっても、喜ぶどころか却って不安を覚えるようだったという。
こうした状況をどう打開するか、社内での話し合いが行われた。問屋業は産地があってこそできる商売であり、産地を残すということにフォーカスしなければ事業として成り立たないため、まずは産地の工場に恒常的にお願いする仕事量を増やすこと、そして恒常的に商品を売る場所をつくること(実店舗の新規開拓)が必要だとの結論に至り、2015年に「家事問屋」というオリジナルブランドを新たに立ち上げた。
商品開発へのこだわり
下村企販では、いわゆる企画部や商品開発部といった部署は存在せず、営業が企画開発を兼ねる。営業が新潟の本社を拠点に全国各地のお客さんのところに足を運び、顧客の要望を聞いて耳に残ったことは忘れないうちに地場の工場に伝えることで、商品開発のスピードを重視しているという。
生協や通販を利用するユーザーは、巷のお店には置いていないような特徴のある商品、例えば、ちょっと変わったものや、より利便性の高いものを買い求めるそうだ。具体的には、もう少しサイズの小さいものや洗いやすいもの、あるいはもう少し取っ手の長いものといったことであり、これらの細かなユーザーニーズを地場の工場にしっかりと伝え、要望通りの商品開発を行うことに徹してきた。地場との距離が近い産地問屋だからこそできる商品開発のノウハウが重要なリソースとして社内に蓄積されており、家事問屋の商品においても存分に発揮されている。
久保寺氏は、「地場には、40~50年前からずっとつくり続けられてきた商品があり、それらはユーザーに支持され続け生き残った商品であるからこそ、何かしらの価値を持っています。家事問屋の商品は、ゼロからの発想というよりはむしろ、地場の既存のものをベースとして今のライフスタイルに合うように改良を加えること、要するに改良の要素がマーケットインです。」という。
このマーケットインの発想の延長上として、商品の「新しい使い方の提案」も行っている。一例を挙げると、深めのステンレスのバットをお弁当箱がわりに使うといったことだ。バットはバッドでしかないという作り手や使い手の固定観念から一歩脱した、柔軟な発想による提案が行われている。
このように、家事問屋では昔からある地場の商品を大切にしながら、良いものはそのまま残しつつ、様々な方法で新しい息を吹き込み、今の時代に合った商品に生まれ変わらせている。
徹底した「使いやすさ」の追求
家事問屋のコンセプトは、「ありきたり、なのに使いやすい。」こと。「使いやすさ」をとことん追求し、「洗いやすい、しまいやすい、永く使える」という三つの基準を設け、全商品に対してそれらが当てはまっているかどうかを必ず問うようにしているという。「長く」ではなく「永く」という漢字で書かれていることから、大切に使い続けてほしいという想いが伝わってくる。これら三つの基準はセールスポイントにはならないが、使用品質としては最も大事であると久保寺氏は述べる。私も含め多くの人は気づかなかっただろうが、言われてみれば確かに重要なポイントである。
試しに早速、「下ごしらえボウル11」(外径11センチ)を購入して1か月ほど使ってみたが、ほぼ使わない日はないほど、使い勝手が良かった。というのも、大容量を混ぜることよりも、少量を混ぜることの方が圧倒的に多かったからだ。何よりも両手にすっぽり入るほどの小さなサイズが愛らしく、しまう時も隙間スペースにちょこんと収まり場所をとらない。また、ステンレス製の材質とほどよい重みのせいかチープ感がなく、使い手として丁寧に永く使いたいという気持ちにさせてくれる。大は小を兼ねるとばかりに使っていた我が家のボウルは、実は無駄に大きいだけだったことに気づかされた。
家事問屋ではコロナ渦以降、業務用メーカーにも依頼して商品をつくっている。業務用は耐久性が強く、頑丈であることから、「永く使える」という基準をさらに強化できるためである。業務用メーカーは、平時では家庭用には目を向けてくれないが、コロナ渦での外食控えなどで業務用の需要が激減したタイミングでアプローチをかけたところ、聞き入れてくれたとのことだ。日々、常にアンテナを張り、そうしたチャンスも逃さない。そして、売ったら終わりではない。家事問屋では「永く使える」ことの裏付け、保証として修理・部品交換のアフターケアもしっかりと行っている。実際に、ユーザーからの修理などの要望も多いという。「キッチン用品は使い捨て」という感覚の人からすれば、修理などは思いも及ばないことだろう。
このように、家事問屋はユーザー目線に立ち、「使いやすさ」を徹底的に追求している。実際に使ってみれば、そのことがはっきりと分かる。そして、使いやすさだけではなく、デザインにも定評がある。カタログを一目見渡すと、どれもシンプルなデザインで統一感がある。その多くは、意図的にデザインされたものではなく、先ほどの三つの基準を追求すると余計な機能が自然と削がれていき、シンプルになるという。一部はデザイナーが手掛ける商品もあるが、「できるだけデザインをしないデザインをしてください」と依頼し、飽きのこないデザインであるように心がけているとのこと。
久保寺氏は、「家事問屋は、今流行りの時短でできる商品などではなく、時間がなくても愛情を込めた美味しい料理をつくりたい、そんな使い手の想いに応え、ひと手間のハードルが下がるような商品でありたいです。」と述べる。こうした家事問屋の商品コンセプトに共感するユーザーはリピーターが多く、少しずつ買い揃えてくれるそうだ。
「うちの売れ筋は、世の中の死に筋」
-売れないものからつくる
「家事問屋」の商品は、ほとんどすべてが地場の燕三条でつくられたものであることも特徴の一つである。地場産にこだわり、商品を通じて地場のものづくりの技術の高さを使い手に伝えている。
多くの企業が目指すのは「売れるものをつくること」であるが、家事問屋はそうではないようだ。家事問屋の売れ筋商品は、世の中でそれほど売れている商品ではないという。久保寺氏は、商品事例を用いて分かりやすく説明をしてくれた。
「下ごしらえボウル」は家事問屋のブランド開設当初からの第一号商品であり、外径が9、11、13センチという小ぶりのボウルである。下村企販としても、小ぶりのボウルはこれまでに販売しており、紙面通販では売れ筋商品だった。だが、家事問屋ブランドとして「下ごしらえボウル」を世に出した時は、どこの実店舗にも同じサイズのものは置かれておらず、世の中で最も売れているボウルといえば外径18、21、24センチで、海外製の「オール3点セット980円」といった価格帯のものが圧倒的な売れ筋だった。この時、久保寺氏は「うちの売れ筋は、世の中の死に筋。」と確信したという。そして、ボウルに限らず家事問屋の他のアイテムも、類似品はあっても材質や形、サイズなどが全く同じ商品は世になく、100円均一と一般の商品の間の領域が抜けていることが新たな発見だったそうだ。
(左)一般的なボウル (右)「下ごしらえボウル11」
(筆者宅の使用ボウルを撮影)
家事問屋ブランド立ち上げの翌年からアイテム数を増やす計画があったが、当時、取引をしていたホームセンターの売れ筋ランキング200の最下位からつくる、つまり「売れないものからつくる」という方針を立てた。なぜ売れない商品をつくるのか、次のように久保寺氏は語った。
「1位や2位の売れ筋商品であれば競争も激しく、価格、品質、機能の面で切磋琢磨しても、入れ替わり立ち代わりするようなジャンルです。僕らがつくろうと思ったのは、生き馬の目を抜くような商品ではなく、日々の売り上げ数量は少なくても、必要とされる商品。売れなくても永く売り続けることが大事。工場さんのことを考えたときに恒常的な売り上げをつくりたいということですから、流行らないほうがいい。流行ったら工場さんの心配があるからできるだけ流行らないものがいいと思って、下位の200位から順に作っていきました。」
このように、作り手である地場の工場に寄り添い、どうすれば工場の方々が喜ばれるか、どうすれば産地として永続するかを考えながら、伝え手として企画開発を手掛けている。一方では、たとえ企画内容が優れたものであったとしても、地場の工場に長年積み重ねられた組織能力や挑戦する組織風土がなければ、要望に応じたものづくりを実現することはできないだろう。家事問屋の商品は、そうした作り手と伝え手の持つそれぞれの能力の「擦り合わせの妙」によってつくられたものではないだろうか。
新たなマーケットへ踏みこむ
家事問屋のブランドをいざ売り出そうとした時、下村企販の顧客の生協や通販が声をかけてくれたが、既存のルートでは新しいマーケットの開拓にはならないため、頭を下げて一旦お断りをした。先にも述べたが、家事問屋の商品は実店舗を中心に販売したいと考えていたからだ。店売りの得意な問屋4社を通して販売しているが、商品を置いてもらう小売店はどこでもいいというわけではない。問屋には販売を希望する小売店を事前に申告してもらい、家事問屋が小売店の話を直接聞いてから、取引を行うかどうかを判断する。
また、店舗での商品の陳列にもこだわりがある。お玉、包丁といったジャンル別の陳列ではなく、棚の一角に家事問屋のコーナーを設け、ある程度のアイテム数を取り揃えることで複合的に商品の価値が伝わるようにしているという。実際に売り場を見てきたが、棚には20~30個ほどの家事問屋のアイテムが並んでおり、商品をあれこれ手にとってみては大きさや重さ、材質を感じたり、「こんな商品もあるんだ」と新しい気づきもあったりして楽しむことができた。
最近では、ECサイトでも販売しているそうだが、店舗売りに準ずる販売ができるサイト、できるだけ産地のものや商品の使い心地を語ってもらえるサイトをメインに取引しているという。売り先一つとっても、家事問屋の商品や作り手の想いを使い手にしっかりと伝えてくれるかどうかを大切にしている。
「伝え手」としての想い
「使い手」(消費者)と「作り手」(生産者)、家事問屋はその間の「伝え手」。最後に、「伝え手」としての想いを久保寺氏に伺った。
「私どもとしては、まずは、お客様の反応をしっかりと作り手に伝えること。一方、作り手の、うちはこういう製造ができるんだ、昔からこういうものが売れているんだ、永くうちで作り続けているんだということを、製品を介して使い手に伝えてあげること。我々が、その真ん中の伝え手としての役目を果たすことが、すごく大事だと思っています。大手のメーカーであれば、マーケットの調査から何から何までできるのでしょうが、僕らの製品をつくっていただいている工場さんは、営業にいってお客さんから要望を聞くなどというところまではいかない。むしろ、製品をつくることに集中されている、僕らはその間に入って、こんなものがあったらいいなということを伝えて商品化しています。ホームページでも、工場や産地を伝えているということです。三者が車座になって話すことができる環境は、ありがたいなと思っています。」
「伝え手」から「作り手」への想いは、家事問屋のホームページ内の「こうばを訪ねて」という連載を読めばよく分かる。どのような方々が、どのような想いで、どのようにものをつくられているのか、それぞれにストーリーがある。また、商品紹介や商品を使用したレシピなども掲載されているが、とにかくその一つ一つが丁寧に書かれており、商品を知ってほしい、使ってみてほしいという伝え手としての想いが詰まっている。
使いやすさの追求だけではなく、「伝えること」もとことん追求する、そうした「ものづくりへの徹底した姿勢と想い」は、作り手にも使い手にも十分に届いていることだろう。
問屋機能の弱体化が懸念される産地が見られる一方で、燕三条の一部の産地問屋は機能をより強化し、産地内外を結ぶ仲介者として重要な役割を担っている。なかでも、下村企販がつくる家事問屋の商品は地場産にこだわり、作り手、伝え手、使い手らによる価値共創を通じて独自性と差別化を実現させ、ブランディングに成功した事例の一つだといえるだろう。このように、産地問屋の役割は日々進化しつつあると思われるが、それがどのように地場産業の維持・発展に寄与しているかについての研究蓄積は決して多いとはいえないため、他地域の動向も含め今後も注視していきたい。
本社2階のショールーム
(注1) 下村企販株式会社ホームページ https://kajidonya.com/about_background/
(アクセス日:2024年12月15日)
(取材日:2024年11月25日)