株式会社諏訪田製作所 代表取締役 小林知行氏
執筆者:新西誠人(多摩大学経営情報学部)
左より、新西、小林社長、野坂、中庭
ネイリストや医療関係者など、爪に関わる職業人から圧倒的な支持を集めるニッパー型の爪切りで燕三条を代表する諏訪田製作所。その歴史は古く、大正15年に創業し、間もなく100周年を迎える。今は圧倒的なブランド力を持つが、そこに至る道のりは平坦ではなかったという。今回は、3代目社長の小林知行氏にお話を伺った。
小林社長は大学卒業後、地元の商社に就職し、好きなように営業をさせてもらいながら、修行をしていたという。そして、家業が忙しくなってきたということで1993年諏訪田製作所に戻った。
そこで見たのは「デタラメな製造業」という状況だったという。小林社長は当時の状況を「アパッチ野球軍」と表現する。アパッチ野球軍とは、元野球選手がアウトローの不良少年たちに殴り殴られしながら野球を教えるという、花登筺原作、梅本さちお作画の当時人気を博した野球漫画(1970年)だ。
当時の職人は、「職人は手を動かすのが仕事だから」と掃除すらしなかったという。彼らは、会社設立以来、一度も掃除したことがないと自慢するかのように言い、さらには挨拶もしなければ、タイムカードも打たない。もちろん、納期管理もしないし、製造個数の管理もしない。そんな仕事をしない職人であっても、給料は年功序列型で1年働けば1万円上がっていたという。
職人のプライドという寓話にとらわれ、プロにはなっていなかった社員を、後に改心し成長するアパッチ野球軍選手に譬えたのだ。
小林氏は入社後、職人がやらない掃除をしながら、様々な施策を打ち始める。数値に基づく経営を行うために始めたのが、生産量の可視化だ。職人に、まず仕事が終わったら製造したものを箱に入れてもらうようにした。生産部品一つあたりの重量はわかるので、箱の重量を量れば何個生産したかわかる。
さらに、職人ごとに生産性を測るために日報を書いてもらおうとしたが。職人は字を書くものではない」と言われ、これも受け入れられない。そこで、50ある工程と120あるアイテムにそれぞれ番号を付け、その番号を職人がテンキーで入力するシステムを、エクセルを使って作成した。そして、難しく見えないようにするため、パソコンの余計なキーは隠し、テンキーだけが見えるようにして、数字を入力させたのだ。これならば小学校に行っていない職人でも扱える。こうして、それぞれの職人がどのくらいの時間で製造したのかを数値管理できるようになった。
一人ひとりの職人の生産性がわかったので、次に手を付けたのが職能給の導入だ。現在では、100%職能給にしているが、当初は反対されたという。職能給を導入すると若手の給料はあがり、仕事をしない職人の給料は下がる。つまり職人の能力と生産性が誰からも見えるようになる。これを納得してもらうために一人ひとりの職人と面談を行って、6年かけてソフトランディングさせたという。この面談は、30年経った今でも行っているという。ただし、あくまで対峙するのは人と人。生産性の数字を直接ぶつけるのではなく、持ち上げたり、アメを与えたりして、モラールを高めるように進めるという。
この職人ごとの評価は社内に公表されている。どの職人がうまいか一目瞭然だ。給料にも直接反映するので、どうしたらその職人のようにできるか他の職人達が自ら考える契機にもなる。
職人の世界とは、本来、それぞれの技術がわかる場の中で、能力を高めるために切磋琢磨するものと思っていたのだが、そこに至るにはマネジメントが必要でもあるという良い例だ。
職人は品質にこだわるので、生産性で評価されることに抵抗はないのだろうか。これに対して、「丁寧な仕事」という評価は次工程が決めるという回答だった。基準に満たなければ次工程に行く前に差し戻すし、基準以上ならば問題ないという考え方だ。50の工程があるので50回検品しているようなものである。
一方でプレス機械については、オーバースペックともいえるような機械を入れている。通常は100トンでプレスすれば十分なところ、400トンのプレス機を使っているのだ。これにはもちろん理由がある。刃物の表面を顕微鏡でクローズアップすると、切った時に抵抗を受けて鉄の分子クラスター(粒々)が崩壊して剥がれてしまう。これが、刃物は使っていると切れ味が落ちる原因だ。他社のものも自社のものも同じく粒々が取れるとしたら、粒の大きさが小さい方が良い。100トンでプレスするのに対し、400トンの場合、粒の大きさが1/8になるという。見た目は100トンも400トンも変わらないが、1年使ってみるとわかるという。立体構造で考えると、1/8×1/8×1/8になるので、長い期間、切れ味が持続する。
この丁寧な仕事を志向する工程管理の考え方と、オーバースペックのプレス機械の組み合わせは、諏訪田製作所の特徴で、小林社長はそれを意識して行っているように見える。
家業に入社した小林氏は財務の「デタラメ」さも気になっていた。先代の時の税理士の考え方は、年商1億円であれば一つヒット商品を出せば1千万円、2千万円になり、赤字が解消するという考え方だった。先代は新商品を数多く作る人で、研究開発費として借金をしながら、多額の金額を計上していたという。なぜ多額になるかというと、試作にもかかわらず、最初から本番用の金型を作るからだ。これは、試作と本番で2つの金型を作ると無駄だという論理だという。しかし、そこからヒットにつながった商品はなかった。
家業は子供の頃から身近な仕事であった。しかも、小林社長は本家の長男。親や親戚は何も言わないが、事業承継は当たり前のものとして捉えていたそうだ。そして34歳の時に、先代に辞めてもらう形で事業承継を行った。小林社長はそのことをギリシア神話で自分の父親を殺した「エディプス」に例える。それに対し先代は「殺人で一番重い罪は『尊属殺人、つまり親殺し』」と負けていない。
一般に、子どもが親を乗り越える心理を「エディプスコンプレックス」と言い、歴史的にも武田信玄や伊達政宗など、先代を辞めさせ組織を継いだ例は、実は少なくない。
小林氏も、事業承継したときは地域で一番若いくらいの社長だったが、他の事業承継した社長と同じスタートラインに立てたと思ったのは2014年くらいだという。これは、借金をすべて返せた時だ。そこから初めて自分で自分の機械を買ったという。「社長になる」と「自分の経営を行う」ことの違いを考えさせる証言だ。
諏訪田製作所は地域でも早いうちから工場を一般の方に公開する「オープンファクトリー」を行っている。これを始めたのは、実は、それまでもお客さんが来て案内していたようだが、次第にその人数が増えて案内が面倒になってきたからというのが始まりだという。お客さんを連れて工場を案内すると、どうしても30分はかかる。何日かに一度お客さんが来ると、仕事が忙しい時にはとても手が回らない。そこで、「勝手に見てください」という形で、オープンファクトリーを始めたという。2007年頃に工場内にロープを張って、「勝手に見てください方式」を構想し、2011年に完成した。そして、どうせ作るならば格好良くしようと考えた。すると、見られる側の職人も、普段以上に一生懸命やるようになり、誰に見せても恥ずかしくなくなってきていた。
しかし、当然職人からは大反対された。人に見せるものではないし、気が散って仕事ができないという。しかし、仕事に集中しているならば、見学者など目に入らないはずというのが小林社長の考え。成功するのはわかっていたので、推し進めたという。
結果として、観光客が増えた。小学生の社会科見学だけでなく、伝統産業としての担い手をどうしているのか、経営をどうしているのかを知りたいという目的で見学に来る人も増えた。伝統産業や経営について話すことは大事だが、工場を見たらわかると思ってくれたらよいという。
ここまで書いてきたように、良い工場は人の態度も、モノの配置も、相互の連絡も、清掃もキチンとしているものなのだろう。
観光客が増えることで販路も変わってきている。工場に隣接する形で併設されている直営店の売上も多い。これは、社会構造や消費構造が変わり売り方が変わってきているのだ。
諏訪田製作所が、釘の頭などを切断する「喰い切り」を主力に製造していた100年前は、直接職人に売るB2Cしかなかった。しかし、流通が発達し、その後、流通の中間業者のパワーが落ち、存在理由がなくなってきた。2010年頃はB2Bの比率が100%だったが、今はB2Cが35%くらいを占めるという。売上の構成を見ると、1位は小売、2位は卸、そして3番目は直営店だという。直営店は、最終的な価格が同じならばよりお客さんに近い方が金額も利益も高くなる。
この直営店を始めた時も手探りだった。始めた当初は、年末年始にお客さんがどう来るのかわからなかったので、デパートと同じようにしようと考えた。当時デパートは、12月31日まで営業して、1月1日に初売りをする。これに合わせると、従業員には店番をさせられないので、奥さんと二人で行っていたという。今では、デパートも働き方改革になっており、年末は休み、初売りは3日なので、それと同じにしている。
工場に足を運んでくれる来場者のうち4割は、商品を購入してくれる。ベルギーのブリュッセルにある直営店では、来場者のうち7割が購入する。ただ、海外にはあまり商品を出せておらず、海外比率は10から15%くらいだ。アメリカには進出しないと決めており、中国は代理店をつくっている。消費優先にすると、工場が消し飛ぶことがわかっているからだ。
諏訪田製作所は、製品だけでなく工場も美しい。小林社長がデザインを意識したのは入社してすぐだという。まずは、汚い工場内を掃除しないといけないと思ったからだ。机の上などの掃除から始まり、次は決算書のデザインに意識が行った。
決算書には借方と貸方があり、必ず左右対称になる。ゲーテの小説の中に「複式簿記は人間精神の最もみごとな発明の一つだ」という趣旨のセリフがある。小林社長は「きれいな形での借り入れと自己資本と利益があってこそ美しい」という。燕三条デザイン研究会の会長に就任したときの挨拶で「私たちは経営者ですから、経営のデザインを」と美しい貸借対照表と損益計算書を作ることを呼びかけたが、これは、あまり賛同は得られなかったようだ。
商品のデザインについては、現在新しいデザインに挑戦しているという。実用性の優先度を下げ、誰が見ても格好良いものをつくろうとしている。実用性があるからよいというわけではない。人はパンだけのために生きるのではなく、もっと優しい何かが必要ではないかという思いからだ。
今年は、グッドデザイン賞を3つ受賞し、2つがベスト100に選ばれた。そのうち一つは、爪切りのハンドル部分をダイアモンドカットにしたもの。これは見た目だけではない。審査員も「高級感を出すためのデザインだと思ったことが爪を切るための触感の役目をしている」という趣旨のコメントをしたという。新しいデザインでも、実用性を兼ね備えている。それを超えるであろう新しいデザインに期待したい。
10月下旬に、燕三条で開催された「工場の祭典(こうばのさいてん)」で諏訪田製作所を再訪した。この時はファクトリーツアーがあり、普段はガラスの外からしか見ることのできない工場内を案内してもらえる。工場内を歩いてみると、もちろんゴミ一つ落ちていない清掃の行き届いた職場で、職人が一心不乱に作業を行っていた。そして普段は職人として働く説明員の仕事に対する誇りを感じることができた。
小林社長は、「あなたにとっても私にとっても、世間にとっても良い」ものを目指し、みんなで幸せになれたらと思っているという。近江商人の話を聞いて、三方良しという表現を知ったが、昔から同じようなことを言っているという。「3」は強いコンセプトで、トラス構造もそうだが、物理的にも一番強い構造だと子供の頃から思っている。キリスト教では、父と子と聖霊の三位一体だ。社内の様々なところに「3」を仕込んでいるという。
工場の祭典に合わせ、直営店ではグッドデザイン賞を受賞したダイアモンドカットの爪切りにシリアルナンバーを入れたものを販売していた。スタッフに聞いてみると「3」が残っているという。迷わず購入し、爪を切るたびに、その切れ味と切りやすさに感動している。
(取材日:2023年9月7日)