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外国語教授方法論(英語) 2014



■事前に先生の本を読んで、発音指導は数ある英語指導のうちの一つということを再認識し、逆に発音以外の部分の指導をどのようにされるのかということにも興味がありました。なので、最初の自己紹介の後、私が使った表現のミスも指摘していただいたことで、「色々と細かいところまでチェックされているなあ」と、嬉しくなりました。リーディング素材の様々な指導の仕方なども勉強になりました。

今回の講義を通じて、個別の音を正しく発音することも大事だけれども、発話している文章の裏にある意味は何か、だからどの言葉を強く言いたいのか、これをしっかり生徒に分からせるように、こちら側のしかけを作っていきたくことも大事だと思いました。そのしかけをきっかけに生徒が少しでも、英語の表現力を高めたいと思ってほしいと思います。

5日間の講義を終えて、今私の頭の中は、あれやってみよう、これもやってみようというレッスンプランで一杯です。グルグルもそのうちの一つです。この夏休みにそのプランをもっと具体的にして、家でブツブツとリハーサルをして、夏休み明けの自分の授業で是非やってみようと思っています。

歌に関しては、今まで自分の授業では正しく歌わせるところまでは持って行っていませんでした。英語のリズムを体感するという点でも良い指導ツールだと思いますが、案外歌っているときはリズムやメロディーに気をとられていて、発音がおろそかになるんだという事にも気づきました。つまり、普段できていない音は歌でもできない、と。なので、選曲も大切だなと思いました。この音が不得意な生徒にはこの歌を、リンキングができてない生徒にはこれ、というようなバリエーションを増やして、その目的に応じて授業で取り入れていけたらなと考えています。

初日に、先生の次の本が「心・技・愛」だと聞き、最後には、なるほどやはり「愛」だなと思いました。受講前に色々先生の授業のお噂は聞いていたので、興味津々でしたし、静先生はどういう人なのかということにとても興味を持っていました。先生はたくさん「愛」を持ってらっしゃる優しい人だと思います。私も、生徒の英語力を伸ばしてあげたいという「愛」、これを常に持って指導していきたいとあらためて思いました。5日間どうもありがとうございました。そして、OB、OGの方々の存在はとても心強く、みなさんのデモなどもとても勉強になりました。ありがとうございました。


■今回の授業を受けての一番の収穫は英語の授業はこれまで自分が受けてきて固定化されていたイメージが大きく覆されたところにある。英語の授業というものは、先生の日本語での解説を聞き、発音指導もないまま、当てられては音読、訳読をしそれ以外の時間は黙っているという、「静」で内向的、良く言えば自分と向き合っているといえるかもしれないが、クラスの同級生とのinteraction もなく、自己沈潜型のものであった。

しかし今回の授業でグルグルでの高校生の生き生きとした笑顔とガッツポーズをみると、本来言葉の学習はそれが他者とのコミュニケーションを目標としている限り、楽しく、自己解放型で、相互交流的でなけらばならないこと改めて思い起こさせられた。

そしてそのためには、言葉が動物の「声」ではなく自在の意味を持つのだから他者がストレスなく聞き取れるような発音指導が必須であるとごく自然に理解できた。歌の導入もその大きな柱の一つで、できればストーリー性のあるものが望ましいというのもうなづける。

このような朗らかで動的な授業のためにいかに多くの知的アイデアが込められてるか!参加者はオレンジ色のパソコンに無限の知恵と工夫がストックされていることに驚きを隠しえない。

自分の受けてきた英語の授業では教師はテキストしか持ってこなかったが、今回様々な教材(プリント)が作成されてきたことにもまず感心した。集中授業ではその一部が提示されたが、折りたたんでA面とB 面をペアでそれぞれ手元に置きながら質問をし合うなど基本的に交流学習の効果を狙っている。このような試みがクラス全体の励みになり授業の活性化につながるのだろうと実感する。

 このように教師側に授業への熱意と到達目標が明確にあれば、いくらでも創意工夫の泉が尽きないと感動する。

このことを自分に置き換えてみると課題が見えてくる。

1. 発音はおおむね及第点をいただいたが。まだまだ、dzやngのような自分では意識できないレベルでの習得が不十分。

2. リスニングが全くダメ。自身の学習過程にリスニング授業がなかったことやエイジングによるワーキングメモリーの劣化のせいに甘えてはだめ。もし高校のクラスに帰国子女がいたら馬鹿にされるレベルと痛感。

3. (本当はリーディングの力もだいぶ速度が遅くなっていると感じています。関大でfree で配布されているWall Street Journal を頑張って毎日目を通します。)

4. 今後、教室での授業ツールの核となるパソコン使用も残念ながら×。このままメディアリテラシーに欠けたまま生徒に時宜にかなった魅力ある教材を提供できない哀れなオジン教師になるかどうかの分かれ道と思われる。

5. 50回続けての腕立て伏せは到底無理にしても、今やっているヨガと気功ぐらいは続けてせいぜい心身ともに柔軟なyoungest at heartを目指す。

静先生5日間本当にありがとうございました。ますますのご活躍をお祈りいたします。



■静先生の愛のムチは全て自分のためだとわかっていても、やはり授業はとても恥ずかしい思いや辛い思いをしました。しかし、それを乗り越えた?かどうかはわかりませんが、確実に英語力がつきました。さらに、今後の課題もたくさん見つかりました。本当に感謝しています。ありがとうございました。また、集中講義は聴講されている現役の先生方がたくさんいらっしゃったのでとても刺激的で自分も負けてられないとヒシヒシと感じておりました。先生方の前で、歌を歌ったり、自分の英語を聞いていただいたりすることは、かなり緊張しましたが、他では体験することができない貴重なものとなりました。集中講義を受ける前は、英語上級者は早く話すことができる人と思い込んでいました。しかし、授業を受けてわかったことは、正しい発音をすることはもちろんですが、文の意味やスピーカーの意思を捉えてどこを強く読めば良いのか、最後は尻上がりになるのか尻下がりになるのかなどの大切さを知ることができました。今後も、たくさんの生音声を聞いてマネしたいと思います。最近は、授業で扱った歌を含めてたくさんの洋楽を聴き練習して、自分の歌える歌のストックをたくさん作っています。今から授業で使えそうな歌を探して、自分が歌えるだけではなく、指導できる曲を増やしていきたいです。今回唯一残念だったことはグルグルを体験することができなかったことです。人数の関係上かはわかりませんが、来年もし聴講させていただける機会があれば、ぜひグルグルを体験してみたいです。


■この4日間、あっという間でした。靜先生には大変お世話になりまして、本当にありがとうございます。

この授業が始まる前までは、恥ずかしながら、基礎的なshe, seaなどの発音を始め、p, b, mなどの発音ができていなかった事に気づきもしていなかったのですが、靜先生のご指導のもと、この問題に気づく事ができました。

今まで、こういった発音指導を受けてこなかったため、一度アドバイスを受けただけでは、中々癖が治りませんでした。靜先生から、何回も同じご指摘を受けても、中々発音が良くならない自分に恥ずかしさを感じたり、腹立だしく思ったりもしました。しかし、靜先生は、こんな私にも、根気強く付き合って下さりました。まだまだ発音に関して、練習が必要ですが、発音の仕方を教わりましたので、これから来年に向けて、発音向上のため、日々、鏡で口の動きを確認しながら、練習していきたいと思います。

授業を通して、こういった靜先生の生徒・学生に対する態度を身をもって感じ、大変恐縮ではありますが、靜先生のような教師になりたいなと新しい目標を持つことができました。1人ひとりにあった英語指導を行い、そして、どの子も達成感を感じられるように、フィードバックをしていく事が大切だと感じました。私自身、この4日間の授業で、達成感を感じることができ、更なる英語学習への意欲へとつながりました。この経験を、私が教師になったら、自身の生徒に感じてほしいと強く感じました。

得られるものばかりの今回の集中講義はとても短く感じました。来年、成長した姿を靜先生にお見せできたらと思っておりますので、また宜しくお願い致します!





◆2日間でしたが、今年は聴講生として靜先生の授業に参加させて頂きました。「強い所は強く、旧情報はピッチを下げる」と始まった先生の授業に、昨年と同様に少し緊張しつつ耳を傾けていました。(あ、これ本で読んだことあるけど、実際に声に出してみるとこんな感じになるんだ。それでこんな意味も含まれるんだ)と思いながら強弱をつけてセンテンスを読む先生を見ながら思ったり、自分の音読にアドバイスをする先生に(やっぱりできるようになるまで何回も読むよう指示されるなぁ。)と感じながら、それでもきちんと発音を指導して下さることが嬉しかったりしました。受講生の時と違ったのは、靜先生から主に指導されている今年の受講生を見ながら、または、靜先生が録音した生徒の発音を聞きながら「どこが間違っているかを判断し、自分だったらどう指導するか」を考えるといった点かなと思います。これは私にとってはとても難しく、まずどこが間違っているのかに確信が持てない、また分かったとしても自分の発音、説明の仕方が果たして正しいのかと考え、自信が持てない・・・と知識不足スキル不足を改めて感じさせられました。でも、だからこそ、少しでも自分に力をつけようと今後に向けて頑張らないと!という気持ちにもなりました。そして、昨年受けた時にもこのような気持ちになったことを思い出しました。靜先生の授業は、そんな前向きなパワーをくれる授業だと思います。本当にありがとうございました。


昨年度、靜先生の厳しい「全身汗をかく授業」を体験し、またその厳しさに触れたくて聴講させていただきました。昨年度は、自分が課題をこなすのに必死でしたが、今年は気が楽で、その分、昨年とは違った視点で授業を受けることができました。

教師として「1時間の授業で、目の前の生徒をどこまで伸ばすか」が、基本であり大事なことだと改めて実感しました。残念ながら聴講生の身では、力を伸ばしていただく体験は少ししか味わえませんでしたが、昨年バシバシと鍛えられたことと重なり、先生の出す「カード」は生徒の数だけ、何枚もバリエーションがあることを改めて感じました。

今回の授業で、 “Let It Go”の歌詞を、正しい発音と悪い発音を組み合わせ、どれが正しいのかを当てる「発音の○×クイズ」がありました。これは、「自分が発音できる音は、聞き分けられる」ことを実感させるもので、正解すれば生徒としてモチベーションがぐっと上がります。こんな風に、明確に指導と評価が一体する方法を授業に組み込まなければと思いました。「目の前の生徒をどこまで伸ばすか」「そのためにどう授業をデザインするのか」。今回の先生の授業を受けて以来、このことをずっと考えています。

自分の今後取り組むべき課題が見えてきました。自分の生徒に、どんなカードを、何枚用意できるのか。そんな風に授業デザインを考えるうち、自分の3年後、5年後の目標ができました。生徒を伸ばすことで、自分も大きく成長したいと強く思います。来年、またお会いしたときには、そのご報告ができるよう頑張ります。5日間本当にありがとうございました。


歌って歩いてリズムをとって、ハラハラ・ドキドキ、そして達成感がジワリ。

数年ぶりの‟Mr.SHIZUKA体験”は、自分の原点回帰となるひとときでした。4年前、まだ自分が教壇に立つ前に、先生の授業を受講することが出来たのは本当に幸運でした。今回の再受講であの時感じたスリリングな感覚と、もっともっと、という自分を高めたくなる欲求が再び蘇りました。教師になった今、私は自分の生徒にも同じ感覚を与えたくて奮闘しています。自分の授業の原点はやっぱり“Mr.SHIZUKA体験”にあります。

今回の受講では、‟Mr.SHIZUKA初体験のM1の学生さんに数年前の自分の姿を重ねつつも、彼らに向き合う先生の一挙手一同に自分が目指す姿として注意を払いました。最終日の親睦会で先生の著作の話になったとき、「また面白い教材作って下さいよ」と言った私に対して、「というかねえ、自分で作らなきゃあ、だめだよ」と言われた先生の言葉が忘れられません。とても嬉しかったです。この言葉をスルメのように噛みしめています。

これからは自称‟Mr.SHIZUKAインスパイア系”で頑張ります。目の前の生徒と一緒に、マイスタイルを作っていきます。でも引き続き毎年少しだけ、原点に戻れる時間をもらえたらなぁと思います。どうかこれからも宜しくお願いします


私が今年、この授業を聴講した理由は来年から教師として働くべきか否か、何かしらのヒントを先生の授業を通して見つけたいと思ったからでした。

今考えてみれば、企業の内定が決まっているのに、その様に迷い5日間夏休みに、授業を受けようと思った時点で私の気持は決まっていたのかもしれません。

この授業に出ればなにか答えが見つかると思ったのは、昨年の授業が非常に刺激的で、忘れられない5日間だったからです。先生が私のどんな失礼で本質からずれた質問にも、真っ直ぐに答えてくださる事も【なんでなんで人間】の私にはとても嬉しいものでした。

たった3時間×5日間の授業でも学生に信頼感と忘れられない時間を与えることは可能なのだと身を持って感じました。同時に、自分が先生になったら3年間は少なくとも生徒と関われるのだから、何も言い訳はできず、生徒に多大な影響を、与える可能性を秘めていることを自覚し、身が引き締まる思いです。

去年の授業で、私は、Nの発音を何度も注意されていたのにもかかわらず、また今年もNをたくさん注意されました。「生徒はすぐにはかわれない、癖はなかなか治らない」と言う事を教職の授業で習いましたが、生徒だけじゃい、、自分もじゃないかと反省しました。だからこそ生徒には発音指導を含め毎回毎回繰り返し指導することが必要なのですね。

 今年私は、すすんで歌を歌う機会を頂きましたが、大嫌いな人前で歌うことを望んだ理由は「去年と同じ自分」じゃ恥ずかしいと思ったからです。発音は直ってなくても、なにか一つ去年の先生の授業を受けてから成長した自分を先生に見てほしいという気持ちが私を後押ししました。あの下手な歌一つで何を大げさなと思われると思いますが、私にとっては、悩みに悩んだ決断でした。人前で歌う活動は苦手だからこそ、音楽を何回も聞き、意識しないと聞こえない音にたくさん気づくことが出来ました。同じ曲でも歌う人によって息のため方や、Tの音の強さが違うこと、本当に細かいところまで聞こえてきます。これは、人にモデルとなって指導する意識を持って初めて聞こえてきたものたちです。苦手なことは変わりませんが、先生になって歌を使った指導は是非できる教師になりたいです。

5日間ありがとうございました。



集中授業を聴講させていただき、ありがとうございます。
 
靜先生に今まで教えていただいたことをしっかり頭に入れているつもりでいても、先生に直に教えていただけると、「あ、そうだった、そうだった」と思い出す重要ポイントがいくつかあり、たいへん良い勉強になりました。やはり、1年に1度くらい、靜先生の直接指導を受けさせていただくことは、とても大切だと思いました。
 
授業を受けながら、「自分ならこの教材をどんなふうに料理しよう」と考えて、わくわくしました。教材としては、高校生向けのものが多かったので、高校の英語を担当できる日を楽しみに思いながら、いろいろと勉強できました。
 
今は中1担任なのですが、中学所属の期間が長いので、少々飽きてきている感があります。そろそろ高校英語を担当したいという気持ちが強く、いつか高校を担当できる日までに、自分の授業の引き出しをたくさん作っておこうと思います。
 
今年度フルタイムで職場復帰し、英語教員としての仕事以外の煩雑な仕事ばかりに時間が取られ、疲弊するばかりで、英語教員としての面白さが十分に味わえなかったこと、大学院生として研究を全く進められなかったことにより、最近ちょっと気が沈んでいました。でも、靜先生の授業を受け、また英語の授業をする面白さや奥深さに目覚められた気がしました。
 
また、生徒として英語の授業を受けることで、靜先生に「こらっ、one のnの音、忘れてるっ!」と叱られたりすることも良い経験ですね。謙虚でいられますから。教員になってからも、時々、叱られないといけないと思います。また、自分の生徒の気持ちにも思いをめぐらすことができたことも、良かったです。
 
教員と院生の二足のわらじ生活は、想像以上にたいへんですが、I’ll have the courage to follow my heart and intuition.で、がんばります。
 
今回もご指導、ありがとうございました。今後とも、よろしくお願い申し上げます。



◆昨年度に引き続き先生の授業を聴講させていただきました。何年かの教職経験を経て、休職し大学院に進学した昨年度、もっとも衝撃的な授業であったことがリピーターになった理由です。目の前の生徒を成長させるために授業に取り組む姿勢、真の面白さは困難を乗り越えた時にやってくるという妥協を許さない姿勢は私に授業を変えていくきっかけを与えてくれました。本年度、復職してからは発音指導を取り入れ、ぐるぐるを実践しその効果にびっくりするとともに、英語教師という仕事の素晴らしさを認識しつつあります。先生の授業を受け、今度は歌の授業に挑戦してみたいと思います。

授業を受けている現役の受講生・また聴講生の方々からも刺激をいただきました。さまざまなバックグラウンドを持った学生たちが学ぶ場は気合をやる気を提供してくれます。1年に1度、靜先生のご指導を受け、同志達と切磋琢磨することで教師としての自分の力量不足を認識し、少しでも高めていきたいと思います。また、来年もよろしくお願いいたします。



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