公益財団法人浜松地域イノベーション推進機構・次世代自動車センター長 望月英二氏
執筆:樋笠尭士(多摩大学経営情報学部)
左より、中庭、望月英二氏、樋笠、新西
まず、驚いたのは、浜松市商工会議所の中に次世代自動車センターがあることだ。聞くと、たまたま、浜松イノベーション推進機構が浜松商工会議所会館に事務所を持っているということであった。完全に自動車に、それも次世代に振り切っている。こんな攻めたセンター設立は珍しい。
次世代自動車センター長の望月英二氏は、同センターの説明を淡々と始めるが、言葉の節々に安定感と自信が見て取れる。自動車業界、技術、サプライチェーンのなかでの小規模企業の状況、どれをとっても説明がしっかりして、根拠に基づいた分析があった。その理由は、望月氏のバックボーンにある、ということは必然的にお話の途中で気づくことになった。スズキ株式会社において、シャシーの設計、スイフトのチーフエンジニア、車体の実験課長、購買本部長、役員を歴任されているので、開発技術も分かり、サプライチェーンの全体を俯瞰する経験、そして何より多くの取引先の現状を見てきている。知見と勇気はそこにあった。
現在、内燃機関(エンジン)を必要とするガソリン車から、内燃機関を必要とせず、モーターを使用する電気自動車へと自動車産業がシフトする流れが世界的に起きている。アメリカでは、新車販売のうち普通乗用車に占める電気自動車(EV)の比率を2032年までに67%とするとされていたが、現在の大統領選の影響もあってか、目標を35%に引き下げており、二酸化炭素の排出基準をハイブリッド車でも達成できるような規則が採用された州もある。EUは2035年以降、内燃機関車の販売を禁止したものの、「温室効果ガス排出をゼロとみなす合成燃料(e-fuel)を使う車に限り、内燃機関車の販売を認める」ともしており、また、EV大国の中国でも、EV墓場など、中古市場がないせいか、EV市場に少し翳りが見えてきているところである。
このように、EVシフトそれ自体の行く末もわからず、ガソリン車もいつまで作り続けられるのか不明な現状で、「次世代」をどうやって見通すべきか。
エンジンに関する部品が、EVシフトによりなくなり、その分の売り上げが減る。このリスクを、新書や経済誌や学術界では、「サプライチェーンの下流の部品メーカーは、車メーカーと心中するのではなく、他の業界に活路を見出し、技術投資や異業種参入して生き残らなければならない」という論調で指摘する。
が、望月氏は全く異なっていた。「エンジンに関する部品が、EVシフトによりなくなり、その分の売り上げが減るなら、それを補うようにEV用の部品を作ればいいだけ。自社の固有技術を活かして次世代自動車に合わせていけばいい。モビリティがなくなることはない」という。EVだろうが、水素だろうが、何が来ても、それに合う用に対応する、単純なことだと。
部品ベンチマークルーム(多様な電気自動車の搭載部品が分解され展示されており、会場内で直接手に取ることができる)で、解体したEV車の部品を公開し、触ったり、削ったり、貸し出しまで許諾し、次世代自動車への対応技術を磨く場を実際に提供する望月氏が断言することの意味は重い。
危機感を煽らずに、冷静に地殻変動に対処する姿は、まさにエコシステムの守護神といったところだ。
このように小規模企業、部品メーカーに対し冷静に助言を行う望月氏は、さしずめ、定食屋からホテル勤務まで経験しているシェフ兼料理研究家といったところか。
というのも、望月氏は、単なる「業界動向の啓蒙」や「資金援助・マッチング」をするのではなく、お客様の「食べたいもの」を分析し、「メニュー」を用意し、「食材」を実際に見せて、「料理」の実演をするからである。
「EVに対応するため試作をした方がいい」といっても、部品メーカーには、伝わらない。例えば、EVでは重いバッテリーを搭載するため非常に車体が重くなる。だから、「軽量化」をしてみよう。内燃機関からモーターに動力が変わり、音が静かになる。だから、今まで気にならなかった音が気になるようになり、騒音対策の技術を開発しよう。エンジンの熱さがなくなるということは、蓄熱の部品を作ろう、と。EV化により、「いらなくなる」という思考から、「逆にこういうものが必要になる」を導いて、試作や工法開発を援助する。そして、その前提として、自社の技術を内省して、何ができるのか、何が強みなのかを考えてもらう時間を提供する。中華料理屋でなくなっても、大きい中華鍋で別の料理が作れるかもしれない。そのためには、いま使っているその鍋や鍋を動かすスキルを徹底して分析することがスタートラインだ。これを、望月氏は、「固有技術探索活動」として推奨する。自分の技術を認識する。そこから、試作が始まり、提案力も向上する。さらに、これが現場改善にもつながり、収益も上がる。慌てずに自社の現場を徹底して分析することが重要である。この徹底した「現場主義」を望月氏は意識しているように思える。
部品ベンチマークとして、解体した電気自動車を展示し、各部品に触って分析ができるように公開する望月氏。次世代の車両の部品を実際に見ることで、今後どのような技術開発・改善をすればいいかを見学者に考えてもらう。画期的で美味しく、大流行している料理、ふつう、レシピはわからない。分解されて、全食材と、その混ぜ方までわかれば、自分達にも作れるかもしれない。実際に見るだけでなく、部品の重さを測ったり、触ったり、貸したりしてくれる。同じ加工技術で製作できる部品なのか、既存の部品か加工法を変更すれば対応できるのか、既存の部品から改善すれば作れるのかを考えて実行に移すことが可能となる。エンジン部品を作る企業も、解体されたEVの内部を見ることで、熱マネジメント機関なら作れるかもしれない、と気づける。試作する意欲が生まれる。さらには、先行開発企業による試作の成果報告会も実施し、展示や説明会を開き、徹底した公開を続けている。
加えて、望月氏は、試作の支援にも余念がない。試作部品等製作委託事業も手掛けることで、EV対応をする企業の背中をさらに押している。DX化やカーボンニュートラル対応も、全て、難しく考えずにシンプルに、「CO2削減は、省エネで儲かる。」と説明し、徹底した現場改善につなげる。小規模企業、部品メーカーの不安要素を取り除き、行く先とその明かりを見せて、かつ、伴走してくれる。しかも、伴走中に必ず成長できるというおまけもついている。望月氏のこの情熱はどこから来るのか。
望月氏はいう。産業支援でやれることは限られている。多品種少量生産の小規模会社を守れるのは、サプライチェーンだけだ。生き残ろうとする会社をバックアップする、と。
望月氏はスズキに所属することもあり、俯瞰的に、マクロ的にサプライチェーン全体を見て、全体最適になるように、生き残れるように大局的な支援を行なっている。その生態系を背負うような義務感はどこから来るのか、望月氏は、「EVシフトになっても製造品出荷額を確保すべしという命題が当センターの設立目的のひとつである」と述べる。
サプライチェーン全体を守る仕事、があるとすれば、それはたしかに「公益財団」である(たまたまであるが)商工会議所の中に次世代自動車センターがあるのもうなずける。また、ミクロな自社の利益、とか、マクロな自動車産業全体の今後、とか、ではなく、浜松市のサプライチェーンを守るという大きいが具体的に個別化された生態系を守ることに特化し、振り切っている次世代自動車センター、もとい、望月氏は、会員企業のうち1回も事業に参加しない企業26%にも目を向けている。トップランナー支援だけでも十分だが、生態系全体のためには、動かないところの把握や対策も必要なのだろう。飽くなき仕事への情熱には頭が下がる思いだ。
車から内燃機関がなくなったとしても、浜松の火が消えることはない、ということを教えてくれる次世代自動車センターだった。
(取材日:2024年5月2日)