武州工業株式会社 相談役(二代目 元取締役社長) 林英夫氏
執筆・樋笠尭士(多摩大学経営情報学部)
左より、野坂、樋笠、林相談役、新西、中庭
青梅市に55年連続黒字を達成している武州工業株式会社という会社がある。独自の文化を持ち、ものづくりの世界を変えるチャレンジをしながら、300年企業を目指すという。現代は、健康寿命も伸び、100年時代と言われるが、「300年」はあまり聞かない。創業から約70年が経過しているから、いまは1/4ぐらいといったところか。武州工業は、何を目指してどのように時代の流れに対応してきたのか、同社の前社長である林英夫相談役にお話を伺った。2022年3月に会長を退任し、相談役に就任した林氏は、どこかゆったりとした雰囲気で、世間話でもするかのように、自社の沿革や壮大なビジョンを語ってくれた。
1951年に板金加工を主軸に創業した同社は、自動車部品などを取り扱いながら、会社を大きくしていった。1987年には、「一個流し生産」を生み出し、大量多品種生産を可能にし、設備の改造、改善を繰り返しながら、時代の波と戦っていった。1991年のバブル崩壊直後期に社長をひきついだ林相談役は、仕事がないなかでも、時代の変化に自分の仕事を合わせることで、赤字を回避した。相談役の立ち回りの背景には、先々代からのコンセプトである「地域の雇用を守る」、という理念が見え隠れする。「仕事はなんでもいいから雇用を守れ」、この教えが会社の舵取りに柔軟さと即応性を生み出しているのだろう。
武州工業には、生産管理部がない。では、製造ラインで何をどれだけ作ったか、材料がどのくらい減ったかを誰が確認するのか。ここで、一個流し生産の登場だ。一個流し生産とは、工程、加工法、形状に合わせて自分(技術者)の周りにミニ設備を設計し、加工の手順に応じて、円状にミニ設備を配置し、自分の周りだけで一個の生産が可能になる仕組みである。この配置は、作業する技術者自身が設備をレイアウト、治具を工夫することにより、生産性を向上させる。また、技術者が自ら材料管理、品質管理、出荷管理を一貫して対応することにより、生産管理が自動的になされている。さらに、DXとして、「生産性見えた君」という自社開発のアプリも活用する。設備の稼働状況を自動的に収集し、設備の停止理由や作業従事者の情報も収集するため、 稼働状況と合わせて生産状況の「可視化」が可能である。
だが、武州工業を「製造ラインのDX化に成功した企業」、と単に評価するだけではもったいない。この一個流し生産や生産性の可視化の裏には、一貫した理念がある。その理念について伺うと、相談役は、「技術者1人1人が『店長』だ」という。
社員をラーメン屋の店長として、たとえに出す相談役。DXや作業環境の工夫によって、社員一人ひとりがフランチャイズの店長になるイメージだという。自分の責任で注文もらって自分で考える。たしかに注文を取り、麺を鍋にいれ、その間にスープを混ぜ、お椀を準備し、湯切りをし・・・と、想像してみると、一個流し生産と同じだ。では、なぜ「一個流し生産」を採用するのか?
相談役はいう。(自社は)下請け企業なので自社商品がない。お客様が設計したものを作るだけ。生産性が上がった分、人じゃなきゃできない仕事におきかえる。そして、もっと人間らしい仕事をする。機械に任せられるところは任せる。
相談役からは、単なるDXの導入を超えて、「人による新たな価値の創出を目指す」という信念が滲み出ている。何よりも、人を大切にする姿勢は、「利益の半分はお客さんに返し、残りをうちの従業員に」という方針にも現れている。全社員が経営を考える店長ならば、どうりで生産性も意識も高いはず、と合点がいく。
一個流し生産が画期的であることは、よくわかった。ただ、急に始めてそう上手くいくだろうか、理念が浸透していないと、いきなり「明日から店長ね」と言われても、従業員は戸惑うはずである。そこが気になる。
すると、相談役は次のように打ち明けてくれた。「社員は自分の分身なんだ。」
この考えは、先々代が言い出したという。そうか、初めから、社員を「社長」として扱い、責任をもって働く組織風土があったということか。現在、8時間・20日勤務や福利厚生が良いことで有名な社風も、創業時から、社員を社長の分身として捉えていたからか。「人を育て、人が価値を生む」という理念は、この70数年、生き続けているわけだ。
一個流し生産、生産性見える君、DXを駆使した管理体制が、リードタイムの短縮になっている。そこでできた時間が、価値や福利厚生を生んでいる。また、タイムスタンプの利用で、時間の流れで管理することを全従業員で取り組んできた結果、生産管理の仕組みで特許もとっている。ベルトコンベアで流れる製造ラインに関する特許ならわかるが、時間の管理での特許など、聞いたことがない。「時間の流れの中に品物が載っている」という考え方だそうだ。
「時」を軸にして、責任を持った「分身」たちが独自の製造ラインで高い生産性をもって価値を生み出していく。まるで一つの街のように、生命活動をする工場。
社内の壁には、「アタック75(創業75周年)」へのビジョンと目標へのイメージが共有されている。この会社理念の掲示が、2100年までのカレンダーの隣にあることは決して偶然ではないだろう。時間を制する武州工業は、300年先に向けて今日も進んでゆく。創業72年というのは通過点に過ぎない。道のりはまだ3/4残っている。あと225年、これからどれだけの価値を生んでいくのか、その行く末をひ孫にでも頼んでチェックしてもらいたい会社である。
(取材日:2023年7月27日)
武州工業株式会社:https://www.busyu.co.jp/