共感のデザイン-柳川の水門メーカーによるソーシャル・イノベーションの試み-(株)乗富鉄工所
株式会社乗富鉄工所 代表取締役 乘冨賢蔵氏
執筆:中庭光彦(多摩大学経営情報学部)
左より、中庭、乘冨賢蔵氏 、新西
「柳川の水門メーカー」が意味すること
今回登場いただくのは、福岡県柳川市の水門メーカーである乗富鉄工所だ。
水門は、人類が世界中で使う、水利用管理の重要な装置だ。日本では、利用される水の70%が農業用水なのだが、水を利用するには、決められた水量を河川から用水路に導くことが必要となる。このため、取水口には必ず水門がある。さらに農業用水路から支川水路に枝分かれする場所にも水門があるし、その水路から、自分の田圃に水を導く所にも小水門がある所も多い。ちょっと古いが、2000年(平成12)のデータでは、全国の農業用水の取水施設数が約11万ヶ所あったという(農林水産省データ)。取水もあれば、排水もあるわけで、工業用水、生活用水、排水を入れると百万ヶ所近く?になるのではないか。
気にしない人も多い「水門」は、国土を守る重要製品なのだ。
水の国日本では全国に用水網が張り巡らされているので、水門メーカーも多い。但し、福岡県柳川は、水利用ソフトが蓄積されているという別格感がある。
地図を見るとわかるが、柳川は江戸時代から水路の町として知られ、今ではその水路は観光船下りで楽しめる。水路沿いの家には、道路だけではなく水路側にも玄関がある家があるほどだ。
その水路の町・柳川には、矢部川(筑後川の支流)から分かれた沖端川の水が流れ込み、その水が市内水路を巡り、南側に排水される。
ここまでなら普通なのだが、柳川が特別なのは、南側に干満差が6メートルの有明海がせまっていることだ。つまり、川から市内には真水が流れ込むのだが、有明海が満潮になると南側からは海水が逆流してくる。そこで、貴重な真水を守るために、逆流してくる海水を防ぐために水門を閉める。そして、できるだけ真水をため込むために、水路が溜池の役割を果たしている。この水路兼溜池をクリークと呼ぶのだが、柳川は日本でも珍しいクリーク地帯なのだ。クリークの入り口と出口、所々に水門があり、水の流れが細やかに管理されている。
柳川で水門メーカーを営むことは、この水利環境をよく知っているし、水門で水の流れをコントロールするソフトをもっていることを意味している。このソフトは全国・海外で応用可能なものだ。
現に、今年2024年2月に社長を継いだ乘冨賢蔵氏は、そうした水利用の知恵をよくご存知の方だったのだが、一方では、一見すると水門とは関係が無さそうなプロジェクトでも注目されていた。
その経緯をうかがうことにした。
自社の強みをリフレーミング
乘冨さんが家業で働き始めた2017年。その頃から、会社を辞める人が多くなったという。理由をたずねると、水門製造ビジネスの方法や働き方が時代に合わず、古いと感じられ、前途に希望がもてなくなった人が、高い賃金の建設業に引っ張られていたことがわかったという。
乘冨さんは考えた。
そもそも、乗富鉄工所の強みとは何なのか?
これを考え直し、乘冨さんは、自社の強みの認識を変えた。出した答えは「うちの強みは水門をつくれることではなく、いろんなものを職人がオーダーメイドでつくれることにある」ということだった。
熟練技術をもっているが、頑固とも思われがちな職人の定型的なイメージを、「創造者」へと転換したのだ。その結果、乗冨鉄工所では職人のことを「メタルクリエイター」と呼び、名刺にも記している。実際、営業活動まではしないにしても、顧客との打ち合わせまで含めて、職人さんが行っている。水門製造~設置という、現場に合わせてカスタマイズするという商品特性上、当然なのかもしれない。
自社の強みのリフレーミングは、重要な転機だったのではないだろうか。
ノリノリプロジェクト
とはいえ、まずは若い人にも入社してもらいたいし、振り向いてもらいたい。
そこで乘冨さんが考えたのは、他者とのコラボ製品の開発だった。
「何でもできる職人技とデザイナーをかけあわせて、いろいろな事業を立ち上げる」-これをノリノリプロジェクトと名付けた。
いま事業化されているのは、アウトドア用品だが、中でも「ヨコナガメッシュタキビダイ」(https://noritetsu.thebase.in/items/49108957)はグッドデザイン賞や、世界三大デザインアワードの一つであるIFデザイン賞を受賞した。乘冨社長が意気投合した柳川の町工場と連携している。
家具ブランド「FACTORIAL」(https://noritetsu.thebase.in/blog/2023/11/15/102107)も立ち上げている。日本三大家具のまちの一つ、柳川の隣の福岡県大川市の(株)関家具とコラボして、水道管を使ったカッコイイ家具を開発した。両社は元請け-下請けという関係ではなく、パートナーというフラットな関係で協力している。
このノリノリプロジェクトの試みは、徐々に共感者を増やし、波及していった。関わった会社と一緒にフェスを行なったり、職人体験、夜の工場を見学でき、そこでノリノリプロジェクトで開発された焚き火台を使った「焚火体験」を行うというアウトドア製品体験型観光プログラムを、一部有志が行い始めた。2023年9月に開催されたNORIDOMI FESTIVAL!2023には400人以上が集まった。
「こういうことをやっていると、必ずおもしろい人が集まってくる。おもしろいのは、入社したいという人も集まってきて」と乘冨社長は言う。
おもしろいことをやっていたら、結果として人が集まってくる。このパターンは新たなことを始めようという若い事業者がよく取る方法なのだが、ここでも「おもしろい」に出会うことができた。
水門業界の課題
ノリノリプロジェクトの売上げは、本業の水門事業に比べれば少ない。余計なことをしなくても・・・という反発もあったという。しかし、ローカルメディアに取りあげられるようになり、社員の家族が「お父さんの会社すごいね」と話すようになり、会社への認識が変わったという。
とは言っても、本業が大事なことは事実だ。
いま、水門業界の大きな問題は、水門を開閉する管理人の高齢化問題だ。どんどん管理人がいなくなっている。このため、水門を自動化してくれという要望が多数来るという。
これを解決するために、福岡市のベンチャー企業である(株)オートマイズラボ(https://automize.co.jp/)と共に、水門開閉を自動化・遠隔化するシステムを手掛けている。
水門管理人問題を解決するために、両社はコラボしているわけだ。この市場は、おそらく世界中に及ぶであろうことは容易に想像できる。
コラボレーションの意味
これまで、全国で多くの企業者・市民・サラリーマン・行政マンに、「おもしろいこと」「デザイン志向の取組」について取材をしてきた。
その方達の多くが「コラボレーション」や「連携」というキーワードを口にされる。ところが、人によってその意味する所は微妙に異なることもわかってきている。そこで、「コラボも、簡単なことではないですよね?」と質問した。
すると、乘冨社長は「技術が合えばできるというものでもない。利害関係が合わなくてはできないし、利害関係の調整はすごく難しい。そこを、『友達になる』という考え方で、突っ切ることができる。利害関係も『こいつとなら大丈夫でしょう』という、ふわっとした感じで。契約ではなく。そこを飛び越えられるかどうか」と、ポイントを突いた言葉が返ってきた。
そうなのだ。相手の全存在とつきあい、友人になりたい、と思える感情がなければ、意図せざる結果を生むようなコラボができるはずはない。「友達=共感できる関係」と言ってもよいかもしれない。
乘冨社長にとっては、利害関係が合うことは当然としても、その上位に友達関係がある。
そう考えると、ノリノリライフも事業化と友達づくりの工夫であって、本業と何ら区別する必要はない。というよりも、一体だ。
利害関係で留まっているコラボも全国には多々あるわけだが、乘冨社長やこの「イノベーションエコシステム研究会HP」で紹介している方々は、友達や共感に支えられている。この人々に、なぜ私は新しさを感じるのか?
それは、この人々が自分なりの共感関係のつくり方に試行錯誤しているからだと思うにいたった。
最後に、乘冨さんの経営の目的について語った言葉を紹介しておこう。
「この田舎町に暮らすことも含め、自分たちの会社が焚火イベントやったり、フェスに家族連れてくる人もいる。そういう会社で働けることが幸せと思ってくれればよい」
これを「素晴らしい志」と受け取ってもよいのだが、研究者としては「共感のデザインに導く言葉」と受け取りたい。行動に移した工夫は、他人が真似したい、一緒に活動したいという新たな慣習・価値観づくり、そして波及につながる。
このプロセスは、まさしくソーシャル・イノベーションへの試みと呼べるものだろう。
(取材日:2024年3月25日)
株式会社乗富鉄工所:https://noritetsu.com/
ノリノリプロジェクト:https://noritetsu.thebase.in/