燕市産業資料館

ミュージアムがイノベーションを支援するという王道-燕市産業史料館

齋藤優介氏 燕市産業史料館主任学芸員・(株)つばめいとコンシェルジュ

執筆・中庭光彦(多摩大学経営情報学部)

左より新西、野坂、齋藤優介氏、中庭

燕三条で「イノベーションと技術」を文化から考える

 東京大田区から始めてきた「デザイン志向企業家」を求める旅。お会いした方々がみな独自の思いと方法論をお持ちで、旅の範囲を広げたくなってきた。そこで名前が挙がったのが大田区同様、「ものづくりのまち」として有名な燕三条だ(新潟県燕市・三条市)。

 事前調査をしていた7月、私の目に、燕市産業史料館の展示「FACTARIUM」(ファクタリウム)のHPが飛び込んできた。文字通り「工場の展示会」で、史料館で地元ものづくり企業の製品・技術を展示し、ウェブ上ではインタビュー動画も公開している。

 おもしろい!

 この企画者・燕市産業史料館の学芸員・齋藤優介さんは、学芸員の仕事だけではなく、「コンシェルジュ」と称して、地元企業のマッチング支援にまで手を広げている。これには驚き、すぐにアポを取り、会いに行った。今回9月は2回目の取材となる。

 なぜ驚いたか。

 イノベーションは、新しいアイデア、技術、生産・流通・消費の現場、どこかで新結合が生まれ、普及することというのが教科書的な説明である。だから、多様な人が多様な試みを行えるように、ビジネスマッチングという名の仲介、オープンコミュニティの形成、金融機関の資金支援といったメニューを行政は用意する。でも、これまでお会いしてきたイノベーティブな経営者は、「これまでの当たり前(常識)を壊し、新しい当たり前を創る」人だった。

 常識という文化を壊しつつ、新たにデザインする。

 こうしたイノベーションを支援するには、作り手、買い手、双方の意思決定の蓄積である歴史をわかった上で、技術・経済・社会と文化をまるごとデザインする政策が必要なのではないか。そう考えていた時に、「博物館学芸員が企業支援を行う」という。おそらく日本唯一の方と言える。今回はその齋藤優介氏のお話を紹介する。

事業承継できていることこそ燕の強み

 このファクタリウムの話は2020年6月から始まった。当初は、試行錯誤をしたという。なぜなら、展示会というと出展企業は、「こんなもの、作れます」「単価安くできます」「こんな技術もっています」と、パンフレットに書いてあることをアピールする。でも、できあがったモノだけ見せられても、客は理解はしても、心に響かない。

 そこで、齋藤さんは「求めているものは何ですか」と直接事業者に聞いて回ったという。すると、口から出てきたのは、各経営者の「熱い思い」だった。

「ものづくりの意味」といった「熱い思い」のこと。

 例えば「ものづくりは、人の命がかかっているので、失敗すると、人が死ぬ。そのプレッシャーの中でものをつくっていく。だから、『技術で、こういうネジつくりました』と言う以前に、気が抜けないストレス、プレッシャーも含めて、ものづくりを作り手のやりがいに昇華させていくシステムを考えなくてはいけない』ということ。深いです。」と齋藤さんはおっしゃる。

 加えて「守秘義務があるので、同じ工場でも、従業員でさえ何をつくっているのかわからない所もある。その中で、モチベーションを上げるには、どうすればよいのかも考えねばならない。だから、燕のものづくりの本質を見た時に、僕は、事業承継ができていること。これこそがこの地域の強みと思った次第です。」と言う。

 技術の成果展示だけではなく、人にフォーカスを当てた展示をすればよい。この説明は、実にわかりやすいし、とかく表に出ない暗黙知としての技術を、意欲ある人と共有することにつながるだろう。

モノがつくられる過程と考え方を見せる

 一般にはあまり意識されていないが、博物館は、古いモノを収蔵する場だけではなく、展示によって人の価値観を変える機能をもっている。つまり、イノベーションのツールとなる施設でもある。このことを齋藤さんは十分に意識しているように思える。

 齋藤さんは「暮らしのブランディングが大事」という。「暮らしは、生業も含む営みですが、全国津々浦々、微妙な差異がある。その暮らしの差異を分解をしていくと、日本津々浦々、暮らしでブランディングができる。それが燕、三条は製造であったり流通であったり、生業になっていく」と言う。

 同じ事は、技術の差異についても言える。燕はB to Bで、モノとヒトがセットになって技術が生まれている。その差異を、成果物だけではなく、その成果が生まれてきたプロセスを記録にとって、ストーリー化して見せることが大事だという。

 つまり、「アウトプットにこだわるのではなく、それを作り出すために会社がどのようなこだわりを持っていたのかとか、製造・開発工程のバックヤードが重要で、そちらに共感する人とつながっていた方が、産業も伸びると思います。」と言うのだ。

 この姿勢は、地元企業からも評価されている。

 ある社長は「(クライアントから)もっと選ばれるためにも、ここまでやるんだという姿勢を見せるためにも、ファクタリウムは重要なPR手段だ」と話したそうだ。

 齋藤さんは「その会社は、何百万円もする蛍光X線分析装置を入れて、メーカーからの支給材のミスを指摘したりしている。中小企業でそこまでやっている所は、日本で数社も無いぐらいですが、それが信頼で、ブランドにつながっていく。ものづくりの姿勢は、『ここまで品質管理やっているんだ』という姿勢を見せるためにも重要で、『生き残るためには、ここまでやることが標準なんだと考えないとだめ。』、そして、『燕の次の世代にも、ここまでやれよ』と言っているわけです。」

イノベーションのためには、作り手の仕事を減らせ

 「いま、作り手の仕事の半分ぐらいは、金型の調整のような調整仕事になっている。それは数値化しておけば、省力化できます。数値を記録して再現性が可能ならば、今の技術者はより新たなイノベーションにチャレンジできる。作り手の労力を減らし、再現可能にする数値が大事です。けれど、生業としての切削業や鎚起銅器など、数値化してこなかった所も多く、いま苦労されています。」とおっしゃるのは、齋藤さんの違う一面を見た。

 「イノベーションを目指す時、ルーチンでできることは、どんどん省力化しないと、人生の半分を調整で終わらしてしまうことになる。数値が勘所で、エビデンスもできて、再現して、新たなチャレンジをする。もし、人がいなくなっても、数値があれば、それを追いかけていくことで技術を高めることは可能です。数値をいかに科学的にとっていくことがわれわれに課せられた使命です。」と聞くと、エンジニアによる工程効率化論にもとれるが、実はそうではない。

 「数値を取っていれば、技術者いなくなっても、それを追い求めてしまう人がいるんですね。 以前、TV番組で、ある職人が原発に使う機械の切削加工をしていて、『彼にしかできない』とナレーションをつけていました。これを見て、他の人感動するのかな?と思ったし、その職人だけに未来を託すのは、日本はヤバイな」。

 要は、人の手による技術を、神格化することは、次世代の人に技を伝えないことになるし、イノベーションを阻む可能性がある。数値化して、半分はイノベーションを考えようというものづくりに対する考え方も、新たな文化として捉えていると、私は解釈した。

 だから、ものづくりのまちの数値無き「手づくりの技」をシンボルにして、「伝統的なものづくりが守られているまち」等と表面的なラベルを貼るのは、結果として、次の世代につながらない文化の伝え方になりかねない。

 技術を、「これからの資源」としての人の思い、プロセス、数値として見せることと、「古い民俗」として見せることは、違うということでもある。

イノベーション支援からこぼれ落ちる「ヒト・技術・歴史」

「いま」「ここ」だけを見てイノベーション支援を行っている行政が目立つ中、技術情報のストックが重要なことは当然だ。しかも数値化、そして意思決定主体としての人の動機、その人には、どのようなチャンスが見えたのか、等々、イノベーションを推進する「文化的要因」は非常に大きいことがわかる。

 にもかかわらず、産業支援とミュージアムやアーカイブズは、まったくつながっておらず、産業支援と教育施設という昔ながらの区別が守られている現状がある。私自身、地元の産業史、技術者の思いを知ろうと思ったら、どこへ行けばよいのか全くわからない。だから、こうして口述資料を集めている意味もある。

 燕で始まっている試みは、小さな博物館の特別な試みと思われる方も、いるかもしれない。

 でも、最早、それは違うと言い切ってよいと思う。

 技術と人の過程・文化をストックしていくことは、イノベーション政策としてもっと大規模で行われるべきだし、実はそれこそが地方創生・日本の技術政策の基盤でもある。私自身も含めて、こうした本質を捉えた技術と文化のデザインを引っ張らねばならないと、思いを新たにしたインタビューだった。

(取材日:2023年9月5日)

燕市産業史料館:http://tsubame-shiryoukan.jp/index.html

FACTARIUM(ファクタリウム):https://factarium.jp/

FACTARIUM(ファクタリウム)YouTube: https://www.youtube.com/@user-tk9rk8jt5l/featured