森屋律子氏 株式会社菰野デザイン研究所クリエイティブ・ディレクター
執筆・中庭光彦(多摩大学経営情報学部)
いま、地域産業振興を目的に、工芸産地にデザイナーが入ることは珍しくない。焼き物、塗り物、木工、金工・・・日本には工芸製品が多数存在している。これらの多くは、戦後の大衆化の中で、どんどん量産され安価になっていった。ブランド物となった工芸品も、どこかの産地で大量に焼かれたOEM品であることも多い。するとブランドを買う購買者は高い価格を支払っても、OEM生産者への支払いは安く抑えられることも多い。大田区のようなものづくり地域と、工芸産地に共通している点。それは、バリューチェーンの中で、顧客価値を生むのに苦労する企業が多いことにある。
そこで、今回お招きしたのが株式会社菰野デザイン研究所に参画するデザイナーの森屋律子氏だ。
森屋さんは、東京に拠点を置きながらも、一月の半分程度は菰野町に出向いている。菰野デザイン研究所とは、萬古焼の産地・菰野町の変化を求める有限会社山口陶器の代表、山口典宏氏が2018年に設立したデザイン会社である。そこに集まってくる「何かおもしろい事業をしたい人」と話をしながら、オープンファクトリーの試みなど、多くのプロジェクトを進めている。
ちなみに、山口陶器も先代社長の頃は大手ブランドのOEM生産を請け負っていた。しかし、現在の社長は危機感を感じ、今では「かもしか道具店」ブランドを立ち上げ、顧客チャンネルを確保した。
OEMから自社ブランドへの転換は、売り方のイノベーションと言える。全国中小企業の大きな課題だろう。
森屋さんの仕事の流儀は、何か変わりたいと思う事業者の志を大事にすることだ。まずは、変わりたいという事業者と延々と対話をするところから始めるという。「あなたのビジョンは、このようなことですか?」と、やりとりを重ねる。変わりたいと思う事業者なので、やる気・モチベーションはある。そこから出てくる情報を整理し、それを形にし、プロモーションまでもっていく。
と、簡単に書くとこうなる。しかし、ここまで書いて思うのは、そもそも「企業や地域のデザインを手伝う」と言う時のデザイナーは何をするのだろうか?
森屋さんが何度も口にされるのが「情報の整理」という言葉だ。
森屋さんが、いろいろな案件毎に事業主と話をすると、おそらく「あれもしたい、これもしたい」と、事業者の要望が無秩序に、出てくるのではないか。私も、もともとはプランナーだったので、そのような光景が目に浮かぶ。
森屋さんは、ここで「クライアントと価値観の混線が起きている」と言う。つまり、事業者がしたいコトをよく聞くと、事業者が実現したい価値と、顧客が望むコトの対応関係が、うまく意識されていないことが多いという。
単純に書くと、事業者は価値をつくり、顧客に受け入れてもらいたい。そのために、価値を体現した製品・サービス、プロモーションが一体となった「コト」をデザインしなくてはならない。「価値→コト→顧客」の関係をつくらねばならない。
ところが、多くの事業者は、価値よりは、コトの断片アイデアをデザイナーに話す。「こんな形がいい、本業はもうだめだから新しいものを、これは顧客に受けそう」、といった具合だろう。大事なのは、事業者が伝えたい価値なのだが、それがつい埋もれてしまう。
まさに、価値とクライアントの混線である。
では、どうするか。
森屋さんは、まず事業者自身が変わりたいと思うモチベーションの核にある、提供したい価値を明確にし、言語化したり図にしたりする。話している内に、気がつかなかったことが生まれてくるので、それをはっきりさせる。事業者は当たり前だと思っていたことも、デザイナーから見るとよくわからないことも出てくるので、それをはっきりさせる。そのようなやりとりを重ねて、価値と顧客の間の関係を明確にしてやることで、有効なコトのアイデアを生む。これが、森屋さんの言う「情報の整理」の意味と受け取った。
このように考えると、コトのデザインは、ものづくりの設計と同型だ。いま書いた例はB to C企業の場合だが、B to B企業でも応用できるだろう。
有限会社山口陶器は菰野町の中に4月「かもしかビレッジ」を開業した。クラウドファンディングで640万円集めて実現したものだ。
古民家の中は、仕事や作業ができるようになっており、いろいろな事業者が交流する場所になっている。「ここにいれば、誰かがいる、いつもの場所」というあり方を目指してつくったという。
単なるシェアオフィスの類いであれば、全国の自治体が主導してつくっては、潰してきた歴史があるわけだが、この場所はB to BとB to C、つまり企業利用と市民利用をごちゃまぜにするという発想があり、これまでの類似施設とは異なる。
かもしかビレッジは、人が集まる空間・場というよりは、創発を生み出すために投資されてつくられた、一種のイノベーション資本としてつくられている。それは、かもしかビレッジのミッションに掲げられた「新しい地場産業のかたちを創る」を見ればわかる。
単なる「交流空間」ではなく、「創発の資本」である施設として、これからどのように運営するのか?この先が楽しみだ。
森屋さんは、顧客との間で「余白をどの程度にするか」、いつも考えるという。余白とは、事業者自身に考えてもらう範囲と、考え方の文脈の設定だ。「ここを考えてください」と放置しても何も生まれないので、文脈を与える。すると、思いもよらぬ発想が呼び込まれてくる。
こうした「コトのデザイン」は、庭造りに似ている。
どのような生き物が集まり棲むかはわからないが、結果として居心地の良い人のネットワークが生まれ、アイデアを生む資本となる。「デザイナーは、まちの混線を整理する庭師である」と言ったら間違っているだろうか。
イノベーション・エコシステムを導く方法論を考える上で、大きなヒントをいただいた気がする取材だった。森屋さんが関わっている数々の事業は、下のウェブサイトからぜひご覧頂きたい。
(取材日:2023年5月8日)
株式会社菰野デザイン研究所:https://komono-design-labo.jp/
株式会社コト・ラボ:http://coto-labo.com/about
有限会社山口陶器 かもしか道具店:https://www.kamoshika-douguten.jp/