株式会社Piezo Sonic 代表取締役 多田興平氏
執筆・野坂美穂(多摩大学・経営情報学部)
今回は、株式会社Piezo Sonic(ピエゾソニック)代表取締役の多田興平氏にお話をお伺いした。多田社長は、大田区の事業者向けの「ものづくり勉強会」の講師も務められており、インタビューの前に、勉強会にも参加させていただいた。
右より、多田興平社長、野坂、中庭
Piezo Sonicは、超音波モータの開発・製造・販売、新サービス開発コンサルティングを事業とする。製品は超音波モータに限らず、その応用機器、搬送用ロボットやロボットアームなどもつくっているが、今回は主力製品の「超音波モータ」を中心にお伺いした。
超音波モータについては、Piezo Sonic社のHPが一番わかりやすい(https://piezo-sonic.com/about/ultrasonic-motor)ので、それをご覧になっていただきたい。
とはいえ、まず超音波モータとは何か、自分なりに少し調べてみた。超音波モータは、他のモータのように磁石やコイルを利用せずに、全く異なる原理で発生した回転力と摩擦の力で動く(注1)こと、また、低速・高トルク、静粛性や磁気ノイズを発生しない(注2)こと、待機電力を使わずにロボットの姿勢を維持できること(注3)に特徴があるという。「トルク」とは、回転の周りの力の大きさのことで、一般的には「ねじりの強さ」といわれており、高トルクであればあるほど、モータとしての出力が高いことになるそうだ。
また、超音波モータには幾つかの種類がある。Piezo Sonicの動画によれば、超音波モータは下記の三種類があるという。
<超音波モータの種類>
(1)「直動(直進運動)型」-微細な移動という点では優れているが、出力が高いものはあまりない。
(2)「回転型」
①「非トルクモータ」(トルクがあまりないモータ)-特定の用途に使用される。
②「高トルクなモータ」 -幅広い用途に使用される「汎用型モータ」。
(出所)Piezo Sonic
Piezo Sonicでは、(2)②の高トルクの汎用型モータをつくっており、これを「ピエゾソニックモータ」という商標を取り、展開している。「ピエゾソニックモータ」は、小型(軽量)・高トルク・静音という三要素を極め、さらには、従来の超音波モータで課題であった短い寿命の問題を材質や構造を見直すことで解決し、2倍以上の長寿命化に成功した製品である。それでも、さらなる長寿命化を目指し、現在も研究し続けている。
ピエゾソニックモーター
多田社長は、大学時代から超音波モータを宇宙で使用することを研究テーマとし、探査ロボット開発でJAXAとの共同プロジェクトにも関わったという。それ以来、二十数年間、一貫してモータの研究に携わってきた。
大学院修了後は、超音波モータを研究・開発する業界のトップ・ブランド企業である「株式会社新生工業」に就職した。創業者の指田年生氏は、1979年に世界初の「くさび型超音波モータ」を研究発表した人物である(注4)。
顧客からの様々な要望が増えるなか、「モータを使用した応用品」をつくる会社として、2013年に新生工業の100%子会社「T.S.D.」が新たに設立され、多田氏は若くして、その代表取締役に就任した。この時は、新生工業の技術開発の責任者と取締役がメインの立場であり、三足のわらじを履きながら業務にあたった。
従来の超音波モータには「長寿命化」の課題があったが、事業を成長させるためには、「モータだけではなく、顧客の要望に応えるための応用技術の開発が必要。」、「お客様の製品をイメージし、使い方まで考慮した製品開発が必要。」という想いを抱いていたという。
その後、新生工業の創業者である指田氏の他界したこともあり、42歳のタイミングで独立。「株式会社Piezo Sonic」を立ち上げた。
そもそも、なぜ多田社長は、超音波モータに関心を持ったのか。
多田社長が生まれた1975年は、超音波モータが生まれた年でもある。同じ年であることに、ご自身は「縁」を感じたという。また、子供の頃からモータを使う組立型のラジコンをいじることが趣味で、根っからの技術屋気質をうかがわせる。
もちろん、それだけの理由ではない。超音波モータは摩擦を使って回転するため、他のモータのように、「このようにすれば、このようになる」という方程式では解けない難しさがあるという。温度や風、空気、湿度などの環境条件を整えたとしても、超音波モータが動くこともあれば動かないこともある。
こうした「明確な答えがないモータ」への挑戦は、真面目な人であればあるほど苦悩し、時にはメンタルにも影響を与え、研究を途中で辞めてしまう人もいるそうだ。これについて、多田社長は「エンジニアを本気で殺しにかかってくるモータ」という表現をしたが、どうやらこれが超音波モータという世界のリアルのようだ。
多田社長が他の人と違うのは、大半の人が「難しいならやめておこう。」と一歩引くところを「難しさにあえて挑戦することが面白い。」と、前のめりになる点だ。超音波モータの動作の要である摩擦の制御に関しては、自分の知見を通じて「だいたいこんなもの」として許容範囲や交差も全て自分で決め、責任を負わなければならない。こうしたことに重荷を感じる人が多いなか、多田社長は「全部やれるなんてラッキーだ。」と、楽観的に捉えている。
超音波モータの研究を続けるには、この「楽観さ」が一つの重要な要素だそうだが、その意味でも、多田社長のポジティブな性格と超音波モータの研究は「ご縁」によって結ばれている。
Piezo Sonicは、現在、本社を世田谷区に、中央事業所を大田区の産業支援施設「テクノFRONT 森ヶ崎」に構える。世田谷区に自宅があり、そこを改装して創業したそうだが、なぜ、そこから大田区に進出したのか。多田社長は、他の複数の地域も検討したうえで、「ものづくりに対する支援が手厚い大田区が良い。」と思ったそうだ。ただ、そこが良いと思っても、普通はスムーズに移動できないものだが、多田社長の場合は「ご縁」をうまく活用した。
多田社長は、創業後、秋葉原のものづくり施設を利用し試作をしていた。ある日、そこのスタッフから「銀行がスタートアップ支援をするから、ヒアリングに協力してほしい。」といわれ、ヒアリング会に参加。その会で、大田区の関係者に声をかけられ、「テクノFRONT森ケ崎」で入居の公募があることを教えてもらう。これも巡り合わせだと思い、早速、募集にエントリーし審査を経て入居。
入居後は、同施設内の他社、具体的にはデザインを手掛ける「有限会社ファクタスデザイン」や、金属機械加工の「株式会社竹野入工業」に自ら声がけをして、ネットワークを広げていったという。
また入居して間もなく、大田区産業振興協会が実施主体の「区内の企業同士が連携をしてものづくりの企画提案を行い、プロジェクトを実施する」という内容の事業の公募があった。これもまた「ご縁」。早速、連携を組む企業として設計会社の「株式会社テクノロジーリンク」を協会に紹介してもらい、申請して見事採択された。その事業では、開発予算が高いという理由から進められていなかった「搬送ロボットMighty」の研究を実現することができた。
このように、大田区産業施設への入居から区の事業採択に至るまで、絶妙なタイミングで多田社長の望む方向に物事が進んでいる。まるで、パズルのピースが一つずつはまっていくかのようだ。多田社長は、インタビューの中で度々「ご縁」や「巡り合わせ」という言葉を口にされていたが、そうしたご縁を引き寄せているのは、ご自身の超音波モータに対する並々ならぬ熱量によるものかもしれない。
さて、ここまでお話を聞いたなかでの私の単純な疑問は、「超音波モータの製造には、職人的スキルを持つエンジニアが必要なのでは?」ということである。
Piezo Sonicでは組立・検査・梱包・出荷を行い、加工は協力メーカーに依頼している。超音波モータは組立にノウハウがあり、組立の仕方や組立の精度によって出来が異なるが、その「勘所が大事。」と多田社長はいう。
では、モータの「つくり手」は誰なのか。Piezo Sonicの従業員は17名で、その中で超音波モータをつくっているのは、わずか5名。その5名はエンジニアではなく、パートさんである。しかし、Piezo Sonic では時間勤務の方をパートさんとは呼ばず、オペレーションスタッフさんと呼んでいる。この呼び方にも多田社長のコダワリがあるそうだ。Piezo Sonicのコア製品であるピエゾソニックモータの製造に責任を持って取組んでもらいたいという気持ちを込めると同時に、各スタッフがそれぞれ重要な立場であることを認識してほしいと考えているとのこと。実際、長く働いているオペレーションスタッフさんには、モータの組立を安心して任せられるそうだ。
組立は技術的には難しいことではなく、必要なのは「手先が器用であること」と「性格が穏やかであること」だそうだ。手の器用さは、一朝一夕で身につくものではないので、採用時点での厳選が大事になってくる。
ユニークなのは、オペレーションスタッフさんの採用試験の方法。オペレーションスタッフさんの採用試験は、(1)折り紙で折り鶴を折ること、(2)紙を4つに折り、糊できれいに貼るという、2つのシンプルな作業である。「丁寧さ」は数値化することができないので、試験を受けている本人が「できました。」といった時点での仕上がり具合で、「手先の器用さ」をはかるという。
多田社長は、「モータづくりには、マニュアル・ルール化を真剣に守るという個性が大事。」というが、実はそれが一番難しいことかもしれない。人間というものは、作業にある程度慣れてきたら、自分なりのやり方に変えたくなるものだ。
超音波モータの組立は、エンジニアよりもオペレーションスタッフさんの方が適しているそうだ。エンジニアや研究者の場合、超音波モータが動かなければ上手くいかない原因を追究するが、オペレーションスタッフさんは「一日の作業を時間内に終わらせること」が目的であり、その分の切り替えが早く、新しい気持ちで日々の作業に取り組むことができるからだという。
現在、超音波モータにおいて、Piezo Sonicと同じような製品をつくることができる、あるいはそれ以上のものをつくることができる競合相手はいない。ゆえに、Piezo Sonicは世界で唯一無二のグローバル・ニッチトップ企業である。今では、超音波モータ、磁場環境モータといえば真っ先に声がかかるという。技術力が高く評価されていることはJAXAと進めている共同研究に単独採択されていることからも推測できる。
とはいっても、企業成長においては、市場にアプローチして売り上げをきちんと確保していかなければならない。そのため、ビジネスチャンスを取りこぼさないためにも、協力メーカーとのタッグが欠かせない。そこで、昨年より資本業務提携した協力メーカーの「神田工業株式会社」(本社・姫路市)の熊本の工場で、本格的に量産体制を整える準備を進めている。(注5)
超音波モータの量産にあたり、構造や工程を量産用に変更した新モデルを構築する必要があるそうだ。自動車でいうと「一般車」の部品と「F1用」の部品があるとすれば、超音波モータは「F1用」の部品。量産として数量を多くつくるとなると、一つ一つ調整することはできないので、一般車に相当するように構造やつくり方を工夫して、協力メーカーである神田工業さんに組立を依頼すると多田社長は語る。
最後に、Piezo Sonicがニッチトップとして生き残り続けるために、今後はどのような市場を開拓していくのかを聞いた。
一番のターゲットは、医療機器の「MRIの周辺装置」。MRIの強力な磁場により、これまで通常のモータが活躍することが難しかった。しかし、超音波モータは駆動する際に磁力を使わない、また動作中に磁界を発生することもない。そのため、MRIメーカーからの注目を浴びているそうだ。
二番目のターゲットは、宇宙・真空環境用のモータ。宇宙用モータという用途だけでなく、半導体製造装置も塵などがない状況を作り出すために、軽い真空の状態で運用することが多いとのこと。
医療分野と宇宙分野といった次世代産業を支える企業として、さらにニーズは高まるだろう。
超音波モータの未来は明るく、またPiezo Sonicの未来も明るく、不安な要素が一切感じられない。いや、明るいというよりは眩しいくらいだ。超音波モータの難しさゆえのご苦労も多々おありだろうが、インタビュー中は、社長からは「超音波モータに関わることが楽しくて仕方がない」という、その情熱がありありと伝わってきた。こうした企業が大田区のものづくり、そして日本のものづくりを牽引していくのだろう。
(取材日:2023年7月20日)
(注1) Piezo Sonicホームページ URL:https://www.piezo-sonic.com/products (アクセス日:2023年8月21日)
(注2) 日本セラミック協会「超音波モータ」『セラミックスアーカイブズ』URL:https://www.ceramic.or.jp/museum/contents/contents/pdf/2007_6_02.pdf
(注3) 越智岳人「月面ローバー技術と超音波モーターで不整地でも長時間動くAMRを―Piezo Sonic」『MONOist』2023年3月9日
URL:https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2303/09/news019_2.html (アクセス日:2023年8月21日)
(注4) 株式会社新生工業ホームページ
URL: https://www.shinsei-motor.com/company/index.html (アクセス日:2023年8月21日)
(注5)神田工業株式会社ホームページ