N-DESIGN 代表・福井県よろず支援拠点コーディネーター(デザインディレクター) 西山雅彦氏
執筆:中庭光彦(多摩大学経営情報学部)
今回は、福井県を訪れた。福井市、鯖江市、越前市、越前町などでメガネフレーム加工、越前漆器、越前和紙、越前打刃物、越前焼、越前箪笥、繊維などの伝統産業を見ると、ものづくりと、ものに価値を与えるデザインが一体となった歴史風土を感じる。現在では若手デザイナーが活躍し、福井県も政策デザインを導入実践していることも知られつつある。
伝統産業をブランド化しようとしている若手の試みも盛んだが、今回はあえて、実際の経営そのものをトータルにデザイン指導する-つまりは、ものづくりの現場をよく知っている、実践的なデザイナーにお会いしたいと考え、鯖江市を訪れた。
鯖江といえばメガネのまち。「日本の96%のメガネが鯖江でつくられている」と、PRされ、OEM主流のメガネフレーム産地となっている。とはいえ、直販ルートを開拓している意欲的な事業者もいる。
その鯖江に「福井ものづくりキャンパス」という施設がある。今回お会いしたのは、デザインディレクターをされているデザイナーの西山雅彦氏だ。
西山さんの経歴を記すと、次のようになる。
もともと福井県職員で、県庁での産業振興業務を経た後、福井県工業技術センターでの研究業務、(財)福井県デザインセンター設立に携わり、県内産業に関わるデザイン指導、特に生活者の視点に立ったデザイン研究開発等を進めてきた。
1992年、デザイン研修制度「福井デザインアカデミー」を立ち上げ、デザインマネジメント手法(デザイン経営)の重要性を県内企業に広め、2011年より(公財)ふくい産業支援センターデザイン振興部(デザインセンター)部長として、県内産業界へのデザイン指導支援、デザインコーディネート業務を統括した。
2016年には、福井ものづくりキャンパスを立ち上げに携わり、2017年にデザインディレクターとして独立、そして2017年より福井県よろず支援拠点コーディネーター就任。
といった具合に、福井県中小企業の産業とデザインの橋渡しについて、1990年代以降の動きと出来事を、身をもって牽引されてきた生き字引のような方だった。
西山さんはこれまで多くの企業の経営指導をデザイナーの観点から指導してきた。
「最終的には損益計算書まで出せるようにしましょう」と、オリジナルに編集したデザインテキストをもとに教育もされてきた。この「デザイン経営」の神髄のような言葉は、実際にはどのように体現されているのだろうか。過去のケースをお話しいただいた。
そのケースとは、福井県あわら市に本社を置く「株式会社クナプラス」の事例だ。現在はおしゃれでエコなプリーツバッグのメーカーとして有名だが、もともとは土木用産業資材の織物製造業の会社だった(当初は金津繊維という名称だった。クナプラスはそこから2008年に独立して設立された)。金津繊維の社長の奥様が、現クナプラスの代表取締役京野尚美さんで、「最終顧客向けのオリジナル商品を開発したいと相談に来た」と言う。京野さんは、西山さんのもとでデザインスクールにも参加してデザイン活用を学んだ方だった。
折しも、時は2005年。当時の環境大臣だった小池百合子さんがレジ袋の有料化を表明した年で、レジ袋の代替品となるバッグのニーズ拡大が予想できた。そこで、生分解性繊維、つまり放っておけば土に帰る繊維を素材にした「エコバッグ」をつくるアイデアが生まれたという。
というのも、当時この会社は企業向けに土嚢用の織物を製造していたが、土嚢の繊維は生分解性繊維でできていた。それをエコバッグに転用できるという西山さんの示唆に、京野さんも「それ、いけます」と、両者で気がついた。「いける」という感覚は、なかなかやってこないものだが、本業として生分解性繊維を織るという技術を持っていたことと生活感覚が、提案の理解につながったのではないか。
ただ、土嚢用の繊維では厚手でごわごわする。そこで原糸や織り方を工夫しつつ、この繊維にプリーツ加工を施し、色も日本の伝統色9色で染色した。
この試作品を、最初は地元で値段を探ったが、まともな値段がつかない。ところが、東京青山で開かれた展示会に展示すると、3,000円代の価格価値をつけてくれた。ファッション業界関係者の高い評価も把握でき、高島屋への販路も決まった。さらにJETROがこのエコバッグを「日本らしい」と評価したのを縁に、パリの展示会に出展した。エコ意識の高いヨーロッパで評判を呼び、特にミュージアムショップで売れたという。このエコバッグを海外のファッション雑誌が取りあげ、それが日本に逆輸入され国内でさらに注目を浴びた。
一方、2007年(財)日本産業技術振興協会等が主催する全国繊維技術交流プラザにおいて中小企業庁長官賞を受賞し、確かな社会的評価も獲得した。
このエコバッグは使わなければ朽ちて土に戻る。普通ならマイナスの価値と受け取られるが、逆に、「1年したら新しい色のバッグを買う」という顧客価値も発見された。
これら一連のプロセスを、西山さんは最初の相談を受けた時からコーディネートした。これだけでも、商品開発からプロモーションも含めたデザインプロセスであるし、経営デザインである。
ただし、話は終わらない。
評判が高まれば、いろいろなバイヤーから引き合いが増え、量産をもちかけられる。それに対して、「メーカーとして無理な商談はお断りするしかない。継続的に長く育てる戦略」を勧めたという。そのために、卸のパワーが強くならないように「おたくの会社の色をつくりましょう。他には卸しません。おたく専用の色です」という工夫を経営者と共に考えた。
これは、まさにバリューチェーンの中で強いポジションを維持する、非常に上手いデザイン戦略と言えるだろう。
このような、商品企画から、商品デザイン、経営の戦略まで、経営者と共に歩み、支援・コーディネートするのが、本来の経営のデザインというものなのだろう。
西山さんは、鯖江のメガネの産地ブランド化を進める役割も担い、その委員を務めたこともある。鯖江のメガネと言えば、鯖江駅の近くに(一社)福井県眼鏡協会が運営する「メガネミュージアム」がある。ここは単なる博物館ではなく、OEM生産が多数をしめる鯖江のメガネメーカーが、自社ブランドを置くための福井県眼鏡協会直営ショップになっており、東京青山にも同様のショップがある。
ブランド化と一口に言っても、そこには様々な制約と方法がある。
西山さんが実践されている経営デザインをお聞きしていると、結局、バリューチェーン全体のデザインまで考えないと、新たな価値を生み、その収益を生産者やバリューチェーン全体に還元できないことがわかる。
製造、卸、小売と、どこか一つの段階だけをブランディングしても、その付加価値が協力会社に還元されず、ある段階に有利なバリューチェーンの構造を固定してしまう場合もある。
デザイン経営の実際のお話は、そうしたバリューチェーン全体のデザイン経営をもいま必要とされていることを、気がつかされた話だった。
ちなみに、エコバッグの「(株)クナプラス」のHPを見ると、現在資本金200万円で小規模だが高付加価値を武器にグローバル展開していることがわかる。ぜひご覧になっていただきたい。
(取材日:2024年9月3日)
福井県よろず支援拠点:https://yorozu-fukui.go.jp/
株式会社クナプラス:https://knaplus.com/
左より中庭、西山雅彦氏、新西 福井ものづくりキャンパス前にて(鯖江)