江部正浩氏 江部松商事株式会社 代表取締役社長
池田光希氏 江部松商事株式会社 総務部主任 採用担当
執筆:新西誠人(多摩大学経営情報学部)
左から、池田氏、江部社長、野坂、新西、中庭
燕市には、その名も「物流センター」という住所がある。文字通り倉庫が密集するエリアだ。江部松商事の本社もその一角にある。
カーナビの指示通りに到着したものの、目の前の建物を我々はショールームだと思い込み、社屋を探してしばらく周囲を彷徨ってしまった。ところが、その“ショールーム”こそが本社オフィスだった。中に入ると、社員全員が明るく挨拶をしてくれる風通しのよい空間。おしゃれで開放的なこのオフィスは令和元年から使用しているという。どのような思いでこの場をつくったのか、江部社長と採用担当の池田氏に話を聞いた。
江部社長が就任した当時、同社では年間5人もの退職者が出ていた。組織に課題があると受け止め、「人が辞める原因は人にある」という認識のもと、社内風土の刷新に踏み出した。
踏襲されてきた言葉遣いを改める、チャットツールを導入してコミュニケーションを円滑化する、そしてスターバックスを参考に「サンキューカード」を導入して従業員が互いに称賛し合う文化を醸成する―といった取り組みを次々に実行。人材育成にも注力し、「人を育てるのが人事部の仕事」として、元・教員志望の池田氏を採用担当に抜擢。5年前から新卒採用を開始し、3年前からは大卒社員の入社が続いている。
なぜここまで徹底的に取り組むのか。それは、「気づきと共感がイノベーションを生む」と信じ、心理的安全性の高い“言い合える”組織をめざしているからだ。
仕事の回し方も刷新している。大学卒業後にIT企業で働いたことがある江部社長は、徹底したシステム化を推進する。「電話で問い合わせを受けた時に在庫数を人が答えるのが“サービス”だと思っていたが、本当のサービスはそこではなかった」と社長は語る。在庫はネットで確認できれば十分。そこで、注文はオンラインへ移行し、FAXはOCRで自動処理するなど、人力に依存していた業務をシステム化した。こうして生まれた時間を、本来の“サービス”に振り向けている。
商社というと、広い倉庫の中で在庫商品を出したり保管したりする仕事と思っている人も多いのだが、江部社長の考える同社の強みは、情報力を武器にエンドユーザーの困りごとを解決することだ。たとえば、ラーメン店を開業したいという相談があれば、必要な道具一式のリストを作成し、買い忘れを防ぐ。単品の販売ではなく、課題解決まで伴走するアプローチだ。
転機はコロナ禍だった。県外パートナーが来社できなくなったかわりに、従業員の家族や親族など、より生活者に近いエンドユーザーを招く機会が増え、改めて“使い手の声”に耳を澄ますようになった。つまり、”ショールーム”としての役割も果たしている。定期的に開催しているEBM Expoという展示会などで把握したのは、継続的に購入しているのは全体の2割程度にすぎないという事実。つまり、多くのエンドユーザーは自分の「困りごと」にまだ気づけていない。そこで、従来からのYouTube配信に加え、LINEなどで直接つながる施策を強化している。
オフィスだけでなく、社員食堂も目を引く。ハイレベルな飲食店を参考にした空間は、まるで高級ホテルのレストランのようだ。ただし、目的は福利厚生の“豪華さ”ではない。「寒い冬に温かいものを社員に食べてほしい」という社長の思いから始まったという。
この食堂から新製品も生まれた。食器返却用の配膳台だ。従来の銀色のステンレス製では空間に馴染まなかったため、黒を基調としたデザインに刷新した。
さらに、社食のキッチンは現場課題を検証する“実験室”でもある。シェフは調理場を「ラボ」と呼び、日々の課題や解決策を製品企画に生かしている。
高級ホテルのレストランのような社員食堂
エンドユーザーの悩みを起点にした商品企画も進む。例えば「開閉式薬味入れ・取り外し可能な透明カバー」。従来の金属蓋は、開閉が面倒で中身の量も見えない。透明カバーにすることで残量確認が一目で分かり、カバーを取り外して洗えるため衛生的でもある。さらに底に保冷剤を入れられる構造にしたことで、鮮度も保て冷蔵庫との往復も減らせるようにした。この製品は、メーカーが抱えていた小ロットという課題を背景に、全国の同様ニーズを見越して江部松商事に持ち込まれた案件だという。
開閉式薬味入れ・取り外し可能な透明カバー
また、江部社長の発案による商品もある。タレの種類を間違えないよう、容器とおたまに色テープを貼る現場は多いが、ビニール片の混入は健康リスクにつながりかねない。そこで色違いのシリコンリングを考案。万一、体内に入っても安全に排出される素材で、現場の不安を減らした。
同社では代理店を「パートナー」と呼ぶ。営業所・支店含めたパートナー数は約4000社にのぼるという。商社にとって情報は命。困りごとは日常的に舞い込むが、パートナーによって対応の温度差が生じ、情報が伝わらない・誤解されるリスクもある。ここで活躍するのが営業40名と年1回発行の総合カタログだ。約8万点を掲載するカタログは、情報を正確かつ網羅的に届ける強力な営業ツールになっている。
コロナ禍では、メーカーとの関係性も改めて浮き彫りになった。受注減で製造が滞るメーカーに共感し、同社は「定番品を、手の空いた時期に製造してください」と依頼。このことは、東京ドーム級の倉庫に在庫できる体制があるからこそ可能な提案だ。実際には材料調達難で製造が叶わない場面もあったが、その心遣いは関係強化に寄与したはずだ。
メーカーが直販を強める時代にあっても、取扱量の限界や課題の複合性を考えると、商社ならではの価値は揺らがない。江部松商事は、現場から日々集まる“困りごと”に共感し、ノウハウを束ねて新たな商品・サービスを企画・提供する。つまり、顧客との関係も変わるし、メーカーとの関係も、そして江部松商事のもつ資源も強みも、まるで時々の生態系にあわせて「連鎖的に変化」させ、商社の価値を生んでいるように見える。その連鎖を支えるのが、「共感」を核にしたステークホルダーとの持続的なエコシステムなのだ。
(取材日:2025年10月31日)
江部松商事株式会社:https://www.ebematsu.co.jp/