先史文明の伝言と遺産

13・先史文明の遺産

2010-10-11 20:55:45

第三のカレンダー

昭和59年(1984年)秋、ライル・B・ボルトス博士(アメリカ)が来日した折、小樽の三笠山の麓にある忍路(おしょろ)ストーンサークル(長径33m、短径22mの楕円形)を調査した時、博士は「卵形の楕円形が超古代人の世界の共通の原理である」の理論を発表したばかりであったので、非常に喜んだといわれています。

第三のカレンダー

このストーンサークルは円周上に並ぶ立石の形や大きさはまちまちですが、隙間なく びっしり並べられている。そしてそれぞれの立石の関係を調査したところ、三つの注目すべき点があった。
1・内側のサークルに大湯環状列石の「日時計」と同じ組石が幾つもあり 一直線に並んでいる。
2・「日時計」と同じ組石の中心線を底辺とし「5:12:13のピタゴラスの三角形」を描き 三つの頂点と底辺の中点を中心に円を描くと卵形の外形線が描かれる。
3・長さの単位は現代と同じメートル法が用いられている。
これらのことを考慮するとストーンサークルは、「天文観測機能を備えた施設」として建設されていると思われる。
更に驚愕の事実として、この時同行した左合勉氏(京都大学放射性同位元素総合センター技官=当時)は、地球と太陽の動きを数千年前から数万年に遡り、「どんな星が何処に見えたかを調査した結果 このストーンサークルは紀元前2,100年当時の星座をピタリと指し示す形で配列されていることが判った。
現在は見ることのできない、α南十字星、β南十字星の他、ケンタウルス、リゲル、ペテルギウス、スピカ、カペラなど観測できたのであった。これは地軸の移動によって発生する「歳差運動」を逆手にとって、シミレーションしたもので、極めて画期的な遺跡調査の手法であった。
それから10年有余の歳月が流れ、ボルトス博士の言う「総合調査」は未だ実施されず、ただ一つだけ注目されるのは川崎真治氏(歴史言語学者)がストーンサークルに組み込まれている立石の表面から数個の岩刻文様の「xx」を発見し、その場が「祈りの広場」であったことを裏づける物証を得たことになります。

第三のカレンダー

「xx」
尚このストーンサークルが紀元前2,100年の遺跡とすれば縄文後期に相当し、縄文文化そのものを見直すべきと主張しています。
(古代みちのく 101の謎 著者鈴木旭 1948年 天童市発行所 新人物往来社)
やっと出番がまわってきた。
先ず初に注目して欲しいことは、日本のストーンサークルによる歳差時計(第三のロングカレンダー)が存在したことであります。
海外(英国)にあるストーンサークルも、同じと思われます。次にストーンサークルは、ピタゴラスの三角形を基底にしていることであり、三番目には「xx」のマークが立石に描かれていたことであります。
ストーンサークルは、日本における先史文明の標識であり、これからの調査対象と思われます。

2010-10-20 22:09:22

第四のロングカレンダー

エジプト ヌビア地方にあるアブ・シンベル大神殿は、新王国時代 第19王朝ラムセスⅡ世により、建造されたとしています。

大神殿はラーを、小神殿はハトホル女神を祭神としています。ナイル川のアスワン・ハイ・ダム建設により、元の場所より移動しています。元の神殿は砂岩を堀り進める形で造られた岩窟神殿であります。
年二回 神殿の奥まで日の光が届き、神殿の奥の四体の像の内冥界神であるプタハを除いた三体を明るく照らすようになっています。本来はラムセスⅡ世の生まれた日(2月22日)と王に即位した(10月22日)に、この現象が起こるものであったと言われています。本当にラムセスⅡ世が造ったものか?この情報はパソコンより仕入れたものであり、洞窟の方向や距離 陽の当たる正確な日付や時間等の詳細情報は不明であります。

第四のロングカレンダー

ここでチノちゃんはある重大な仮説を伏せて、第四のロングカレンダーと設定します。
その理由としては、年二回の洞窟の奥に陽のあたる日、洞窟の奥より日の出直前の星が見えるはずです。
この考え方は、スフィンクスが真東を向いているのと同じ方法なのです。
第四のカレンダーまで解説しましたので、皆さんは この先を考えてみて下さい。この答えは未だ先とします。

14・ロングカレンダーの伝言

2009-12-11 22:10:44

ロングカレンダーの伝言(1)

皆さんも、「大きな区切りには、ご注意下さい」という言葉は、頭の片隅に残っているのではないでしょうか。

この言葉の意味の基準は。唯一無二のロングカレンダーに隠されているとチノちゃんは考えているのです。

つまりは、ロングカレンダーを使って第三の扉を開けたいと思います23,240年前にアラビア海の海底120m低い所に一度建造されました。この時代 数万年に亘って海面は安定しています。その場所は、インダス川がアラビア海に注ぐ河口で毎年ネパール高原、ヒマラヤ山脈の雪解けと共に7月初旬の半月生の大雨が降り、この雨が更に氷を融かして大洪水を起します。

ロングカレンダーの伝言(1)

その名残として、来年の日本の暦には7月2日半夏生として、大雨の降る日と記載されております。

これを朝4時半頃(朝の4:30は、夏冬関係なく、おんどりが時を告げる時間です) 日の出前の薄暮の時にインダス川の川端に立って、川上を見れば 凄い勢いで河の瀬が迫り 当に飲み込まれそうな錯覚を起します。川下を見ればインダス川が凄い勢いでデルタ地帯へ流れ、そこには天の川のデルタ(天の川の中心バルジ)があり、そして天の川がそのまま縦に立ちあがり、頭上を越えて 真北に繋がっています。

真東には、鷹のホルス神(水瓶座)が最後の輝きをみせ、日の出直前を知らせています。

これがオールドロングカレンダーの鷹座(水瓶座)の終了であり7月7日4時半頃(正確にはAM4:28)となるのです。

ロングカレンダーの伝言(1)

この天文ショウは実にみごとだと思われます。今日はここまでにしましょう。
インダス川に飲み込まれないようにまた夢の中で お会いしましょう。

追記

インダス川と天の川のオーバーラップは鷹座の終了を少し


超えたところとなります。


2009-12-16 00:51:38

ロングカレンダーの伝言(2)

今から1万8千年前頃から海面上昇が始まり、10,240年前(BC8,240年)には海面は80m上昇しています。今より40m低いところです。この時、「オールドロングカレンダー(以下旧カレンダーとする)の遺跡は海の藻屑と消えてしまっているでしょう

このような時代、エジプトの地にニュウロングカレンダー(以下新カレンダーとする)が再建造されたことになります。
この時代の地中海沿岸は「ユーラシア回廊」で述べたとうり、海面水位は非常に高くアフリカ大陸の雪解け水もナイル川だ
けでなく、沢山の川が地中海に流れ込み、サハラ砂漠は緑の森と草原で覆われていたでしょう。
この新カレンダーは、旧カレンダーの建造から1万3千年経過しカレンダーを丁度半回転したところです。
光景ついては旧カレンダーとまったく逆となります。旧カレンダーの場合は北から南を見ることでしたが、新カレンダーは南から北をみることになり真東の地平線上には獅子座(赤海亀座)がうみへび座まですっかり出現し、最後の輝きを見せています。獅子座の終了となります。

ロングカレンダーの伝言(2)

詳細は「ロングカレンダー」を参照してください。旧カレンダーの時間を朝の4時30分(正確にはAM4:28 )に設定すれば月日が変わります。
この時は、8月14日4:30となります。日の出は5時xx分です。
時間は同じですが、月日が変わりました。そのわけは、経度が違うからです。旧カレンダーの位置はパキスタンのカラチ(北緯24度48分、東経66度59分)と新カレンダーの位置はエジプトのカイロ(北緯30度03分、東経31度14分)となり、カイロで同じ天文ショウを4時半に見るためには、8月14日または8月15日となります。どこかで、見た月日になったとおもいませんか。
日本の文化はよくできているのです。七夕の7月7日とお盆の8月14日は同じ意味を持っていたのでした。

ロングカレンダーの伝言(2)

七夕とお盆の二つの行事はどちらも祖先を敬うお祭りですよね。

そして、どちらの星座も大洪水の洗礼をもって終了します。

ロングカレンダーの伝言(2)

ついでですから、もうひとつ カラチの4時30分(4:28)はグリニッジ天文台では、丁度0時00分にあたります。
(念のため カイロを4:30と定めれば、グリニッジは2:30となります)
東経、西経の基準グリニッジ天文台が 0度00分というのは、今から25,400年前の旧カレンダーを4時30分と設定したからなのです。だてに英国のグリニッジに基準をおいたわけではありません。今の時代のように何でも言えるとは、限りません。彼らは、自分の命をかけて、設定したのです。表向きは「適当に決めた」、「当時のユニオン・ジャックは強か
った」、「日付変更線の影響のない太平洋上にとった」等となっております。
つまりは、インダス川河口の朝4:30(星座の観測時間)を 大洪水に関係する何らかの伝言の基準として作成されているのです。当時の人々の苦労を痛感して下さい。
もう一つ、おまけの余談を付け加えます。今年は西暦2009年です。この基準はキリスト生誕を紀元0年としたと聞いておりますが、実際は16年ずれていることは明白です。この「16年のずれは、ロングカレンダーの修正値」ではないかとチノちゃんは疑問視しています。西暦2000年時に、ノストラダムスの「アンゴルモアの大王が降りてくる」という解釈は、西暦2000年を歳差暦25,400年に変更しなさいという伝言なら、後600年で1回転するのです。

ロングカレンダーの伝言(2)

このようなわけで、グリニッジ天文台の基準を考えれば、そんなきがしませんか。「そんな バカな」と思う方は、自分で計算してください。それでは次に、新カレンダーの再建造のわけは
1・旧カレンダーのモニュメントは海の底に眠ってしまい、更に海面上昇は必定であり、単に新しいものを再建造した
ものか この時代「ユーラシア回廊」で述べたとうり、外海に接する地域に住んでいた人々は、海面上昇にともない大陸の内陸部に移動したものと考えられ、地中海沿岸は恰好な移住場所であったと思われます。
つまり、地中海沿岸に人口密度が上がるということは、部族間の摩擦が高まることにもなるのです。
ロングカレンダーの伝言(2)

そんな時代に、「新カレンダーのモニュメントを再建造するだけの余裕があるのだろうか」とチノちゃんは疑問視しています。
2・それでは何かが起きたのか、チノちゃんとしては当然隕石落下による大洪水が発生し、その慰霊碑としてこのモニュメントを再建造したものと考えています。そのわけは、1で述べたような危険な時代に、あえて再建造した原因が存在したことになるのです。それはみんなの強い協力がなくてはできないからです。その強い協力の原因が「大洪水の慰霊碑なら」と思うからです。もう一つ、この時代に毛長マンモスが、東シベリアで冷凍されたとしている人もあります。更に、その5千5百年後(今から7千年前)海面上昇は、終了し現在と同じ海面水位になります。更に、2千5百年後(今から4千5百年前)エジプトに三大ピラミットが建造されました。
何のために作られたのか
ロングカレンダーの伝言(2)
1・ファラオの墓として
2・公共事業の産物として    1と2では説得力がありませんね。
3・何かが起きた記念碑ではないか、チノちゃんは当然ここでも
隕石落下による大洪水が発生したものと考えています。詳細については「我が故郷の地(1)」の作業仮説とそのてがかり
についてを参照してください。今日は少し長くなってしまいました。科学者の先人たちに敬意を払って、おやすみなさい。

2009-12-16 01:04:54

ロングカレンダーの伝言(3)

ここで考えられるのは、23,240年前、10,240年前、そして4,500年前と彼らの文明と科学は、いまより進んでいるとすれば、隕石落下の大洪水を予測できなかったのだろうか。そのわけとして

1・ただ単なる凡ミスにより、天体観測を怠っていた。

ロングカレンダーの伝言(3)

2・これ等の文明は、船の航海の科学であり、天体観測の管理までには至っていなかった。
 1と2は、論外と考えています。
少なくても、今から4千5百年前の文明においては、「数字のマジック(2)」で述べたように冥王星を外しているとこ
ろを、考えれば「ありえない」のです。

ロングカレンダーの伝言(3)

3・天体観測はしていたのですが、気がついたときにはどうしようもなかった。ここで問題としたいのは、3となるのです。
気がついた時というのは、1ではなく、数年又は数十年前から隕石落下の可能性を十分承知していながら、回避で
きなかったわけを問題としたいのです。
3.1・太陽系内の隕石群との問題
地球落下物としては、石質隕石、石鉄隕石、鉄質隕石と彗星衝突です。大きさとしては直径1km前後です。
詳細については、「大洪水の原因」の隕石についてを参照してください。鉄質隕石以外は、気がつけば原爆でもなんでも使って、小さくすることは、可能なのです。つまり 問題となるのは鉄質隕石だけと考えます。

ロングカレンダーの伝言(3)

しかし 直径1km前後の隕石は、数限りなくあり、どれが鉄石隕石か区別がつきません。確かにこの隕石が、近づいてから手を打とうとしても間に合いません。チノちゃんとしては、ここいらが これらのモニュメントの伝言と考えております。

現在の方々には、関係はないと思われますが、6百年後からは、注意をしたいですね。余談として、逆に6百年前を考えれば、ヨーロッパでは、黒死病(ペスト)が流行っています。日本では足利義満が金閣寺を建立しています。

つまり6百年後というのは、そんなに遠い先ではありません。

3・2・銀河系内の太陽系外の隕石群との問題
ここでの隕石群との衝突は、宇宙空間が大きく、これ等のモニュメントの周期には、少し当てはまらないと考えられます。
絶対とは言えませんけど。

ロングカレンダーの伝言(3)

結論として、これら一連のモニュメントの伝言としては、後6百年前後の時代に、直径1km前後の隕石群に突入するので、「注意しなさい」というのが伝言であり、更に具体的に示しますと「ラッキー7について」の内容を加味すれば水瓶座時代は危険な時代であり、星座自体もその形を持って伝言しています。ご理解頂けますでしょうか。
七夕、お盆等の行事を行いながら、「後世に伝えて欲しい」というのがチノちゃんの解釈なのです。繰り返しますが、これが先史文明の伝言だと思うのです。簡単に終わりましたね。 真実とは意外と簡単なのです。

2010-09-17 22:12:36

拝火教について


拝火教について

日本から見た拝火教は、純粋に伝来した感じはなく仏教の密教系の儀式の一部として、護摩を焚く時、火渡りの儀式の時として かいま見るものでしかありません。隣の中国では七世紀始め唐の時代にシルクロードを伝わって伝来したことになっています。しかし三世紀中頃の五胡十六国時代 五胡(匈奴、鮮卑、姜、羯 氐)族たちはアラブ系や中央アジア系です。三世紀の遼東半島で 羯族白氏が拝火教を信仰していた節があると言われるように文化としてではなく、一族の信仰として、また貿易商人の個人の信仰として持ち込まれていることは確かとおもいます。
この拝火教の伝播ルートを考えるに、拝火教は中近東アフガニスタン奥部に拝火殿があり、メッカの地と思われ 時代は相当古いと思われます。そこへ紀元前五世紀仏教がインドからガンダーラに伝わり、ギリシャのヘレニズム文化の仏像崇拝と拝火教を吸収(コングロマリット化)し、シルクロードを経て中国に伝来したものと考えられます。
その後はお馴染みのとうり日本に伝わったものとおもわれのです。さて、話は横道にそれますが、手塚治虫氏の「ブッダ」を見てみると拝火教(ゾロアスター教、ここではバラモン教と書かれているが疑問)は、火を崇拝するだけでなく、本来は科学万能主義を唱えています。手塚氏は科学万能の前に「人ありき」で、「愛」を唱える仏陀に軍配を上げています。
しかし、この時代の拝火殿には、「本来の拝火教徒は、科学の力を使用し邪宗とおもわれ、迫害に逢い」追い出されているのです。つまり、ここにいた拝火教徒は、確かに火を拝み科学万能主義を唱えていたかもしれませんが、この本来の意味を理解していません。(実際は手塚氏が理解できなかったのかもしれません)もう一つ手塚治虫氏の「火の鳥」というのがあります。日本の九州の阿蘇山を舞台に「愛」をテーマに火の鳥(不死鳥=フェニックス)の復活(永遠)を書いています。
「到る所に花は咲き、その花は実を結び、その実は育って又花を咲かせます」この繰り返しが永遠であり、その真理に「愛」がある、というのです。しかし、この考えは宗教なのです。言い換えるならば玉ねぎの薄皮一枚ちがうのです。

目の前に見えていながら、なんとなく明確ではなかったはずです。

この考えは、弥勒菩薩や大日如来も同じです。
分かり易くいうと弘法大師の真言宗、金剛界と胎蔵界に通じています。どこかで聞いたせりふです。

拝火教について

どこがちがうかというと、ここには何も伝える「伝言」がみあたりません。このロングカレンダーはただのカレンダーではないからです。お判りになりますでしょうか?更に思い出して頂きたいのは、エジプトのヘリオポリスにあったとされる永遠の象徴、フェニックスのトーテムポールです。
拝火教について

フェニックスを鶏に変えれば、アジアの雲南地方にもありますよね。

拝火教について

更に日本では有名な神輿の上にも鳳凰が載っていましたね。すべてはこのエジプトにあったとされる復活の鳥、フェニックスに繋がるのです。
ここでもう一度 拝火教(ゾロアスター教)を考えてみましょう。
拝火教は科学万能主義を唱えておりますが、宗教というよりは哲学や思想に近いアカデミックなものなのです。これらが、宗教と対峙した時には「人間ありき」という前提の前に宗教の方に軍配が上がってしまいます。「拝火教とは、宗教ではないのです」 ましてや最近タバコの喫煙を擁護する教義でもありません。それではなにかといわれますと。拝火教の真理は、先史文明の伝言板なのです。
第一に人間は「火を扱うことによって、文化・文明を築いた」ことを意味しています。その次に先史文明の伝言を理解するには「科学技術の発達した、高度文化・文明でないと理解できない」と言っているのです。もう一つ 火で燃やすことにより、「物質の極小、極大」を暗示しているのかもしれません。(レンズを使った原子核論と天文、宇宙の世界)つまりは科学を純粋に奨励しているのです。それによってこの伝言を受け取って欲しいと言っています。お判りになりましたでしょうか。
チノちゃんが紐解いた 今から12,400年前 ナイル川を利用したニュウロングカレンダ(NLC)と23,240年前 インダス川を利用したオールドロングカレンダー(OLC)があります。更にこの二つのカレンダーに内蔵されているアトミックカレンダー(ALC)は、論理的には、だれにでも理解できるのです。しかしその詳細を証明するには、天空の星空シミレーションが高度でなければなりません。上記の星空シミレーションはコンピューターがこの数年著しく発達したために具体化したものなのです。彼等先史文明の人達からみれば「やっと、我々の足元に近づいたか」ということになるのです。
彼等の物の見方として、未来を予測するのには、直線状の延長ではなく、大きな時間的サイクル(円=輪廻、等間隔ラセン運動)で考えて欲しいと言っているのです。
具体例
下記に示す肝心な時には、身を呈して頑張ってくれているのです。何代も迫害に会ったにも拘わらず、人類のために 頭が下がるおもいです。
1・地球の緯度、経度の設定と七月七日の七夕と八月十三日のお盆の日は、先祖供養のお祭りと共に大洪水
で亡くなった大勢の人達の慰霊と鎮魂の供養であること。

拝火教について

2・時計の針の下側のデルタ型

インダス川、ナイル川のデルタ地帯と天の川のバルジ(銀河系の中心)が重なり合うことを利用した。

拝火教について

3・西暦ゼロ年の設定
  聖書に出てくるキリスト生誕に駆けつけた東方(拝火教)の三博士 これをチノちゃんなりに解釈すると 西暦ゼロ年を設定するときに、 水瓶座に入る時をゼロ年とし ロングカレンダーの一周26,000年の 十分の一、2,600年を設定して逆算したものと考えられます。 その時が歴史上大きな出来事としてキリスト教の発生があったので キリスト生誕をゼロ年としたのです。 西暦は拝火教正式継承者のアドバイスによるものと考えられます

拝火教について

4・周期葎表
 夢を見ながら作ったと本人はうそぶいているそうですが。 この証明は未だできません。

拝火教について

5・先史文明では冥王星は惑星にはいれていません。
 最近の天文学は先史文明に近ずいたために、冥王星の大きさが明確になり、他の惑星に較べ小さすぎるので惑星には入れないことになりました。

拝火教について

6・霊の存在 (永遠と復活 霊の世界)

 西洋の幽霊の頭の上には丸い蛍光灯のような物が光っており、 日本では白い小さな三角形の頭巾をつけてあらわします。 霊(中性子)は骸の周りにいるものです。 魂(電子=星)とはちがうのです。
つまり、西洋では、アトミックカレンダーを表現し、日本では、三角山を
表現しています。

拝火教について

上記,これらのことを考慮にいれると先史文明の正統な継承者には敬意を表します。


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