三宝産業株式会社
三宝産業株式会社
強力な取りまとめ力をもつ業務用厨房メーカー:三宝産業株式会社
代表取締役副社長 丸山亘氏
執筆:中庭 光彦(多摩大学経営情報学部)
中央で自社商品と共に立つのが丸山亘代表取締役副社長。左からバートル、中庭。右から野坂、新西。
厨房金属製品メーカーの老舗
旅先のホテルに泊まると、朝食のビュッフェが楽しみで、料理の数が多いとうれしくなる。その料理の多くは、金属皿や深皿に盛られており、それをトングではさんで、自分の皿に盛り付け、ジュースが入ったポットでコップに入れる。料理は様々な容器があってこそ、客の口に入る。
こうしたホテル、レストラン向けの料飲提供に必要な製品(これを厨房用品という)を手がけてきたのが、今回紹介する三宝産業株式会社だ。
イメージがわかない人は、三宝産業株式会社のウェブサイトを見てほしい。企業サイトには「当社は銀器、ステンレスの専門メーカーとして『YUKIWA』というブランドでホテル・レストラン向けの商品を提供しております。煙管・家庭用金物の製造・販売に始まり、後にステンレス材料によるポット類などの業務用卓上器物の製造・販売を行うようになりました。」とある。
そして、ダウンロードできる316ページもあるぶ厚い「電子カタログ」には、きっとみなさんが見たことがある商品が並んでいる。三宝産業の扱う商品世界がわかると思う。
これがホテル、レストラン向けの商品、さらには業務用厨房製品と言われる世界だ。言い換えれば、三宝産業が勝負してきた世界で、三宝産業はこの市場で確固とした位置を築いてきたメーカーだ。
ホテルのレストランが好調だった1960~1980年代
今回お話をうかがったのは、代表取締役副社長の丸山亘さんだ。
ホテルというと多くの読者は「泊まる場所」と思っている。だが、ホテル、特にシティホテルの経営者にとってホテルは「飲食と宴会で稼ぐ場所」であって、宿泊収入は三分の一程度の時代があった。コロナ禍後はそうではなくなったが、バブルの時代にはホテルでしょっちゅう宴会が開かれていた。
それに伴い厨房用品の需要も高く、三宝産業も業績を伸ばした。
三宝産業が会社形態にされたは1950年だが、創業は1912・大正元年。当初は煙管(キセル)を製造していた。
煙管の時代が終わると、「洋食器の燕」と言われたように、周囲の製造業がどこも洋食器をつくるようになるが、当時の社長は他と同じ商売をすることを嫌い、厨房用品、キッチンツールを製造するようになる。そして1964年の東京オリンピックを控えると、今後ホテルレストランは隆盛するのではないかと、業務用厨房用品に特化する。
着眼が早い。
トレイ、ポット、塩こしょう入れ、ウォーターピッチャー、ティーポット・・・これら製品がホテルブームと共に、製造量も増えていた。
ホテルブームが終了しても、厨房用品はいろいろな所で必要とされている。現在では、ホテルはもちろん、外食チェーン店、給食センター、高齢者施設。商品としては、バーで使われるカクテルシェーカー。この他にも、金属コップの技術はお墓の花立てにも応用されている。
丸山さんからは、ホテルブームの頃の話を中心に、つまり、景気の良い時代の話をうかがった。
商品製造も自社工場だけでは足りないので、協力会社と分業していた。中でも「磨き」工程は重要で、丸山さんも「磨きは燕の商品の命ですから」という。家内工業の磨き屋が多数いて、朝から深夜まで磨き、家を建てるほどに稼ぎ「磨き御殿」が建ったという話もあったというが、いまは中国品に取って替わられたという。協力会社の環境も変わっていった。
問屋から選ばれる最上位の協力関係
さて、時代は変わり、三宝産業が現在も業務用厨房業界で確固としたポジションを保っている力はどこから来るのか?
それは地元商社(問屋)との協力関係にある。
例えば、地元商社と組んで、企画は商社が行い、その商品を中国で製造し、検品するのは三宝産業という分担をしている。丸山さんが言うには「うちが金属加工流通メーカーですから。」「われわれが中に入っていれば、検品もできるし、ここはよく磨かないとね、とフィードバックしてあげる」。この役割は商社にはできないわけで、三宝産業の力がどうしても必要になってくる。
他にも商社との協力関係はある。
三宝産業の営業マンの数を尋ねると、非常に少ない。
なぜか。
丸山さんはこう言う。「うちは地元の問屋とつながってきたから、問屋さんが営業マン。問屋さんを外注で使っているようなもの。こっちから言わせればね。われわれ本当は使われているんだけどね。」
ここに三宝産業の強みがある。
単に問屋と協力関係にあるだけではない。問屋から選ばれるだけの技術、製造をとりまとめる能力があるから、最上位の協力関係にあるということだろう。
三宝産業のケイパビリティ
経営学では、競争戦略の中で他社に無い、自社の組織的能力をケイパビリティと呼ぶ。わかりやすく言えば「強みにつながる能力」だ。
金属加工を商材にまで仕上げることができ、そのために必要な製造業者を取りまとめる能力が、この三宝産業の能力(ケイパビリティ)と言えそうだ。
コロナ禍後、どのような商材の扱いが伸びているか質問すると、丸山さんは、電子はかりのフレーム、オフィスのテーブル、椅子、ベッド周りの特注金属部品など、商品分野を限るのではなく、金属加工できる能力をアピールしているという。
これらを製造するために、自社だけではなく、地場企業の取引関係をうまくとりまとめているのだろう。これら取引関係を維持するには一定の発注規模が必要なわけで、商社の情報力を利用するだけではなく、現在では直接取引ルートも生まれている。
先行きがわからない市場にもうまく適応しており、持続する燕の企業の一つのかたちをまた見ることができた。
三宝産業株式会社HP https://www.yukiwa-japan.co.jp/