堀田祐一氏 公益財団法人大田区産業振興協会 ハネダピオセクション ハネダピオリーダー
中野春夫氏 公益財団法人大田区産業振興協会 市場開拓支援グループ 受・発注あっせん相談員
執筆・中庭光彦(多摩大学経営情報学部)
左より、野坂、堀田氏、中野氏、中庭、新西、取材当時ハネダピオディレクターだった臼井氏
大田区といえば、「ものづくりのまち」と言われる。2020年時点で、東京都全体では9,887の製造業事業所、245,851人の従業者、出荷額は7兆1,608億円にのぼる。その内、大田区には1,162(8.5%)の事業所が集まり墨田区の645(6.5%)事業所の倍にあたり一位となっている。出荷額も首位の大田区は4,424億404万円(6.2%)、2位は板橋区になるが、3,380億8,928万円(4.7%)となる。(ちなみに、多摩地域40市町村の事業所数は2,143で21.7%)。サービス経済化が進む中、製造業の数字が地域経済の実力をそのまま示すとは言えないが、事実としては東京都の中で最も製造業事業者が集積している地域であることは間違いない。
しかも、工場数で見ると、多くが10人未満。町工場の集積地帯と言って差し支えない。
この町工場集積が育ち始めたのは大正時代の半ばだ。関東大震災後、工場が移転・新設され、それは機械・金属加工を中心とした軍需用品の一大製造エリアに育っていった。戦争末期には空襲を受けるが、その後、朝鮮戦争や高度成長期には機械金属加工、精密組込部品、各種電子機器の部品製造を担う中小企業が集まる場として復活・発展してきた。外見は従業員数人の小さな町工場にしか見えない企業が、優秀な技術を強みにして海外企業と取引を行っている例も珍しくない。
それだけ技術の強みをもつ競争力があるならば、大田区には収益力の高い中堅企業が集まってきても不思議ではない。
そう、シリコンバレーのように。
2000年頃までは、シリコンバレーのような技術集積を大田区に見立て、ここに設計メモを落とせば、腕利きの企業たちが協力しあって、製品が生まれるといったイメージもあった。大田区も、このような協力の慣習を「仲間回し」とHPで紹介している。しかし、それから20年以上を経て、現在では事業所数は半減している。かつての中小企業地帯も、今では住宅地化して、ポツンポツンと工場が点在している風景である。
これは、実は地方の商店がシャッター通り化していく構図と非常によく似ている。協力して稼げる程の客がいた個店が、いつの間にか採算が取れなくなり、子どもも家業を継がなくなって閉店していく。これの、ものづくり工場版なのかもしれない。
大田区製造業はどこへ行く?
ところが、ここ十年ほど、地方でも東京でも、30代、40代ぐらいの若手でトガッた感覚をもっている人達が、従来の考え方に囚われずに動き、それが成功する例が目立ち始めている。私たちメンバーは、こうしたにおいのする人々を「デザイン志向企業家」と呼ぶこととした。地方でもそうならば、大田区ではどんな挑戦的な企業者が、どのような考え方でものづくり経営をしているのか、どうしても知りたい。
さらに、そんな企業者の動き、それとスマホ社会で育った人々の少子高齢化市場での客の意識の変化、これを地元自治体である大田区はどのように政策支援しようとしているのか。
もしかしたら、これまでの成長期を支えてきた人が思っていた「ものづくり神話」を見直すことになるかもしれない。そんな出発点から、若手というかトガッた経営者の経営視点をインタビューすることにした。
初回は、大田区の産業政策を、中小企業支援という視点と、イノベーション促進という二つの視点で進めている大田区産業振興協会で海外企業とのマッチングや国内企業から中小企業への引き合いを紹介する堀田祐一氏と中野春夫氏にお話をうかがった。
大田区は大きく言うと、三つの産業支援を行っている。①意欲ある企業者を育てるために国から補助金が出るが、その仲介を行うのが一つ。②区外の企業からの発注相談を区内の企業につなげて、仕事に至るまで伴走支援する仕事。③人材の育成、だ。特に②の受発注支援は充実している。
一口で言えば、区外の顧客からの相談をワンストップで受けて、それを区内企業に仲介する仕事である。このために、堀田氏、中野氏はじめ約5名の部隊で、常に区内の事業所を回って情報を仕入れているという。この部署には、区外から、「試作品で、こんな加工をできる所はないか?」とか「この部品を、この条件でつくれる所はないか?」といった引き合いが、年間1万件程度あるという。中には、設計図も無しに、口頭のイメージだけで相談されることもある。それを、「ここなら大丈夫だろう」という、区内の企業に見積もり依頼としてつなげるのは年間約1,000件、その内200件程度は成約に至っているという。この勝率は「商社として考えると良い数字」と堀田氏は言うが、確かにその通りだろう。
何よりも、日頃から現場を訪れ、製造機械の入れ替わりや技術、人、商品開発動向などの情報を仕入れ更新している力が優れている。
大田区の企業が得意とするのは量産品ではなく試作品が8割とのことで、外部の企業にとっては、どの企業に依頼すればよいのか、よくわからない。ブラックボックスになっているのだが、その中に確かに優秀な企業が多数あることも顧客はわかっている。そのような時、確かにこの受発注支援は顧客と区内企業の双方にとってありがたい存在と言える。
とはいえ、区内企業も試作品だけで喰っていけるほど経営は甘くない。どのように資金化できるような価値を開発するのか?そこが、企業にとっても大田区にとっても、悩む所となる。
新たな価値を開発するということは、具体的には、これまで組んだことのない事業者と一緒になって新たな市場に新たな製品を投入することと言える。それは、これまでの本業を壊してしまうかもしれないが、リスクを覚悟して新製品やサービスを開発する。これがイノベーションを語る時に、よく使われる説明だ。
つまり、イノベーションは現状を守ることよりは、生き物が新たな環境にチャレンジして生き残る革新に近い。このため、今までの知り合いよりは、外部の人々と仕事をした方がイノベーション確率は高くなるが、そこで、どの部分を企業のコアとして守るかを判断することは、大変に難しい経営者の課題となる。
自治体としては、既存業種も守りつつ、区内の事業構造も変えなくてはいけないという、見方によっては相反する目的を同時遂行していることになる。
ただ、外からの視点を導入して、企業外の経営資源を使う方が新陳代謝が起きやすくイノベーションも起こりやすい、つまりオープンイノベーションが起きやすいというのが、現在の主流の考え方ではある(口で言うほど簡単なことではないのだが)。このため、羽田イノベーションシティにある大田区産業振興協会(ハネダピオ)では、展示会やセミナーを頻繁に開催している。羽田という立地は、大田区と世界がつながる出城のような場所で、象徴的な意味も大きい。
まだ動き始めたばかりだが、イノベーション政策が、区内中小企業とどのような化学反応を起こすのか?
次回以降、様々な「トガッた企業者=デザイン志向企業家」の姿を紹介していく。
(取材日:2023年2月22日)
羽田イノベーションシティの中にある大田区産業振興協会Pio Park
中小企業にありがたいセミナーが頻繁に開かれている
ハネダピオパーク:https://www.hanedapio.net/